97 魂魄魔法使いの討伐その一
両脇には鬱蒼とした森が広がる道を、ゴトゴトと馬車に揺られながら移動する。
馬車の進む道はほとんど使用されることがないらしく、路面には凹凸が多い。
時折倒木が転がっていたりして、移動の中断も多く進行はやや遅延気味だ。
現在俺は、王国軍が魂魄魔法使い討伐のために組織した、混成部隊と共に行動している。
行き先は王都南東部の丘陵地帯にある砦だ。
そこに、魂魄魔法使い達が潜伏しているらしい。
討伐が決定された経緯は、王より詳しく聞き及んでいる。
罪状は先王の弑逆。
先王はある時を境に急激に衰弱し、五年程前に命を落としている。ある者はこれを、戦時において国を守り抜いた先王が、平和な時代に入って時が経ち、気が緩んだのだろうと言った。大役を果たし終えた見事な大往生だと。
しかし、現王はこれを強く否定した。
年齢は六十歳程度で、死ぬにはまだ早い。
更には他にもそう確信する理由があったようだ。
現王曰く。
「あの様な死に方をする者が、直前に平和な時代の夢を語ったりすまい。あのまま壮健であれば、ひ孫すら見ることができたというのに……」
どうやら先王は次代に平和な時代を託すこと、そしてそれを穏やかに眺める未来を心待ちにすると、語ったらしい。
かくして、先王の死因に疑いを持った現王フェルナンドは、原因究明を学会に依頼。
現代魔法学の粋を集めた学会は、時間を掛けつつも、その依頼に見事に応えた。
先王の遺体から発見されたもの。
それは魔力を内側から暴走させる術式の残滓であった。
これを受けて、先王に魔法を掛けられる立場の者は、全て洗い出されることになった。
近親者、理力魔法使い、神聖魔法使いの専属治癒術師などが、魔法的に調査され、全て白だと断定された。そして最終的に、他国との交渉時に精神魔法への対抗手段として先王に同行した、ある魂魄魔法使いが浮かび上がったのだという。
「これがついひと月前のことです。我々は、件の魂魄魔法使いを王城に呼び出そうと、伝達役を送り出しました。しかしその者は、魂魄魔法使いを訪問したきり行方不明となり、後日物言わぬ姿となって見つかったのです」
説明役だった公爵の口調は、静かな怒りを隠すように淡々としたものだった。
伝達役の死因は、内側からの魔力の暴走であったという。
自白も同然の手口だ。反逆行為を認めたと言って間違いはないだろう。
いかに魂魄魔法使いと言えど、どれだけ普段威圧的に振舞っていようと、ここまでの行動は過去類を見ないものであったらしい。
俺が迷宮で消息を絶っていたころにそんな出来事があったんだな。
この件で忙しいところに邪神復活なんて情報が追加され、さぞ心労を掛けたことだろう。
とにかく王は、魂魄魔法使いのこの行動を受けて、討伐を決意したということである。
しかし、戦力を整えようとした矢先。
オーフェリア王国に所属していた全ての魂魄魔法使いが、件の魂魄魔法使いと共に姿をくらました。
すぐさま捜索が開始され、手勢となった傭兵崩れの動向から、潜伏先が割り出されたようだ。
それが今俺が向かっている場所。戦争期に内陸の防衛線の一つとして建設され、その後廃棄されたレーベン丘陵ログエス砦なのである。
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「ふー、こんなことやってる場合なんすかねえ……」
「そう言うなって。別にメリットが無いわけじゃないし、お前も軍の訓練に参加できたりしてたじゃないか」
「ま、そうっすけどね……。俺としては、もうちょっと本格的にやりたかったっていうか」
トビーのボヤキは、ズーグが自身の強化に邁進していることからくる焦りだろう。
俺も初動から戦力強化と関係無さそうなことをするのには、少し躊躇いはあった。
しかし最終的には、この討伐に協力することは、大きな利益になって返ってくると思っている。実際この討伐戦後にも、魂魄魔法使い達が蓄積した研究データを共有させてもらえることになってるしな。
もともと魂魄魔法は精神支配系の魔法の抑止力的な位置づけだ。
王国としても、その使い手を討伐するならば、別の手段を構築することは必須事項なのである。
つまり、俺は国主導で行われる魔法研究の、美味しいところだけもらえるという寸法なのだ。
