ひとりじゃない 7
「まあ、余計な事かもしれませんが……実はですねリオンさん。北半球の諸国ではですね、繋世の巫女の伝説を知ってる人は歴史学者くらいです」
「そうなの?」
ウィリーの言葉に意外な顔をするリオン。
読んで字のごとくならば先代の巫女は世界を救い、世界を繋げた存在ではないか。
何故それが語り継がれていないのか。
なぜウィリーはそんな話を始めたのか。
「はい。当然、繋世暦の本当の由来を知っている人も殆どいません。というのは繋世の巫女が活躍した時代には今の諸国は存在していないんですよ。淘汰されていった国ならありましたので救われたのはその国々でしょうか。今の諸国にとっては巫女の伝説は建国の歴史と関係がないので国史に載らないのは仕方がないのかもしれません。ですがね、民間伝承にも残らないなんてあり得るんでしょうか?」
「確かにねえ。なんで暦だけは伝わって、巫女は知らないんだい」
「歴史を紐解くと繋世歴はいつの間にか自然に浸透していったもののようです。昔はまだこの南半球のほうが栄えていましたからね。こっちの暦に合わせて国交を交わしたり通商したりするほうが都合が良かったから、という理由だと思います。繋世歴っていう響きが万人に受け入れられやすかったという点もあると思われます」
「なんすかウィリーさん……じゃなくて社長。歴史のお勉強すか」
ラグナが嫌そうな顔をして、リオンは何でこいつがまだここにいるんだろうと思った。
「リオンの決意の後にいったい何が言いたいのだウィリー・ザッカレアよ」
「すみませんすみません。前置きが長くなりましたが、つまり繋世の巫女が世界を救ったことは事実なのでしょうがその世界には当時の北半球の多くの国々は含まれていなかったという仮説が立てられる、というわけです」
「ほほうなるほどな。つまり何だ」
「つまり漏れちゃうものは漏れちゃうよってことですよ。きっと繋世の巫女だって世界を救うために死力を尽くしたことでしょう。ですがそんな思いさえ知らずに同じ時を過ごした世界もあったというわけです。リオンさん、私の夢も世界平和です。だけど私のいう世界と他の人が想像する世界はきっと範囲が異なります。でも私は気にしません。何もしなかったら何も得られないからです。自分の見える範囲が世界。私はそれでいいと思っています」
リオンはウィリーが何を言わんとしているのか分かった。
理想は持ち続けたい。
だが叶えるには現実に則さねばならない。
ウィリーはリオンの考えていることを理解したうえで肯定したのだ。
「ありがとうウィリー。それにロブもね。みんなも、ありがとう」
ウィリーは同じく世界を見つめる者としてリオンの覚悟を肯定してくれた。
ロブは見守る者として心を大切に考えてくれた。
オタルバやラグ・レは戦士として静観してくれた。
これだけ恵まれた環境が他にあるだろうか。
「行こう。明日出発しよう! 急がなくちゃね。目的地は……ええと」
「ダルナレアです。裏切ったかと思われた彼の国から旧ゴドリック帝国宛に火急の救援要請がきていたようです。現在行方不明のアストラヴァ女史を救出のうえ、ダルナレアを奪還します。あそこは敵の玄関口であるモサンメディシュと目と鼻の先ですから。抑えて前線基地にする価値は充分にあります」
「クランツたちも拾えるからな。あいつらならしぶとく生きているだろう」
「ナバフの戦士たちもな!」
凛と出発を告げたリオンに一同は大きく頷いたのだった。
翌日、予定の一日遅れでリオンたちはランテヴィア共和国海軍を引き連れて東進を開始した。
リンドナル領ダンカレム海軍とバエシュ領テルシェデント海軍の船団に挟まれてウィリー・ザッカレアの商船は中央を行く。
商船の船首ではリオンとラグナが楽しそうに風を浴びていた。
年齢も近く目的を一緒にすることが分かりすぐに意気投合したようだ。
ラグナはリオンよりも二つほど年上だが外洋を見るのは初めてだった。
テルシェデントから密航した時は船底に隠れていたので景色を見ることはなかった。
広大な水平線と勇壮な戦艦の構図は少年の心を躍らせた。
それを見てリオンはまるでお姉さん風を吹かせており、後ろからオタルバとラグ・レに温かく見守られていた。
更にその後ろでは航海士カートが舵を取る隣でウィリーが各軍船に合図を出していた。
航路の確認を終えたウィリーが目を向けるとロブも離れた場所から歓声を上げるリオンたちに耳を向けていた。
その口元は満足気でもありどこか寂しそうでもある。
ロブの心には幼いリオンの昨夜の言葉が沁みていた。
あれが強がりだとか大人に対する模範解答だと思うのは彼女に対する侮辱である。
彼女はこの短期間で多くの物事を見聞きし確かに成長したのだ。
守らねば、導かねばと思っていたのにもはやその必要がないと感じる程だ。
この船出はきっと色々な意味を持っているのだろう。
「あの子は私たちが思っているよりずっと大人でしたね」
自分の心境を代弁したかのようなウィリーの台詞にロブは微笑しながら嘆息し小さく頷いた。
導く必要がないなど稚拙な嫉妬心を出してしまったものである。
リオンは巫女として少女としてこれからの世界を背負っていく人間だ。
力及ばずとも、遠い存在であろうとも彼女たちの為に自分なりに出来ることをするのが先に生きている者の務めではないだろうか。
船は進む。
一か月もすればラーヴァリエ近海に入る。
決戦は間近だ。
そして旅の終わりも近づいていた。