93 使者との面会
前回のあらすじ
自分の来歴を仲間に話し、自身の代わりに怒ってくれる皆を見て、リョウは重荷を少しおろす事ができた。
先の話もすることができて、安堵感からリョウはその日、すぐに眠りに落ちたのだった。
ぱちりと、目を開いた。
目覚めが良くて、自分でびっくりする。
本当に久しぶりに「良く寝た!」という感じだ。
ほんの少し罪悪感を覚えるのは、サラリーマン時代の名残だろうか。
「まあ、それも転写された記憶なんだけど。……さて」
自分でツッコミを入れながら立ち上がる。
窓から差す陽の光から判断するに、若干寝坊したかもしれない。
迷宮から戻ってきたばかりだから、仲間たちが気を使って起こさなかったのだろう。
「あら、起きられたんですね」
「おはよう、レイア」
自室を出てリビングに向かい、キッチンに立っていたレイアに挨拶をする。
すると彼女は苦笑しながら「もうお昼前ですよ」と言った。
「うわ、やっぱそうなのか。じゃあ使者の人たちを待たせてるかもしれないな……レイア、すぐ出たいから簡単な食事を作ってくれないか?」
探索者組合での報告会の前に、一度話のすり合わせをするって話だったからな。
大地の精霊アーテリンデさん経由でどういう話が伝わってるのか、ちゃんと知っておかないといけないだろう。まあ俺は情報の本丸であるフェリシアから話を聞いたから、あまり意味が無い可能性もあるが。
俺がそんなことを考えていると、レイアが何かを言い辛そうにしているのに気が付いた。
「どうしたんだ?」
「ええと……実は、ご主人様は昨日丸一日、眠っていらっしゃったのです」
「え? ええとそれはつまり……」
そう、あれだ。
「使者の人たちとの約束、すっぽかしたってことか?」
「はい」
「うっわ、やっちまった……」
結構なやらかし案件に、血の気が引く音が聞こえる。
こんな真正面から約束を破ったの久しぶりかもしれない。
この世界に来てからはもちろん、俺の元になった斎藤遼の記憶から考えてもそうだ。俺は自分を割とそそっかしいと言うか、完璧じゃない自覚はあるが、それでもアポイントをブッチするなんてそう簡単にやらかしたりはしない。
罪悪感と、早く謝罪をという切迫した焦りが湧いてくる。
いやもちろん、邪神だなんだと騒いだ直後で、スケールの小さい話ではあるんだけどな。
それはそれ、これはこれだ。
「そ、それで……レイアはこのことについてなんか聞いてるか?」
恐る恐る聞いてみると、レイアからは笑顔が返ってきた。
「はい。使者様は『お疲れだろうから気にせず休んで欲しい』と。体調が戻ったら改めて連絡して欲しいとおっしゃっておられましたよ」
宿泊先も伺っております、と差し出されたメモを受け取る。
怒ってないのか。
それは僥倖……と言いたいところだが、失礼なのは間違いないからな。
才能の器を持つ俺と、精霊の使者。立場的にこちらが上、と言うか前に話した感触的にそうだと思うが、早いところ支度して菓子折りでも持っていって謝ろう。
「と、とにかく食事を頼む。俺は出発の準備してくるから。ズーグ達は?」
「ズーグさんたちは訓練所です。食事はすぐに用意いたしますね」
ズーグ達はとりあえずいいか。
使者からの話は既に聞いているしな。
とにもかくにも、取り急ぎ謝るのが先決だろう。
その後俺はささっと食事を済ませ、すぐに家を出ることにした。
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茶菓子を買って向かったのは、市街区の宿屋である。
受付に連絡をお願いして、しばし待つ。
「お待たせいたしました、リョウ様」
迎えに来たのは樹人族(エルフっぽい種族)のホランド氏だ。
彼の先導に従って、面会の部屋へと移動する。
「ようこそいらっしゃいました」
「いえ、昨日の約束を破ってしまいすみませんでした。自身の体調のことを管理できないとはお恥ずかしい限りです」
「リョウ様は試練を越え、大役を仰せつかったばかりでしたから。休養はいずれにせよ必要だったことです。お気になさらないでください」
腰をしっかり折って頭を下げれば、大地の精霊の使者、鹿族の巫女であるアトラはやわらかい声でそう言った。
怒ってないという前提はあれど、やはり謝る時と言うのは緊張するよな。
落ち度を重ねる訳にもいかないし。
ただ、相手が水に流してくれるならいつまでも引き延ばすのも逆に失礼だろう。
俺は気を取り直すようにして(菓子折りをホランドに渡しつつ)、席に着く。
案内された部屋はどうやらホランドの部屋で、備え付けの二人掛けの席に俺とアトラが着いている。ホランドは護衛らしく彼女の後ろに立つかたちで、面会が始まった。
「……ではまず、私達の知り得ている情報を、全てお話いたしましょう」
そう口火を切ったアトラの話。
そこには予想外の情報が含まれていた。
もともとは俺の報告を効率良く行うため、俺と彼女達の持っている情報に齟齬が無いか、擦り合わせることが目的の面会だったはずだ。しかし彼女が全てと言ったのは単なる修辞ではなく、「まずは俺に」とまだ開示していなかった情報も含まれていたのである。
その内容は単なる状況確認になると思い込んでいた俺に、痛烈な衝撃を与えた。
