8 関係のない賑わい
「うーん……」
今日も朝が来た。窓から漏れる光に目を覚ます。
寝ぼけ眼の状態でまずやるのは朝のお祈りだ。いつも通り超越存在を感じ取って、その存在感に意識が覚醒する。
俺の超越存在への接し方は大体こんな感じで敬意もへったくれも無いので、真面目に信仰している聖職者に知られたら物凄く怒られそうだが、まあバレなきゃいいのだ。
などと考えつつ、起きだした俺は手洗い場(トイレではない)で顔を洗い、支度を整える。剣までしっかりと装備して食堂へと向かった。
「ギールさん、朝飯を頼む」
「おとーさんじゃなくて私だよー」
「なんだ今日はエイラか」
厨房の中を確認もせずに声を掛けると、そこに居たのはエイラだった。
いつもは昼の仕込みをするギールさんの背中が見えるものだが、今朝は居ないらしい。
「なんだとは何よ。お父さんは朝から商業組合の寄り合いなの」
「ふーん」
「じゃ、これ朝ごはんね」
差し出された皿には料理が一種類。細切れ肉と芋と豆と根菜の塩ゆでだ。
「お前これしか作れないんじゃないだろうな」
エイラと出会ってまだ四日目くらいだが、これまで彼女が厨房に立った時は必ずこの料理が出てきている。行儀見習いで貴族の屋敷に行っていたせいで肉体労働者向け料理が作れなくなったとでも言うのだろうか。
「違うよ、お父さんが作らせてくれないんだって。あの人凄いこだわり派なんだから」
俺が疑いの目を向けたのが不満だったか、エイラは口をとがらせてそう言った。
親父さんのこだわりならしょうがないが、それだけだと彼女の料理スキルの証明にはならないのが悲しいところだな。
「今度お父さんに言って作らせてもらうから、待ってなさいよ」
自分でもそれに気付いたかエイラはそう言って厨房のカウンターに頬杖を突いた。
俺は皿を貰って席に着き、さほど悪い味でもない塩煮をかき込んで探索者組合に向かうのであった。
===============
「今日は賑わってますね」
「王立資源探索隊の選考にあぶれた人が戻ってきたんでしょう」
「なるほど」
俺は有色魔石の依頼表を受理してもらいながら、マルティナさんとそんな雑談を交わした。なるほどそれが理由で組合のホールに(いつもと違って)人が溢れている(当社比)んだな。
王立資源探索隊の選考は二次募集もやる予定はあるらしいが、入隊の可能性に見切りをつけた人間が王立探索隊で埋まる迷宮を避けてこっちにやってきているようだ。これにはもともとマイトリスをホームにしていた探索者以外も含まれるため、今日のような賑わいになっているのだと言う。
「俺くらいのルーキーも結構居るんですかね?」
「いえ、居ませんね。四階~六階をメインに探索する方々が大半で、あとは上級の探索者です」
俺と狩場を取り合う相手(同レベルの探索者)について聞いてみるとそんな返答が返ってきた。
まあ迷宮は地下三階以降、爆発的に広くなるようなので、余程の人員が集中しない限り競合が起きる事はないみたいだけどな。競合を起こすギリギリまで人為的に人員を配置する、つまり時間当たりに獲れる魔石量を最大化する試みが王立資源探索隊なのである。
魔石産業の隆盛に伴い、王国側も本腰を入れて魔石と言う資源を社会の中心的エネルギーにしようと考えているようだ。今はその準備、資源供給の安定化を図っている段階なのだろう。国側のこの動きのきっかけは、数年前から試験的に運用されている魔導列車が産業的にえらく成功した事にあるらしい。もちろんそれ以外にも上下水道なりで魔石を燃料とする魔道具が活躍していると言う話だし、こうなったのも必然と言うのがマルティナさんの言である。
「だからと言ってマイトリス迷宮が対象から外される理由は分からないのですけどね」
そんな風に締めくくったマルティナさんは明らかに怒りのボルテージが高まってきているな。苛立ちをぶつけられる前にさっさと彼女の前から退散するのが良いだろう。
ちなみに受けた依頼は高頻度で出されている水道局の青色魔石納品依頼だ。ちまちま溜めていた青色魔石が依頼の数に到達しそうなので確保した次第である。
