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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
時が満ちる前に
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時が満ちる前に 10

 森はオタルバの独擅場(どくせんじょう)だ。


 形勢は確かに逆転していた。


 オタルバの素早い動きは木々を足場にすることによって立体的な軌道となり、その爪から放たれる一撃は人の骨など簡単に断つ鋭さを持つ。


 間合いを取ろうにも地面を隆起させる魔法を使ってくるので体制を立て直す暇もない。


 男は反撃など出来るわけもなく防戦一方となった。


 その隙にルビクは嫌がるリオンを力ずくでサイラスたちの元へ連れて行った。


「待ってよルビク! あなたいったい何なの!?」


「君を救いに来ただけなんだ! いろいろ理由はあるが、その中でもこの事実だけは信じてほしい!」


「信じられない! だってあなた、使えるのは治癒魔法だって言ってたじゃない! 外に出るのは侵入者を捕まえるためだって言ってたじゃない! 騙してた人のことなんて……信じられない!」


「君のためなんだ! ……サイラス、まだか!」


「もう少し! ルビク様も早く娘さんに魔法を!」


「いや! 私になにをするの!?」


「僕の目を見るんだ、リオン。転移魔法は当人に記憶がある場所しかいけない。だから僕の魔法で君の記憶を改竄(かいざん)する。向こうに行ったら魔法は解くから!」


「向こうってどこよ! 離して! オタルバ、オタルバぁ!」


 いくら叫ぼうとも術中にあるオタルバの耳にリオンの声は届かなかった。


 獣と化したオタルバはルビクの言いつけ通り覆面の男を攻撃するだけの操り人形だ。


 不安と恐怖で半狂乱のリオンを光が照らした。


 四人の足元と頭の上に魔法陣が広がったのだ。


「ルビク様、魔法が発動しました! 早く!」


「ふう……四人が入れる範囲となると消耗が激しいですな。……お急ぎを!」


「リオン……くそ、どうすれば」


「私、どこにも行かない!」


 頑なに目を瞑るリオン。


 ルビクは焦った。


 催眠術をかけたオタルバによって覆面の男の行動は制限出来てはいるが、先ほどから見ていて男が手心を加えているのは明白だった。


 相手を傷つけないように戦っているのである。


 いよいよ自分たちが転移魔法を使える状況になった今、覆面の男が本気を出して妨害して来ないとも限らない。


 状況は一刻を争った。


「……オタルバが胸を刺されたよ」


「えっ!?」


 リオンが涙交じりの目を開くとオタルバはまだ戦っている。


 視界にルビクの顔が入り込み、リオンは金縛りにあったかのように動けなくなった。


「ありがとうリオン。僕を信じてくれて」


 ルビクの目が赤く輝くとリオンの脳裏に行ったこともない景色が飛び込んでくる。


 巨大な教会。荘厳な礼拝堂。白い法衣に絢爛(けんらん)な装飾が施された帽子と杖を持つ人物。


 それに(ひざまず)き、指輪だらけのしわがれた手に接吻(せっぷん)をする自分。


 これはルビクの記憶だ。


 だが一人称によってまるで自分の体験のように記憶に刻まれていく。


 あそこに私は行ったことがある。


 リオンの洗脳が完了しかかった時だった。


「リオン! 惑わされるな! お前のいる場所はそこではない! リオン!」


 覆面男の大喝(だいかつ)が聞こえた。


 リオンはその声に聞き覚えがあった。


 作られた記憶によって開錠された深層心理が物心もつかない遠い記憶の中から語り掛けてくる。


 私はあの人を……知っている!


