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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
夢の終わりにみた夢
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夢の終わりにみた夢

 巨木の(ふもと)で門番を務めていたルーテルの眼前で空間が歪んだ。


 異変に気付き気色ばむ牛の亜人は、しかし途端に柔和な瞳に戻る。


 異次元から現れたのはリオンたちだった。


 急な帰郷だったにも関わらずジウの住人は喜びリオンの無事を祝った。


 積もる話もあるがまずは大賢老への挨拶が先である。


 大樹の底に広がる湖に浮かぶ神殿に向かう。


 神殿に入ると根に覆われた椅子に埋もれるように人の枯骸(こがい)が座していた。


 久々に会う大賢老にロブは初めて会った時の事を少し思い出した。


 黙ったままのジウはリオンの言葉を待っているのだろう。


 つまり何を聞かれても覚悟しているということだ。


 この期に及んで明かされていないことは沢山あった。


 意を決してリオンが口を開く。


「おじいちゃん、聞かせてくれるかな。海のずっと向こうで魔力が消えたこと。アスカリヒトの復活に何か関係があるんでしょ」


 リオンは遥か遠くの魔力まで感知できる力があるが気脈を辿ってものを見る事は出来ない。


 対してジウは大樹の根を通じて世界の全てを見渡すことが出来る。


 ジウの声が神殿にいる者だけの頭の中に響いた。


 物言わぬ枯骸(こがい)は魔力を思念のように飛ばすことで任意の場所に声を届けることが出来るのだ。


――この地のちょうど裏側にあるアシュバルにて、ブロキスにより魔法使い達が命を絶たれた。


 強張(こわば)るリオン。


 あの時感じた喪失感は人の死だったのだ。


 アシュバルはリオンの母と言われる者の故郷であり多くの魔法使いがいるとされていた場所だ。


 決戦の際にリオンに同調して蜂起(ほうき)することを懸念しての凶事ということだろうか。


――ブロキスも最後の詰めに入ったのだ。邪神が復活すれば自身の心は飲み込まれてしまう。それまでに出来るだけ準備を整えておきたかったのだろう。


「そんな理由で人を殺すの……? ひどい……まるで道連れじゃない……」


 口を押えるリオンの肩を支えてやるラグ・レ。


 オタルバはリオンの代わりに大賢老に質問をした。


「これから連中はどう動く? そしてあたしらはどう動いたらいいんさね」


――すでにブロキスは殆どの準備を終え、あとはラーヴァリエにて邪神復活の時を待つのみだ。邪神復活の時には想像を凌駕(りょうが)するほどの魔力が爆発し気脈に(ひずみ)が生じる。鞘の巫女はその魔力を利用して反魔法を唱え、歪の中にアスカリヒトを送り込むのだ。


「歪……そこに送り込んだらアスカリヒトはどうなる」


――なにもない空間だ。稀に紛れ込む魔力を糧にしても浄化の力で失った力を補い再び世に出てくるには何百年とかかる。


「そうか! それが封印ということか」


「では、ブロキスはどうなる」


 リオンはロブを見た。


 それは今気にすることだろうか。


 リオンはてっきりアスカリヒトが出て行った後のブロキスは憑き物が取れたようになるだけだと思っていた。


 そうでもなければ望んで復活を遂げようとするはずがないと思っていたからだ。


――アスカリヒトの封印が解かれれば当人は呪いから解放されるだけだ。呪いの力を失う、と表現することも出来る。だがその後の人生は大変だろう。操られていたわけではないのだから積み重ねて来た罪を邪神のせいにすることも出来ない。


「でも、アスカリヒトが体に封印されていなければそんなことはしなかったって事もあるんじゃないの? それって操られるのとあんまり違わない気がするけど」


――理由はどうであれ結果を裁かねばならないのが人の世の理だよ、リオン。


「……うーん、まあいいわ。アスカリヒトをやっつけたら一緒に死んじゃった、なんてことになったら流石にばつが悪いもの。それを知っておけたのは良かったよ。死んじゃったら(つぐな)うものも償えないもんね」


――償いといえば、ブロキスがラーヴァリエを味方につけたのもそれに似た行為と言える。


「どういうことだ?」


――ラーヴァリエは今、見ての通り邪神に自分たちの神を見出(みいだ)すところまで堕ちてしまっている。ブロキスが味方につけなくともアスカリヒトが復活すれば自ずとその下に集まるだろう。そして彼らは執念深い。リオンがアスカリヒトを封じればそれを憎み、報復するために団結するだろう。


「まさか……わざと味方につけて死に場所を用意したってことか?」


――おそらくはそうだろう。ブロキスはラーヴァリエに強い憎しみを持っている。彼らの教義がブロキスの人生を大きく狂わせたからだ。だから滅ぼしてやりたいという気持ちは今も変わらないだろう。だが敵対すれば必ず泥沼の長期戦になる。アスカリヒトの復活までに彼らの全てを奪える程の力までは得られなかったことをブロキスもよく分かっている。ならば友好を装い信徒たちを自分の目の届く範囲に集めるほうが得策だ。彼らの神をその身に降ろした者として振舞ったのはそのためだろう。