そうして俺は組合から迷宮に移動し、いつも通り水を補給して中へと足を踏み入れる。入口付近にも人が居たので、中の混雑はいかばかりか、と言う感じだな。
「よーし、準備運動すっかー」
中はいつも通りひんやりジメジメと言った感じだ。どうやら他の人はすぐに下の階に行くのか、いつもと同じく地下一階に人影は無い。俺は入ってすぐの所から少し移動し、さっと気配を探った後準備運動を始めた。
最初は緊張していた迷宮も、もう一階程度であればこんな風に気楽に過ごす事もできる。もちろん全くの無防備という事ではないが、俺にとって一階は小遣い稼ぎのできる運動場のような扱いなのである。
ひとしきり体をほぐし、寄ってきたコウモリを片手間にマジックボルトで撃ち落とした後、スキルの確認をする。これも準備運動と併せて探索前の恒例行事となっていた。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(19)
スキル:斥候(3)、片手武器(2)、理力魔法(3)、鑑定(5)、神聖魔法(3)、魂魄魔法(3)(SP残0)
この通り、鑑定を除いてレベル3で頭打ちになっている感じだ。近寄ってとどめに突き刺すくらいしか使っていない片手武器スキルはともかく、最も使用頻度の高い理力魔法は間違いなく伸び悩んでると言えるだろう。使用頻度が高いと言えば斥候もか。
最初のスキルの伸びから考えて熟練度によるレベルアップを考えていたが、もしかすると単純に使い込めばレベルが上がると言う訳ではないのかもしれない。
ド〇クエ6の職業レベルみたいに敵のレベルが相対的にある程度高くないと駄目なのか? あるいは熟練度を貯めるためにはある程度の難易度の作業や魔法でないと駄目とか。あるいはその両方?
考えは尽きず、検証する必要もあるかもしれないが、とりあえず俺が選択したのは探索する階層を一つ下げるという事だ。
地下三階からは、これまで一体ずつだった魔物が三体程度で居る事が多くなる。単純に敵が強くなるし数も増えるので、初心者の壁と言われている所以である。ここで少し戦って、レベルが上がるかを確認してから二階に戻ってきて有色魔石狩りをするのが今日の予定だ。
地下三階でどの程度戦えるか分からないから、ヤバそうならすぐ戻るつもりだけどな。
「よし、集中っ」
二階を難なく通り過ぎ、気合を入れて階段を降りる。
地下三階は……気温や景色等はこれまでと変化無し、だが少し人の気配があるな。
もしかすると、俺にとっての地下一階のように、ウォーミングアップをここでする探索者が居るのかもしれない。魔物の取り合いは先行者有利の原則があるので、かち合わないようにしないとな。
「生命探査」
斥候でも探れるが、ここは試みと保険を兼ねて新呪文で気配を探る事にする。
魂魄魔法レベル3で得られるこの魔法は完全に斥候スキルと役割が被っているが、斥候スキルとは異なりステータス画面に映し出して視覚的に確認する事もできるので使い勝手はやや異なる。
浅く広くなら斥候スキル、狭い範囲をより詳細にであれば魔法、と言う使い分けだな。
ちなみに魂魄魔法レベル3までで他に得られたのは「身体増強」「魔法抵抗」「精神毒」「精神撃」「魔力探査」である。
ついでに神聖魔法レベル3では「腕力強化」「魔法防護」「超力」を習得した。
「左手方向で人らしき集団が……戦闘中かな?」
ステータス画面に映し出される反応を確認しながら、人の居ない方向に足を進める。
自分の感覚と魔法の両方でチェックをしながら人気の無い所を探し、ようやく狩りができそうな相手が見つかった。
「(……ゴブリン、戦士二体にメイジ一体か)」
いつも通り通路の影から広間を覗き、目視で敵戦力を確認する。
ゴブリンは低いとは言え知能があるため初戦の相手としては少しハードルが高いが、戦略が嵌れば問題無いはずだ。
「防護、脚力強化、腕力強化、身体増強、鋭刃、魔法抵抗、魔法防護」
