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96 王との面会その二


「我がオーフェリア王国の王族には、建国時より代々伝わっている話がある」


 王はそんな言葉で、話の口火を切った。


「建国王は『悪しきものの復活に備えよ』と言葉を残された」


 そして「この言葉を次代に伝えるべし」とも。どうやら王国の前身である集団は、元々はそのために組織されたものであったらしい。


「確か、この国は建国王が平原に点在する集落をまとめあげ、作られたものだと聞き及んでおりますが」

「それは一般的な見識だな。実際には、先に述べた通りなのだ」


 そもそも建国当時、大した国家は一つも存在していなかった。

 その理由は平原に跋扈ばっこする魔物によるもので、長らく人類は魔物の襲撃におびえながら、細々と暮らしていたのだという。

 その時代、人間は文明と呼べるほどのものを持たず、扱う道具や武器防具は貧弱そのもの。魔法も時折先天的に扱える者が現れる、超能力なような扱いだったらしい。


 時代としては邪神により文明が滅ぼされてから、数百年くらいが経過したころだろうか。

 そんな不遇の時代であった折、建国王が集団を統率して魔物の掃討を始めた。そして幾多の犠牲の末に徐々に魔物は数を減らし、平原に人々が定住できる安寧の地が生まれたのである。


「それらの大偉業が、全て『悪しきものの復活』に備えるためのものだと?」

「そうだ。魔物を狩り、人の住める土地を増やし、文明を栄えさせる。国としてはごくごく自然な動きだろう。しかしその裏では、ずっとその言葉が王家の指針となってきたのだ」


 そして、と言った王と視線がぶつかる。


「とうとう……そなたが現れた。言い伝えられた『兆し』を伴ってな」

「兆し?」

「建国王の言葉はこう続く。『復活が近づいた時、明確なる兆しが訪れるだろう。たもとを分かち、それぞれの道をくことになった、森の民からの兆しが』とね」


 つまり、それがアトラ達ということか。

 彼女らがそこまで重要なファクターだとは知らなかった。しかしそれならば、俺が面会をする前に、王が軍の協力を認めたことにも得心がいく。

 アトラ達の存在と彼女らが伝えた言葉。それらは俺がマイトリスに帰還する前に、公爵を介して王に伝わっているわけだからな。

 まあそれにしたって判断がやけに早いとは思うが。


 それについて王に問いかけてみると、


「森に生きる民たちの立場は、歴史を真に学ばねば、読み解くのは困難だろう。いにしえにおいて、人間と森の民は魔物の掃討に協力した。しかしそれ以降、我らの文化に交わりは無い。生活圏を接し人の交わりはあったとしても、決して国同士の関わりは持ってこなかった。話し合いが持たれたことは、もちろん幾度もあるにも関わらずな」


 と、そんな回答が返ってきた。


「つまり国家間の交流をあえて『行わない』としてきた理由があると?」

「然り。建国時に別の道を征くことになった時を除けば、以降の話し合いの時には既に、人間は文明を持っていた。そして森の民達は、文明ではなく精霊とのよしみを護ることを、どの時代でも常に優先してきたのだ」


 森の民達は精霊からいつか重要な託宣が下ると信じ、信仰を保ち続けてきた。

 人間が悪しきものに対抗するため育てた文明。それは自然との乖離かいりを意味し、ひいては精霊との乖離を意味していたようだ。ゆえに森の民たちは、人間の文明と交わることを良しとしなかったのである。


「そう……だったのですね」


 誰も彼もが、自分達の使命を全うしようと、これまで時代を重ねてきたのだ。

 それを理解して、俺は鳥肌が立つような思いだった。


 人間が育てた文明は、人は、魔法は、邪神への対抗手段になりうるだろうか。

 森の民が護った精霊とのよしみは、正しく邪神の復活の兆しを人間へと伝えてくれた。


 フェリシアだってそうだ。

 迷宮の外の世界に注意を払ってこなかったのは、彼女の能力を考えれば落ち度と言えるかもしれない。しかし千年もの間、彼女は邪神の封印とずっと向き合い続け、今に至るまでそれを維持し続けてきたのだ。

 そして彼女は俺と言う最後の切り札を創り出し、これまでの器が越えられなかった壁を越えさせることに成功した。


 これだけ条件が揃えば、機は熟したと勝手に感動してしまいそうになるな。

 フェリシアはこの件は知らなさそうだが、彼女があの時感情的になったのを、俺はもう笑うことはできない。

 俺は巻き込まれた側の人間だ。しかし状況はお膳立てられていると言っていいほどである。これでいつまでも、独り善がりに不幸ぶっている訳にはいかないだろう。


「さて。簡単ではあるが、私からの話はこれで以上だ。我が国も当事者であると、ご理解いいただけたかな?」

「ええ、もちろんです。……と言うより、認識を改めさせられました」


 王の問いに、俺はついそう返した。

 ここまでの話を聞いて、自分の認識の甘さをちょっと情けなく思ってしまったからだ。


 だってそうだろう?

