70 白竜討伐へ向けて その一
自宅への転移による転移酔いでダウンしたトビーとカトレアは、レイアに介抱されて持ち直した後、よろよろと自室へと戻っていった。
俺は突然転移をしてきた事をレイアに怒られたので、反省して嘔吐物の片付けをお手伝い中である。
「いろいろごめん」
「いえ、こちらこそ手伝わせてしまってすみません。でも家の中で魔法を使うのはやめませんか?」
「そ、そうだな。これからは庭の一角にでも転移ポイントを作って、そこに転移してくるようにする」
ちゃんと術式が転移先の物体と重ならないようになっているので危険は少ないのだが、確かにいきなり現れられたら驚くだろうしな。
小石とかで円形に囲って、猫転送装置のような場所を庭先に確保する事にしよう。
ちなみに自室では鍛錬としてたまに魔法を使っているが、言ったらまた怒られそうなので内緒にする事にする。
……それにしても。
転移酔いの症状については正直俺自身驚いた。
初使用だった事もあってかなり真面目に補助を積んでの結果がアレだったからな。
しかもヒーリングやキュアでは症状を全快させる事ができなかった。
更にはクリアマインドでも症状が改善する程度で、さっき二人が千鳥足で去っていった通り酩酊感が残るものであるらしい。
船酔いのような三半規管の異常ではなく、精神的なものでもない。
エンハンス込みの治癒魔法でも回復しないところを見ると、完全に別系統の異常だと考えられる。
俺に影響が無かった事から更に推測を進める事はできるだろうが……まあ、こういう事は俺がネチネチ考察するよりも師匠に聞くのが手っ取り早いだろうな。
新魔法習得の報告の時にでも聞いてみる事にしよう。
「さて、とりあえず片付いたみたいだし、俺は魔石の換金にでも行ってこようかな」
「では私がお供いたしましょう」
「え? いやいや、ズーグも休んどけよ、転移酔い結構効いてただろお前」
突然の転移に驚くレイアや噴水のように嘔吐するトビー達、そんな阿鼻叫喚の中でも、微動だにせず突っ立ってたくらいだから恐らく間違いないだろう。
俺がクリアマインドをかけたら再起動したしな。
「多少はありましたが……もう問題ありません」
ズーグの様子からはやせ我慢している感じが滲み出ているのだが、まあそこまで言うならいいか。
トビー達みたいに死にかけてる感じじゃないし。
という訳で、俺はズーグと連れ立って探索者組合へと向かった。
そして受付に並んでマルティナさんに換金をしてもらえば、ゴルド硬貨がずっしり詰まった袋が返ってきた。
流石に長期探索の結果だけあって稼ぎはたんまりだな。
危険手当含めての金額とは言え、一日当たり十万円を超えるともなれば自然と顔もほころんでくる。
「にやにやしてらっしゃいますね」
「あ、いや、今回も稼いだなあと思って」
「あなた方は数少ない七階以降に挑戦している探索者ですからね。今後も頑張ってほしいものです」
おや? 今日は労ってくれるのか。
マルティナさんにニヤケ顔を見咎められて、すわ嫌味かと身構えたのだが、どうにもおかしい。
俺が調子に乗っているといつもの彼女なら苦言の一つや二つ、いやさ三つや四つが飛んでくるはずなのだが。
しかも言葉尻は優しい感じなのにどこか不安げな様子である。
何かあったのだろうか。
少し聞いてみたくなったが、マルティナさんの機嫌が乱高下するのは実のところ(探索者の活動状況に応じて)よくある事だ。
気にはなるが変に突っついて藪蛇になる事も無いだろうし、放っておくに越したことはない。
好奇心を振り払って、俺は白竜戦に向けて必要となるバーランド師範との面会調整を依頼する事にした。
「そういえば、今回の探索で白竜の居る場所らしいところまで行ったんですよ。それで挑戦に向けて準備をしたいんですが、師範にお話を伺う事はできますか?」
「もうそんなところまで進んだのですね。七階以降はかなり広いと聞いていましたが」
そりゃまあ各人のスペックをフル活用で進んだからな。
戦闘しかり、マッピングしかり。食事睡眠警戒索敵と、みんな工夫を重ねて良くやっていると思う。
俺の技能に依るところが大き過ぎると、他のメンツにはよく指摘されるけど。
その点については、俺の目的のための探索なのだから当たり前の事だと考えている。
最初に探索者になる事を選んだ時もそうだが、俺は自分の手で、自分の目で確認しないと気が済まない質なのだ。
であるなら俺が一番働くのは当然の事だろう。
我ながらその辺は一貫していると思う。
「まじめに取り組んだ成果ですよ。それで、アポイントはお願いしてもいいですか?」
「ええ、それはやっておきましょう。お任せください」
様子はおかしいが、やはりマルティナさんは仕事はキッチリやってくれる。
