夢の終わりにみた夢 6
夜の海戦は目視が難しい。
想像以上の暗闇なので大砲を撃っても距離感が掴めずなかなか当たらない。
敵味方入り混じっての混戦となったら誤射や衝突、座礁もありうる。
よって近世以前の歴史では行われたという前例がない。
ダンカレム海軍は既に陸上の施設への砲撃を止めていた。
流石にこれ以上の戦闘継続は自滅の虞れがあるからだ。
だがもう役目は果たした。
先ほどの艦砲射撃の合間にダルナレア・モサンメディシュ両国に強襲部隊の上陸が完了したからだ。
そうとは知らずモサンメディシュからは軍船がようやく出航していた。
朝になるまで堪えて待つのが定石だろうに、もともと傭兵あがりが軍を作った商業国家の戦術勘などこんなものか。
だがこんなこともあろうかとランテヴィア共和国側はテルシェデント海軍を対モサンメディシュ要員として配備していた。
テルシェデント海軍は先ほどの砲撃には参加していないので爆発の光で目がくらんでおらず、モサンメディシュ海軍の進路に横並びになって迎撃態勢を整えた。
敵が僅かな灯りを頼りに接近しつつあったとき不思議な事が起きた。
船が大きく揺らめくと次々に沈んでいくではないか。
話には聞いていても信じ難い光景だ。
長い年月をかけて試行錯誤の上に進化してきた戦うための船が、たった一人の女性によって文字通り海の藻屑にされているのだ。
驚きと興奮で歓声をあげるテルシェデント海兵の前で大きな物体が海から飛び上がり、物体から飛んで乗船してきた人物に人々は目を奪われた。
物体はこの時期にこの海域にいるはずもない大型海洋哺乳類であるウェードミット海牛で、女性は健康的な体つきの妙齢の女性であった。
整った顔に張り付く波がかった長髪や豊満な身体に張り付いた衣服がより煽情的に見える。
海獣使いノーラは自身に見惚れる人々に苦笑しつつ手をあげると兵士たちは釣られて勝鬨を上げ、その声は風に乗ってダンカレム海軍の中央にいるウィリーの商船にも届くほどであった。
「灯りが消えて勝鬨の声、か。もう決着がついたってのか」
「戦闘の常識を覆す人たちですね」
商船には商隊の社長ウィリーと航海士のカート、勘定方のグレコが残っていた。
グレコは爆弾の取り扱いに長けてはいるものの両足が義足なので大抵は非戦闘員としてウィリーの補佐をしている。
他の乗組員は全員出払っているがダンカレム海軍が周囲を守っているので特にやることはない。
無事を祈ろうにもその心配すらないことは良い事なのだろうか。
「非常識といえば。本当にあいつ、あれを着て大丈夫なんですかい」
「ロブさんの話では彼に微調整は必要ないらしいですが……調整師が生きているといいですね。そうすればちゃんと着こなすことが出来るようになりますからね」
「装甲義肢使いと一緒にダルナレアに渡った研究者か……。本当にいるのかねえ?」
「いるはずです。あの兵器は技術者の手で定期的に出力の調整を行わないといけないはずですからね。そうすれば、一応持ってきたビクトル・ピーク准尉さんの足型装甲義肢も誰かが装備できるようになるかもしれません」
「俺、装備してえなあ。もう一度走り回れるかもしれねえなら調整失敗で死んでも悔いはねえってもんだ。なんてな。ははは」
「……ちょっと、それは、何とも言えないですね……」
微妙な空気になって見つめる先は火の手のあがったダルナレアの軍港だ。
軍港は圧倒的な二人組によって制圧されかけていた。
ダルナレアに駐屯していたモサンメディシュ兵は悪夢を見ていた。
噂に聞く最強の兵士は現実に存在していたのだ。
ロブは魔法を使うまでもなく無双していた。
一度ナバフの島で対峙したことがあるが、やはりモサンメディシュ兵は白兵戦に弱い。
商業都市ゆえにその装備は良いものを使用しているが問題は使う者の資質だ。
銃や砲弾などの遠距離攻撃が増えて来たことで覚悟なく戦場に立つ者が増えてきたのかもしれない。
