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92 話し合い



「……と、まあそんな感じだな」


 俺が粗方話を終えると、その場はしんと静まり返った。


 この世界で過去に何が起こったか。

 フェリシアがたった独りで何と戦ってきたのか。

 俺が何のために造り出されたのか。


 使者とやらからある程度話を聞いていたらしい彼らは、邪神の話を聞いて深刻な表情を浮かべていた。そして聖女の苦闘に目を見開き、俺の話を聞いて最後には悲痛な表情となっていた。


 恐れていた俺の来歴へのリアクションはとても静かなものだった。

 偽りの記憶、造られた人格で接していたことに、何か悪感情が生まれるのではないかなんて。そんな漠然とした不安があったんだが。


 まあ冷静に考えれば、彼らがそんなことを思う訳がないことは、最初から明らかなんだよな。

 一体俺は何を怖がっていたと言うのか。


「うっ、うぅぅ……」


 気付けば、シータが小さく嗚咽を漏らし、ポロポロと涙をこぼしていた。


「こんなの、あんまりですよね……リョウさんは何も悪いことしてないのに……」


 こんな俺の境遇を哀れんでくれるのか。

 俺は彼女の優しい心根に触れて、胸に温かいものを感じる。


「その女……聖女さんっすか? 一回ぶっ飛ばしといたほうが良いんじゃないっすかね?」


 シータの言葉を受けるようにして、苛立たしげにトビーが言った。


「そんなこと言ったって俺の創造主だぞ?」

「関係ないね、落とし前はつけさせないと」

「ええ、旦那が心情的に無理というなら俺がやりましょう。聖女殿は旦那の創造主であって、俺の創造主ではありませんから」


 カトレアはともかく、ズークもか。

 言葉は発してないがレイアからも静かな怒りを感じるし。


 ……でもまあ、みんなが俺の代わりに怒ってくれるのは、ちょっと嬉しいかもしれない。

 俺はあの昏い迷宮の底で、自分の生い立ちに衝撃を受けたせいで、真っ当に怒りそびれた感じだったしな。直接話を聞いたからか、孤独な戦いを続けてきたフェリシアに同情してる部分もなくはないし。


「ふむ……それで。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかい?」


 流石に師匠は冷静か。

 この際彼女にも怒ったり同情して欲しいなー、なんて思ってたんだが。


「まず大前提として、フェリシアとか言う女の言うことは真実なのかい?」


 いややっぱキレてるわコレ。

 めちゃくちゃ堅い口調だし、理詰めで心を折りにくる系の怒り方だろ。

 と言うか俺を詰問するのやめて。俺を叱ってるつもりなくても心にクるから。


 その後、師匠を含め満場一致でフェリシアに当たり散らすみんなを、何故か俺が一生懸命なだめる羽目になった。なんで俺が聖女様の擁護をしてるのか分からないが、まあこれは彼女への貸しということにしよう。 


 それにしても……深刻ぶって話をした割に、なんだか締まらない感じになった。

 けれど心は凄く軽くなった気がする。

 自分の哀しい境遇に共感してもらって、その原因に対して代わりに怒ってもらっただけで、こんなに変わるなんてな。


 人間一人では駄目だってことだ。

 もしかしたら、あの迷宮の底に仲間と共に訪れていたら、結果は全然違ったのかもしれない。


「はあ、まったく」


 自身の不幸の源を必死になって擁護する俺が、その構図の可笑しさに苦笑を浮かべていると、師匠はそんな風に溜息を吐いた。


「君が聖女を庇う気持ちも分かるが……いや、もういい。その表情を見るに、もう大丈夫みたいだからね」

「ご心配お掛けしてすいません」

「いいさ。私だって君を大切に思ってるんだ、君が大変な時にちゃんと事情を知れて、肩入れできるんなら十分だと思うことにするよ。もちろんカトレアの言うように、聖女にはどこかで落とし前をつけさせないといけないだろうけどね」


 肩をすくめながら彼女がそう言うと、場には笑いが生まれた。

 師匠に大切と言われたのも嬉しいが、仲間たちがいつもの雰囲気に戻りつつあって安心する。彼女が「大切」と言ったその意味は今は置いておこう。

 

