72 白竜討伐へ向けて その三
俺の提案に関する説明と、魔法三技能の実証を終えた。
提案の信憑性については最初はかなり懐疑的な様子だったが、白竜の討伐は未来の話だし魔法三技能は実際に使って見せたので、最後には納得してもらう事ができた。
チームメンバー達からも、彼らの視点で俺のやってきた欠損治癒とかその他治療について話してもらったしな。
三人とも訓練所によく行っていて、師範やマルティナさんと個人的に付き合いがあった事もあり、この証言はかなり後押しになったようである。
「アルセイド公爵閣下とのコネクションについてはまだ半信半疑ですが、概ね了解しました」
「公爵閣下はまあ、雲の上の人ですからね。白竜討伐の件で会いに行こうと思っているんで、その時に今回の話を通して、組合を交えて面会ができないか打診してみます」
「会いに行かれるのですか? 港湾都市までは三週間近く掛かりますが……」
「最近テレポートを使えるようになったんで、今の俺ならすぐですよ」
俺の言葉にマルティナさんは眉間に皴を寄せた。
左のこめかみに人差し指を当て、いかにも「頭が痛い」といった様子で溜息を吐く。
「貴方は……本当に滅茶苦茶な方ですね。それがどれだけの事か分かって言ってるんですか? 転移魔法なんて一部の王侯貴族しか使えないものなのですよ?」
「分かってはいるつもりですよ。師匠にも時空魔法の適性者は少ないと聞きました」
王侯貴族しか使えないとは初耳だったが。
そうだろうな、くらいにはちゃんと俺にも予想できている。
転移魔法の有用性を考えれば当然だろう。
この世界は馬車での移動がまだまだ基本で、最近ようやく魔導列車という新しい移動手段が隆盛を始めたばかりな訳だしな。
「はぁ、まったく……」
マルティナさんが再び深い溜息を吐き、師範が慰めるようにその肩をポンと叩く。
「ま、いいじゃねえか細かい事は。ズーグ達から凄ぇって話だけは聞いてたが、俺もここまでだとは思ってなかったけどよ。それより、今はその規格外の力をどう使っていくかじゃねえか?」
「分かっています。……それでバーランド師範、見立てはどうなのです? 白竜討伐は可能そうですか?」
師範はその問いに大きく頷きを返す。
「戦える戦力は揃ってるだろ。人数はちょいと少ないかもしれねえが、魔法が回復補助攻撃と全部揃ってるのはデカい」
ようやく今日の本題に話が移った訳だが「戦える」とは少し引っかかる表現である。
その事を問うと師範は右手で顎をさすりながら眉間に皴を寄せた。
「そりゃ相手は竜種だからな。必要な攻撃力、それと防御の手段ってのがあんだよ。……ホントは勝手に話すのは良くねえんだが、うーん……今は状況がアレだし、説明すっか」
探索情報は探索者チーム全員のものであるため、メンバー一人の独断で開示するのはマナー違反である。
しかし師範は現在のマイトリスの状況から、独断での情報開示に踏み切る事にしたようだ。
彼の話によると、竜の攻撃に関して特筆すべきものは二つ。
一つはもちろん竜の息吹である。
白竜のブレスは白い炎を吐き出すものらしいが、魔導壁での防御は可能のようだ。ただ毒とかそういう特殊効果が無い代わりに、とにかく消えづらく戦場に長らく残る特性があるらしい。これは移動に支障を来たす点でやっかいだと言えるだろう。
そのため消火が重要となるが、一般的な水・氷魔法は効果が薄いらしい。
師範の仲間は完全解除で消していたとの事なので、炎に何らかの魔法的付与が掛かったもの、と認識して良いだろう。
俺であれば解呪も効きそうだ。
もう一つは竜頭の魔法矢……竜矢という魔法らしい。
白竜(というか竜種)は甚大な魔力を持ち、魔法を自在に操るが、最も危険なのはこのドラゴンボルトという事だ。
師範曰くブレスは隙の大きい広範囲大威力技であるため、白竜との戦いではこのドラゴンボルト、そして爆破・風刃系魔法による遠距離攻撃をいかに捌くかが肝になるらしい。
それを突破したうえで更に牙・爪・尾・翼の攻撃を回避しなければ、攻撃を加える事すらできないという話だ。
「師範はどうやって白竜の攻撃を捌いたんです?」
「ん? そりゃ自力で回避したに決まってんだろ。魔法使いにはブレスへの対策と補助魔法での支援を任せてたから、あれ以上仕事負わせる訳にはいかなかったし」