それだけにナバフ族が全滅したというのが悔しかった。
個人の武勇が戦局を左右しない時代になって久しいとはいえ砲弾で相手を殲滅することに心は痛まないのだろうか。
痛まないのだ。
相手との距離が離れるということはそういうことなのだ。
だからロブは槍を振るう。
銃弾の発射を銃口の向きと勘で見極め、避けて一撃を叩き込んでいく。
圧倒することで、武器を持ったことで自分が強くなったかのような馬鹿げた妄想を二度と抱かせないようにしてやる。
地味ながらもロブが次々に敵を無力化しているその時だった。
「おこーーーんばーーーんわーーーーーーっ!!」
隣で馬鹿でかい声の主が倉庫を破壊して登場した。
上半身を覆う鎧のような機械を身に着けた顎髭の中年は目が爛々と輝いていた。
ロブが一撃で敵に傷を負わせて戦闘不能にしているのに対してこの男は主に建物を破壊して喜んでいる。
敵は全く狙わないものの、歯向かう者は容赦なく瓦礫と一緒に吹き飛ばしていく姿勢だった。
「やあやあモサンメディシュの出張兵士の皆さん、夜分に失礼こきます! 今からこの国はおじさんたちが使うことになりましたんでとっとと出てってくださいね。これはそのための改装工事であります! ご迷惑おかけしまーす! どーーーーん!」
アルバス・クランツの変わらぬ理不尽ぶりにロブは少しだけ引く。
雷導していない装甲義肢を着こなすことが出来るなんて世界広しとはいえこの男くらいだろう。
命を徹底的に無視した戦い方だがこの狂人を諫めることはロブには出来ない。
こういう場を共にすると改めて敵じゃなくて良かったと思ってしまう。
シュビナが発見してリオンたちと合流したエルバルドとノーラは己を責めていた。
あの二人にとってこの戦いは散らせてしまった戦友たちの弔い合戦でもある。
クランツは相も変わらず飄々としておりその心境を伺い知ることは出来ない。
だが、島が汚染されないようにとわざわざ手間のかかる火葬と散骨を提案し人一倍黙々と墓を掘り続けたのはクランツだったそうだ。
二人が悪夢のような力を見せつけていると嫌な気配が生じた。
ロブが注意するよう鋭く叫んだのと同時にクランツのいた場所が爆発する。
間一髪で直撃は避けたが足周りを強化していないので大きく間合いを取ることは出来ず破片を全面に浴び血だらけになるクランツ。
名前を叫び安否を確認するロブだったが、砂埃の合間に嬉しそうにはしゃぐクランツが見えたので心配するのは金輪際やめることにした。
「この魔力は……」
間違いない、雷導によって稼働している精隷石の魔力だ。
青年が立ちはだかった。
ゴドリック帝国軍ヘイデン独立大隊の最後の一人、バルトス・ジメイネス。
まだこちらには滅亡の報は届いていないのか装甲義肢の階級章は帝国のものだった。
「よう、糞野郎ども。夜襲なんてのは卑怯者のすることだぜ」
「ジメイネス。俺たちはダルナレアの救援要請に従って来た。つまりお前の味方だ。過去にあったことは今この瞬間だけは忘れて協力して欲しい。アストラヴァ殿の救助隊は既に向こうに上陸した。こちらはこちらでモサンメディシュ兵を叩いてダルナレア兵を解放するぞ」
「ああ、なるほどな。そういうことか。分かったぜ」
対岸のモサンメディシュの方角に顔を向けるジメイネス。
今、モサンメディシュの有用な戦力といえばアストラヴァを人質に取られているジメイネスくらいなもので彼が協力すればもはやモサンメディシュは抵抗らしい抵抗は出来なくなる。
彼と同じくダルナレアに派兵されたセロ・ディライジャはロブによって殉職したが今は私怨を晴らす時ではない。
ジメイネスは鼻で笑い……ロブに向かって短刀を放った。
槍の穂先が銃弾並みの速度で迫る短刀を間一髪で弾く。
火花の先から迫るジメイネスの拳が轟音を伴ってロブを掠めた。
間合いを取って槍を構えなおすロブ。
「そんな都合のいい話はねえよなあ?」
怒りの形相に染まった青年の上腕から勢いよく火花が迸った。