安心して任せれば大丈夫だろう。
「では、明日もう一度伺いますので」
「分かりました」
そうして俺達は組合を出るのであった。
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そして翌日。
今日の予定は授業や師範のアポイント状況の確認もあるが、何より師匠に報告を行う事である。
自力での新魔法習得については昨夜皆にも祝ってもらったが、師匠にはあれだけお世話になったのだ。
やはり何をおいても彼女に伝える事が最重要だろう。
そしてあの人に祝ってもらって、ありがとうを言うのが今から楽しみだ。
「リョウさん、ニコニコしてますね」
「そりゃあ師匠の驚く顔を見るのが楽しみだからな。苦労も掛けたし、ようやく成果が出て感謝を言えると思うと嬉しくて仕方がないんだ」
シータとの通学路、そんな会話を交わす。
俺もテンションが上がっているのか、思わず饒舌に語ってしまいシータにはくすくす笑われた。
「なんかかわいいです、子供みたいで。珍しいですよね、リョウさんがこんな風にウキウキしてるのって」
「そうか? 酒飲む時とか割とこんな感じだと思うけど」
そう返しても、やっぱりシータには珍しく見えるらしい。
可愛い可愛いと連呼され少し複雑な気分になりはしたが、まあ人の見え方なんて人それぞれだ。あまり気にしないでも良いだろう。
その後少し歩いて学園にたどり着き、俺達はいつものように、シータの学友たちと共に授業を受けた。
授業が終われば昼食だが、シータ達は別で食べるらしいのでここで解散である。
もしかすると今日は俺の報告があるから、同席は遠慮してくれたのかもしれない。
一人になった俺は師匠の居室へと移動し、いつものようにノックして、反応があった後に部屋の中へと入った。
「失礼します」
「ああリョウか。おかえり、どうだった今回は」
「ええ、聞いてください。今回で……パーフェクトコンバージョンを習得しました!」
挨拶もおざなりに、バーンと脳内効果音を鳴らしながら宣言する。
それを聞いた師匠の表情は最初驚きに、そしてその後華やいだ笑顔へと変化した。
「おお! やったじゃないか!」
「ありがとうございます! これも全て師匠のお陰ですよ」
「なに言ってるのさ、君の頑張りが実を結んだんだよ」
嬉しそうな笑顔を浮かべる師匠に応接のソファを勧められ、腰を落ち着ける。
師匠の方も自席から出てきて俺の対面へと腰を下ろした。
「それにしても……君もこれで上位の魔法使いの仲間入りという事か……。第八位階の魔法を扱えるようになったんだからね」
「そう言われると若干プレッシャーを感じますが……。それより色々と報告してもいいですか? 新しく魔法も覚えましたので」
「ほう! となると世界記憶型の習得があった訳だね? これは楽しみだ」
声を弾ませる師匠に、俺は習得した呪文の種類を伝えた。
するとやはり、新たに第八位階までの呪文を覚えていたようである。
中でも師匠が驚いたのはテレポートだった。この魔法は希少な時空間に干渉するもので、理論は理解できても発動できないケースの多い魔法であるらしい。
「このレベルの魔法になってくると魔法自体との相性も重要になるんだよ。私で言えば火系統の魔法の事だな。相性が良くないと自身の限界付近の魔法は発動しない事が多いんだが……君は時空間系の魔法の相性が良いのかもしれないね。単にアカシックレコード型の習得に相性が関係しないという線もあるが、それは要検証事項だろう」
師匠はそんな説明をし、最後に「検証できる情報がそんな簡単に手に入るとは思えないけどね」と結んだ。
まあ確かに俺と似たようなケースがそんなにあるとは思えない。
学術的に意味が無い事はないだろうが、意味を持つのはより多くデータが集まってからになるという事だな。
「そういえば迷宮から出る時に転移を試してみたんですけど、ウチのトビーとカトレア……とズーグが酷い転移酔いになったんですよ。治癒魔法もあんまり効果が無かったですし、何か転移酔いを回避する方法ってないですかね?」
ちょうどテレポートの話題になったので、気になっていた転移酔いについて師匠に聞いてみる事にした。
「転移酔いか。あれは魔法耐性と精神耐性が密接に関わっているらしいね」
「そうなんですか? 魔法三技能で可能な限り補助も掛けたつもりなんですが……」
「それでは足りなかったという事だろう。転移魔法は使い手の数から言っても利用できるのは一部のお偉いさんだけだが、彼らも特別な用がある時以外は移動を転移に頼る事はないようだよ。頼るとしても魔道具でガチガチに抵抗力を底上げするみたいだし」
なるほどなあ。
