89 これからの話と地上への帰還
体に力が戻り、ふうと息を吐き出す。
しかしそれでも自分に対する「薄っぺらさ」の感覚は抜けていない。
真実を知り、その上で俺が拠り所にするものは分かった。
自分の力で魔法を唱えることができ、意志の力が戻ったことを実感した。
ただ、まだ足りないんだよな。
握りしめる拳を見つめ、以前と同じように力を込められているか不安になりながら、俺はもう一度溜息を吐いた。
「立ち上がったのね、リョウ」
声を掛けられて視線を上げる。
フェリシアは複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「あんまり嬉しそうじゃないな」
「嬉しいわよ。ホントは飛び跳ねて喜びたいくらい。でも、貴方がショックを受けた原因は私だもの」
なるほどな。そう言うことなら複雑な表情になるのも理解できる。
俺ものっけから喜色満面だったらイラっと来たかもしれないし、その辺は彼女も弁えているということだろう。
「わだかまりだって無くはないしな、俺も」
さっきは良く分からなかったが、改めて考えればやはりそう思う。
俺には生まれた瞬間からキツイ真実が用意されていた。そしてそれを造ったのはフェリシアなのだから。
俺の言葉にフェリシアも「それで構わない」と頷いている。
恨まれるのは承知の上ってことだろう。その割り切りは、今まさに割り切れない感情を抱える俺には羨ましく思えた。しかしそうできるからこそ、彼女が今まで邪神と拮抗してこれたというのもあるんだろう。まあ、良し悪しってことだな。
「それで……俺はこれからどうすりゃいい?」
「邪神を追い返すのに協力してくれるの?」
「そうでなきゃわざわざ立ち上がったりしないさ。何と言ってもこの世界は、俺が生まれて経験した全部が詰まった場所なんだ。邪神に滅ぼされるのを許すくらいなら、あのまま死んでたさ。その方が楽でいいからな」
俺が肩をすくめて言うと、フェリシアは俺に真実を語り始める前のように、くすりと自然な笑みを浮かべた。
「……ありがとう。本当に、感謝するわ」
そう言って頭を下げる彼女に、俺は「それで?」と続きを促す。
「邪神の追放に向けて、準備として貴方にやってもらいたいことは、いくつもあるわ。最悪私がごり押しでやるつもりだったけど、貴方は外でかなり上手くやっていたようだし、頼ってもいいかしら?」
その問いに頷きを返すと、フェリシアからの説明が始まった。
まず最優先事項は「力の宝珠」の回収だ、と言われた。
力の宝珠は交信術で抽出した超越存在のエネルギーを結晶化させたもので、旧魔法文明の研究者が作ったものらしい。これが邪神を封印するためのエネルギーとして、彼女が「当てがある」と言っていたもののようだ。
力の宝珠は文明が邪神に滅ぼされる際に遺失され、当時は探す余裕もなく、封印にも使用されなかった。それをこの千年の間に探し出し、在り処を特定したのだと言う。
「その在り処ってのは?」
「唯神教の保管庫ね。貴方のコネやら立場を使って借り受けて来てくれないかしら」
そんなことを言うフェリシアだが、借りるだけで済むわけがないのは自明である。
邪神を追い返すエネルギーとして使用するんだからな。
消費されないわけがない。
ちなみに借り受けるのが上手くいかなかった場合、アーテリンデさんの力を借りて「ちょっと持ち出し」てくるつもりのようだ。まあ要するに窃盗である。
アーテリンデさんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたので、そうならないためにも、頑張って欲しいとのことのことだ。
次に依頼されたのは戦力の集結である。
これが何のための戦力なのか、そしてどういう理由で集めるのか。
そうした疑問にもフェリシアはちゃんと答えてくれた。
「私たちは邪神の追放を行うわけだけど、相手もそれを座して待ってくれるわけじゃないわ。封印がある限り邪神は直接こっちに影響を与えられない。けれど漏れ出す瘴気を固めて眷属を造り出すことはできる。あまり例は無いけどこれまでもあったことよ。迷宮からスタンピードが発生する原因ね」
