81 エピソード・ゼロ(カトレア)
あのクソったれな戦争で家族も村も失って、アタシは孤児になった。
その後難民じみた人の流れに乗って街に行き、お決まりのスラム生活から誘拐されて身売りの流れだ。
あの時代、アタシみたいなやつは一杯いたんじゃないかな、たぶん。
それでもアタシの場合、戦いの才能があったから良かった。
きっかけはただの反抗心で、確か理不尽な指導が気に入らなくて、護衛の男に掴みかかったんだったか。もうあんまり覚えていないけど、それで奴隷商……当時のご主人様は、アタシの使い道を決めたようだった。
それでトントン拍子で話は進み、しまいにゃ剣闘士の仲間入りだ。
もちろん当時は、最底辺の奴隷のメスガキだったからね。
特別訓練が施されたわけでもない。
浮浪児同士が取っ組み合うような剣闘の前座から始まった。
アタシは年上の剣闘奴隷の動きを盗み見て、自分なりの技を磨いた。
並み居る敵をなぎ倒して、剣と盾と鎧を与えられアタシはのし上がっていった。
自分で言うのもなんだけど、アタシは見た目もまあまあ良かったし、勝ち星を稼ぐにつれて人気も出た。
それで言い寄ってきた貴族や商人なんかも大勢いたね。
もちろん身分を盾にしたりだとか、気に入らないやつは握り潰してやったさ。紳士的だったり、男気のある戦士だったりで気に入ったやつとは、一夜限りの恋に溺れたりもしたけど。
まあ、アタシもあの頃は若かったし、人気もあったからできたことだ。
誰か貴族に恨まれても、好いてくれる貴族が庇ってくれたりとかね。
アタシのご主人様は、その調整でよくヒーヒー言っていた。それでも手放されることが無かったのは、興行でたくさん稼いでいたからだと思う。
ある時興味本位でご主人様に聞いてみたことがある。
「あんたは抱かせろって言ってこないんだね」ってね。
そしたらご主人様はこう言った。
「お前の戦う姿が美しくて、たまらなく好きなんだ。俺が手を出しちまったら、その美しさを汚してしまうじゃないか」
ご主人様はでっぷりと太った大店の商人だった。
鍛え抜かれた身体のアタシとは釣り合わないと思ったんだろう。
アタシを好いてくる相手は大体「勇ましいいつもと違ってて良いね」だとか、戦っている時と比較した賛辞をくれたもんだけど。こんなことを言われたのは初めてだった。
だからだろうね。
アタシが足を怪我で失って、それでも功労者として死ぬまで養ってくれるって言われたのを断ったのは。
奴隷にもプライドがあるなんて、他の奴隷と同じように死ぬ方がマシだなんて、そんなのは方便だった。
ただアタシは、あの人に戦えなくなった自分を見られたくなかったんだ。
アタシだって、自分を見出してくれた相手に何の感情も持ってなかったわけじゃなかった。
……まあ、そんな感じで再び売りに出された訳だけど。
その後アタシの身に起きた出来事は正直びっくりなんてものじゃなかった。
口じゃ威勢のいいことを言ってても、半分人生を諦めていたんだけどね。
こんなにも急激に事態が移り変わって、しかも好転していくのは、我ながら馬鹿馬鹿しく思ってしまうほどだった。
リョウ。今のアタシのご主人様。
クロウというアタシを購入した奴隷商が、しきりに語っていたその才能。
一人で欠損治癒魔法を行使できるなんて夢物語だと思った。
会ってみれば、威圧感の欠片も無い普通の青年だった。
でも、その直後に見せつけられた凄まじい力、そして後に語られた特異な出自を聞けば、納得するしかないだろうさ。
ズーグの言うように、まさしく英雄になる男なんだって。
彼がアタシに与えた仕事は荷役だった。
戦力として数えられてないのはちょっと悔しかったけど、彼の探索に同行できるのはワクワクした。
これがアタシの新しい生き甲斐なんだって、素直にそう感じた。
そして、そんな日々を何か月か過ごし、辿り着いた迷宮の奥で。
門番を倒してさあ秘密を暴こうって時に、彼は姿を消しちまったんだ。
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迷宮から帰還したアタシたちは、すったもんだの末、三日目には何とか迷宮に再突入することができた。
転移させられたんだからマイトリスに入ったって意味が無い。
そんな意見もあったけど、ここの門番は間違いなく事情を知っている。
リョウの救出は最上の結果として、ダメでもあのクソ竜からの情報収集ができる。そう目的づけてアタシたちは探索を開始した。
迷宮に入ってから、すぐにひとつの問題が浮上した。
協力してくれた魔法使い……フレッド、ロラン、セラの三人と連携が上手くいかなかったのだ。
もちろんいきなりのチーム結成だし、ある程度想定してたことではある。
でも思っていた以上のチグハグ具合だったんだ。
最初の戦闘の時はたぶん、全員がこれはヤバイって思ってたねきっと。