話が核心に触れると、直前までののほほんとした空気が一瞬でどこかへと失せたほどだ。
まさかこんな話が残っていたとは。
自身の来歴のことやらでもうこれ以上驚くことはないと、完全に油断していた。
……彼女の話の内容。
邪神(彼女らは「邪なるもの」と呼んでいた)の復活が近いこと。
それに対抗するために器を持つ者、つまり俺が喚び出されたこと。
器を持つ者が迷宮で試練を受けていること。
その終了と共に、最後の戦いの幕が開けること。
そこまでは俺も知っている情報である。
しかし、それより先。
邪神の眷属との戦いが如何なるものであったか。
邪神がどのようにして文明を滅ぼしたのか。
そうした話は、フェリシアから具体的に語られなかったものだった。
その内容の凄まじさに、俺はしばし言葉を失ってしまった。
「これらのお話は、精霊様より『聖女を援けよ』との託宣をいただいたことから、我らが独自に集めた情報です。樹人族などは数百年生きますので、世代をまたぐことによる情報劣化も少なく、かなり情報収集の助けになりました」
アトラの言葉を受けて、ホランドに視線を向けると頷きが返ってくる。
彼が奔走してくれたということだろうか。
「まあ私の種族の話は、せいぜい前回だけに関するものですが。それ以前のものは全てアトラ様が、自己の喪失という危険を顧みず、精霊様を通じて世界の真理に触れ、得られたものです」
大地の精霊であるアーテリンデさん。それを介する世界の真理となると、世界記憶のことだろうか。
それにしても自己の喪失とは物騒な話である。
アトラはそれを知られたくなかったのか、自身の護衛からの暴露を受けて、苦笑している。
そこまでのことをして得た情報とは。
総括すると、つまり邪神とは『精神を喰らうもの』であるということだ。
邪神は人の精神を喰らい、自身のエネルギーとする。
喜びや愛情といった正の感情から、憎しみや嫉妬・猜疑心といった負の感情に至るまで。
彼の存在の影響下にある時、人々は行動の源となる精神を喰われ、ゆっくりと死に至る。眠るように、停滞するように、そうして有史以来いくつもの文明が滅ぼされてきたと言うのだ。
そして邪神はどちらかといえば、負の感情をより好むらしい。
そのため邪神は眷属を生み出し、魔物を煽動し、文明を荒らした。
街や村は荒らされ、女子供は八つ裂きにされ死体をばら撒かれ、人々は虚言で猜疑の心を植え付けられた。
人々は大いに怒り、悲しみ、憎しんだ。
彼の存在にその感情を収穫され、力に換えられるとも知らずに。
「聖女を援けよということは、つまり彼女はこの話を知らないということでしょうか」
「恐らくは。何度も滅ぼされた歴史を俯瞰して見なければ、分からないことですから」
この話が事実であるなら、現在の状況がいかに奇跡的かよく理解できる。
そもそも邪神を封印できたのが奇跡だが、そうしてヤツが身動きできない状況で、更に追撃を加えることができるのだから。
いや……これは俺が理解不足だっただけか。
フェリシアもこうしたことは言っていたし、俺がやるしかないんだと言っていたじゃないか。
「我々自然と共にある一族も、今回の機会は千載一遇と見ています。これまで絶滅を防ぐことしかできなかった歴史に、終止符を打つべしと」
「打て……るんですかね、終止符を」
衝撃的な話につい弱気が口に出てしまった。
しかし、その言葉はアトラによってすぐに打ち消される。
「もちろんです。そしてその方法こそは、聖女様がご存知でしょう。リョウ様もそれを伺ったのでは?」
コールゴッドによる力技のことか。
フェリシアは今知ったような話を俺に教えてくれなかったし、若干ポンコツなところがあるからな……。
危険を顧みず詳しい情報をもたらしてくれたアトラの方が、頼りに感じるくらいである。
俺がそう言うと、
「そのようなことはありませんよ。聖女様こそ対邪神における福音であり、リョウ様はその切り札なのですから」
力説するアトラは、この件についても根拠を持っているらしい。
どうやら獣人族や樹人族が強く誼を結ぶ精霊は、邪神より神格の落ちる存在らしい。それゆえ絶滅を回避することはできても、強力な対抗手段にはなり得なかったようだ。
一方人間族は弱く、上古の時代は邪神に搾取されては絶滅寸前まで追い込まれることを繰り返してきた。しかし長い歴史の中で魔法を身に着け、ついには邪神の神格を上回る存在の力を、借りることに成功したと。
「虚神がそうだと?」
「ええ。彼の存在は邪神より古き存在であり、その神格は邪神を上回る。人の身で喚び出せる程度の力で、邪神を封印できたのがよい証拠ではないですか? それに……」
「それに?」
「加えて人間族の原初の魔法、魂魄魔法をリョウ様は扱えるではないですか」
神聖魔法が対抗手段足り得るのは、彼女の話を聞いて納得できた。
だが、魂魄魔法がそれと何の関係があると言うのだろうか。
突然出てきたその名前に困惑してしまう。
しかしその後彼女が語った内容は、ここまでの話を上回る勢いで、俺を驚愕させることになるのであった。
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