 確かに俺は迷宮の底で、聖女から自身の役目を聞かされた。身勝手な願い、背負わされた重責……。世界を救うことは俺だけの重大なミッションで、俺が頑張らねはならないと、そう気負ってしまったのは自然なことだろう。


 けれど、少し考えれば分かったはずだ。

 長い人類の歴史の中で、幾度も邪神に滅ぼされ、未来を奪われてきたのが誰なのかを。そして彼らが今もなお無抵抗だと、そう決めつけていいはずがないと言うことを。


「今日陛下に話を伺うまで、私はそのことに思い当たりませんでした……正直なところ、私は自惚れていたのだと思います」


 発した言葉の苦さに辟易へきえきとする。

 バツが悪くて、顔が苦笑にゆがむ。


 全く考えが浅いんだよな。

 これじゃあフェリシアを咎めることなんてできやしない。


 と、そう一人で落ち込んでいると、対面の王は首を振って否定の意を示した。


「そんなことはないぞ、リョウ殿。そなたには自惚れる資格があるだろう。我々は今日この日が訪れるまで、来たる日を待っていただけなのだ。そしてそれは、森の民にしても同じ。戦いとなれば責任は分散するだろうが、それでも大いなる力を授かったリョウ殿と比べれば、微々たるものだ」


 王の言葉に、公爵も王子も頷いている。


「そなたはすでに多くを背負っている。故にこれ以上、背追い込む必要はないのだよ」


 そう言って、王は少し楽しげに笑みを浮かべた。


「むしろ……少しは責任の分け前をいただかなければならぬ。邪神に逆撃を加えるのは、我が一族の悲願でもある。勝利の美酒に酔うためには、多少の責任を果たさねばな。でなければ色々と申し訳も立たんだろう」


 茶化すように「責任の分け前」などと言う、王の声色は優しかった。


 俺はずっと、事情を知らない人たちを説得しなければならないと思っていた。

 唐突な滅びの話を信じさせ、関係ない人達を巻き込まなければならないと。


 けれど、彼らは元より味方だったのだ。

 俺が知らなかったというだけで。


「……ありがとうございます。では改めて、来たるべき時に向けて、軍の協力をお願いしたく」


 そう言って頭を下げれば、王は朗らかに笑い声を上げた。


「もちろんだ。先には他にも要望があると言っていたが、それも伺おうではないか」


 頷いて、俺は唯神教が保管する力の宝珠の話をする。

 恐らく宝珠は失われるため、譲渡を要請する必要があることも、併せて伝えた。


 そしてもう一つ。

 それは魂魄魔法使いの協力、ないしは術式開示の要請であった。


 これこそが、アトラから聞いた魂魄魔法の重要性により、追加された事項である。


 どうやら古の人間は最初に魂魄魔法を開発し、邪神による意志の搾取に対抗してきたらしい。

 もちろん、対抗しきれなかったため文明は滅ぼされてきた。

 それのみで明確な対抗手段とは言い切れないだろう。


 しかし事ここに至って、その重要度は増していると、アトラは言った。

 

 人間と森の民は再び協力するに至った。

 今の人類には、神聖魔法があり、理力魔法があり、精霊魔法がある。

 戦力の再集結が適った今ならば、人の力を内側から賦活化する魂魄魔法が、全てにおける戦力の底上げになるだろうと。


「うむ……なるほど」

「いかがでしょうか」


 俺の語った話に、あご髭を撫でながら王は思案げな様子だ。 

 なにか懸念でもあるのだろうか。


「いや、そうではない。唯神教の方は恐らく問題無いだろう。現在の聖女は話の分かる方だ。事情を伝えれば、必ずや協力をしてくれるだろう。理解を得るための助力はこちらでもさせていただく」

「では、やはり魂魄魔法使いですか」


 俺の問いに、首肯が返ってくる。


 まあ、正直なところ予想はしていたことだった。

 なにせクロウさんのところでズーグを購入した時から、魂魄魔法使いの難物さ加減はかなり伝え聞いてるからな。


「そうだな、なんと言えばいいのか……。ひとつ、そなたに依頼したいことがあるのだ」

「依頼?」

「そなたに責任を負わせるようで心苦しいのだが……」


 眉根を寄せた、苦々しい表情である。

 その王の口から飛び出したのは、次のような言葉であった。


「そなたに……魂魄魔法使いの討伐を頼みたいのだ」


 


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[気になる点] 協力を要請するはずが討伐…………?????
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