71 白竜討伐へ向けて その二
少し長め
フレッド、ロラン、セラの魔法学園卒業組の三人とこうして面と向かうのは久しぶりかもしれない。
挨拶くらいはしていたが、足を止めて話をする機会というのは案外無いものだからな。
「久しぶりだね」
「ああ、そうだな。最近見なかったが調子はどうだ?」
入り口の脇に移動しながらフレッドに近況を尋ねると、彼は苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
どうやら近接技能の伸び悩みや、近接戦闘役・荷役として新加入したメンバー達との不和などで、あまり探索が上手くいっていないらしい。
「だからちょっと目先を変えようと思って、キンケイルに行く事にしたんだよ」
「え!? そうなのか? なんかいきなりだな……」
「王立探索隊で魔法使いの採用が始まったって噂も聞いたからね。それに僕らにも……色々あったんだよ」
フレッドは打ちのめされた様子で自嘲気に笑った。
その表情からすべて察する事は不可能だが、彼の言う通り色々と、上手くいかない事があったのだろう。
それならば、心機一転でこの街を離れるという判断もまあ、分からなくはない。
迷宮はこの街にしか無い訳じゃないしな。
それに彼らであれば軍にも働き口はあるだろうし。
「そろそろ魔導列車が開通するらしいから、それに合わせて出ようと考えてるんだ」
「なるほど……。って言うかよく切符取れたな」
魔導列車の開通はおよそ一か月後である。
迷宮に籠っていると世情に疎くなっていくのだが、レイアから奥様ネットワーク経由で情報を得られているので、最近は結構情報通なのだ(当社比)。
それによるとマイトリス-キンケイル間の魔導列車には客車があるらしい。
もちろん産業物資の輸送も担うのだが、一般も利用できるテストケースとなるようである。
ただ、客車は一部のみなので現在切符は発売直後から売り切れ状態になっているのだとか。
そのレアモノ切符を持っているのだから大したものである。
「まあね、もともとキンケイルには行ってみようとは思っていたから。ここ最近のこともあってちょっと無理して取ったんだよ」
「なるほどなあ」
「それより、そっちの方はどうなんだい? 聞くところによると順調らしいけど」
フレッドから質問され、俺は現状について話せる部分を説明した。
キンケイル迷宮で十階まで潜って鍛えた事。
戻ってきて学園に通いながら長期の探索を行っている事。
そして白竜の居場所らしきところまで探索を進めた事である。
「へえ凄いね! 僕らとは大違いだ……」
「まあ、こっちは仲間に恵まれた感じがあるしな」
「となると君達はマイトリスの稼ぎ頭って事だ。マルティナさんも……あー、君たちの事は、自慢に思ってるんじゃないかな?」
フレッドは途中言い淀むようなそぶりを見せたが、その理由は話の流れから大体察する事ができる。
キーワードはマルティナさん、そしてこいつらのキンケイル行きである。
つまり、
「お前ら、戻ってこない感じになりそうだもんな」
「うん、まあ。今日も慰留されたんだけど断ったし、たぶん今ごろ機嫌は急降下中だよ。これから組合に入っていこうとしてた君達には悪いけどね」
組合の入り口をちらりと見てフレッドは肩を竦めた。
「彼女の機嫌が低空飛行なのは今に始まった事じゃないし、もう慣れたよ」
「でも最近王立探索隊の再募集のせいでとみに探索者の人数が減ってきてるだろ? これ以上マルティナさんの機嫌が悪くなったらどうなるんだかってちょっと心配してるんだ」
この街を出る人間が何を言うか。
とは思ったが、王立探索隊の再募集は俺が原因の一つでもあるからな。
俺は面と向かって文句を言える立場でもなかったりするのだ。
そう思って黙っていると、その沈黙をどう捉えたのか、彼は笑みを浮かべ「それじゃあ頑張って」と軽い調子で言って去っていった。
下手をすれば最後の挨拶になるかもしれない割にあっさりしたものだ。
まあ逆に言えばまた会う確率は十分あるので、あれで良いのかもしれないが。
……さて。
「なんか入り辛くなっちまったっすねえ。どうせ応対するのはご主人だから別に構いやしませんが」
「てめえ、後で覚えてろよ」
「でもご主人もさっき、もう慣れたって言ってたじゃないっすか」