邪神が眷属を作成すると、その影響で迷宮の魔物が暴走するらしい。結晶化して無害化しているとは言え、迷宮の魔物の核は、元々邪神の瘴気に由来するものだからな。然もありなんというところか。
「追放を行う段になれば、邪神も抵抗して眷属を作成するでしょう。つまり本番に向けて、私たちは迷宮内部の魔物を減らす必要がある。邪神の眷属に利用されないようにね。それが戦力を結集させる一つ目の理由よ。……そしてもう一つはもちろん」
「邪神の眷属との戦いに向けてか」
言葉を引き継いで言うと、フェリシアは頷いた。
魔物の削減と、邪神の眷属との戦い。
この二つのための戦力か……。
前者については、彼女の方も時期を見て生成を絞るつもりらしい。ただあまり早すぎても瘴気の蓄積が早まり、眷属の誕生を早めることにも繋がる。彼女自身が魔物を消すこともできるが、それはコストの収支がマイナスになる。
そのためどちらかと言えば、瘴気をより多く魔物に変え、外の戦力にそれを削って欲しいとのことだ。
ちなみにそういう観点で言えば、王立探索隊は物凄く貢献しているらしい。
「ん? キンケイル迷宮の探索隊でも意味があるのか?」
「迷宮っていうのは、門番の所より深い部分は時空が歪んで一つに繋がってるのよ。三つ迷宮があっても、最深部はここ一つってことね」
たしか門番の間の入り口にある扉には、時空間系っぽい術式が刻まれてたんだったか。
それを裏付ける話である。
「それにしても……邪神の眷属との戦いに参加させるってことは、邪神のことは公にしていいのか?」
「構わないわ。どうやるかは任せるけど、上手くやってくれると助かるわね。必要があれば私も顔を出すから言ってちょうだい。少しなら大丈夫だから」
フェリシアのこの物言いに、つい口がへの字になってしまう。
だってこれ丸投げじゃねえか。いやまあ彼女に外の世界のことを言っても仕方ないのは分かるけど。
「私の言葉が重要視されるならいいけど、別に姿絵が残ってるわけじゃないし、行ってもオバケだってびっくりされるだけでしょうね。アーテリンデなんてもっての外だし。外の人間への影響力が一番あるのは、貴方なのよ」
かなり申し訳なさそうにフェリシアが言った。
戻ったら色々聞かれるだろうから、その流れでそう言う方向に持っていけるか……?
うーん、分からんところだ。できなくはなさそうだが、面倒なのは間違いないだろう。
「向かわせた使者からもある程度の話は伝わっているはずだから、話の信憑性については心配しないでも良いと思うけど……お願いできないかしら」
心苦しそうなフェリシアの表情と、すすすと寄ってきたアーテリンデさんからのお願い(してそうなただの視線)に負けて、俺は結局首を縦に振ることになった。
大変だろうが、仕方ないか。
アーテリンデさんには頼れないし、フェリシアは得意なこと以外はあんまりできないタイプの人間みたいだからな。
俺がやるしかあるまいよ。
そして最後に、フェリシアから俺の能力の向上を求められた。
試練であれだけ鍛えた俺だが、まだ足りないと言うことらしい。
ただこれは神降ろしのための能力ではなく、邪神の眷属との戦いで死なないための能力のようだ。
邪神の眷属との戦いでは、戦力を集めろと言ったように多数の人間が参加する。フェリシアも各迷宮の門番を呼び寄せて戦わせるつもりのようだ。そんな大規模戦闘が予想される戦場で、誰が死んだとしても絶対に死なせてはならないのが俺なのである。
ならば俺が戦闘に加わらないという選択肢もあるのではないか。
そう聞くと、そんな生易しい敵でもないらしい。フェリシア自身もブレスなどの援護をしてくれるつもりらしいが、戦闘に長けているわけでもない。最大戦力でもある俺を遊ばせておく余裕はないようだ。
外の戦力の強さや集まり具合にもよるだろうが、確かに俺の代わりと言われるとちょっと厳しいか。俺もそれくらいには自分の強さに自負はあるつもりだ。
ちなみに鍛錬の方法は、いつも通りの迷宮探索である。
瘴気も削れるし一石二鳥の方法なので俺も異論はない。
流石にもう飢餓状態でやるわけじゃないだろうしな。
「あれは虚神との親和性を無理矢理上げるための、模造体にしか使えない方法だしね。もう神降ろしは使えるみたいだし、やる意味が無いから」
