ひとりじゃない 6
「ロブさん。どうです、リオンさんの様子は」
リオンの部屋の前で佇んでいたロブにウィリーが優しく声をかけた。
ロブがリオンに声をかけられていないことなどお見通しだが、まだ立っていたのかなどと無粋な声かけは出来ない。
ウィリーに気がついたロブは力なく肩をすくめてみせた。
ロブもまたウィリーの配慮に気づいたからだ。
隣で船内の狭い通路に寄りかかったウィリーは浮かない顔のロブを見る。
聞いた話によれば敵はリオンに巫女としての覚悟について揺さぶりをかけてきたらしい。
気丈に振舞ってもまだ幼い少女である。
ただでさえこの僅かな間に戦争や人死に、離別に巻き込まれていて心に余裕がないだろうになんとおぞましい精神攻撃を仕掛けてくる相手だろうか。
「言葉をかけることも出来ん」
「まあ、今は放っておいてあげたほうがいいってオタルバさんも言っていましたし」
「だが顔を出してくれるなら謝りたい。あれだけ近くにいながら俺はまた守ってやれなかった。敵があの子の心を攻めてくるのは当然警戒しなければならないことだった」
「確かにそれは我々の落ち度かもしれません。私たちは色々な経験があって今がある。しかしリオンさんはつい数か月前までは平和の中で生きていたのですからね」
「俺はあの子を無責任に晒し過ぎた。世界を救う巫女なのだからと、それがどういうものかなんてあの子以上に分かっていないくせに、こうあるべきだと、決めつけてあの子を傷つけた」
「ですが邪神は復活します。冗談だったらいいのにって思いますけど。残酷ですがリオンさんには強くなってもらうしかありませんよ。ひいてはそれが彼女を救うことにもなるんですし」
「だが……本当にこれでいいんだろうか」
がちゃん、と金属音がして二人が驚くと引かれた扉からリオンが顔を覗かせた。
泣き腫らしたのか酷いふくれ面になっていた。
「ああリオンさん、起きたんですか」
「ぼそぼそ、ぼそぼそってうるさいからね」
普通なら波の音や動力の音でかき消されるような話声も停泊していれば聞こえてしまう。
内容までは聞こえなかったようがそれが逆に不愉快な音色となって届いてしまったようだ。
「あれ、いい匂いがする。ご飯できたの?」
「え、あ、はい。さっき」
「……おなかすいた!」
「それは丁度良かった。皆はもう食べ始めていますが、部屋に持ってこなくてもいいなら食堂で食べますか?」
「うん。食堂で食べる」
すれ違おうとするリオンに対してロブは無意識に手を前に出す。
不思議そうに立ち止まる少女にロブは逆に困惑する。
「リオン……もう大丈夫なのか?」
「まあね。いっぱい寝たもの」
「いやそうじゃなくて」
「ご飯さめちゃうよ。行こ」
ずんずんと歩いていくリオン。
ロブとウィリーは顔を見合わせて後に続いた。
船内下部後方の食堂に入るとビビが夕食を振舞っていた。
ダンカレムの人々からは魔法使いを撃退した祝賀会を行おうと提案されたが壮行会を行った後なので流石にこれは辞退した。
まだ港内に留まっているので献立は新鮮な食材を使った御馳走だ。
先に食事を始めていたオタルバたちは見たところ元気そうに現れたリオンに驚いた。
「わあ、美味しそう! 誰がつくったの? ビビ? いただきます!」
「リオン、もう大丈夫なのかい?」
「大丈夫だよ。泣いてなんかいられないもん」
「うむ。それでこそ鞘の巫女だ。嘆いている暇などないぞ」
「おいラグ・レ。その言い方はないだろう。リオンは好きで巫女になったわけじゃない。俺たちが責務を押し付けてはいけない」
後から入って来たロブがラグ・レに苦言を呈した。
ラグ・レはロブに注意されてむっとした。
リオンも夕食を食べようと食器を持って大きな口を開けていたが元に戻す。
器に食器が触れる小さな音がやけに鮮明に一同の耳に響いた。
「あのさロブ。気にしなくていいよそんなこと。私にしか出来ないことなんだから。だから本当にラグ・レの言う通りでさ、嘆いている暇なんかないんだよ」
「リオン……」
「でも私にだって感情がある! あんなに言われたら我慢なんか出来ないよ。嘆いている暇がないってこととそれとは別問題だよ。だから私は泣いた。ルビクにああだこうだって言われて、揚げ足取られて言い返せなくて、悔しくて悲しくて泣いた。泣いたら眠くなったから寝た。起きた私は元気。それでよくない?」
「…………」
「がはは。つええな、お嬢ちゃんは」
「巫女は差別しちゃいけないとかさぁ、そんなの知らないよ。繋世の巫女がどれだけ正しい人だったか知らないけど私は私だもん。私はつけるよ、優先順序。それが差別だって言うなら言えばいいよ。あの時はびっくりしちゃって答えられなかったけど、今ならルビクにもはっきり言える。使徒は使徒でもエーリカは友達なんだから躊躇して当たり前でしょってね。例えば同時に殺されそうになっているのが皆か知らない人かだったら私は皆を助けるほうを選ぶわ。私は仲間が助かって欲しいからついでに世界を救うの。それで文句があるなら巫女を代わってあげるわ」
堂々と啖呵を切ったリオンに室内は一瞬静まり返った。
ダグが拍手をして、ザッカレア商隊の面々がそれに続く。
リオンは転んでもただでは起きない性格だった。
小さい頃から戦士たちの背を見て育ってきたこともあり起き上がる頃には更に逞しくなっているのだ。