面会では「責任の分け前を」なんて言った手前、この件を俺に依頼することに王は及び腰であった。しかし俺としては、得られるものがあるなら問題はない。
そもそも俺が魂魄魔法について行った提案は、俺自身の扱える魂魄魔法の術式を解析し、精神抵抗やその他のバフの手段と使い手を増やすことだ。その研究を国の方で進めてもらえるなら、俺が別の戦力増強に時間を費やせることにもつながる。
魔法学会の偉い人によれば、魂魄魔法の研究が進めば、身体強化や魔装術と言った戦士魔法にもバフを掛けれる可能性があるらしいしな。
上手くいけば精神抵抗用の魔法や魔法バフだけじゃなく、アトラの言った通り邪神の眷属戦における鍵になりそうだ。
「リョウ様、お時間です」
馬車が止まり、従卒が呼びに来た。
馬の休憩時間には、こうして主要なメンバーが集まって戦力のすり合わせや協同した戦術を検討することになっている。これは王国軍混成討伐部隊が急造だということもあるが、当然俺達が軍隊の異物だからに他ならない。魂魄魔法を扱えるため、予想以上に戦力として期待されているのもあるようだが。
「ああ、すいません。今行きます」
「あの、私に敬語を使う必要はないのですが……」
「そんなことは無いですよ。私は王の客人ですから……。他者の領域であるがままに振舞うのは、客とは言えないでしょう。ですので、王国政府所属の方には全て丁寧語で話させていただきますよ」
とは言うが、実際には本職の軍人に囲まれて、単に俺が恐縮しているだけである。
「畏まりました。ではこのままで」
真面目な従卒の兵士は、納得したように頭を下げた。
本当に理解してくれたかは分からないが、まあいいだろう。
とりあえず、部隊長以上の会合に向かうことにする。
ちなみに、カトレアは現在マイトリスでお留守番である。
今回は軍の輜重隊がいるからな。荷物持ちは不要なのだ。
それを伝えると、彼女は「覚えてなよ! 目にもの見せてやるから!」と息巻いていたが……まあ発奮材料になったようでなによりである。
話し合いの場には簡素な組み立て椅子が車座に置かれている。
俺は先程の休憩で中断していた軍人と戦術の構築を再開した。
俺とトビーの戦術と王国軍の戦術。
それのすり合わせは結構楽しい作業だった。
ちょっと不謹慎だとは思うが、大人数ゆえの行動原理や考え方にはかなり新鮮な驚きがある。行動速度自体もかなり違う。俺達は強襲部隊に組み込まれたのであまり関係は無いが、討伐軍主力の戦いには注目したいところである。
ちなみに、王国軍混成討伐隊は全部で約百五十名。
剣兵、弓兵、工兵、魔法兵、騎兵の混成部隊で、剣兵がやや多め、騎兵がごく少数という構成である。
平野での決戦ではなく屋内戦を想定しているようだ。
精神魔法防御のための魔道具は当然全員が所持している。
魂魄魔法使いの扱う精神系魔法は魔道具の抵抗を貫通するらしいが、直接対決は俺が所属する強襲部隊なのでフォローは可能だ。
手勢である傭兵崩れや使役されるアンデッドとの戦いには、魔道具のみで支障は無いだろう。
砦攻めの方法については、さすがに良く知らないからおまかせである。
とは思ったが、折角なのでフルパワーでパーフェクトコンバージョンを叩き付けるのはどうかと提案してみた。
するとドン引きされつつも戦術自体は採用され、先制の火魔法で手勢の数を減らす方針で決定した。俺は使役される幽霊系のアンデッドへ神聖魔法を使うことを想定して待機である。
神聖魔法使いは王国軍においても数は少ないからな。フルパワー究極熱量変換はちょっとやってみたかったが、仕方ない。
最終的に、遠距離から魔法による攻撃を行い、弓兵による牽制と外壁の破壊、突入の後に強襲部隊を魂魄魔法使いにぶつけるという作戦となった。
そして会議の後に再び行軍は開始され、一夜明けた翌朝。
とうとう俺達は目的の砦を目視できる地点まで到着した。
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序盤の伏線関係や読み易さが段違いに改善されているので、
ぜひ手に取っていただければと思います!
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