とのことである。
あと、自己の鍛錬としてはフェリシアの魔法技能には少し興味があるよな。
失われた古代魔法や、千年の内に培った各種魔法はぜひとも教えてもらいたい。
そう聞くとフェリシアは「あまり戦闘に役立つものは無い」と渋っていたが、粘りに粘って最終的に教えてもらえることになった。
俺への罪悪感を盾にしたゴリ押しは、ちょっと気が引けたけど仕方ない。
何かの役に立つかもしれないし、応用できる師匠も俺にはあるのだ。
「さて……」
ここまで話をしてきて、やるべきことがかなり見えてきたな。
帰還後の事情説明。
その流れで公爵に唯神教に関する協力を打診し、ついでに戦力のことも相談する。
後は皆で探索を再開し、己を鍛え上げればいい。
自分の真実を求めて邁進していた、これまでとあんまり変わりはないな。
やるべきことを一つ一つ進めていこう。
そうやって考えていると、何となく、自分の調子が戻ってきたような気がする。
思考を巡らせる第一、第二思考。そして第三思考で下らないことを考える。
すっかり元の調子とは言えないかもしれないが、「やれる」「やってやる」という意志が芽生えているのは確かだった。
「よし……じゃあ、戻るか」
俺はそう宣言し、フェリシアとの連絡方法を聞いたうえで、アーテリンデさんの力によって地上へと転送された。
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あの時と同じ、黒い穴に吸い込まれて、俺は大地を踏みしめた。
「……外は明るいなあ」
随分と久方ぶりに受ける日差しに目が眩み、手を翳す。
場所は迷宮の入り口か。
迷宮内部に入る階段を背に、兵士の座っている椅子を右手に、俺は立っている。
「……」
不思議な感覚だった。
見慣れたはずの景色が、初めて見るような、それでいてとても懐かしく感じるような……。
これも自分の真実を知った心境の変化が生んだものだろうか。
それは分からないが、まあ悪くはない。
目に映る全て、これから経験する全てが、俺の「薄っぺら」を治していくんだからな。後は今まで経験してきたことも……か。
「あ、あのお……」
帰還の感動をぼんやりと受け止めていると、右手から声が掛かった。
声の主は当然、見張りの兵士である。
「い、今、突然現れませんでしたか?」
「ああ、すみません驚かせて。転移でここに出たみたいです。じゃ、俺はこれで」
彼には別に用は無いので立ち去ろうとすると「待ってください!」と強く呼び止められる。
「もしかして、竜殺しのリョウさんですか?」
「竜殺し? ああ、そう言えば。確かに俺はリョウですけど……」
「えっ、あっ! お、お待ちしていました! く、組合に、とにかく探索者組合に向かって下さい!」
物凄い動揺を見せる兵士に困惑したが、落ち着いて聞いてみると、俺が消えたことで外でも色々あったらしい。
自分の真実を知った驚きで忘れていたが、確かにそうか。
竜殺しを達成した直後に消えたっきりだもんな。
最初は俺の捜索隊が出たり、その後大地の精霊の使者が来たりとかがあって、今は俺の帰還を待つことになっているらしい。
それで俺が戻ってきたら、すぐに組合へ向かわせるように、この若い兵士は指示を受けていたようだ。
「なるほどなるほど」
「なので、まずは組合の方に向かって欲しいんですが……」
彼はボロボロの俺の装備を見て、ちょっと語尾を濁した。
白竜戦からこっち、死闘を経てきた俺の装備は見るも無残な状態なのである。
転移から日数も経っているし、疲れ果ててると思われたのだろう。
「大丈夫です。まずは報告に行きますよ」
「そ、そうですか……」
ちょっと腹が減ってきたが、リジェネで回復しつつ踵を返す。
空腹は……多分いきなり固形物は食べられなさそうだから、家に帰った後レイアにおかゆでも作ってもらうことにしよう。
「あ、そ、そうだ! ……ご、ご帰還お慶び申し上げますっ!」
そう声を上げる兵士に見送られ、俺は探索者組合へと足を向けた。
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