まずは補助呪文をてんこ盛り。二階でもそうだったが、ある程度以上の威力を持った呪文(例えばアイスランスなど)は『敵意』とでも言うべきものが発生するのか、隠れていても殆どの場合気取られる。
しかし補助呪文はそういったものが無いのか、物陰でいくら唱えても気配を察知される心配は無いのだ。まあ今後は補助魔法も感知してくる魔物が出てくるかもしれないが、恐らく地下三階程度では問題無いはずだ。
補助を掛け終えた俺は、次にゴブリンパーティに指先を向け、今度は『敵意』が発生する魔法を発動する。
「精神撃」
「ギギャッ!?」
魔物たちは俺に気付くが、時既にスローリィだ。暗褐色の光が三つ飛び、三匹のゴブリンをそれぞれ撃ち抜いた。
このショックの魔法は直接的なダメージ呪文ではないが精神的な衝撃を与える事ができる。精神的衝撃は動揺を、より抵抗が低い相手なら恐慌状態にする事もできる。
そしてこれらの精神異常は精神的な抵抗力を低下させ、それはすなわち、
「麻痺」
「ギャッ」
「グギィ」
こうして魂魄魔法の状態異常系の補助が通り易くなるのだ。
パラライズはショック後であれば数秒は動きを止められる。
俺は補助魔法の助けを借りて十メートル以上の距離を素早く詰め、増強された筋力と刃の鋭さをもって、ゴブリンソルジャーの首を刎ねた。
「もう一匹!」
返す刀でもう一匹の首を刎ねる。
最後の一匹はメイジだが、流石にこいつは精神抵抗が高かったか。パラライズの効きが甘く、ゴブリンソルジャー二匹を狩る間に距離を取られてしまっている。
「ギイ、ギャ、ギャアッ」
唱えた魔法はファイアボルトだろうか。
赤い光弾がゴブメイジの杖の先に浮かび、射出される。
「ぐっ」
回避が間に合わず俺は腕で火矢を受けたが、各種防御魔法がしっかり仕事をしてダメージは多少の熱さと衝撃のみ。
体勢が崩れる程ではなく、俺は即座に距離を詰めてゴブメイジの胸部に剣を突き刺したのだった。
===============
戦闘が終了し、俺は魔石を拾い集めた。
ゴブメイジからは赤色魔石が出るらしいが残念ながら今回は普通のやつだ。
「ふぅ……。とりあえず全力で行ってみたが、補助は若干過剰な気もするなぁ」
周囲の魔物の気配を探りながら、そう独りごちる。
全ての補助を掛けたお陰で楽勝だったとも言えるが、補助魔法の効果時間はおよそ数分しかない。一戦毎に掛けなおす事を考えると、補助魔法全部盛りは流石に消費が重過ぎる。
魔物が二匹ならアイスランスで確殺できる方を落として、薄めの補助で一対一を頑張るのが良いか……? いやアイスランス確殺はちょっと希望的観測が過ぎるか。アイスランスみたいに威力の高い魔法は、マジックボルトみたいに連射も同時発動もできないし。
結局のところ、補助を掛けた近接物理攻撃が最も攻撃力があり、安全圏からの魔法攻撃はやや決定打に欠けると言う図式になっている。スキル一覧にあった「並列思考」を取ればファイアボール連射とかできるようになるのかもしれないが、次はちょっと別のスキルを取りたいので現状の火力で何とかしたいところだ。
「ちょっとずつ調整しながら試していくか」
地下三階の魔物は先ほどのゴブパーティに加え、ホーンラビットとアッシュウルフ、そしてローパーと言う触手を持つファンタジック生物である。
ローパーは一体で出現する事が多いらしいので次はこいつを狙ってみるか。
斥候スキルや探査魔法で選別し易そうだしな。
その後、地下三階の相手に俺は奮戦を続けた。
ショックから異常付与魔法、そして攻撃と言う流れは変えず、攻撃魔法を使ってみたり補助魔法を減らして剣で戦ったりと色々やってみたが、大体上手くいった。
スキルは片手武器がレベル3になったくらいだが、これで新しいスキルを得る事ができるようになったので良しとする。
その日の地下三階アタックは午前中だけにして、午後は地下二階で青色魔石を狙いつつ、俺はその日の探索を終えたのであった。
よろしければ評価・感想・ブクマをお願いいたします。