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78 終結と深淵への誘い



 身じろぎする白竜。

 水晶体に赤い光が収束する。


 俺は魔力ポーションの瓶に手を伸ばす。

 色々考えたが、今はとにかく消耗が激しい。


 今はまだズーグもトビーも神息ブレスの効果が残っている。

 この間に倒しきるか、少なくとも立て直しを行わなければ。


 そう考えながら、親指で弾くように蓋を取り外した時だった。


――キンッ


 俺はそんな、澄んだ音を聞いた。


「ガハッ……!」


 同時、体中に凄まじい衝撃を受けて、後方に吹っ飛ばされる。


「……な、なんだ!?」


 ヒールを唱え即座に立ち上がる。

 攻撃を受けたのか?

 ポーション瓶に意識がいって気付かなかったのか。


 いや、俺の前にはズーグもトビーも居たはずなのだ。

 それを越えて攻撃が通った?


「嘘だろおい」


 見れば二人は全身から血を流し、前のめりに倒れ伏していた。


 そして俺が彼らに回復魔法を唱えるより先に、再び音が鳴る。


 今度は見えた。

 赤い閃光だ。


 水晶体から放たれた赤い閃光が、無数に枝分かれして俺へと降り注いだのである。


「ぐあああっ!」


 それは見えたからと言って回避できる速度ではなかった。

 ブレスを受けたズーグとトビーを倒したほどの攻撃なのだ。


 俺は凄まじい数の閃光を一身に浴びた。

 そのうちいくつかが体を貫通して血が噴き出る。

 痛みへの耐性なんて俺にはない。

 異物が体の中を通り抜ける苦痛に膝が落ちる。


 俺は思わず自分だけにヒールを唱えてしまいそうになった。

 しかしそれをぐっとこらえ、複数化して前衛達にも回復を飛ばす。


 何とか凌ぐ手立ては無いのか。


魔導壁フォースシールドッ!」


 苦し紛れに唱える。

 と同時、再び閃光。

 障壁は何十本かの光を受け止めはしたが、数秒ともたず破壊されてしまう。


 わずか数秒。

 しかし今の俺にとっては重要な数秒だった。


「見えたか?」

「はい、今のは間違いなく」


 再度ヒールが入り、ズーグとトビーが立ち上って戦線に復帰する。

 俺は最後の魔力ポーションを飲み込んだ。


「瓶が全部やられちまった。魔力もやばい」


 言っている最中にも閃光が襲い掛かる。

 ズーグ達が再び貫かれ、俺がヒールで対応する。


「ぐぅっ……ズーグはポーションで回復したあと注意を引け、トビーは俺と特攻だ」

「それは……?!」

「トチ狂ったんすかっ!」


 驚愕の声が返ってくるが、正直これしかない。


 これまで俺は一度も白竜と近接戦をしていない。

 それは俺の技能レベルでは戦いに耐えられないからだ。


 しかし今のところ白竜の動作は無い。

 赤い光を収束させ閃光を放ってくるのみ。

 恐らく向こうもギリギリということなのだ。


「魔力はあるところから引っ張ってくるしかねえだろ! やらなきゃ穴だらけになって死ぬだけだ!」


 俺の啖呵に応じるように閃光が弾ける。

 今度はトビーが盾を構え、半数を受け止めてくれた。

 ズーグは対抗しようとするが再び蜂の巣にされ、俺がヒールで立て直す。


 これは……魔法耐性の装備が効いているのか? 

 確かにズーグも閃光を受けてはいるが、頭部と胸部に傷は無い。

 俺の体も貫通は十本に一本といったところだ。


「ええい、やるしかねえっ」

「すぐに戻ります!」


 ヒールはあと一回。

 それまでに接近できなければ俺達は終わりだ。


「アタシも出るよ! 弾避けくらいには!」


 耐性装備を頼りにカトレアが戦闘圏内に入って来た。

 赤い閃光が分散するなら悪い手ではないか。

 いやもはや、そんなことを気にできる余裕はない。


「ぐううっ」

「おおおおぉぉっ!」


 とにかくがむしゃらに前へと進む。

 トビーの盾が遮蔽になるが、お構いなしに赤い閃光がダメージを積もらせる。


 ヒールは撃った。魔力はもう無い。

 痛みがあっても進まなければならない。


 足元に到達した。閃光が飛ぶ。

 トビーが身を挺して俺をかばい、代わりに鮮血がほとばしった。


 再び閃光。

 赤い光の収束間隔が短くなっている。

 体中が痛い。


 また発光。

 しかし上の方でギィンッと音がして狙いがばらける。ズーグか?

 いやそれよりも。

 白竜の体に手が届く範囲に来た。


『ギギギィッ!』


 そこで初めて、白竜が蹴り上げる動きを見せる。

 ずっと赤い閃光で攻めてきて、初見殺しにもほどがある攻撃だ。

 いつもの俺であれば食らっていたかもしれない。

 だが、


「くらうかよッ!」


 分かってたさ。

 お前が隠し玉を残すくらい、戦術のできる相手だってことはな!