「ブロキスとラーヴァリエって敵対していたはずなのにあっさり協力しちゃってるものね。きっと自分のために戦えば上の階級に行けるとか言ったんだわ」


「なんだ上の階級って」


「ラーヴァリエでは良いことをすると来世で魂がもっと神様に近づけるって信じられているの」


「来世などない。今を一生懸命に生きるのが人生というものだろうが」


「私に言われても知らないよ」


「つまり、ブロキスはラーヴァリエの連中にあたしらに勝っても負けても嬉しい状況を用意してやったってことかい。ふんっ、なんだか腹立たしいねえ。そんなことで襲われるこっちの身にもなってみろってんだい」


「私たちならば襲われても返り討ちにするだろうと安心しているのかもな!」


「そんな信頼はいらないねえ」


――おそらくブロキスは近く首都に信徒たちを招集するはずだ。そしてアスカリヒト復活の間際に全てを終わらせようと思っているのだろう。リオンはその瞬間にアスカリヒトへ接近し再びあの蛇神を封印するのだ。多少の露払いは必要になるだろうが……君たちならそれは容易い事だと信じている。


「おお! ジウよ、我らに任せるのだ」


「おじいちゃんはどうするの」


――む?


「おじいちゃんは世界最高の魔法使いでしょ? なにか手助けとかしてよ」


――心苦しいことだがリオン、我の力は攻勢に向かぬ。イエメトの力も同様だ。我らはこの大樹に住まう者たちを守る義務がある。ブロキスがアシュバルの魔法使いを手にかけた今、彼が魔法使いが多く住まうこの地に目を向けぬとも限らないからね。


「なるほど、確かにな!」


 ラグ・レは納得したようだが魔法を使える者たちは内心で首を(ひね)った。


 オタルバやロブでさえブロキスと戦ったらただでは済まないだろうにそれよりも遥かに魔力の低い者たちを脅威に思うとは考えにくかったからだ。


 ジウを倒しにくると考えるほうがまだ分からなくもないが、最高峰の魔力を持つ彼はどうやら当人の言うように攻撃のための魔法は持ち合わせていないようなのでやはりブロキスがわざわざ倒しにくるほどの存在でもない。


 かつてリオンを預けたこともその証左と言えるだろう。


「そうだね。よし。じゃ、そろそろ戻ろっか」


「えっ、いいのかいリオン?」


「うん。だって東のほうで魔力が一斉に消えた理由が分かったし、とりあえず今後どうすればいいかも分かったでしょ? あとは何とかなるよ」


「そうだな。とりあえず俺たちがアスカリヒト復活に関して出来ることはまだない。出来る事があるとすればラーヴァリエの味方になってしまったがために戦わざるを得なくなっているモサンメディシュを止め、ダルナレアを救うことだ。精隷石がどれくらいの頻度で使えるかも試さなければならないしな」


「そういえばそうだったな」


 ブロキスがアシュバルの魔法使いを殺したのは別の理由がある気がする。


 その真意は分からないが大賢老に戦う意思がないということはよく分かった。


 ロブもそれが分かっていたのでリオンもそう思ったのだと察した。

 

 大賢老はあくまでも気脈を見守る者でしかなかった。


 で、おじいちゃんは気脈が乱れて虚ろなる山への道がまた開かれることを期待しているわけね。


 リオンは心の中で思った。


 私たちの心配よりも、そっちのほうが大事なんだ。


 世界の存亡がかかっているかもしれない状況なのに自分はどうするかを語らないところからも傍観を貫こうとしていることがよく分かった。


 リオンは虚ろなる山の先に何があるか知っている。


 自分の意思で行くことは出来なくてもジウよりは時の賢者に会える可能性が高い。


 ジウの探す者が時の賢者なのかは分からないが、もしそうでなくてもジウの探すものを時の賢者に聞いてやることも出来なくはない。


 だが教えてやらないのはリオンのささやかな反抗だった。


――聞きたいことは以上かね? 皆が待っているよ。さあ、行きなさい。


「うむ。今生の別れになるかもしれないしな」


「やめな! 縁起でもない」


「俺は精隷石を試してみる」


「駄目だぞロブ・ハースト。せっかく帰って来たんだから皆に顔を見せてやれ!」


「…………」


「そういえばシュビナは?」


「イェメトの所だろうねえ」


「あ、そっか。じゃあおじいちゃん、今日はゆっくりさせてもらうね。明日出発するから」


――よく休んでいきなさい。


 神殿を出る四人。


 シュビナが逐一報告を上げているので大体の近況を知っている住人たちはリオンたちを取り囲み労った。


 その日は宴が開かれ、ロブも久しぶりにジウの粗食に舌鼓を打った。


 結局のところ雨燕の精隷石は風属性であり、風の魔力を理解する者なら周囲の気脈の中にある風の魔力を取り込ませることで何度かは使えるのだろうが、風属性の魔法使いがいないリオンたちは使った分の魔力が石に自然に補填(ほてん)されるまでは再度使えないということが分かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジウが直接的な脅威にならないということはブロキスの私怨かなにかでしょうかね…
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