夢の終わりにみた夢 8
深夜だというのに宵の口と見紛うほどの灯りが灯されていた。
沖では海に投げ出されたモサンメディシュの兵の救助が行われ、陸ではようやく騒動が収まりつつある。
更なる混乱は起きなかった。
巫女がアストラヴァの救援に向かったとの報せが広まりダルナレア兵の士気が盛り返したからだ。
はっとして飛び起きようとしたジメイネスは全身の焼けるような痛みに呻き声をあげた。
装甲義肢は脱がされており隣では十年を共にしたゴドリックの科学者が機械をいじっている。
少し離れたところでは盲目の槍使いと力ずくで装甲義肢をまとっている狂人が何か話をしていた。
気絶して少し時間が経ってしまったようだ。
唯一動く左手で体を触る。
身体には包帯が巻かれ右腕には添え木もされていた。
どう見てもこれは自分が負けたということなのだろう。
ジメイネスは少し咳き込んでから呟いた。
「とどめ、刺さねえのかよ」
「お、起きたみたいたぜ」
「あー……くそったれが。普通ここまでやるか?」
「お前がなかなか倒れないからだ」
どうにも最後のほうが記憶にない。
それだけ全力を出し切ったということか、今のジメイネスにはロブに対する怒りを沸き立たせる気力もなかった。
かつての仲間たちの仇をとる最初で最後の機会を失ってしまった。
その無念が空っぽになった心に虚しく流れ込んだ。
「なあジメイネス。聞いてくれ。巫女と邪神の話は知っているだろう。その巫女が今ここに来ている。邪神の復活が近いからだ。ラーヴァリエの奴らは邪神を自分たちの神だと信じ切っている。奴らにとっては巫女は敵で、信者たちを使って阻止しようとしてくるだろう。多くの味方が必要になる。その味方があの大艦隊で、このダルナレアだ。……言いたいことは分かるな。この戦いはなかった。そうして欲しいんだが」
ジメイネスたちにアストラヴァを警護する任務を与えたゴドリック帝国はもうない。
つまりセロ・ディライジャは存在しない国のために殉死したことになる。
もちろんそんな無責任な事にはせず、彼らの所属はランテヴィア共和国が引き取るだろう。
ただ、そうなるとジメイネスの行動は両国の面子を潰すものになりかねなかった。
今は早急な合力が必要でありこのようなことで手を煩わせる暇などない。
だからなかった事にしたい。
ラーヴァリエの傀儡であるモサンメディシュの侵蝕を受けていたダルナレアは巫女の勢力と協力してこれを追い返した。
そこに余計な諍いはなかった事にしようというのがロブの提案だった。
「……セロはな、てめえが頭ぶち抜いた男はな、あんなくそだせえ最期を迎えていい奴じゃなかった。エイファもだ。あいつに戦争は似合わなかった」
破損した装甲義肢を直していた調整士がジメイネスの言葉で一瞬手を止めた。
この男もまた彼らの戦友となっていたからだった。
声が震えていることに気づき、見ればジメイネスは腕を顔に乗せて微かに震えていた。
その頬に伝うものを見て調整士は目を逸らした。
「畜生、ロブ・ハーストてめえ。ニファはな、俺は、ニファと喧嘩してそのままだったんだ。もう、謝ることも……もう出来ねえじゃねえか」
ニファが一度退役する前、ジメイネスは姉の模倣をする彼女に苛立ち酷い言葉を浴びせてしまっている。
それから一度も会っていない。
喧嘩などではなかった。
何故ならニファは困ったように笑うだけだったからだ。
「もう、あいつはずっと、あの顔のままじゃねえか……!」
後悔が溢れ流れていく。
叫びたい気持ちでいっぱいだったがそれだけは押さえつけた。
この叫びは過去に自分が殺してきた者たちの叫びだ。
今更自分が他者を責める資格など、ありはしないのだ。
「おい坊や、いいじゃないのぉ顔が思い出せてさあ。ロブちんなんかほら、思い出せる顔もないんだぞ。おめめ見えないんだから」
「クランツ、挑発するな」
「うるせえな分かってるよ。この戦いはなかった、だろ? だったらてめえもぐだぐだ言ってんじゃねえよ」
にっこり笑ったクランツに苦虫を噛み潰したような顔をするジメイネス。
因果を背負った者たちは大局の為に己の感情をも殺すのだった。
「ところでそっちのお兄さん、俺の装甲義義肢も診て欲しいんだけど……」
「……ダロット、診てやれ。雷導したらその馬鹿が吹き飛ぶくらい調整がばがばにしてやれ」
クランツが二人と会話を始めたのでロブは遠くに意識を集中させる。
未だリオンたちはモサンメディシュにいるようだ。
魔力を宿した目で見ればリオンも力を使っているのか対岸の島が昼間のように明るく見えた。
そこに禍々しい気配も感じる。
少し心配だ。
だが向こうにはオタルバたちがついている。
きっと大丈夫だろう。
ロブは大きく溜め息をついて脱力したが、耳にはいつまでもジメイネスの言葉が残っていた。