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84 エピソード・ゼロ(リョウ) その一



 転移から数日が経過した。

 睡眠によって回復する諸々は、あくまで限定的なものであることが判明している。 


 特に空腹は顕著で、日が経つにつれて空腹を感じるまでの時間が短くなっているのだ。体力や魔力も同様に回復量が落ちているが、これはもしかすると空腹……もっと具体的に言えば、栄養素を摂取できていないことが理由かもしれないな。


 それについてウィスパーさんに質問をぶつけてみたが、あまり芳しい回答は得られていない。

 「この空腹大丈夫なの?」って感じの質問には首肯が返ってくるが、「腹減ったんだがどうすりゃいいの」って感じの質問にはノーコメントだ。

 これについてはどうやら答えが無いのではなく、答えられない・・・・・・みたいである。質問するとめっちゃ困った顔をするので、可哀そうになって今はしないようにしている。


 まあこの空腹は、今のところそんなに問題にもなってないしな。

 要はハラが減ったら眠れば良いのだ。活動時間は減っているが、もともと長期探索では一日に何度も仮眠取ったりしてたし、変わりはない。

 

 腹は減ったが戦はできる!

 そんな感じだった。


 あとここ数日で分かってきたことがもう一つある。

 それはウィスパーさんの道案内は恐らく、探索の短縮が目的ではないということだ。というかむしろ、積極的に敵の方に誘導しているフシもある。


 試練だと言っていたし、然もありなんというところか。

 戦闘自体は割とサクサクだからこれも問題はない。

 ブレスとドレインでブイブイ言わせながら、俺は先へと進んだ。




 七日が経った。


 地下十一階に侵入している。

 そして試練の方も非常に順調に進んでいる。

 現在の状況を改めてステータス画面で確認してみよう。



【ステータス画面】

名前:サイトウ・リョウ

年齢:25

性別:男

職業:才能の器(83)

スキル:斥候(5)、片手武器(5)、理力魔法(8)、鑑定(5)、神聖魔法(9)、魂魄魔法(8)、看破(5)、体術(6)、並列思考(6)、射撃(5)、空間把握(5)、盾使い(6)、情報処理(5)、剣使い(5)(SP残1)



 神聖魔法、魂魄魔法、体術、盾使いがそれぞれ一つずつ上昇した感じだな。


 魂魄魔法は、実は白竜戦後に伸びたものだ。

 あいつにドレインをぶち込んだのがかなり熟練度に影響したのだろうか。

 得られた魔法は「精神操作マインドコントロール」だ。名前は大仰だが、魂魄魔法のいつものヤツで、相手の抵抗を抜かないと効果は発揮しない。

 ただ今の俺がブレス込みで死ぬほど強化を掛けたなら、耐性装備を身につけても抵抗を突破できそうな気もする。なるほど魂魄魔法使いの人格が、かなり重要視される理由を改めて実感した気がする。こんなもんを辺り構わず使いそうなやつが居たとしたら、そりゃあ異常者扱いだよな。


 次に神聖魔法だが、これはブレスの使用回数が急激に増加した影響だろう。

 習得したのは「停滞ステイシス」という魔法である。これは対象の時間をわずかに止めるもので、そう聞くと死ぬほど強そうに見えるよな。だがその認識はすぐに打ち砕かれた。

 つまり止める時間が短い上に、制御に使う思考力・消費する魔力が尋常ではないのである。まあそりゃそうだとは思ったが、期待外れで溜息を吐いたのも事実である。これでは生モノを保存する魔法にすら使えそうにない。

 

 それから体術と盾使いのスキルが崖を越えた。

 恐らくはウィスパーさんの企みにより、このところ多数の敵と戦わされている。それは接敵の機会が増えるということだ。そして否応なく捌きや回避力が求められ、それに対応している内に体術と盾使いがレベルアップしたと言うわけである。

 そう言葉にしてしまうと簡単だが、かなり苦労はさせられた。俺は限界のたがが外れるブレスの効果の中で、まさしく限界を超えたという感覚を得たのである。


 なんと言うか恐ろしいことをしてくれるな、という感じだ。


 俺を追い込んでブレスを使わせる。

 そして才能の器の力を最大まで引き出す。

 これはそういう試練なのだと理解した。

 このままいけば他のスキルも崖を越えそうなものだが、果たしていつまで試練を課すつもりでいるのか。


「あとSPの使い道は……ああ駄目だ、腹が減った……」


 休憩がてらステータスの再確認をしていた俺は、とうとうその言葉を口にした。


 すでに起床して一時間以内には飢餓を感じるようになっている。

 戦っている時など、集中していればある程度気にならないが、気が抜けるとキツくなるのだ。

 だから休憩中も何かを考えるようにしており、それがステータス画面の確認だったわけだが……。


「腹減ったぁ」


 一度集中が切れると意識はそちらに持っていかれる。

 伊達に並列思考を鍛えてないので思考には問題無いが、空腹感と言うのはそれだけで耐えられるものでもない。

 体力はヒールで、魔力はドレインで補えるのが幸いだったが、精神的な疲労ばかりが溜まっていくのは辛い状況だった。


「腹が減った。ああくそ、休憩終わり! 次の魔物だ!」


 俺は立ち上がり、ウィスパーさんに声を掛けた。

 ウィスパーさんが無表情で指を差し、俺はその先へと足を進めた。

 