「いやまあそうだけど、いざ行くとなると、な?」
分かってても、慣れても、あの不機嫌ゾーンに突入するのは気合が要るのである。
そして俺は意を決して組合の入り口の扉を開き、中へと入った。
組合の中はいつもと同じ様子で人影は薄い。
ギリギリ閑散としていないと言っても良いくらいの人数である。
受付に並ぶ者がいないのは、そこに座る女性の圧力によるものだろうか。
であれば足を進めるほどに背筋を這い上がる悪寒が感じられ……、
「あれ?」
いや、そんな事は無さそうだ。
見ればマルティナさんは普通そう、と言うか先日と同様に不安げな感じで様子がおかしい。と言うか単純に元気が無いように見える。
やっぱりフレッドたちの離脱が堪えているのだろうか。
「えーっと、おはようございます」
「おはよう、ございます……。バーランド師範の面会ですね?」
「はい。時間とか聞いてなかったんで朝来てみたんですけど、いつぐらいからになりますか?」
「……」
会話の最中、急にマルティナさんが押し黙る。
「あの! ……リョウさん、達は、その……」
そして口を開いたと思ったら、途切れ途切れの言葉が続いた。
要領を得ないし、脈絡もない始まりだったが何か言いたい事があるようだ。
俺はじっと、彼女が言葉を続けるのを待った。
「……ええとですね。その、リョウさん達は、今後活動の場を移される予定は……あったり、されますか……?」
やっとの事で言い切ったその内容は予想通りと言ったところか。
王立探索隊の募集再開で探索者はぐっと数を減らした。
それに加えてフレッド達出世頭の離脱である。
俺までどこかに行きやしないか心配になるのは、マイトリスが大好きな彼女ならば当然だろう。
俺が以前キンケイルに向かった時とは状況が違う訳だしな。
ただまあ、俺の状況もあの時とは違う訳で。
「最近家も買いましたし拠点を変えるつもりはないですよ。今は白竜との戦いに掛かりきりですしね」
そんな風に、他にも色々と、俺が拠点を変える事は無い理由を簡単に説明していく。
この辺は彼女も分かり切っている事だと思っていたんだが。
思い詰めると視野が狭くなるという事なのだろうか。
俺の説明の最中、マルティナさんはじっとこちらを見つめていた。
そして、話し終えるかどうかと言った時である。
その瞳がわずかに揺れたように見えたかと思うと、
「えっ?」
ぽろりと、マルティナさんの目から涙がこぼれ落ちていた。
予兆は無かった……と思う。感情が揺さぶられていた様子も無く、本当に唐突な涙だった。
そんな不意打ち気味の出来事に俺はどうする事もできなくなってしまう。
「あっ、えっと、すみません。俺なんか変な事言いましたか?」
オタオタしながらそんな事を口走ったが、そうじゃない。
もっと適切な言葉があるんじゃないか。
そんな考えが第二思考で浮かんだが状況を打破する助けになりはしない。
後ろにいる仲間達からも俺への助け舟はないようである。ちらりと視線でヘルプを出しても誰も反応してくれなかった。
一応動きはあったにはあったが、それは横に広がって他の探索者から彼女を隠すための移動らしい。
まあ注目を集めないよう配慮するのも必要な事だとは思うけどな。
そうして俺が恨みの念を仲間達に送り、さりとてなんの解決策も得られないでいた時、ようやく俺に救いが訪れた。
「おーい、マルティナー、リョウたちは……ってなんだこりゃ?」
受付の奥から後頭部を掻きながら現れたのはバーランド師範である。
彼は俺達の様子を見て驚きの声を上げたが、すぐに得心顔になった。
「なんでえ、やっぱ限界だったんじゃねえかよ。……おいリョウ、お前らもどうせ話するんだし、奥までついてこい」
そしてそんな事を言いながらマルティナさんの首根っこをひっつかみ、俺達を手招きして移動を始めた。
話とやらは予定していた面会の事だろうか。
だとするとマルティナさんを連れていく意味はよく分からないが、ともかくも。
「……とりあえず、ついていくか」
無言で引きずられていくマルティナさんを追うような形で、俺達は師範の後についていく事にした。
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「それで、師範」
