夢の終わりにみた夢 3
「どういうことだい」
オタルバの問いにイェメトが答える。
大賢老はそれをリオンを救える唯一の方法だと言った。
強大な魔力を使うと魔力の集合である気脈が乱れ、乱れた流れに隙間が生じる。
気脈の道を辿れる鞘の巫女は封印した蛇神もろともその隙間――歪に身を投じる。
歪の中には一切の魔力がなく時間の概念も生も死もない無が広がっている。
そこから巫女を戻すには外部の協力者が必要不可欠になるというのだ。
かつての時代は強力な魔法使いが今の比ではないくらいに沢山いた。
封印後にそれらの魔法使いが協力して魔法を用い、もう一度気脈を乱したという。
巫女は僅かに感じた魔力を頼りに気脈の道を探し、道に戻る刹那にアスカリヒトを切り離す。
そうやって蛇神を封印しつつこの世界に戻ってこられた巫女が過去にいたというのだ。
――我ならその役目を一人で担うことが出来る。大地の気脈と繋がりしこの身ならば可能だ。
大賢老はずっとそのつもりでいたという。
この地にいながらにして参戦できるのはテルシェデントでロブを救った時に実証済みである。
黙っていたのは余計な混乱や衝突を避けるためだった。
先に明かしたことでリオンが追い詰められることを危惧したのだ。
気脈の道を辿ることの難しさを知っている大賢老だからこそ話したことでリオンが事前に試して失敗することを恐れた。
あるいはリオンが既に気脈の道を辿り時の賢者に会うまでを果たしていることを話していれば大賢老はその時に真実を語ったかもしれない。
だが自分の力を私欲に使おうとしているのではないかと大賢老を疑ったリオンは隠し事をしてしまった。
それは大賢老が不審な動きをしてしまったことが原因ではあるがそれとこれとは別の話と割り切るべきだっただろう。
しかし、そもそも浄化の力は反魔法の一種なので反する対象の魔力がなければ原理としては何も起こらないはずだ。
仮に気脈を揺るがし乱れを生じさせるほどの魔法に相対出来たとしても出現した気脈の道から帰って来られなくなる恐れもあるし、そもそも道すら見えずに巫女としての務めを果たせるのかと自失してしまう可能性のほうが高い。
それに理由もなく大きな力が気脈を揺るがせば眠っているアスカリヒトを中途半端に目覚めさせてしまうかもしれない。
結局のところ巫女の力は土壇場で発揮するしかなく、先に話しても余計な不安を煽ることにしかならないのだ。
大賢老から理由を聞いたことで何となく理解は出来たロブたちだったがまだ若干の燻りがあった。
大賢老が気脈の果てに別の何かを見ているのではないかという憶測だ。
それを言及するとイェメトは目を細めて大賢老を見、無言の大賢老からは僅かながら葛藤が感じられた。
人を超越した枯骸と人ならざる精隷が理に聡く感情の機微に疎いなら有限を生きるロブたちは逆の強みがあると言えるだろう。
――隠していたつもりはないのだがね。ただ、話すにはあまりにも必要のない話だ。
「大賢老。俺はあんたを疑いたくないが、別の何かを望んでいるあんたにリオンの生死を預けることなんか出来ない。せめて理由をいうのが筋だろう。あんたは気脈の乱れに何を期待しているんだ?」
――……気脈の果てで人を待たせているのだ。
ロブとオタルバは顔を見合わせた。
そこへ辿り着ける者は鞘の巫女以外にいないのではなかったのか。
――我には想い人がいてね。我が人であった頃の話だ。その者もまた蛇神と宿命に翻弄された者だった。我は必ず救い出すと約束し、それが未だ果たせずにいる。
「まさかそれって……繋世の巫女かい?」
――いいや。それよりもずっと古き時代の話だ。そしてその者は巫女ではない。話せば長くなる。……繋世の巫女は我がかつて蛇神と戦ったことがあることを知り、はるばるアシュバルからこの地へと会いに来たのだ。
そういえば大賢老は千年を生きる魔法使いと呼ばれていた。
千とは抽象的な数字ではなく本当にそのくらい生きているということか。
大賢老は詳細を語ろうとはしなかったが大体の理由は分かった。
世の不文律の乱れを憂いつつ期待していたのは鞘の巫女のように歪に囚われた誰かを救いたかったからだったのだ。
「だが……それを聞いて余計に心配になった。もしもリオンを救い出そうとしている時にその誰かを見つけたらどうなる」
――その懸念は最もだ。だから黙っていた。だが使命と私情は分けるつもりだ。その場合はリオンを優先する。信じて貰えるかは分からないがね。
「想い人……か。信じるもなにも、ジウにしか出来ないことだからねえ。どっちが大事かなんて選べっこないものを選べってんだ。ジウにとっては究極の選択かもしれないからあたしゃ何にも言えないよ。でも出来ればリオンに専念してもらいたいねえ」
「出来れば、じゃない。リオンを救うしか選択肢はないはずだ。お前は大賢老があの子を見殺しにしても構わないと言うのか?」
「そういうことじゃないよ……」
――ロブも言うことは最もだ。約束しよう。必ずやリオンを救うと。
「当然だ。力及ばずに役目を果たせなかったなら誰もあんたを責めることは出来ないだろう。だが別のものに気を取られて救えなかったとあればあんたの居場所はもうこの世界にはないぞ」
「ロブ……」
先ほどまではジウに怒りを見せていたオタルバだったが苛烈なロブを見て冷静になった。
ロブは時折このようになってしまうことがある。
精神が最も弱っている時に非戦闘員の子供を自分たちの命を守るために殺めてしまったという負い目が今も深く心に刺さり続けているせいだ。
守ると決めた子供のためには修羅になる、それがロブという男の哀しい性分だった。
「あらァ? 噂をすれば、リオンちゃんが来るわよォ」
最初に気配を察したのはイェメトだった。
魔法使いたちが気づけなかったのはリオンが魔力を消しているからだ。
なぜ消しているかは分からないが、神殿に降りていくロブ達を見て何をしているのか盗み見に来たのかもしれない。
大賢老に促されロブとオタルバが玉座の後ろに隠れると程なくして暗がりの入口からリオンが姿を現した。