7 とある鍛錬の日
「はあっ、はあっ」
いつものように地下一階を走りながら魔物を狩っていたが、少し休憩。
一度周囲の気配を探った後、その場に座り込む。
俺がこの世界に転移し、迷宮探索を始めてから二週間が経過していた。
マイトリスの迷宮は相変わらず閑散としていて、浅い階層は今日も俺一人で独占中。しかし浅い階層は深く潜る時も必ず通過するので、体力トレーニングじみたマラソンをやっている俺の姿は度々目撃され、組合じゃちょっと変人扱いされはじめていたりする。
ここ一週間の進展としては、やはりと言うか当然と言うか、俺がこの世界に来た手がかりについては微塵も得られていない。
一方当面の生活については迷宮探索を行う毎日に慣れ始め、ようやく地に足が着いてきた感じである。ただそっちに腐心しすぎて当初の目的(手がかりを得る事)をたまに忘れそうになるから困ったものだ。モノもカネも全く満たされてないから仕方ない面はあるが。
体力トレーニングについては多少慣れてきた程度。スキルについてはレベル上げは順調で、新しい呪文も新しいスキルも取得している。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(16)
スキル:斥候(3)、片手武器(2)、理力魔法(3)、鑑定(5)、神聖魔法(2)、魂魄魔法(1)(SP残0)
新たに取ったのは魂魄魔法である。
これは魂に働きかけて作用を引き起こす魔法で、支援魔法が多く存在している。外部から力を取り込む神聖魔法とは異なり、体の内側から働きかけるイメージの魔法だ。
スキルレベル1時点だと使えるのは「睡眠」「麻痺」「精神防壁」となる。
スリープはかなり強そうに思えるが、術者の精神力・魔力が対象の抵抗力を超えないと十全に効果が発揮されないのでぶっちゃけ雑魚狩り専用だ。今の俺だと一階の魔物に対してようやく効くかどうかと言った感じなので、使い勝手についてはお察しである。
パラライズも術者の能力に応じて痺れさせる時間が変わってくる呪文ではあるが、最低でも一秒程度は持続するので、タイミングを見計らえば十分効果が見込める。抵抗力の低い相手には長い時間効果を発揮し、攻撃して睡眠が覚めると効果が無くなるスリープより攻撃機会を増やせるので使い勝手は良い。と言うよりスリープが……いや、もはや何も言うまい。
マインドプロテクションはスリープのような精神に作用する魔法への対抗策だ。危険な精神操作への対抗策になるので、王族や貴族なんかの政治に関わる人には結構重要な魔法らしい。今の俺にはあまり関係は無いが、今後恐怖や魅了を撒いてくる魔物が出るような事があれば有効になってくるだろう。逆に言えばそれまでは無駄になる訳だが。
次にレベルの上がったスキルについて。
まず斥候だが、正直変化はよく分からない。
魔法のように定量的じゃないからな。新しい魔法を得た、とかそういうのが無いので変化が分かりづらいのだ。
次に神聖魔法レベル2だが、得たのは「解毒」「脚力強化」であった。
マイティレッグは地味に脚力が上がるだけの魔法だが、射撃と併せてヒットアンドアウェイする事の多い俺には地味に役立つ魔法だ。逃げるのにも有効だし。キュアはまあ、妥当な能力かな、まだ使ってないけど。
最後に理力魔法レベル3だが「氷槍」「炎弾」「物体操作」「魔法付与」が得られた。
エンチャントは四属性各種。テレキネシスは十キロくらいまでのものを動かす魔法である。テレキネシスについては現状、取り落とした武器を拾うのに使えるくらいだろうか。
新たに得られた属性魔法二種はどちらも強力なもので、アイスランスは単体への大ダメージ、ファイアボールは複数への範囲ダメージが見込める。特にアイスランスは属性相性もあってスケイルフロッグへの有効打になったので覚えられて非常に良かった。
ファイアボールは回避性能の高いアイスバットに有効で、爆発で弱らせた後にファイアボルトでとどめと言う方法を取る事ができるようになった。お陰で盾を買う必要が無くなったので経済的にも良い魔法である。
