ランテヴィアの革命志士
繋世歴387年、世界は植民地主義の真っ只中にあった。
いち早く近代化の波に乗った国家は列強と呼ばれ後進国を支配し私腹を肥やしていた。
止まることを知らない欲望は歯止めが効かず醜く膨れ上がっていた。
それが取り返しのつかない大きな災いとなるのは時間の問題であった。
南半球はウェードミット諸島北部にアルマーナという島がある。
そこにあるジウは紛争渦巻く世界において唯一、中立不可侵を唱え世俗から乖離した聖域であった。
ジウは共同体である。
そこで生まれた者はほぼおらず、住人は不思議な力を持つがゆえに迫害され元々の出生地から逃げてきた者たちであった。
指の先に小さな火を灯せる者、念ずれば物を少し動かせる者、何もないところにそよ風を吹かせることが出来る者。
原理の説明がつかない事象を起こす者を人々は異端と蔑み恐れた。
ほんの数百年前には当たり前だった異能はもはや世界から拒絶される対象となっていた。
ジウは、それでもこの時代に生れ落ちてしまった者たちの心の拠り所だった。
ジウの大樹がそびえるアルマーナ島および周辺海域のウェードミット諸島は未開の地だ。
赤道直下から南半球に群集する島々は精霊を信仰する様々な少数民族が独自の文化を営んでいた。
彼らは大きな力に翻弄される歴史を送っていた。
強大な二つの国家に挟まれていたのである。
東の大陸に覇を唱えるラーヴァリエ信教国は列強の一柱だ。
兵器開発は他の先進国に半世紀の遅れをとるものの、信者という名の豊富な兵力を武器にした大国であった。
ラーヴァリエの植民地となった国は自治領という聞こえの良い待遇を与えられるが実際は三等国と呼ばれ国民はラーヴァリエ信者に使役する奴隷となる。
その非人道的な行為を諸外国は危険視していたが信教国の選民思想は各国の一部の層にも受け入れられており、信者を内包してしまった国々は信者による報復を恐れて強くラーヴァリエを非難できないという葛藤に悩んでいた。
対してウェードミットの西に構えるのはゴドリック帝国だ。
ゴドリックは国土の狭い小国だが兵器開発力が群を抜いており、ラーヴァリエを抑え込みたい列強による静観という後押しも受けて急激に成長した新進気鋭の軍事国家だった。
現皇帝は十余年前に三代続いていた帝政を倒し玉座を奪ったばかりの若輩である。
その時の逸話などから皇帝は暴君と呼ばれていた。
両国は半世紀の昔から島嶼を舞台に一進一退の攻防を続けていた。
しかしその泥沼の戦争は十余年前に一端の収束を迎えるに至った。
ゴドリックの国事の陰で帝国を転覆せしめんとして暗躍していたのが発覚し、ラーヴァリエは島嶼から手を引かざるを得なくなったのだ。
それからは両国は国際社会の監視のもと表立って争うことはなく島嶼にもようやく安寧がもたらされたかに思われていた。
だがその島嶼に再び不穏な空気が流れる。
島嶼の中で数少ないラーヴァリエ陣営にあった小国モサンメディシュに突如としてゴドリック帝国陣営のダルナレア共和国が侵攻したのだ。
モサンメディシュはラーヴァリエの対島嶼外交における第ニの玄関口であり重要な拠点だった。
ラーヴァリエはダルナレアを糾弾し派兵も辞さない構えを取ったがそれを受けてゴドリック帝国も自国の国境に兵を集結させ始めた。
人々は両国の戦争が再び始まらんとしていることを確信した。
世の均衡など潮目が変わるように一気に崩れ去るものだ。
開戦に至る前に両国は相手を圧倒する力を整えておきたかった。
戦局を一気に覆せるような兵器さえあれば失うものも少なくて済むだろうに、と。
ゴドリック帝国の兵器には特筆すべきものがある。
化身装甲および装甲義肢と呼ばれる兵器だ。
化身装甲は通常の人間の倍はある体躯の鎧であり普通は到底着装できるものではない。
しかしセエレ鉱石と呼ばれる不思議な鉱石を動力源とすることで兵士に鎧をまとわせることを可能にしていた。
セエレ鉱石はその見た目に一貫性はないが火花放電を加えると発光し周囲の質量を巻き込んで軽くなるという特性を持った謎の物質だ。
それを鋼鉄の鎧に組み込むと着る者は中で体が変異し空洞を埋める鎧の筋肉そのものになる。
適合者を選ぶ非常に癖の強い兵器であり着装に失敗するとそもそも動かせないか、最悪の場合には中で膨張しすぎて鎧の隙間から溢れ出てしまうという欠点があった。
そのため完成から今に至るまで適合者は数名しかおらず、稼働時間の短さもあり士気高揚的な位置づけのお飾りと化していた。
ただそれを元に改良した装甲義肢は十年前のラーヴァリエとの戦争で一定の戦果を上げている。
装甲義肢は主に胸部から上腕を補助する形で装着する鎧であり、軽量化によって稼働時間が飛躍的に伸びた兵器だ。
その力は化身装甲には劣るもののたった一人で数十人引の強弓を放ったり鉄門を殴り壊したり出来る。
だが化身装甲も装甲義肢も時代の波に取り残された遺物のような兵器であり戦場は既に個々の武勇を誇るものではなくなっていた。
燃料も発掘技術の向上から木炭から石炭に切り替わる過渡期にあった。
ゴドリック帝国は数年前から北の列強ノーマゲントと化石燃料の貿易摩擦から緊張状態にあり、かつ国内では失業する木炭事業者などを核としたランテヴィア解放戦線と名乗る革命組織が台頭していた。
ランテヴィア解放戦線は十年前に謀反の疑いのあった帝国東部バエシュ領の山岳部を中心に広域で小規模な反乱を起こしていた。
解放戦線の根城となりそうな場所は帝国の鎮圧部隊により徹底的に取り締まりが成されていた。
バエシュ領にほど近い北東エキトワ領のアルバレル修道院もまた解放戦線を匿っているとの嫌疑により打ち壊されていた。
そこは街道の途中にある宿泊施設も兼ねた孤児院を兼業しており不特定多数の人間が出入りすることから裏取引の温床となっていた。
かつては帝国の重要機密が隠されていたと噂される。
その重要機密とは後に皇帝の腹心の幼子であったと公表され、一時は反乱分子によって誘拐されたものの無事奪還されたと言われている。
リオンがサイラスの転移魔法によって送られてしまったのは何故かそのアルバレル修道院跡地であった。
ルビクは転移魔法についてその者の記憶のある場所にしか行けないと言っていたがリオンにはまるで身に覚えのない場所だった。
そもそもリオンはアルマーナの外に出たことがない。
異教の装飾が施された空間はまったくの未知数だった。
リオンは暫くのあいだ混乱し、心細くて泣いていた。
だが元々勝気な性格であるので泣いていることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
無理やり涙を拭い、深呼吸をして立ち上がる。
瓦礫を踏み超えて外に出るとそこには広大な平原が広がっていた。
「何処よ、ここ……」
リオンは途方に暮れた。
朝日からは方角くらいしか分からないので何処へ目指せばジウに帰れるのか見当もつかない。
だが道はある。
西か東か、どちらかに進めば廃墟にいるよりはましな状況に巡り合えるだろうとリオンは楽観的に考えた。
「アケノーキナが私を導くってラグ・レも言ってたし。ま、行ってみるかぁ」
リオンは朝日に向かって歩き出した。
内心は既に新世界に対する高揚感が勝っていた。