当然のようにそう言うが、とんでもない人である。
いや、ウチのズーグだって負けてはいないだろう。魔装術は使えない技能レベルではあるが、それは自信を持って言える。それにそのズーグによれば、盾を使った捌きに関してはトビーもかなりのものらしいし。
というか当時白竜を破ったメンツってどんな感じだったんだろうか。
今聞いた限りじゃ、白竜はかなり苛烈な攻撃をしてくるように感じたので、討伐を成し遂げた以上相当な猛者揃いなのは間違いないが。
「んじゃ、次は白竜の防御面だな」
俺がそんな事を考えているうちに、師範の説明は次へと進んだ。
白竜の防御。
これは非常に単純で、鱗と飛行能力、これに尽きるらしい。
しかし逆に言えば単純ゆえに強力で、例えば飛行して安全圏から魔法連打なんか考えただけでうんざりする。空中からの着地は地面を揺らすし、踏みつぶされる危険もあるため近接戦闘は常に命がけとなる。
鱗は刃筋をしっかり立てなければ容易く斬撃を弾き、打撃でもおいそれとダメージを与える事は叶わない。
師範たちはこれらの強力な防御(と防御行動)に対し、風魔法のダウンバーストと弓矢で飛翔を封じ、目や関節の裏を狙い出血を強いて戦ったそうだ。
そして消耗して下がってきた首を、師範が渾身の一撃で刎ねたとの事である。
「とまあ、そういう訳だ。お前らが同じ事をする必要はねえと思うが、参考にはなったろ」
武勇伝を語って少し気恥ずかしそうに、師範はそう締め括った。
「参考どころか、凄くありがたいお話でしたよ。かなり勝つイメージが湧いてきました」
「そうかよ。そりゃ良かった」
かなり具体的な話を聞けたお陰で、俺の中では既に魔法の取捨選択や必要な道具のリストアップが始まっている。
こうして話を聞いたり会話しながらでも詳しい考え事ができるのは、並列思考の強みだよな。
「ただなあ、今結構軽く話しちまったが、相手が竜だって事を忘れちゃいけねえぜ? 特に鱗の守りを突破するのは生半可な事じゃねえ。鱗の薄い部分もあるが、ちゃんと立ち回りでカバーしてくるし、俺がやったトドメはありゃあ、人生で一番の一撃だったからな」
人生で一番の一撃。
師範程の技量を持つ人の言うそれは、いったいどれほどの絶技なのか。
少なくとも俺に想像できる範囲を超えているのは間違いないだろう。
技能レベルでやや劣っているズーグから同等の一撃が放たれると期待するのは、流石に希望的観測が過ぎるだろうな。
それに魔法も師匠仕込みの完全熱量変換があるとは言え、甚大な魔力を持つ竜種に対して、単純にぶつけただけで勝てるとは思えない。
では、俺達はいかにして白竜に致命の一撃を加えるのか。
そんな事はもちろん決まっている。
最初に習得してからこちら、限界を知る事の無い切り札が俺達にはある訳だからな。
師範は俺達の攻撃力を心配しているようだし、白竜討伐の実現可能性を補強するためにも、これは見せておくべきだろう。
「バーランド師範、攻撃に関してですが、俺の切り札を見ていただけませんか? 討伐経験のある師範に評価してもらおうと思っていたのです」
「ほう、切り札か。お前のって事は攻撃魔法か?」
「いえ、強化系の補助魔法ですよ。模擬戦でお見せしましょう、師範は俺の相手をお願いします」
前衛のズーグやトビーでなく、俺自身が模擬戦を行う事に師範は怪訝そうな表情を浮かべる。
しかし俺が自信を込めてニヤリと笑みを向ければ、それが伝わったのか口の端が吊り上がった。
「大した自信だ、おもしれえじゃねえか。本気でいってやる。後悔すんなよ?」
「望むところです」
俺達は訓練用の木製武器を手に相対する。
こちらは片手用の直剣と盾、師範は両手剣だ。
対峙する師範は既に魔装術を発動させており、何気なく立っているように見えるのに、いつも以上の威圧感である。
「こちらは準備に時間が掛かるので少しお待ちを」
「なんだよ、気が抜けるじゃねえか」
そう言いながらもこちらを見る目は鋭い。
俺は身体強度を上げる補助を唱え、下準備を進めていく。
「では、行きますよ? ……神息!」
そして魔法が発動し、訓練場が白光に包まれるのであった。
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