こうして二階の魔物はかなり効率的に狩れるようになった訳だが、地下三階への挑戦は先延ばしにしている。どうやら三階からは二階と同レベル以上の敵が三体程度の編成で出現するらしく、現状では厳しいと判断した故だ。
今の時点で一日七〇〇~八〇〇ゴルドは稼げているので、できた貯金で装備が揃うまでスキルレベル上げを兼ねて周回プレイである。消耗品とか替えの着替えとかも買ってるのでまだ少し時間は掛かるかもしれない。
「やあ、今日はおしまいかい?」
俺が休憩しながら現状の整理をしていると、通り掛かった探索者に声を掛けられた。
見ればいつもの三人組……男二人女一人の若い探索者グループだ。
今話しかけてきたのがフレッド。後ろにいる男がロラン、女がセラである。
「いや、後もう一周考えてる。そっちはもう上がりか?」
「ああ。今日は四階でやっていたけど属性魔石が揃ったからね。切り上げたんだ」
「お前らもう四階まで行ってるのか、早いな」
「こっちの生態相が戦術に合ってたからね。遠距離攻撃持ちが居ないから楽だったよ」
彼らは王立魔術学園の卒業生で、魔導軍への編入を蹴って探索者をやっている変わり種だ。
自分達の用いる新戦術を確立する事が目的らしく、王立探索隊が編成されている第一、第二迷宮都市でなくマイトリスに来たのもそれが理由なのだとか。卒業直後なので多分十七、八歳のピチピチの夢多き若者達なのである。
そんな彼らが俺に声を掛けたのは、最初は同じ若い探索者だったかららしい。
まあ俺は二十五歳なのだが今のマイトリスにはロートルか変わり者しか残っておらず、必然的に若いカテゴリが少ないのでそう見えたのだろう。そして声を掛けた俺が見た通りのソロ探索者で、しかも魔法を使うとあって更に興味を持ったそうだ。
「お前ら全員魔法使いだもんな、飽和火力ってやつが羨ましいよ」
「まあね! 全員が魔法を使えたらこんなにも楽なんだ! 探索者のためだけじゃなくて、国はもっと魔法を広めるべきだと思わないかい?」
とまあ、こんな感じでフレッドは魔法技能の普及を目論む実に意識の高い青年だ。他の二人は彼に共感してついてきたらしい。
ちなみに彼らの戦術は盾持ち(兼攻撃魔法使い)が二人と後衛(攻撃魔法使い)一人の構成で、バカスカ魔法を撃ち込むと言うもの。単純なようにも見えるが、敵の数や構成、位置取りに合わせて防御役の数や魔法の種類を変えたり、ちょっと聞く限りでもかなり考えられている。もちろん先制でファイアボール三発、みたいな卑怯かつ効率的な戦術が取れるのも強い。
俺のように一体一体を丁寧に倒しているのとは大違いである。
まあ人数も魔法使いとしてのキャリアも彼らの方が上なので当然なんだが。
「ま、魔法に関してはその通りだと思うよ。俺も座学しかやってなかったけど今じゃこの通りな訳だし」
彼らには偽りの設定として「魔法を実践した事の無い研究者の卵」的な話を吹き込んでおいた。多少年齢を重ねており、体力トレーニングが必要な根拠にもなるだろう。後は使える魔法が凄い勢いで増えていく事もである。知っている魔法を低位階から順に試している、と言う設定なのだ。
「そうだろうそうだろう。君もソロでやっている以上、自分なりに新しい戦い方を模索している途中なんだろうし、しばらくしたらお互いのやり方について情報交換をしようじゃないか。きっと有意義なものになると思うよ!」
こう力説するので、一か月くらいしたらどこかで飯でもと言う事になった。
セラなんかはちょっと不満げだったが、まあフレッドに免じて我慢してもらおう。
彼らと別れ、俺は重い腰を上げ、再びトレーニングを再開する事にした。
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「ふー、今日も働いたなあ……」
魔石の換金を終えて自室へと戻ってきた。
最近ようやく購入できたグローブとレザーメイル、鉢金を外し、鎧下を脱ぎ捨てる。その後持ってきた水の入った桶に手拭を浸し、体を拭っていく。
防具については、結局アイスバットを遠距離から倒しきる事ができるようになったので盾より先に鎧を購入した。
