94 来るべき日の始まり
「……と、言うのが話の全てです。昨日アトラさんたちに初めて聞いた話も含まれていますが、これから俺達がやるべきこと……ご理解いただけましたか?」
探索者組合の会議室で、俺は話を終えた。
場はしんと静まり返っているが、面々の表情から悲壮感のようなものは感じられない。
元々フェリシアに言われていたことを含め、アトラから聞いた邪神の情報や神聖・魂魄魔法の重要性を俺は語った。
情報量もさることながら、俺自身、衝撃冷めやらぬ話も含まれている。
それでこの反応なのだから、流石に皆大したものだ。
「さて、皆の衆よ」
沈黙を破るかのように、アルセイド公爵がパンと手を打ち鳴らした。
「今の話だが、原則他言無用とする。理由は言わずともよいな?」
反論はない。
邪神の情報は民衆の感情に悪影響を与えるからな。
それは引いては、彼の存在の利益になる可能性がある。
もちろん邪神は今、迷宮に封印されている状態だ。
確実にそうなるとは言い切れない。
しかし意図的に封印が緩められ、復活が近いというこの状況で、全く問題無いとも言えないだろう。
「それでは、我々はどのように動けばよろしいので?」
「国主導で大きい仕事がある、とでも説明すればよかろう」
「儲け話、としてしまっても?」
「構わん」
商人はそれで動くということだろう。
アルセイド公爵とクロウさんが、阿吽の呼吸で話を進めていく。
「ほ、他の探索者組合へは、わ、私が説明をしなければなりませんでしょうか」
弱気な発言をしたのは、マイトリス探索者組合の組合長である。
面々の中でこの人だけ殆ど面識がないのだが、突然世界の命運を賭けた話に巻き込まれた哀れなおっさんである。元々は白竜討伐の殊勲者の凱旋報告、ってだけの話だっただろうからな。
まあ、公爵が出張ってきている時点で、そんな程度じゃないのは分かろうものだが。
「よい。下手に同格のものから話をしては、面倒も多かろう。リョウ殿と共に私が話をつけてくる。王の名代といえば話は早いだろうからな。貴様は粛々と戦力を集め、迷宮探索を行えばよい。ただし、これまで以上に慎重にだ」
「は、畏まりましてございます」
公爵はホント、行動派で話が早い。
王の名代とかできるの、この国で王子・王女かこの人くらいだからな。
というかさり気に俺の呼称が呼び捨てから「殿」に変わっている。この国において、俺の立場が変わったということだ。今日出合い頭に王との面会を求められたから、それについては恐らくそこで何か話があるだろう。
……とりあえず、質問は以上のようだ。
俺からの報告会だから、締めの句は俺が言うべきだな。
ただ話を終えてしまう前に、俺は皆に覚えておいて欲しいことがあったので、それを口にすることにする。
「では最後にひとつ。皆さんに認識しておいてほしいことあります。俺と聖女……皆さんからは強い力を持った存在に思えるかもしれません。ですが、俺達は共に、強い力を持っただけの、ただの人間です」
全能ではなく、ミスも犯すし、考え至らないこともある。
そんな風に、俺は俺とフェリシアのことを説明した。
俺達に頼り切らず、事の成否を委ねず、共に成功までの道筋を考えて欲しいと。
フェリシアに迷宮の底で真実を伝えられ、戻って来てから僅かに数日。
その間に、俺は自分が一人では駄目なんだってことを知った。
そしてフェリシアが全能でも万能でもないことも、皆の言葉を聞いて理解した。
「だから皆さん、協力を、よろしくお願いします」
そう言って、俺は頭を下げた。
世界を救う英雄にしては、情けない姿かもしれない。
けど俺は俺だ。
背景が無くて薄っぺらな赤ちゃんみたいな奴だが、それでも世界を救ってみせる。
流されてだろうがなんだろうが知りやしない。
それだけは何度考え直そうが変わらないと、この時俺は地面を見つめながら、決意を新たにした。
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「協力をよろしく、か。中々良い演説でしたな。頭の下げどころも良く分かっておられる」
「下げどころというか、必死なだけですよ」
口調の変わった公爵に少し困惑しながら、そんなやり取りをする。
俺は報告会が解散した後、今後のスケジュールを詰めるため、引き続き会議室で公爵と顔を突き合わせていた。
「それで、リョウ殿には先に言った通り、まずは早急に陛下と面会いただきたい」
「はい。私も直接お会いできるのであれば、お願いしたいことがありますので」
「軍から戦力を出す件については、すでに話を通しております。そちらは心配なさらずともよろしいでしょう」
そこまで話が進んでいるのか。
話が早くて助かるが、なんかちょっと気になるな。