原因はいくつかあると思うけど、一番はアタシたちが、リョウの多彩で素早い魔法に慣れ切っていたことだった。仕方のないこととはいえ、居なくなって改めて彼の偉大さが身に染みたよ。
というか彼がチマチマやっていた、魔法と近接戦を絡めた戦術の検証は、魔法使い達と連携を取るのに恐ろしく役に立った。彼がアタシに描かせていた地図も、彼無しで探索をするのに欠かせないものだった。揃えてくれた魔法装備も、彼の支援魔法が無くなって一層ありがたみが分かったね。
そうしてリョウの凄さを噛みしめながら連携を深めつつ、迷宮を進むこと丸二日。
アタシたちはようやく地下八階に侵入した。
連携できるまでに時間は掛かってしまったけど、良かったのは魔法使い達の優秀さをよく理解できたことだろう。
彼らと上手く協力することでサクサクと敵を倒し、トビーの索敵と地図を使いながら、順調に探索を進めることができるようになっていた。
そして更に探索が進んで、とうとうクソ竜アルテリウスの居場所……その付近まで到達した。
直前の小部屋にはドラゴンキンたちが陣取っていたため、アタシたちは気合を入れて奴らに戦いを仕掛けることになった。
戦いはトビーの索敵が上手くいったおかげで、こちらの先制で開幕する。
すぐにフレッドたちが呪文を唱えてゆき、次々と魔法を発動させていく。
「拘束力場!」
「魔法拡大、風槌!」
「岩石落下ッ!」
拘束と下降気流で逃げることができない相手に、巨大な岩が直撃する。
これがここまでの道のりで彼らが導き出した最適解、らしい。
効果は絶大で、岩塊の範囲内の竜は押しつぶされて死滅した。
「ぜらあぁっ!」
「おりゃああ!」
残ったドラゴンキン三体にズーグとトビーが当たるが、どうやら一体漏れたようだ。
「つまり、こいつはアタシの相手って訳だね」
このチームじゃアタシも戦力の一人なのである。
護衛としてフレッドたちの前に立つ、いつもはトビーがやってる役割だ。
「カトレアさん!」
「まかせなっ!」
後ろからの牽制射をものともせずにドラゴンキンが迫る。
アタシは盾を構えてそれに立ち向かう。
魔物との攻防は人間相手と勝手が違っててやりにくい。
いつもより支援も無いし、技はともかく筋力が足りてないってのもある。
筋力についてはまあ、あんまり齢のせいにはしたくないけどね。
「でぇりゃあああ!」
気合を込めて切りつけても、剣は鱗に阻まれて上滑りするだけだった。
一方襲いかかってくる爪や牙は、なんとか盾で抑えられている。
でもこれだけの猛攻だ。盾だっていつまでもつか分からない。
「まずっ」
アタシの防御が堅いのに業を煮やしたか、ドラゴンキンが翼を広げて飛び上がった。
「ブレスが来るよ!」
「分かってます! 風槌ッ!」
息を吸い込むドラゴンキンに、魔法が横合いからぶち当たった。
吹き飛ばされてブレスは中断。生まれた距離をこれ幸いと、準備していたらしい魔法の氷槍が次々と着弾していく。
「グオオオオッ!」
そして一際大きな氷槍が胸部を貫き、断末魔の咆哮と共に竜が地に堕ちた。
「よし! じゃあ向こうの援護にいくよ!」
「はいっ」
その後魔法使い達を引き連れてズーグ達の戦いに参戦し、残りを掃討して戦闘は終了となった。
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「さて、じゃあ行くかい」
「そうっすね」
魔石を拾い終えて、小休止。
各自水などを飲んだあと、とうとうアタシたちは白竜の居る広間の扉に手を掛けた。
「……」
重苦しい音と共に扉が開いていく。
あいつを倒してから今日で七日目。数日で復活するというバーランドの話に間違いは無く、広間の奥には白竜アルテリウスの姿があった。
あいつは前の時と同様、両手足を地に下ろし首を撓めて横たえている。
『ふむ何用かな、戦士たちよ』
そしてアタシたちが近付くと、瞑っていた瞼を開きそんなことを言う。
あまりに落ち着いたその声色と態度に、アタシはカチンときた。
「何用かじゃないよアンタ! リョウをあんな風に消したあとさっさと消えちまいやがって! 事情の一つくらい説明してくれたっていいだろうに!」
カッとなって怒鳴り散らしたけど、きっと他の二人も気持ちは同じだと思う。
なにせ冷静なズーグからも制止が無かったんだから。
初めて竜と対峙するフレッドたちはギョッとした感じだったけど。
『……それはすまなかったな。あの時は我も自我を維持するのに精一杯だったのだ、許せ』
「高笑いして消えてったくせに何が精一杯だよまったく!」
アタシが言い返すと、竜は面白がるように『そうだったか? それは失敬』と宣った。
本当に腹の立つヤツだ。
『ククク、そう怒るな。あの時は本当に時間がなかったのだ。我から話せる事情にも限りがあり、それを選別して伝えるには少々時が足りなかった』
「なるほど。だが今ならば時間はあるだろう。ぜひ教えてくれ」
アタシを遮るように、ズーグが質問を投げかける。
