夢の終わりにみた夢 4
ジウの傍にイェメトが立っていたことにリオンは反応せず神殿に入ってきた。
挙動がおかしく、明るく自然に振舞おうとしていることが返って不自然だ。
まさか今までの話が聞かれていたのではないか。
ロブ達が懸念した矢先、もじもじしていたリオンが口を開いた。
「……あのさ、昼間はさ、聞きにくくて聞けなかったんだけど。使徒っているじゃん、あれになった人って、元に戻すことって出来るのかなあ?」
エーリカという娘のことか。
オタルバはリオンが何を気にしているのか即座に察した。
異教の地で境遇に情が移り友になったという少女。
先のダンカレムでの強襲ではリオンはその少女と思わしき蛇神の分身だけ取り逃がしている。
昼に言い出さなかったのは中途半端な決意を咎められるかと思ったからか。
アスカリヒトは強大でその使徒ですら常人の及ばない力を持っている。
情けを見せれば隙を突かれて誰かが犠牲になるかもしれない。
そうは思っても何とかしたいと思うのが人の情だろうが、しかし大賢老の言葉は残酷なものだった。
――残念だがそれは不可能だ。元の体は既にアスカリヒトの炎によって蝕まれ今は仮の肉体を与えられているに過ぎない。アスカリヒトを封印すれば同時にその効力はなくなり使徒は残った魔力を消費しながら徐々に崩壊する。かつての戦いではそうだった。おそらくこれには例外がないだろう。
「そっか」
分かっていたとでもいうかのようにリオンは俯く。
僅かな希望を絶つことで覚悟を決めようとしたのか。
その姿は痛々しくオタルバはすぐにでも飛び出して抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
そんなことをすれば何故こんな夜更けにここにいるのかを説明しなければならなくなるので堪えた。
「でも、浄化の力だもんね? 天国には行けるよね」
天国という概念はジウでは教えたことはないがラーヴァリエに連れ去られた時の影響だろうか。
大賢老は天国というものの存在を見たことがなければ浄化の力がただの魔法の反作用だということを知っているものの、流石にそんなことを説明するのは無粋であると理解していた。
――行けるかもしれないね。
確証のない気休めの言葉にリオンは笑った。
ただその笑みはいつもの屈託のない笑みと違い力のないものだった。
少し時間が経ちリオンが去ったことを確認したロブとオタルバは玉座の後ろから出た。
大人たちに色々と隠し事をされながらも懸命に自分の宿命を受け入れようとしている姿に逆に心が折れそうになった。
もっと気の利いた言葉をかけてやりたいが現実は無常である。
これ以上真実を教える気にはなれなかった。
吐いたほうが良い嘘もある。
ブロキスはリオンの両親を殺し死を司る蛇神の解放を待ち望む邪悪な存在だ。
ラーヴァリエの嘘を織り交ぜたこんな虚構を信じていたほうがリオンは傷つかずに済むのだ。
年端も行かない少女に世界の運命を背負わせ父を倒すよう嗾ける自分たちのほうがラーヴァリエよりもよほど悪魔のような存在だなと自嘲するロブであった。
次の日リオンたちはジウの住人に別れを告げた。
ルーテルは自分も力になりたいと渋ったが、自分がいない間にジウの門番を出来るのはあんたしかいないよとオタルバに諭された。
雨燕の精隷石を握ってウィリーの船を思い出すと空間が歪みリオンたちは消えた。
消えて暫くしてからも住人たちは声援を送り続けた。
大海原にリオンたちが戻る。
船は順調に進んでいた。
大賢老から得た情報を周知し敵の準備がいよいよ大詰めに入っていることを伝えると皆の気も引き締まった。
そしていよいよ件の海域に到達した。
ナバフ族の島はシュビナに探らせ船団の進路が若干北に向けられた。
目的地は目前だ。
ダルナレア共和国はいくつかの小島からなる海洋国家だ。
地政学的には南のイムリント要塞方面よりラーヴァリエを攻める上での重要性は薄いがそれはラーヴァリエ本土に上陸を果たせるかどうかが肝要だったからだ。
ラーヴァリエの首都は大陸の北寄りにあるので首都までの距離で言えばダルナレアの目前にあるラーヴァリエの同盟国のモサンメディシュを抑えたほうが近い。
だが兵糧をまわすには浅瀬続きである南側の方が都合がよく、かつ大都市が近い敵の兵站供給速度には敵わないので今までゴドリック帝国とラーヴァリエ信教国がウェードミット諸島北東部を主戦場にしたことはなかった。
そのダルナレアでやる事は主に二つだ。
一つはダルナレアを救済してランテヴィア共和国の前線基地にすることでありもう一つは行方不明の指導者を探し出すことだった。
ヘンリエッタ・アストラヴァはダルナレアの指導者である。
既に八十を超える老齢だが外見はまるで妙齢の女性でありその美貌は南海一と称された。
狡猾であり周辺島嶼の為政者の中でも特に優れた外交手腕を見せることからイウダルの妖婦の異称を持つ。
その妖婦からゴドリック帝国宛てに救援要請が出ているものの、当人は消息を絶ってしまっていたのだった。
アストラヴァ女史率いるダルナレアはラーヴァリエにほど近い小国であったにも関わらず古くから遠交近攻を以てゴドリック帝国と親密な関係にあった。
周りの全てがラーヴァリエに降ろうともナバフ族と連携して上手く立ち回って来た。
だがそのダルナレアが突如として近隣のモサンメディシュと提携しナバフ族の島を攻めたのは記憶に新しい。
そしてその先鋒を務めた中にゴドリック帝国から派遣されていた二人の装甲義肢使いがいたことも忘れてはならなかった。
狡猾だが義は違えたことのない女史が本当にゴドリックを裏切ったとは考えられず、しかし二人のゴドリック兵がモサンメディシュとの連合と共にいたのは不可解だ。
そしてラーヴァリエに協力しながらゴドリックに救援要請を送るのもおかしな話である。
状況的にはアストラヴァは救援要請を出したものの捕らえられ義肢使いたちが女史の助命のために立ち回っていたと考えるのが妥当だろう。
手早く救い出さなければならなかった。
そこでリオンの出番である。
普通の人間どころかイウダル族の中でも明らかに歳の取り方が違うアストラヴァは異なった魔力を纏っているに違いない。
集中したリオンが探ると特異な気配がモサンメディシュに集中していることが分かった。
アストラヴァはまだ生きている。
一同は航行速度を抑えるように船団に合図を送り日没後にダルナレアに到着するように図った。
ランテヴィアの大船団がダルナレアに駐屯するモサンメディシュ兵に夜襲をかけている間にリオンたちはウィリーの船でモサンメディシュに上陸し一気に異質な魔力の元まで攻め上る。
アストラヴァと合流さえしてしまえばこっちのものだ。
計画は立った。
リオンたちは準備を整え、その時を待った。