「今だ、サイラス!」


「了解!」


「待て、リオン!」


 (まばゆ)く輝く魔法陣から風が吹き荒れた。


 ルビクは安堵から勝ち誇った笑みを浮かべ消えていく。


 リオンも同様にルビクの腕に抱かれ転移していった。


 光が消え、四人の姿は消えていた。


 脱力する覆面男にオタルバが飛び掛かり覆面男は絶体絶命となるがオタルバは短く叫ぶと急に気絶した。


 見れば腕を折られ吹き飛ばされたもう一人の覆面男が背後に立っていた。


「……殺しちゃいないだろうな」


「わかんね。亜人の頭蓋骨の堅さなんて知らねえもん」


 金槌でオタルバの後頭部を殴ったらしい。


 下敷きになっている覆面男がオタルバの頭を触るとふさふさした毛皮の感触の中に瘤のようなしこりを感じた。


「良かった。折れてない」


「あっ! なにどさくさに紛れて抱きついてんの? はれんち! 不潔ぅ!」


「……お前なあ」


 覆面男は立ち上がるとオタルバを優しくその場に寝かせた。


「任務失敗だねえ。どうするよ?」


「催眠、空間転移、超蘇生の術者とはな。連中もずいぶん貴重な魔法使いを当てて来たもんだ」


「感心できる場合なのね。あんまり焦ってない感じ?」


「ああ。俺たちは試合に負けて勝負に勝ったんだ」


「どういうことよ?」


「後で教える。今はここから逃げよう。他のジウの住人が近づいてきている」


「大賢老さんに教えてやらねえでいいのかい?」


「ああ。俺がいることはあの方に気取られないようにしたいんだ」


「ふうん。まあいいや。それじゃ、ずらかりますか!」


「あの子を見て確信した。あの子は誰にも渡せない。皇帝にも、教皇にも……ましてや大賢老にもだ。俺が行くまで誰も信用するなよ……リオン」


 男たちが去って程なくしてルーテルとラグ・レが駆け付けた。


 そこには頭に傷を負って倒れているオタルバだけが残っていた。


 ルビクは魔法使いの侵入者と合流しリオンを攫おうと画策した裏切り者だったらしい。


 探せどもリオンの姿は何処にも見当たらなかった。


 オタルバを抱えジウに戻ったラグ・レたちは大賢老の神殿に急いだ。


 シュビナの鐘によって起きていた住人たちは皆心配そうな顔で彼女たちを見下ろしていた。


 大賢老の傍には美しい妖魔の女性が立っていた。


 睡眠魔法の使い手である慈愛のイェメトだ。


『我の落ち度だ……』


 イェメトの口から大賢老の無念の声が漏れた。


 大賢老は気脈の流れと強大な魔力にのみ注視し、まさかルビクが魔力の調整が出来る手練れとは思ってもいなかった。


 青年でそのような芸当が出来るとは天賦の才があるとしか言えないだろう。


 それは、急に魔力を発現させた転移魔法の術者にも言えることだった。


「すまないジウ。あたしともあろうもんが後れを取っちまった。リオンは……攫われた」


『いいやオタルバ。我の落ち度だよ。ルビクの力を見誤り招き入れてしまったのは我だ。君が気に病むことはない。……それにしてもルビクは催眠魔法の使い手だったか。イエメトの睡眠魔法との相性が良い。イエメトが魔法を破られても気づけなかったのはそのためもあるだろう。彼らは我々をよく理解していたようだ』


「ジウよ……ルビクは、あの裏切り者は何処の手の者だい」


『…………』


「リオンが目的だったってことは……ゴドリックかい?」


『転移先では一瞬しか魔力を見せなかったがそこはゴドリックではなかった』


「では何処なのだ?」


『ラーヴァリエだ』


「なんだ……と」


「何故ラーヴァリエがリオンのことを知っているんだ?」


『おそらくゴドリックに潜入にしていた信徒たちの情報を整合して導きだしたのだろう』


「導き出せるものなのか」


『彼らはあの娘の出生を知っている。そしてラーヴァリエにも気脈を見る者がいたと仮定すれば簡単な話だ』


「くそ……ジウ、よ! どうするの……だ!? このままではラーヴァリエはあの娘を悪用するだ……ろう!」


『いや、それには及ばぬ。奇跡が起きている。リオンは……まだラーヴァリエの手には堕ちてはおらぬ』


「なんだって?」


『だがそれも束の間の安息に過ぎない』


「リオンは今、どこへ?」


『ランテヴィア大陸……ゴドリック帝国の東部。……ラグ・レよ。この奇跡がいったいどういうことなのかは我にも分らぬ。だが、リオンは修道院にいる。十一年前、我が命によってお前が訪れた始まりの地、アルバレル修道院に』


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『ジウの戦士たちよ。リオンを取り戻すのだ。あの娘を悪用されれば世界が滅ぶ。もはや形振(なりふ)りは構っていられない。世の不文律を守るため――』


『――我はゴドリックとラーヴァリエに宣戦布告をする』


 一同の顔つきが変わった。




 その頃リオンは薄闇の廃墟の中にいた。


 壊され風化した装飾品からそこがかつての修道院跡地であることは知識のないリオンには分からない。


 耳が痛くなるような静寂が腹の底から不安を沸き立たせる。


 リオンはただ一人となっていた。


「ここは何処? ねえ、……オタルバ。……ルビク?」


 朝の白じみにより徐々に輪郭を見せ始める修道院。


 そこはかつてリオンが記憶にもない幼子の頃に僅かにいたことのある場所だった。


 そして初めてあの覆面の男と出会った場所でもある。


 リオンを取り巻く数奇な物語は少しずつ全容を見せ始めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハラハラドキドキ。面白い。
[一言] 宗教の勧誘の方でしたか…ロブは元上司と上手くやってるようで何よりです!
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