「それじゃあこれまでの話はここまでにしましょう。次はこれからについてお話します」


 俺がまとめるように師匠にそう言って、各々から頷きが返ってきた。



 ======



 これからの話。

 大目標はもちろんフェリシアの目的となる。

 すなわち邪神をこの世界から追い返すということだ。


「蒸し返すようだが、結局聖女の言について、何らかの証拠があるわけじゃないんだね?」

「ええ。それは俺自身の感覚と言うか……本能的なもので俺が信用しただけです」

「もちろん私も、それをまともに検証できるすべがあるとは思わないよ。話が大きすぎるしね。ただそうしたあやふやなものを盲信して、重荷を背負おうと言う姿勢は看過できない」


 フェリシアに協力するのはいいとして。

 全て彼女の思い通りにコトを運ぶ必要はないと、師匠は言いたいようだ。


「君だってすべてが終わったら、この世界で生きていくんだろう? そのことをもう少し考えて欲しいんだ」


 言われて、ハっとする。

 確かに俺は目の前に差し出された真実に呑まれて、使命の大きさで両手が一杯になっていたかもしれない。視野狭窄とはまさにこのことだな。

 邪神の復活は確かに世界の危機である。しかし目的を達成したその先を生きるつもりでいるなら、もっと俺自身の利益を含め、理想を高く持つべきだろう。


「それに聖女のやり方には疑問が残る点がいくつかある」


 師匠はソファに深く座り直し、身をそらすようにして腕を組んだ。


「例えば彼女自身のコピーを作らなかったのは何故なのか。あとは邪神を追い出したとして戻ってくることは無いのか、とかだね。その辺りちゃんと考えがあるのかもしれないが、君に説明が無いのはいただけない」


 結局のところ現時点で、みんなは「俺が信用している」から、フェリシアを信用しているだけってことだな。そして、俺はその信用の責任をもって、本当に彼女が信用できるかを見極めないといけないと。


 相手が創造主だからって気を抜くな。

 師匠のそんな厳しい声が聞こえるようだった。

 

「……分かりました。これからしっかり情報交換して、信頼できる関係を築けるよう、動いていきます」


 別に疑って、敵対視して、ってことじゃない。

 お互いの一方的な思い込みを取り払い、最後の戦いに憂いなく臨む準備をするってことだ。


 これも俺が自分のことで精一杯になって見落としてた点だったな。

 フェリシアは俺の創造主だが、別に全能の存在じゃない。

 強い力を持った、千年生きたただの女性だ。


 俺が彼女をフォローして、みんなには俺をフォローしてもらう。

 これからはそれを意識して動くことにしよう。


「それで、聖女からは何か具体的な指示はあったんですか?」

「ああ。邪神との対面の前に、その眷属との戦いがあるらしくってな。その戦いの準備をしろと言われた」


 俺はズーグの問いに頷きを返し、フェリシアからの指示を説明した。


 俺自身を鍛え上げること。

 邪神の第一の眷属、大悪魔と戦うための戦力を集めること。

 邪神の力を削ぐために迷宮内の魔物の討伐を進めること。

 そして唯神教から、旧文明時代よりのこされた「力の宝珠」を入手することである。


「帰ってくるまでにも色々考えてたんだが、まずは国に話を通さないといけないと思ってる。組合でやる予定の報告会に公爵閣下も参加するみたいだから、それはそこで話せばいいだろう」

「それが良いでしょう。アルセイド公爵は陛下に面会するとおっしゃっておりましたので、旦那の予想以上に話が進むかもしれませんね」


 は? なんで王様が出てくるんだ。

 いや使者から邪神との戦いについて話があったのか。

 だとしても王に会う必要は無いように感じるが……まあ、最終的には軍の力も借りたいし、その方が話は早いのかもしれない。


 とにかく、行動力のある公爵閣下のお陰で色々手順を端折れそうだ。

 迷宮探索を積極的に進めることも、唯神教に関することも、国側に話を通したいと思ってたし。


「となると、後は俺自身の強化だな。もちろんズーグ達にも最後まで付き合ってもらうつもりだから、そっちも考えないと」

「何か案はあるんっすか?」

「ひとつはもちろん迷宮探索だな。なにせこっちには迷宮の管理者がついてるんだ。かなりキツい修行も、死なない程度にできるんだよ」


 これは俺自身が体験したので間違いはない。

 欠損治癒は流石に必要なかったが、腕とか足を吹っ飛ばされてハイヒーリングで繋げるなんてことは結構あった。そういやリジェネレーションが造血にも使えると発見できたのは、こういう怪我があったればこそだったな。