盾は買っても良かったが、剣を持つと両手が塞がってしまうのでひとまず保留にしている。魔法の発動には必ずしも手を使う必要は無いのだが、集中しやすいし射撃系の魔法は命中力も上がるので使えるなら使いたいところだ。意識だけで魔法を飛ばす練習もしているがかなり難易度は高い。アイスランスなんかは投擲フォームに乗せて発射した方が威力も上がる(気がする)ので、結局片手は空けておきたいのだ。
他に買った方が良さそうな装備は魔法の指輪だろうか。魔法の威力や精度、速度なんかに少し補正が掛かると言うものだが、これは手を塞がないので今後購入予定である。
俺は防具の手入れを終え、寝巻き用の簡素な服に着替え終えた。その後夕飯を取りに食堂へと向かった。
「おじさん、晩飯を頼む」
「おう、待ってろ」
階段を下りてすぐのところに居た宿屋の親父に言付けて、テーブルの席に着く。食堂は人が全くおらず、こんなところにも王立資源探索隊設立の影響が出ているようだ。
少ししてギールさんが盆にいくつかの皿を載せてやってきた。
並べられたのはマッシュポテトと焼き肉、ニンジンとキャベツの酢漬けだ。もちろん全て名前の後に「っぽい何か」が付くのだが、さして変わりないのでもう気にしない事にしている。
「お前さん、酒は飲まんのか?」
料理を置き終えたギールさんがそんな事を問いかけてきた。
表情はむっつりとしているが、いつもこんな感じなのでこの人の場合別に怒っている訳ではないため注意が必要だ。
「いや、お金がないもんで」
「そりゃしゃあねえが、いつもそうだと気が詰まるだろう」
そんな風に見られてるのか。
まあ他の探索者は余程お金に困っているのでもない限り毎日は働かないみたいだしな。昼間から食堂で飲んだくれてるのもたまに見かけるし。
俺の場合はそもそもお金がカツカツ過ぎると言うのもある。ただこの世界に来て二週間経ち、だんだん一日が同じ繰り返しになり始めてるので、息抜きは少し必要かもしれないな。
「うーん、じゃあ一杯だけ」
と言っても所持金と明日の探索を考えればこれくらいだろう。
元の世界でもたまに晩酌するくらいで、飲み会でも前後不覚になるほど飲む性質じゃなかったから、むしろちょうど良いくらいである。
「何が良いんだ……いや、何が飲めるんだ?」
「安いやつ」
「答えになってねえよ、ったく。まあいい、安くてメシと一緒に飲めるやつを持ってきてやる。……おーい! ヴィティス一つ!」
ギールさんが大声を上げながら厨房に戻っていく。厨房からは「はーい」と言う女性の声が聞こえたが、この宿屋他の従業員居たのか。今までは見なかったが。
ちなみに予備知識によるとヴィティスはいわゆるワインの水割りである。
「はい、お客さんだよね、ヴィティス頼んだの」
頼んだ酒を持ってきてくれたのは若い娘だった。
「君は?」
「私? 私はエイラ。お父さんの娘」
それは今一つ説明になってない気がするが、どうやらギールさんの娘らしい。
聞けばずっと貴族の家に行儀見習いで出ていたが、先日任期を終えて帰ってきたとの事。どうやらこの街の大きい商会に嫁ぐ予定で箔付けのために貴族のメイドをやっていたようだ。
「貴族の子女に紛れて働くのは大変だったよ、でもこれでもうすぐ私も大商会の奥さんってワケ」
「へえ、玉の輿だな」
「そうそう。だからいくら私が可愛くても惚れちゃだめだよ?」
自信たっぷりに言った彼女の容姿は確かに美少女の類だ。しかも立場のある人間の妻になるため二年もの間行儀作法を学んできたのだから、内面も磨かれて一層良い女としての自信も培われたと。
これから彼女が鎬を削る事になる商家の奥様やその界隈の人達はともかく、俺なんかが言い寄ったところで屁のつっぱりにもならないだろうな。まあ、可愛いと惚れたは別モノなので言い寄ったりはしないが。
「分かってるよそれくらい。これからよろしくな」
「はいはーい、よろしくね」
エイラはそう言って手をひらひらとさせながら戻っていった。
俺も気を取り直して食事に手を付ける事にする。酒は久しぶりだし、実はちょっと楽しみだ。
その後、俺は夕食を食べ終え酒の力もあってかすぐに就寝した。
酒は食事に合っていたし、久しぶりのリラックスした睡眠であった。
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