 十日目。

 飢餓感が消えない。


 何かに集中している間は気がまぎれるから、戦闘をする頻度は相当なものだ。

 あとはSPで『錬金術』の技能を取得し、術式を書き起こす練習をして、小休止の際の“集中稼ぎ”に使っている。


 SPは戦闘の方に残そうかとも思ったが、あまりにキツすぎてちょっと衝動的に取ってしまった。もちろん神聖・魂魄魔法の術式解析のために、いつかは習得したいと思っていた。しかし戦闘の役には立たなさそうだから、この状況下で最初は優先度を低く考えていたんだが。


 俺は飢餓の入り込む隙を潰すように、休憩時にもずっと魔法の術式を思い浮かべている。書くものは無いが、簡単な理力魔法くらいは脳内で術式を描写できるようになっている。錬金術のレベルもすでに3になった。

 ホントにどんだけやったんだと自分に言いたい。錬金術の「れ」の字にも至ってないのにこれである。ただそれくらい、飢餓から逃れることに俺は必死になっていたのだ。




 十二日目。

 飢餓から解放される方法を見つけた。

 発狂しそうになってあらゆる魔法を自分に掛けた俺は、「再生リジェネレーション」の魔法が空腹を和らげることを発見したのだ。


 これで俺はまだまだ戦える!

 そんな快哉を、一人迷宮の中で上げた。


 ウィスパーさんは柳眉を撓めて、悲しそうな表情をしていた。




 十七日目。

 十二階に侵入している。


 敵との戦いは苛烈を極めた。

 通路にいる時に、その通路と同等の巨大な体で戦いを仕掛けてくるスケイルワーム。

 明らかに達人並みの剣術技能を持つブラックナイト。

 暴風の行動阻害とその中を自由に動ける眷属を率いる鷲頭の巨人フレスベルグ

 迷宮の壁から無限と思えるほどの数が湧いてくるガーゴイル。


 俺は他にも多くの魔物を倒して迷宮を進んだ。

 まるで最終ダンジョンのようなラインナップのほとんどを、ブレスとドレイン、そして培った近接技能や並列思考、適切な魔法を駆使して処理していく。


 強さで言えば、かなりのところに来ている自覚がある。

 たった一人でこれだけのことができることに、我ながら驚きを隠せない。

 才能の器の力を引き出した結果がこれだと言うなら、俺が今までしてきたことは何だったのか。そんな疑問が少し生まれた。


 それに、ふと考えることがある。



 ……俺は……一体何なんだ? 



 リジェネで空腹から逃れ、自問する時間が増えている俺だが、そのリジェネによって感じることがひとつあった。

 それは「再生リジェネレーション」という魔法で体の中に取り込まれるエネルギーのことだ。


 リジェネレーションは、魔力を呼び水にして、超越存在からエネルギーを取り出し、身体に取り込ませることで損傷を回復させる魔法である。


 初めてこの魔法を自分に掛けたのは今の状況になる前のことだ。

 その時はあまり意識することもなく「おお、すげえ」みたいな感想しかなかった。

 次にこの状況になって使った時も、苦しめられた空腹が和らいだことだけが印象に残った。


 そして飢餓感軽減のためにくり返しリジェネを使うようになり、俺は気付いた。

 超越存在から取り込んだエネルギーが、あたかも元から俺の一部であったかのように、身体に馴染んでいくことを。


 そもそもリジェネレーションという魔法が、その対象となった者に与える感覚を詳細に知っている訳ではない。それに飢餓の回復という妙な使い方をしているせいであるとも考えられる。

 しかし、俺にはそれが元々の作用だとは到底思えなかったのだ。


 物事には理屈がある。

 俺に課された試練は何となく与えられたものではない。

 これまで倒してきた敵も、出てくる順番・種類・数は、後から思えば計算されたものだとよく分かる。


 適切な魔法を瞬間的に選別する判断力。

 数の差を覆すために同時並行で戦闘を遂行する思考力。

 近接戦になっても負けない、あるいはドレインを確実に決めるための近接技能。

 戦い傷付き、痛みに耐えること。

 そしてその傷を癒す技術。

 

 全ては俺の能力を向上させるためのものだった。


 では、飢餓の回復はどうなのか。

 空腹が何かの技能を鍛えるために、あえて残されたものでないと、どうして言い切れるのか。

 そして鍛錬であったとしたら、超越存在から取り込んだエネルギーが、まるで俺であるかのように良く馴染む理由はなんなのだ。


 もちろんそれは、二十日近く昼夜も無く、迷宮に籠っている男の妄言かもしれない。

 だが、俺にはもうそうとしか考えられなかった。


 俺は異常だ。

 異世界転移、才能の器……。

 本当はずっとそうだったのだが、俺はまるで初めて知ったかのような衝撃をもって、それを自覚した。



 迷宮の探索は、続いていく。




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