「他には軍とか傭兵、探索者の強い奴と手合わせするのも考えてる。どうせ戦力を集めるんだしこれはついでだが……」

「旦那、少しよろしいですか」


 俺が考えながら話を進めていると、ズーグからそう問いかけがあった。

 斜向かいに座る彼を見れば、何か決心したような表情をしている。

 なんだろうか。


「俺は一度、故郷へ戻ろうと思います」

「ほう。そりゃまたどうして」

「まず第一に、戦力を連れ帰るためです。竜人の戦士であれば邪魔にはならないはずです。この世界の危機だと俺が説明すれば、間違いなく協力は得られます」


 ズーグの断言には確信が宿っていた。まあ確かにこいつは集落の恩人だしな。ズーグの意見なら聞いてくれそうだ。

 それにズーグが補足するには、方法はどうあれ人間が「戦士の力」を高く買い、即座に大金に換える文化を持っていなければ自分たちは生き延びられなかったと。恩とは言わずとも借りはあると、彼は言った。


「そしてもう一つ。俺は集落で、竜化術を修めてこようと思っています」

「なるほど……竜化術か」


 ズーグの提案は一理あるものだった。

 あの技能は彼が独学で伸ばしていたが、進捗は微々たるもの。俺としてはそれよりも、近接技能のレベルアップを目指し、魔装術を習得してもらおうと思っていたんだが。

 

 ただ、高レベルである近接技能は易々と上達するものではない。

 適性で考えれば竜化術も同じかもしれないが、どちらに伸びしろがあるかと聞かれたら後者であると思う。

 であれば、ここは選択するべきだろう。


「分かった。報告会が終わって全体が動き始めたら、ズーグは集落に向かってくれ。ついでに近接技能の修練も積んで、魔装術の習得にも努めてくれると嬉しい」

「了解しました」


 俺の決断に、ズーグが頷いた。


「じゃあ、話を戻そう。俺が強くなるための方法としてもう一つ考えているのが、魔法の習得だ」

「となると、私の出番というわけかい?」

「はい。フェリシアを交えて、一度使えそうな魔法を探しましょう。神聖魔法と魂魄魔法の術式解析もありますし、そこで新しく魔法を作れると嬉しいんですが……」


 俺の言葉に、師匠の瞳がきらりと光る。

 フェリシアは古代文明の生き(?)残りだ。彼女から魔法の話を聞けるとあって好奇心が疼くのだろう。


「……なるほど、君専用の、と言うわけか。それほどの相手と言うわけだね」


 反応はこうして取り澄ましてるが内心では快哉を上げてそうだ。

 言ったら怒るから言わないけど。


「それもありますが、迷宮内で熱を吸収する魔物に出会ったんです。迷宮の魔物は、地上の魔物と邪神の眷属、どちらかを模したものらしいんですが、フェリシアによればそいつは邪神の眷属を模したもののようでした」

「つまり、その親玉である大悪魔にもそれに相当する能力がある可能性があると、君は考えているわけだね」


 流石、師匠は話が早い。

 ついでに言えば、大悪魔自身が持っていなくとも、眷属を召喚するなど方法はいくらでもあるだろうからな。警戒はできるだけすべきだし、別の決め手を用意するに越したことはないはずだ。


「今のところ考えていることはこれくらいだ。俺も正直、自分のことがあったせいで、まだ考えがまとまり切ってないところもある。みんなも何か気付いたことがあったら言ってくれ。見落としがあるとマズいからな」


 最後にそうまとめ、帰還後最初のミーティングは終わりを告げた。

 

 なんと言うか、凄い疲れたな……。

 解散を宣言しても、みんな色々考えているのか、全然立ち上がらないし。

 まあ、話の内容的に言っても仕方ないことではあるんだけど。


 その後、俺は師匠に帰宅を促して(いつの間にかまあまあ遅い時間になっていた)、家まで送ることにした。

 道中もぽつぽつと会話はしたが、師匠は頭の中で別のことを考えているようだった。


 戻って来てもいまだソファに座ったままの面々におやすみを言い、俺はベッドに体を横たえると、一瞬で眠りに落ちたのであった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 読者のみんな怒ってるのかぁ……思考がフェリシア側なので別に怒る気にはなれないんだけど……人1人に出来ることなんてたかがしれてるし……いくら超常の力持ってたとしても
[良い点] ここまで読んだ中で、事情はあるにせよフェリシアの行動に対してだいぶイライラしてて、主人公が怒らないのでずっとモヤモヤした気持ちが残ってたんですけど、仲間が怒ってくれてるシーンでだいぶスッキ…
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