ひとりじゃない 5
襲撃が去った後のダンカレムではすぐに復旧作業が進められた。
とはいえ損害はほとんど出ておらずリオンたちは人々から大きな賞賛を浴びる。
都長トゥルグトは証言をまとめ魔法使いによる不法入国と破壊活動を世界に発信した。
ラーヴァリエは使徒を失い、リオンも手に入れることが出来ず逆に大きな代償を支払うことになってしまったのだった。
そこへ追い討ちがかかった。
信教国軍が自治領であるアシュバルに侵攻しているという話がどうやら事実らしいと周辺国から囁かれるようになったのだ。
指揮官があのブロキスであるという噂が世界をいよいよ真剣にさせた。
邪神による世界の終末が現実味を帯び始め、それにより島嶼諸国からも浮足立つ勢力が見え始めているとのことだった。
夕暮れ時のダンカレム。
港の沖に浮かぶウィリー・ザッカレアの船では気不味い空気が流れていた。
リオンは船室に籠ったままで、ロブは扉の前で壁を背にいつまでも佇んでいる。
他の面々は船長室に集まっていた。
顔を合わせているのはウィリー、オタルバ、ラグ・レ、ダグ、そしてラグナだ。
ラグナは本来なら出航と同時に置き去りにしてトゥルグトに面倒を任せる予定だったのだが機会を失ってしまいそのまま居座るかたちとなっていた。
そのラグナに皆が注目している。
一同の前の机には三つの装飾品が置かれていた。
装飾品はそれぞれ鹿角の首飾り、水晶の指輪、木札だ。
これらはセイドラントでブロキスから託されたものだ。
関連性のないただの古物だが魔法使いが見れば全てが異常な魔力を発しているのが分かる。
つまり精隷石であった。
「ほら、ラグナ。出しな」
「お、おお」
オタルバに促され少年が懐から出したものも精隷石だった。
皆はそれに見覚えがあった。
ブロキスが使用していたはずの雨燕の精隷石をどうしてラグナが持っているのか。
敵が出来てこちらが出来ないこと、即ち縮地法の力を手に入れた一同は喜びよりも疑問が勝ってしまっていた。
「これを?」
「ああ。ルビクって奴からちょちょっとな」
「手癖のわりい奴だな」
「だけどラグナさん、あなたにはこれがどういうものか分からなかったはずでしょうに」
「あー、それは……作戦の前にさ、オタルバが付けてただろ? なんか似てるなぁって思っていただく隙を狙ってたんだよ」
それとは机に置かれた精隷石のうちの一つであり、雨燕の精隷石と同じく首飾りの形をした装飾品のことだ。
オタルバはこれを身に着けて作戦に臨んでいた。
精隷石は魔法使いが装備することによってその石に眠る精隷の加護を引き出せる。
今回は加護を引き出さなくても敵を圧倒することが出来たが、まさかこんな大きな収穫に繋がるとは思いもよらない嬉しい誤算だった。
「で、盗ったと」
素知らぬ顔で頷くラグナ。
決して隣にいる女性に真相がばれてはいけない。
だが良いことをすれば褒美が得られるものだ。
感極まったラグ・レがラグナの頭を抱き、柔らかく豊満な感触が頬に広がった。
「でかしたぞ、ラグナ! 皆の者よ、これは素直に褒めてやらねばなるまい。まさか雨燕の精隷石が手に入るなど、誰が思ったか! これで時間の心配がなくなったぞ!」
「まさか窃盗を賞賛する日がくるとは思いませんでした」
「確か記憶にある場所に行けるってやつだろ? てことはお嬢ちゃんが使えば一気にラーヴァリエの首都まで行けちまうわけか。とんでもねえな」
「ですが、リオンさんしか行けないのであればあまり有用とは言えないですね。一人で行かせるわけになんていきませんし。というか、使うとしたら空間転移の魔法使いのように複数人が転移出来るんでしょうか。魔法の力を持つ者限定ですか?」
「どうだろう? 使ってみないことには分からないねえ」
「そもそも何でルビクがこれを持っていたのだ?」
「恐らくは緊急時に使う奥の手だったんだろうさ。リオンに縮地法が封じられたらこれを使って逃げるつもりだったんだろ。あたしもまさかこんなのを持ってるとは思わなかったし、となれば隙だって出来ただろうからねえ」
「それを未然に防ぐことが出来た、って言えなくもねえってことか」
「な? 俺、役に立つだろ。だから連れてってくれよ! それにほら、俺は木炭職人だぜ? 窯の前で徹夜なんてお手のもんだ。この船を動してんのは石炭だろ? そっちだったら絶対に役に立てるから!」
「うーん」
「確かにずうっとカートとグレコに任せっぱなしだからなあ。あと時々ビビと俺。働きづめだぜ。船員くらい雇ってもいいんじゃねえか、社長?」
「ううーん……皆さんはどう思いますか?」
「来たいと言っているのだ。本人の意思を尊重すべきだろう」
「……まあ、いくら巫女だからって言っても一番若いリオンが危険な目に合ってる以上は年齢でどうこうは言えないからねえ。後方支援に回るってなら、いいんじゃないかい?」
「そうこなくっちゃな!」
「まだですよ。ロブさんとリオンさんと、あとうちの社員たちにも聞いてきますから」
「ロブは?」
「まだ部屋の前にいるんじゃねえの?」
「ではいったん解散にしましょうか。そろそろビビさんが美味しいご飯を作ってくれていると思いますので皆さんは食堂に行ってください」
取り合えず前向きに保留となったことで安心したのか飯と聞いてラグナの腹が鳴った。
ラグ・レはまるでラグナを弟のように思うようになったのか肩を組んで食堂に向かった。
「ロブの言ってることも分かるんだけどねえ……」
最後に残ったオタルバが肩をすくめて退出する。
オタルバが釈然としないのはこの期に及んでロブが弱気になっていることだった。
ロブは今更後悔し始めていた。
自分たちが僅か十三歳の少女に大きな重荷を背負わせ、それが当然であるかのように思ってしまっていたことに後悔していた。
ルビクの言葉で号泣してしまったリオンを見てロブは気づいたのだ。
世界の平和と友達の命を天秤にかけてしまうほど彼女の精神がまだ未熟であるということに。
それを分かってあげず、宿命なのだからと我慢させ続けたのは自分たち大人の落ち度だ。
どうしてもその非を詫びたかったロブだが、鉄の扉一枚隔てたところにいる少女になんと声をかけていいか分からずにずっと立ちつくしていた。