「おーそうだな。マルティナは……まだダメそうだから俺が話すか」
移動したのは訓練場の一角。
師範が「別の受付を置いてくる」とか言ってしばし去り、戻ってきたところである。
置いてあるベンチにマルティナさんを座らせ、俺達は立ったまま師範と向き合った。
「まずこいつがこんな事になってる理由だが……」
そう切り出した師範が語った内容は、やはり予想していた範囲を大きく逸脱するものではなかった。
王立資源探索隊の発足により閑古鳥の鳴いていたマイトリス。
一時活気が回復するも、王立探索隊の再募集開始で再び探索者の数が減った。
俺は知らなかったがマイトリス迷宮の魔石回収量はこの街の自給率ギリギリにまで落ち込んできているらしい。
そして探索者は減り続け、残るは奇特な者達ばかりとなった矢先。
若手筆頭のフレッドたちから離脱の話があり、マルティナさんの心労はピークに達したというのである。
「こいつは外面がこんな性格だし、そのうえ悩みを溜めこむ性質だから自分のせいだって最近えらく落ち込んでてな。色々言ったりはしてたがそろそろヤベぇなとは思ってたんだよ」
ちらりとマルティナさんに視線を向ければ、彼女は目元を赤くして俯いたままだ。
「そんでな、もしかしたらマルティナから言われたかもしんねえが、お前らにちょっと頼み事をしようと思っててよ」
「頼み事ですか? 彼女からはここを出ていかないかとしか聞かれてませんが」
「あー、やっぱそうか。俺は大丈夫だって言ったんだが遠慮してんだよこいつ」
マルティナさんが遠慮とな!?
と、思わず茶化してしまいそうになるのは俺の悪い癖だろう。
こういう真面目な空気はあんまり得意じゃないのだ。
と言うか普段のマルティナさんなら怖くてイジりに行けないので、茶化そうなんて考えている時点で俺も結構動揺しているようである。
「それで、その頼みとは?」
「簡単に言や、探索情報を使った客寄せ、それと白竜討伐の情報を使った売名だな」
探索情報による客寄せとはつまり、組合から迷宮の構造や魔物の情報を提供し、補助を行うという事のようだ。
「マイトリスなら初心者でも探索が簡単!」とアピールする狙いらしい。
そしてその情報はマイトリスで最も順調に探索を進めている俺達から、という事だな。
こうした情報共有は王立探索隊でも行われている事だが、こちらは入隊が不要と言う点で差別化は可能だろう。結局育てた探索者が王立探索隊に吸い取られていく構造ができそうだが、むしろ「探索入門ならマイトリス」という感じにできれば良いと考えているらしい。
そして白竜討伐実績による売名だが、これはそのままだ。
俺という現役の探索者が竜殺しを達成し、更に奥を目指している。
客観的に見れば夢のある話だし、探索者を目指す人間にとっての憧れの存在になってほしい、という事らしい。
「お前にとっちゃ面倒事だろうし、一つの探索者チームに依存するのは良くねぇってのが、マルティナの意見だけどな。それでもこんな状況じゃ手段は選んでられねえだろ」
師範がそう言うと、マルティナさんがおもむろに顔を上げ、きっと眦を吊り上げた。
「そ、それでも……! それでも、リョウさん達に責任を負わせるのは看過できません! 師範が国に依頼された竜殺しとは違うんですよ?」
「まだそんな事言ってんのか? 報酬なんざ後からなんとでも都合付けりゃ良いんだよ。それにこいつらは放っておいても竜殺しを達成するさ。それをちょっと活用させてもらうだけだろうが」
「いいえ! 正当な報酬の確約無く依頼するのは組合の意義に反します!」
「じゃあお前、このままマイトリスが寂れちまってもいいってのか?」
突然始まった二人の言い合いは、師範の問いかけにマルティナさんが口ごもり、一旦沈黙を見せた。
その様子を見守っていた俺だが、正直何と口を挟むべきか。
後ろに居るズーグ達も沈黙を保っている。まあこういう対外的な説明とかは主人として俺が全部やっているので、こちらはいつもの事ではあるが。
いやそれより、この状況で言うべき事自体はすでに用意しているものがある。
実のところ今日は、白竜討伐の相談に加えてその話もしようと思っていたのだ。
ここまでマイトリスの状況が切迫しているとは思っていなかったので、こんな風に直接的に提案する事になるとは、思いもよらなかったが。
