夢の終わりにみた夢 5
ウェードミット諸島東部の海域に浮かぶ小さな島の上空を旋回する影があった。
梟の亜人、シュビナだ。
眼下の海は澄み渡って美しく、しかしいくつもの軍艦が座礁しているのが見える。
浜辺できらめいているものは一体なんだろうか。
少女は大きく旋回して島に降り立った。
日光を反射していたのは砂地に刺さった無数の槍の螺鈿細工や抜身だった。
それはまるで墓標のようだ。
いや、墓標であった。
誰がつくったのだろう。
墓には遺体を埋めたような形跡はない。
近くに何かを燃やした大きな跡があることから火葬したのだろうか。
遺骨がないのはナバフ族の慣習を尊重し水葬を模して散骨したからか、だとすれば全てを弔うにはかなりの時間を要しただろう。
再び羽ばたいて低空で森の中を飛ぶ。
樹木は軒並み破壊され地面ははじけ飛んでいた。
先にある集落も瓦礫となっており同様に墓標があった。
長老の家があった場所には見事な杖に寄り添うようにして剣が刺してあった。
剣には見覚えがある。
これはとかげの亜人のエルバルドが外交用に佩いていた装飾用の剣だ。
爽やかな海風が木々を抜けて髪を揺らす。
シュビナの頬に一筋の涙が流れた。
夜半に警鐘が鳴り響く。
ダルナレア・モサンメディシュの海域に突如として大艦隊が現れた。
他の島嶼諸国からの報せはなかった。
港に停泊していた船団は錨を上げることを断念し陸の砲台で応戦を開始した。
宣戦布告もなく切られた火蓋であったがランテヴィア共和国軍は同盟国であるダルナレアの救援要請を受けている。
襲撃犯がゴドリック海軍旗を掲げていることに気づいたダルナレア兵はすぐさま戦線を離脱した。
指導者であるアストラヴァの無事を確認するまではどちらの味方をすることも出来ないということだろう。
だが進軍と見せかけて邪魔にならないところへ避難してくれたおかげで戦い易くなり戦況はランテヴィア海軍側の圧倒的有利で展開していった。
お互いの町の灯が見えるほどに近いモサンメディシュも事態に気づいて慌てて増援を出した。
ダルナレアを占領している部隊を見殺しにすれば返す刀で狙われるのは当然自分たちだからだ。
挟撃となればランテヴィア海軍も苦戦しただろうがモサンメディシュの本国も軍船を出撃可能な状態で待機させていなかったので時間がかかってしまった。
ようやく港を出たころには既に後ろ備えであるテルシェデント海軍がモサンメディシュ海軍を待ち受けていた。
船が出て行ったことを見計らって暗闇の中で動く者たちがいた。
灯りも灯さずに進むのは自殺行為だが最新鋭の商船は初めて来た場所だというのに浅瀬に乗り上げる事なくすいすいと進んでいく。
水深が浅くなったところで幾つかの小舟が下ろされて数名の男女が乗り移る。
陽動作戦は成功し、リオンたちはモサンメデシュの海岸に到着した。
「あ」
岸辺からダルナレアの方角を見ながらリオンが声を漏らした。
積んでいた杭と縄を用いて小舟が流されないように手早く固定していたラグ・レが顔をあげる。
「あっちの魔力も動き出したよ。ロブ、大丈夫かな」
「例の装甲義肢使いか。心配いらんだろう。奴らもいるんだ」
「だから心配なんだよ。敵味方関係なく暴れまわりそうだもん」
「そっちの心配か」
ダルナレアには旧ゴドリック帝国から派兵されたバルトス・ジメイネスという装甲義肢使いがいる。
本来は協力し合える立場のはずだが今ダルナレア兵は酋長を人質に取られているのでモサンメディシュに合力している。
ロブと装甲義肢使いが交戦する可能性は充分にあった。
それでなくてもロブはもう一方の義肢使いをナバフの島で撃破しており因縁があるのだ。
「ほら坊主、もたもたすんな! お前さんが付いてくるってごねたんだから出来ることは率先してやれよ!」
「わ、わかってるよ」
「ふぇふぇふぇ」
リオンたちが既に準備を整えた一方で別の一隻に乗っていたラグナが小舟の固定に手間取ってダグにいじられていた。
本来は静かに行動しなければならないだろうにすごい余裕だ。
いくら沖で海戦が繰り広げられているとはいえこれだけ騒いで気づかれない筈がない。
案の定誰かがやって来た。
「ぎぃっ。敵襲!」
「おい貴様ら、そこで何をしている!」
防砂林にとまっていたシュビナが鋭く叫ぶと同時に灯りが照らされた。
テルシェデントの兵士だ。
大きな声を出されて少し驚いたリオンたちだったが見つかったにしては冷静だった。
戦力に対する信頼が違うのだ。
「がっ!?」
声を上げて項垂れる兵士。
素早く後ろに回り込み首を絞めて失神させたのはオタルバだ。
だが兵士は意識が飛ぶ直前に持っていた灯りを上に放り投げていた。
不可解な動きをした灯りは敵の目に留まり遠くがにわかに騒がしくなった。
「よお、やるねえ」
「ああ面倒くさい。隠れるのはもう充分さね。敵もそのなんとかっていう女の利用価値は分かっているだろうから安易には殺さないはずだ。派手にいくよ!」
やって来た兵士たちが不法上陸した集団に気付いて抜刀する。
だがラグ・レが矢を番えるよりも早く動いた影があった。
瞬く間に兵士を倒していったのはオタルバでもなければダグでもビビでもなかった。
「露払いは任せてお前たちは先に行け」
それは、とかげの亜人エルバルドだった。
エルバルドは外交に長けたジウの有力な戦士の一人だ。
文官的な立ち回りをすることが多いが実は武力も兼ね揃えている万能型である。
リオンがナバフの島からセイドラントへ向かった時、彼は敵を引き付けるため島に残っていた。
その時に芽生えた感情が一層力を与えてくれていた。
ナバフ族は全滅した。
最初は善戦していたものの兵力の差は如何ともしがたく、戦士長オロが狙撃により命を落としてからは劣勢を立て直すことが出来なかった。
負傷者が住人の過半数を超えると長老はエルバルドたちに退去せよと命じた。
降伏する恥辱の姿を見られたくないとのことだった。
ノーラの海獣船で島を脱出した時、ナバフ族は降伏などせず島は艦砲射撃の的となった。
風に乗って届く連続した爆発音に気づいた時にはもう遅かった。
気づけばエルバルドたちは島に戻っていた。
それから幾度となく襲ってくる軍船を沈めては墓を作り続ける毎日を過ごしていたのだ。
「あんた、一人で大丈夫かい?」
「無論だ。俺は一人じゃない。三千の英霊が共にある」
「じゃあここは任せたぞ」
「死なないでね、エルバルド!」
ロブのようにナバフの槍を手にしたエルバルドの心は今燃えている。
リオンたちはアストラヴァ女史のものと思わしき魔力を感じる方を目指して先を急いだ。