確かにウチのメンツの装備は物理への防御力はかなり底上げされてきているが、魔法防御という観点では俺の魔法頼りなところがあるしな。
俺がテレポートを覚えたお陰で転移を使う機会も増えるだろうし、その辺の装備も入手を考えてもいいかもしれないな。
その後も俺は色々と報告を行った。
パーフェクトコンバージョンの実戦での使用感や、迷宮に出現した文明的な階段や扉、そしてその扉に描かれていた文様の事もである。
文様については師匠も興味を持ったようで、少し調べてみると言っていた。
それから最後に、新魔法習得お疲れ様会にもお誘い済みである。
正直今日は報告、お礼、そして宴会へのお誘いこそが本題だったので、俺はちゃんとミッションを遂行できたという事だ。
宴会については、師匠は前回ちょっと醜態を晒してしまったのを気にしてか、参加に少し遠慮気味だった。しかしそれもあれやこれや言葉を尽くし、最終的にはゴリ押しで首を縦に振らせる事に成功した。
新魔法習得の最大の功労者である彼女を誘えなかったとか言ったら、皆から猛批判を受けるだろうからな。
最初遠慮されて俺もちょっと動揺したがとりあえず一安心である。
「それじゃあ、宴会の日にちについては追って連絡します。白竜に挑戦する前にはやらないとですね。たぶん白竜を倒したらまた宴会すると思うんで」
そんな感じで席を辞し、俺は師匠の居室を出た。
そして帰りには探索者組合へ寄って師範のアポ確認を行い(明日になったらしい)、家へと戻るのであった。
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更に翌日。
今日の予定はバーランド師範との面会だ。
この面会で白竜戦の戦術を固め、準備や多少の実践訓練を経て実際にアタック、と行きたいところだが……そうはならない。
白竜挑戦に先立ってやるべき事があるからである。
それはすなわち、俺が白竜を討伐した、という噂話への対策だ。
もうひとつ言い換えると、つまりは公爵との約束である神殿への牽制だな。
まあ、やる前から勝った後の事を考えるのもどうかと思うが、流石に白竜討伐が噂にならないという事は無いだろう。
であればこのタイミングで俺が魔法三技能を持つ事を明かし、本格的に神殿への牽制を始めるかどうか、公爵と話し合う必要がある。
そしてそれには公爵の多忙さも相まって、時間が掛かる事が推測される訳だ。
準備期間と考えれば良いのかもしれないが焦れったい感じは残る。
「一応、公爵には転移で会いに行けばいいから、移動については心配しなくて良いと思う。ただ会える日がいつになるか分からないのは同じ事だけど」
朝食ミーティングで、俺は今後の予定について皆にそう解説した。
「なるほど、了解しました。訪問はやはりお一人で?」
「そうだな。転移の魔力が勿体ないし、流石に街中で俺を護衛ってのも変だろ」
「ご主人は一人で何でもできるっすからねえ」
こちとら多技能には自信があるのだ。
それに残るメンツには白竜戦の準備資金を集めてほしいので、俺の随行に人手を割くのも半端な判断というものだろう。
「とはいえ今日は皆で探索者組合に行くんだよね?」
「ああそうだな」
「ならさっさとご馳走様して出発しようよ。洗い物が片付かなくてレイアが青筋立ててるよ?」
「べ、別に怒ってません! 変なこと言わないでくださいよ!」
カトレアの指摘にレイアが慌てて言い返しているが、確かに長話をしてしまったか。
助言通りさっさと食い終わって出る事にしよう。
俺達は食事をすぐに終わらせ、お詫びに洗い物をちょっと手伝った後(レイアはかなり恐縮していたが)、装備を整えて探索者組合へと出発した。
「そういやさ」
「なんですか?」
「これからもし余裕が出てきたら、家から組合まで転移とかするのってアリだと思うか?」
「いや、流石にそれはどうかと……利便性以前の問題だと思います」
「魔力の無駄っすよ、ご主人。それに迷宮に入ったら嫌でもしこたま歩くんすから、家から組合までなんて微々たるもんでしょ」
「まあ帰りが一瞬なのはありがたいけどね。あの吐き気が無けりゃ、だけど」
俺達はそんな会話を交わしながら少し歩き、組合へと到着する。
中へと足を踏み入れようと扉を開けると、ちょうど入り口で出ていく探索者とすれ違う形になった。
「おっと……あ」
「すみませ……ってリョウじゃないか」
すれ違いざま、お互いの顔を認めて見知った相手と知り、立ち止まる。
その相手とは、このところ長期探索で顔を合わせる事の無かった魔法学園卒業生トリオであった。
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