余裕ぶって言う白竜にイラついて、また声を荒げそうになってたから、ちょうど良かったかもしれない。もちろん文句はまだ言い足りないけどね。
『無論だ。わざわざ再び訪ってくれたのだからな、話せる限りは教えてやろう』
上から目線な言いようはやっぱりムカついたけど、アルテリウスの口から語られる話に、アタシたちは耳を傾けた。
白竜の話は、実に簡素なものだった。
リョウは今、自分の運命を知るための試練が与えられている。
試練の内容は地下十階から最奥部までの道のりの踏破。
帰還はそれが成され、報酬として運命とやらを知ってからで、いつになるかはわからない。
懸念してた食事の心配も質問をぶつけてみたが、問題ないとの回答だった。
「……本当に、何の問題も無いのか?」
『さて……竜人よ、貴様が何をして問題としているのか。餓死の心配は先に回答した通りだが……命の危険を問うているのなら、果たして死に立ち向かわない試練など、試練と言って良いのかという話になるな』
頭を持ち上げてこちらを向き、白竜が言う。
つまりリョウが直面している試練には、死ぬ危険があるということだ。
「なるほど、承知した。情報提供感謝する」
『うむ。……して、貴様らはこれからどうする?』
アルテリウスの問いを受け、ズーグが後ろにちらと視線を寄こした。
アタシとトビーはそれに頷き返す。それを見てズーグも頷き、竜に向き直る。
「ここを通してもらおう。俺たちは旦那を助けに行くためにここに来た。餓死が無いのは安心したが……それでも死の危険があるのなら、目的を変えることはできない」
『そうか。だが残念ながら通す事はできん。試練に横槍を入れるのは断じて許されぬ』
「それでも通ると言ったら?」
『当然、立ち塞がらせてもらう。あの者の受ける試練は重要なものだからな、我も本気でいかせてもらう』
二足で立ち上がり、白竜がこちらを威圧してくる。
首を落としただけでは死なず、体を灰にするくらいのことをしなければ通さないと。
アタシたち三人はこの言葉に、以前の戦いを思い出して流石に怯んだ。あの戦いはリョウのブレスがあってようやく勝利を掴んだものだ。こちらに優秀な魔法使いが三人いようと、勝てるとはまるで思えなかった。
だけど。それでも……。
そんな風に考え、恐らくズーグやトビーも同様に、決意表明のために武器を構えようとしたその時、白竜アルテリウスがすっと威圧をひっこめた。
そして迷宮の奥を見やるように一度後ろに視線を向け、こう言ったのだ。
『もう少し、信用するがよい』
短い言葉で、最初は何を言っているか分からなかった。
けれど、少し間をおいてアタシはすぐに理解した。
このクソ竜は、リョウを信用しろと言ったのだ。
この場にいる誰よりも彼との付き合いが短いくせに。
アタシは心の中でそう毒づいたけど、それは単に悔しかったからだ。
確かに彼なら、易々と試練を突破して、ケロッとした顔で戻って来てもおかしくない。
白竜の言葉は実に的を射たものだと思った。
「……分かった。俺は、旦那を信用することにする。皆はどうだ?」
そして竜と向かい合った長い沈黙の末、ズーグが言った。
トビーは少し納得がいっていないようだけど、不満は呑み込んだようだ。
フレッドたちからはもちろん反論は無く、アタシも頷きを返す。
たった一言で翻意させられたのは、ちょっとシャクだけどね。
アルテリウスもリョウの試練突破を疑っていない様子だったから。こいつの確信めいた様子は、敵として命がけで戦ったからというのもあるだろうし、信用はできそうだと思い直した。
それに、アタシたちだって彼への信頼の厚さじゃ負けてないのだ。
「よし。……では白竜アルテリウスよ、俺達はここを去ることにしよう」
『うむ、それが良かろうな』
「旦那がもしここに帰ってきたら、頼めるか?」
『恐らくは直接地上に転移すると思うが、もしここに来るようなことがあれば任されよう。それから、我も詳しくは知らんのだが、どうやら主殿が地上に使者を向かわせたらしい。心配ならばそちらからも情報収集するが良かろう』
ズーグとのやり取りに白竜は満足げにしているが、ちょっと聞き捨てならない言葉があった。
地上に使者? 今更になってその情報を出すなんて意地が悪いにもほどがある。
「あんたそんなこと知ってるなら先に言いなよ! 馬鹿にしてんのかい?!」
『フン、それは我の持っているあの者の情報では無かったのでな。所詮は補足程度よ』
「なんだい、まったくもう!」
そんな風に、最後は少し馬鹿みたいな感じになったけど、この再探索はひとまずの目的を遂げるに至った。
白竜は最後までムカつく奴だったけど十分に情報を引き出せたわけだしね。
後は……地上にやって来るという使者に会ってみてからだ。
その後アタシたちはすぐに引き返し、二日後にはマイトリスへの帰還を果たした。
次回、エピソード・ゼロ(トビー)