表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

吸血姫(短編)

作者: べべ

吸血姫


月が美しい夜だった。

湖が月光を照らして揺らいでいる。


「ねぇ…起きてる?」

彼女は静かに問うた。

小さな声だが、それよりも静かなこの部屋ではよく聞こえた。


「今日で、あなたと出会って何日になるのかしら」

「色んなことがあったわね。ほんとうに。最初はあなたのこと、全然好きなんかじゃなかったのに」


彼女は椅子の背に向かって少し微笑んだ。

その奥のベランダは月明かりが微かに照らしている。


「真っ黒な髪。無駄に大きな体。まぁ、今ではそれも…見る影もないわね」

椅子の横をゆっくり歩いて通り抜ける。

記憶の中の彼を瞼の裏に浮かべながら、小さな歩幅でベランダへと向かう。


「あなたの声も。あなたの匂いも。あなたの温もりも。全部、当たり前だった」

冷たい夜しか生きられない私を。

照らしてくれたのはあなたの優しさだった。

またこうして夜が訪れても、あなたのくれたものがたくさん私をあったかくしてくれる。



「いつもあって、当たり前で。あなたがいるのが私の日常で。あなたがいるから、毎日が楽しくて、幸せだったのね」


優しい月は、遠くから眺めるだけで。

光だけが、包んでくれる。

真っ暗な夜の闇の中で。


「わかってたことよね。お別れは、来るものだから」

振り返って、歩き出す。

椅子に座り、薄い光を帯びた彼の顔を見つめる。


「寂しくなんかないわ。あなたがここに来る前に戻っただけよ」

「ただ…それだけなんだから」

独りは嫌いじゃない。ずっと独りだったから。

きっと、慣れてしまったのだ。

人の温もりに。肌のあたたかさに。

なぜか、孤独が怖く思える。

怖いのは孤独なんかじゃない。

彼を忘れてしまうことだ。



彼女は感じていた。

胸がずっと痛むのだ。

彼を想うと、胸が痛む。胸が痛むと、切なくなる。

心に穴が開いて、ヒュウヒュウと風が吹いているように、胸の奥に拭いきれない喪失感があることをずっと感じていた。

抱きしめてほしい。頭を撫でてほしい。

話をしてほしい。笑顔を見せてほしい。

それも全て、叶わない。


「今日は、私の220回目の誕生日よ?ほら、祝ってよ」

静かな部屋は、彼女の声を呑み込んでしまう。

「祝って…よ…。おめでとうって、大きくなったなって言ってよ…。2人で、また来年も祝おうって、言ったじゃない…」

潤んだ瞳が雫を落とす。



「あなたの好きだったこの白い髪、今ではお揃いね」

美しい髪と透き通るような白い肌。

吸血鬼の彼女は優しく囁いた。



あなたが言ってくれたこと

一つも忘れてなんかいないわ


永遠にいられなくてもいい

君のそばで静かに睡ることが、一番好きなことなんだ

君が立派なレディになるまで、僕は生きられないけれど

君を悲しませてしまうけれど

それでも僕と生きて欲しい

君はまるでお月様だね

変わらない美しさで、いつも僕を包んでくれる


「愛してるわ…あなた…。今までも、これからも。永遠に、あなただけを…」

彼女は独り鎮魂歌を口ずさんだ。

ハッピーバースデーと。



月の光は優しさと儚さを帯びながら。

2人きりを包んで溶けていく。

永遠に、いつまでも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