 蹴りを回避し、ズン、と踏み下ろした足に取りつく。

 そして俺は、その魔法を唱えるに至った。


吸収ドレイン!」


 発動と同時、手のひらから信じられないほどのエネルギーが流入してくるのを感じた。

 これならいける。


魔法拡大エクステンドマジック呪文強化スペルエンハンス吸収ドレイン神息ブレス……吸収ドレイン吸収ドレイン吸収ドレイン!」


 回復もそっちのけで俺はとにかく白竜のリソースを搾り取った。

 ドレインが発動するたび、白竜の体からは生気が失われ、赤い光は明滅を繰り返すばかりで閃光を打ち出すには至らない。


 そして弱体をひとしきり与えた後、俺はとどめに移った。


「もう一度終われ……! 魔法拡大エクステンドマジック呪文強化スペルエンハンス完全熱量転換パーフェクトコンバージョンッ!」 


 今度はブレスが掛かった状態だ。

 絶対に焼き殺す。


 その意志が乗ったかのような熱量で白竜の体が燃え上がり、ついにその全てを灰へと変じるのであった。



 =======



 今度こそは勝った。

 間違いなく殺した。


 そう思いながらも今一つ安心できない自分がいた。

 全員にヒールを掛けて回る間も、白竜の成れのはてが動き出すような気がしてならない。


「今度こそはやっただろ?」

「流石に間違いないでしょう。もはや体が無いのです」


 そんな風に言葉を交わす。そして。


『……うむ、今度こそは貴様の勝利よ』


 俺とズーグの会話に自然と混じってくる、脳内の声。 

 まあ何となく分かってはいたけどな。

 一度復活され、そういう展開になる気がしていたんだ。


「それで……お前はまだ死んでないのか? 頭も灰にすりゃいいのか」


 俺はため息を吐きながら、胴体と泣き別れた白竜の頭に話し掛けた。


『やめるがよい。今の我は、単なる消えゆく前の陽炎よ。そのうち体は迷宮に取り込まれ、幾ばくかの魔晶を残すだけになる。……まあ、その後しばらくして再構成されるのだがな』


 白竜は瞼を開けて視線を寄こし、フンと息を吐いた。


「それで、その陽炎殿がわざわざ声をかけてきて何の用だ? 負け惜しみでもいいたいのか?」

『いやなに、お前に伝えることがあって、わざわざ意識をつなぎとめたのよ』


 そこで回復が済んだトビーとカトレアが合流した。

 脳内に響く白竜の声は聴いていただろうが、目を開ける白竜の頭を見て、流石にうんざりといった表情だ。


「ご主人に伝えることねえ。まあ手掛かりが得られるんなら、死にぞこないを認めてやってもいいんじゃないっすか?」

「アタシは嫌だねえ、何度も言い寄られてるみたいで。それに剣闘士の間じゃ死にぞこないにはトドメを刺すのが礼儀だよ」

「いやでもトドメはもう二回くらい刺したんっすけどねえ」


 嫌味でも言うように、トビーとカトレアは白竜の話を遮って、下らない雑談を交わす。

 俺も二回復活されてイラっと来ているので、助け舟は出さないでおいた。


『まあ、我も悪かったと思ってはいるのだ。隠し玉は戦いの常道とはいえ、蘇生は流石に神聖なる戦いをけがすからな。試練でもなければ、一度目の死で潔く消滅していただろうよ』


 試練か。

 そういえばこいつは当初から、他にも色々と意味深なことを言っていたな。

 器を持つ者とかはそのままだから良いとして、同胞とか、見出されしものとかその辺だ。


「それじゃあせっかくだから、死にぞこないに色々聞いてもいいか? お前も伝えることがあるようだし、話をしようじゃないか」


 そう俺が言うと、白竜は目を瞑り、恐らく首を振った。

 振る首は無いので生首が左右にうぞうぞ動いただけだが。


『それには及ばん。器を持つ者よ、お前は試練を突破した。なればその運命を知る権利を得たと言う事だ。そのために、ここに今から主殿が来られる。お前に会いにな。……と言うより、ほら、もうそこにおられるようだぞ』


 白竜が俺の背後へ視線を動かし、それに従って振り向く。

 そこには見覚えのある姿……神威事件の時に出会ったウィスパーさんが浮かんでいた。


 あの時と同じようにわずかに発光している。

 そしてふわふわと空を漂うように、こちらに向かってくる。


『器を持つ者よ。彼の方は言語を扱う事は得手ではない故、我が代わりに伝えるが、これより運命を知るための場へお連れして下さるとの事だ』


 これよりということは、今からか?

 さすがに俺は疲れたんだが。

 時間を置くことはできないのだろうか。


 そう聞くと、白竜は笑みを浮かべる。


『問題は無かろうよ、そばに主殿がおられるのだからな』


 この「問題無い」は時間を置くことではなく、俺の疲労に関することだろう。

 いかなる理由で疲労が取れたとしても、それは正直ノーセンキューなのだが。


 俺の気持ちを知ってか知らずか、ウィスパーさんは何も言わず中空に手をかざす。

 そしてそこに、黒い穴を作り上げた。


『なるほど、なるほど。これは運命に抗うための新たな試練でもあるらしい。気張るがよい、器を持つ者よ』

「……試練? どういうことだよ! おい、説明しろっ!」


 不穏な話の流れと黒い穴。

 凄まじく嫌な予感がして声を荒げるが、俺の疑問に回答するものは居ない。


 黒い穴を操りながら、ウィスパーさんがゆらりと動いた。

 

 急な展開に反応が遅れる。俺をかばうように動いたズーグ達もそれは同じことだった。

 白竜戦の緊張から解放された俺達の動きは、確かに戦う前と比べて緩慢だったと言える。しかしウィスパーさんの動きは緩やかで、決して避けられないほどではなかったはずだ。


 避けられたはずなのに、俺は抗うことができなかった。


「まっ、待てっ!」


 不自然なほど誰にも妨害されることなく、ウィスパーさんが動かしたその黒い穴の中に、俺は吸い込まれることになったのであった。



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