85 エピソード・ゼロ(リョウ) その二
迷宮奥地での戦いだった。
相対するのは炎を纏った一本角のフレイムデビル、冷気を纏った二本角のフロストデビルがそれぞれ五体。赤青好対照な体色の、のっぺりとした人型の魔物である。
「武具生成ッ!」
赤青どもが入り乱れるように格闘戦を仕掛けてくる中、俺は魔法の盾を展開して移動を阻害する。
強烈な冷気と熱量を持っている奴らには、まともに触れれば大ダメージは免れない。定石となりつつあるブレスからのドレインだが、それによって得たアドバンテージなど、甚大な接触ダメージによってすぐに無に帰してしまった。
「せあっ!」
危険な接触を避けて、現在俺は剣を抜いて奴らに対応している。
中遠距離から射出される多数の炎弾と氷結弾は……周辺視の範囲内だ。
対応には問題無い。
雨あられと降り注ぐ魔法の軌道を瞬時に判断し、その間隙を俺は三歩先に見出した。
盾で爪撃を弾いて一体の体勢を崩し、一歩。
刺突で直近の敵の胸部を貫きながら、二歩。
そしてパラライズで接近を一瞬止め、三歩。
「最大化・風魔法付与!」
僅かに生み出された時間にエンチャントを詠唱。
ここまでの戦いの中で、俺はやつらの性質がエレメンタルに近いことを見抜いていた。
であれば“吹き散らす”風魔法が有効に働くのは間違いない。
「はああっ!」
最も近くにいたフロストデビルに、撫でるような早い斬撃を三閃浴びせる。
風圧で纏っていた冷気が一時剥がれ、それは俺の切り札を決めるための隙となった。
「吸収」
剣を握る拳をぶつけるようにして、ドレインを発動する。
この魔法は、魔力体が身体の多くを構成するエレメントには特効を持つ。
纏った冷気による防壁を無しにできれば、一気にそのエネルギーを奪い去ることができるのだ。
そして俺は力を失ったフロストデビルに、エンチャントの乗った強烈な一撃を加えることに成功した。
「ゲ、ゲギィィイ」
袈裟懸けに両断され、崩れ落ちるフロストデビル。
しかしこれで一体討伐、と数えることはできない。
なぜならば、奴らはいとも容易く再生するからだ。
「ゲアァッ、ゲァッ」
「ゲゲァッ」
一体のフロストデビルが自身の一部を切り離して落とし、フレイムデビルが体を燃え上がらせれば、その一部が増殖してもう元通りだ。
どうやら奴らは氷炎五対で一個の魔物らしく、全体で魔力を共有し、魔力を用いて何度でも再生が可能なのである。
しかも恐らくは、冷気を作り出す過程で熱を取り出すような、そんな術式を持っている。分子の運動エネルギーを自由に操り『停止=冷』『運動=熱』を同時に作り出しているイメージだろうか。正直仕組みは不明だが、それによって超効率で得られる熱と冷気が配分され、奴らを形作っている。
つまり今俺が一体倒したわけだが、奴らにとっては魔力の減少という程度のダメージでしかなく、全体から言えばそれはごく一部なのである。
更に言えば、こいつらはそれぞれの属性に関してはエネルギーを吸収するほどの耐性を持っている。
この魔物と対峙した当初、俺は完全熱量転換の威力に任せて、フロストデビルを先に落とすことを選択した。
もちろんそれは間違いでは無く、早々に二体を倒すことに成功した。
しかし意気揚々と三体目を落としにかかった際、庇う動きを見せたフレイムデビルに、パーフェクトコンバージョンを直撃させてしまったのだ。
熱を吸収する魔物に対し、魔力を究極的なまでに熱量に変換した魔法をぶつける。
その危険性は言わずもがなだろう。
即座にフロストデビルが二体復活した上、しばらくブレスが掛かったかのような激烈な攻勢を受ける羽目になった。
それを何とか凌ぎ、ドレインでの接触時に莫大なダメージをもらったりしつつも、地道に無属性のエナジージャベリンや剣撃で削り、今に至るのである。
「さて、こっからだ」
気合を入れて、俺は剣を握り直した。
魔力から超効率で熱と冷気を取り出す魔物。
その術式を行使できている限り、再生を繰り返し、万全の状態で戦い続けることができる。
そんな相手との戦いは、すなわち消耗戦になることを意味していた。
「これもまた……試練ってことだな」
敵の特性からして、ドレインとパーフェクトコンバージョンに頼り切ることはできない。
自然、無属性魔法や近接戦での削り、そして他にも新しい戦術を模索することになるだろう。
しかもブレスの強化があっても、触れれば即座に手が炭化したり氷漬けになる強力な敵だ。集中を切らすことはできない。
しかしながら、それらは俺の能力を向上させる試練に他ならないのだ。
俺は「錬金術と看破で術式を盗めないかなぁ」などと第三思考で考えながら、再び魔物達との戦いを始めた。
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戦いが終わったのはおよそ一時間後だろうか。
意識に滑り込む飢餓をレジストするように再生を唱えながら、小休止を取る。
……自身の異常性について再認識した時は多少取り乱しはしたが、今は落ち着いて試練に向かえている。