と、そんなことを考えつつも鉄面皮で話を続ける。
「それに加えて、唯神教との繋ぎを作っていただきたいのです」
「先ほどの話で出た力の宝珠とやらの話ですか。それも陛下との面会でお伝えすれば問題は無いはずです」
「そうですか……。であれば次は面会日の調整ですね」
一国の王様とのアポイントだからと話を振ったが、これも既に決まっているらしい。やはり王国としてもこの話はかなり重要視しているみたいである。「謁見」でなく「面会」と言っているのも、その証拠の一つだろう。
王様と同格扱いと考えると、物凄く気が引けるのだが。
俺としては、もう少し説得と言うか、色々説明した上で協力を得るイメージだったんだけどな。
話が早すぎてちょっとついていけない感がある。
この分だと、面会の理由も単なる挨拶じゃないんだろうな。
また何かびっくり情報が出て驚愕する羽目になるんだろうか。
もう勘弁してほしいんだが。
そんな風に、内心うんざりしつつも話は進み、三日後に転移で王城に向かうことになった。
俺は行ったことが無いので、公爵の連れてきた転移魔法使いに連れて行ってもらうかたちである。
「それでは三日後に領主館で」
「はい、よろしくお願いいたします」
領主館集合なのは転移が許されている場所がそこにあるからである。
俺はこれまで無法に転移をやってきたが、こうして場所を教えてもらえる立場になったし、これからは正式な場所を使うことになるんだろう。
その後解散となって、俺はズーグ達と連れ立って家へと戻ることにした。
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「さて、それでは私も出立の準備を始めようと思います」
家に戻るなり、玄関先でズーグがそう宣言し荷物をあさり始めた。
行くなら早いに越したことは無いけど、性急なやつである。
「いてもたってもいられないってか?」
「ええ、今の俺じゃあ、旦那の役には立てそうもない気がするのです。戦いに備えて戦力も連れ帰らねばなりませんしね」
役に立たないということは無いだろうが、虫の知らせでもあったのだろうか。
まあ空いた時間に手合わせして俺の成長も見てもらったし、何か感じるところがあったのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、遠出用の装備をゴソゴソやっていたズーグがふと、顔を上げた。
「どうした?」
「いえ、戦力のことを考えていたのですが、トビーも連れて行った方がよいでしょうか」
ズーグはトビーを仲間に加えて以来、教師役として鍛えてきた立場だ。
最後の戦いに臨むに当たって、弟子の強さも気になるということだろう。
「俺はどっちでも構わないけど……トビーはどうする?」
「そうっすねぇ……いや、俺はこっちに残りますよ。竜人に鍛えて貰って、何か得られるような気がしないっす。それよりは前に言っていたように、軍の強い人に教えを乞う方が良い気がします」
「そういうもんか」
「竜人の戦い方ってのは、竜人にしかできないもんっすからね」
なるほどな。
竜人との訓練では、強い敵との戦いという意味では良いかもしれないが、トビー個人の技量は我流で高めることになる。一方人間の強者との訓練なら、盗める技術があるかもしれないということか。
敵となる強者はフェリシアに用意してもらうこともできるだろうし、確かに後者のほうが良いかもしれない。まあ、そう単純なものでもないと思うが、トビーはそちらを優先すると判断したのである。
「……そうか。ならばトビー、旦那のことは頼んだぞ」
「もちろん。ご主人のことは任されました」
二人がそんな言葉を交わしている。
その横ではカトレアが「青春だねえ」とずれたことを言いながら、ニヤニヤ笑っている。
まあ、気持ちは分からなくもないけどな。
「カトレアだって、頑張ってもらわなくちゃいけないからな?」
「もちろんだよ。アタシだって置いてかれるのは癪だからね。ひとまず時間をおくれよ、ひと月くらいでいいからさ」
「別に良いけど、何するんだ?」
「基礎訓練からやり直すのさ。最後の戦いだけでいいから、全盛期くらいの力が出せるようにね」
決戦に向けてコンディションを整えるってことか。
なんというか、アスリートみたいなやつである。
どうせしばらく話し合いとか魔法の開発とかで彼女の手は空くだろうし、存分にやってもらうことにしよう。
「それじゃ、やりますか」
「その前に、お話なら中に入ってなさってくださいな」
気合を入れ直したところでレイアから小言をくらい、俺達はすごすごと家の中に入っていくのであった。
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