「……あのー」
「なんだよリョウ、しょうもない仲裁なら要らんぜ?」
「そうです。これは探索者組合の運営に関わる話ですから」
声を掛けると二人仲良く反論されて若干言葉を飲み込みそうになったが、ここで負けたら話が進まない。
俺は腹に力を込めて、話を続ける。
「俺も、お二人にお話ししようと思っていた提案があるんです。こんな状況でなければ消極的な協力でも仕方ないと思っていた様な話ではありますが」
「ん? なんだよそりゃ」
「提案……ですか?」
含みを持たせて言った甲斐あってか、師範とマルティナさんは俺の話に興味が湧いたようだ。
状況的に無駄な事を言い出したりはしないと思ったのもあるだろう。
とにかく話して良さそうな雰囲気ができたので、俺は「本当は順を追って話したかったんですが」という言葉を枕に、その提案についての説明を始めた。
まずは前提の話。
俺自身の能力……すなわち希少な魔法三技能持ちである事を伝え、その情報と白竜討伐の実績が合わさった時に生じるデメリットを解説する。
つまり俺達の戦闘能力が注目の的になって国側からの接触、下手をすれば圧力や拘留という事態を招き、俺の目的である迷宮深部への探索が阻害されてしまうという事だ。
それを踏まえて、俺はマイトリス迷宮探索者組合に、国側とのやり取りの窓口となってもらう事を提案した。
俺達は面倒事を引き受けてもらう事で迷宮探索の遅延を緩和する事ができる。そしてその見返りに、俺達がマイトリスの地域振興に協力するという内容である。
「魔法三技能だあ? 寝言は寝て言えよてめえ」
「そうです。それに国との取引なんていきなり大それた事、できる訳ないでしょう」
話し終えた後の二人の反応はこんな感じだった。
揃って否定的な意見を言われ、この人らケンカ中じゃないのかとちょっとイラっと来たが、まあそれはいいだろう。
「魔法三技能については、今日面会を依頼した本題でもあるので見てもらうしかないでしょう。それから国との取引については、アルセイド公爵閣下と個人的にコネがあるのでそちらから攻める事も可能だと思っています。後はキンケイルの王立探索隊のエース部隊にも知り合いがいますし」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしていきなり公爵閣下が出てくるのです。キンケイル王立探索隊に知り合いがいるのはまだしも……」
「魔法三技能を扱えるので、身体欠損治癒魔法が使えるんですよ。ご令嬢の治癒をさせていただいた関係で知遇を得ました。あ、ちなみに白状しますと俺のチームメンバーは全員奴隷です。これも奴隷商に欠損治癒を対価にして得たものですね」
「お、おいおい」
俺がどんどん話を進めるせいで二人とも目を白黒させているが、この際だから粗方吐き出してしまおう。
彼らが全部を理解できるかどうかなど知らん。
細々説明していくのも面倒だし、重要なところだけ分かってもらえればそれで良いのだ。
勢いつけてまくし立ててしまえ。
「奴隷をわざわざ買ったのは俺自身の都合で探索を進めるためですね。手が足りなかったのも確かですが、それだけなら普通にメンバーを募れば良い話ですし。実のところ公爵令嬢の欠損治癒の話を持ってきたのはこの奴隷商です。欠損治癒を扱える神聖魔法使いで神殿に所属しないとなれば神殿勢力にも睨まれますので、奴隷商とは一蓮托生、更には公爵閣下とも共謀して彼らに対抗するつもりでいます。白竜の討伐実績はそっちにも使う予定です。もし要望があれば公爵閣下との仲立ちも行いましょう。……さて」
俺は「これでご理解いただけましたか」と言った後、ズーグに水筒を要求して水を一口飲んだ。
流石にこれだけ話すと喉が渇くのだ。
そして、対する二人はと言うと、
「マルティナ、任せた」
「……もう一度、要点をお話しいただけますか? まずは組合に関係のあるところから」
そんな返答である。
マルティナさんはまだ目元は赤いが、だんだんいつもの調子が戻ってきているようでなによりだ。
それでは、適度に要約しつつ改めて提案について解説させていただこうかね。
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