なにせとやかく言っても仕方がないからな。俺がどれだけ不可思議な存在だとしても、それを解明するために迷宮の奥へと向かっているわけだし。
試練を越えて何かが明らかになるのは、少し怖い気もするが。
まあ、今はいい。
とにかく先に進むだけだ。
「さてさて、ステータス画面は……」
俺は気を取り直すように、習慣になりつつあるステータス確認を行うことにした。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(97)
スキル:斥候(5)、片手武器(6)、理力魔法(8)、鑑定(5)、神聖魔法(10)、魂魄魔法(8)、看破(6)、体術(7)、並列思考(7)、射撃(6)、空間把握(6)、盾使い(7)、情報処理(7)、剣使い(6)、錬金術(3)(SP残0)
……特に変化は無し、か。
かなり激しい戦いだったし、近接技能の一つくらいは上がっていそうなものだったが。
それにしても……総合レベルを見るにつけ、なんだか遠くまで来たなと感じる。
白竜戦前には80手前だったはずなんだが。
スキルレベルは、全体的に魔法技能以外が良く伸びた印象だ。
能力の底上げ、って感じだな。
片手武器、看破、射撃、空間把握、情報処理、剣使い。
この辺りが新たにスキルの崖を突破したものである。体術、並列思考、盾使いも一つレベルを上げている。
これらは強力な魔物達を相手に、一人で局面を維持、あるいは打開するために必要な能力だった。
いつも思うが「レベルアップしたから強くなった」のではなく、「訓練・経験を積んだ結果、レベルアップとして表れている」のである。魔法技能のレベルアップと同時に新魔法を覚えるため誤解しやすいが、成長が早まるだけで才能の器は案外平凡な能力なのだ。
まあ、SPを使って任意に技能を得られるのを除けば、だが。
あと伸びたのは神聖魔法か。区切りっぽいレベル10である。
これはブレスに加えてリジェネを連発していた成果だろうな。
レベル上昇で得たのは神降ろしである。師匠の話によれば、術者が死ぬ魔法なので、使うことは恐らくないだろう。効果もいまいち不明だし。
その他には……ああそうだ。
看破のレベルアップだが、ステータス画面の表示に変化はない。敵の動きや魔力とかの流れをなんとなく読み取れるようになったくらいである。
もちろん「くらい」とは言うが、一人で戦いを回していくに当たって、これは非常に重要な感覚だ。なんとなく読み取ったもので救われたことは何度もある。
恐らくステータス画面は才能の器の能力だから、看破や鑑定と完全にリンクしているわけではないのだろう。俺も戦闘を重ねてきて、もうステータス画面は自分のスキルレベル確認くらいにしか使ってないしな。
それとSPだが、レベル90で得られなかったので、更に頭打ちが進んだということだ。もう戦闘関連で取るものもあまり残ってないのでいいのだが、次いつ得られるかは少し気になる。衝動的に錬金術を取ってしまったこともあるしな。
「ふう……こんなもんか? それじゃ、またハラが減る前に移動するかな」
俺はスキルの確認を終え、自身にエクステンドヒールを掛けて疲労を除去し、立ち上がる。
「ウィスパーさん、そろそろ終わりなんじゃないか?」
俺は傍に立っていたウィスパーさんにそう声を掛けた。
先ほどの相手は中ボスと言って差し支えない強さだったし、地下十二階の探索ももう一週間近くになる。
これまでのペースからしても、そろそろ終わりが見えてもおかしくないと思ったのだ。
俺の問いかけを受けたウィスパーさんは、少し中空に視線を移した後、俺の方を見て人差し指を立てた。
「あと一本、ってやつか?」
首肯が返ってくる。
部活かよ、と内心突っ込んで、俺はひとり笑みを浮かべた。
まあ何と言うか、俺もお一人様に慣れたもんである。
ひとりツッコミなんて寂し過ぎるにもほどがあるが。
ウィスパーさんとの会話は基本ジェスチャーだから仕方がないのだ。
「……それにしても」
ウィスパーさんを見て、今ふと思ったことがある。
それは彼女……彼? の雰囲気が、さっきの赤青デビル達に少しにている気がするという点だ。
もちろん見た目は雲泥の差だが、なんと言うかウィスパーさんからもエレメント的な雰囲気を感じる。
そのことに、今更ながら気が付いた。
ふわふわと空中を滑るように移動するのも、非人間的だしな。
もちろん人間でないのは間違いないんだろうが。
ドレイン当てたら大ダメージが通りそうだ。
なんて、もういっそ清々しいまでに戦闘的な思考になってしまっている自分に、内心苦笑する。
いや、実際に苦笑を浮かべていたのか、ウィスパーさんは俺を見て小首をかしげていた。
その後、本当に再び赤青デビルどもと戦闘をさせられ、その戦闘を終えたあと、とうとう俺はその扉の前へと辿り着いたのであった。
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