65 理力魔法の指導その一
公爵令嬢に治癒を施してから三週間ほどが経った。
三、四泊の長期探索をして授業に出て、休養(と言いつつ勉強)をするというサイクルを三回である。
この間起こった出来事としては、まず初めて家賃の支払いに行った。
まあ家賃というよりは家のローンな訳だが、とにかく奴隷館に家賃を支払いに行き、ついでに奴隷達に治療を施したのである。
残念な事に都合良く奴隷の仕入れにはかち合わなかったので、バイト代はそれなりだった。クロウさんが腰を痛めていたのでヒールを行ったが、いつもお世話になっているのでそれはサービスである。非常に喜ばれたので良しとしよう。
奴隷の仕入れが二十日後にあるらしいのでまたその時に来てほしいとの事だ。
次の家賃の支払いには少し早いが、その時にする事になった。
次に公爵のところにも訪問した。
そこでは欠損治癒について直々に礼を言われ、後ろ盾関係の相談を行ったのだが、聞くところによると先日の欠損治癒についての噂が流れ始めているらしい。
これについては別に公爵が積極的に噂を流したのではないようだ。
本人も手間が無くて良いと笑っていたしな。
彼の予想によると、噂の発信元は服飾業者らしい。
最近レイチェル嬢の社交界デビューのためドレスやらを新調したらしく、その時の関係者という訳だ。
それにしてもこの話を聞いた時、自分の噂が独り歩きし始めている事を聞いて若干怖さを感じたものである。
もともと俺という存在(とその情報)を神殿への牽制に使う事は既定路線だ。
それが公爵の後ろ盾を得る交換条件であると言ってもいい。
軍の人事の一部(治癒術師)を牛耳り影響力を強めている神殿に対し、楔を打ち込むためにこれからその方針は強まっていくだろう。
まだまだ噂は些細なものとは言え、そういう状況になっていく事は関係者……シータや師匠にも話しておいた方が良いかもしれないな。
お次は探索の結果について。
合計で丸二週間くらい潜った訳だが、なんとまだ地下七階のマッピングは完了していない。
一応地下八階への階段は見つかったが、端っこの方がまだ埋まっていない感じなのである。
原因は地下七階の第二第三フロアを越えた先に新たに第一フロアが存在していたせいである。
この新たな第一フロアへの階段を見つけた時は、流石の俺もげんなりしたものだ。
一瞬地下八階への階段と勘違いした事もそのウンザリ感を助長した。
まあこれは初めて広大化した階へのアタックだという事もあるだろう。これくらいの広さがあると分かった次の階からは、もう少し平静を保って探索を行えるはずである。
ここから更に広大化していくとは聞いていないので大丈夫だと思う。
少なくとも地下八階までは。
探索(と空き時間の訓練)による成長については以下の通りとなる。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(74)
スキル:斥候(5)、片手武器(5)、理力魔法(5)、鑑定(5)、神聖魔法(8)、魂魄魔法(7)、看破(5)、体術(5)、並列思考(6)、射撃(5)、空間把握(5)、盾使い(5)、情報処理(5)、剣使い(3)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:ズーグ・ガルトムート
年齢:58
性別:男
職業:戦士(26)
スキル:両手武器(7)、竜魔法(3)、槍使い(8)、片手武器(5)、投擲(3)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:トビー・ステイン
年齢:24
性別:男
職業:戦士(27)
スキル:片手武器(5)、斥候(5)、盾使い(6)、剣使い(6)、体術(5)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:カトレア・ハートランド
年齢:42
性別:女
職業:剣闘士(18)
スキル:農業(1)、片手武器(5)、剣使い(7)、盾使い(5)(SP残0)
まずズーグは据え置きだ。
これは相変わらずだが、彼の方も相変わらずで、地道な鍛錬を続けている。
ステータス画面上の成長は見られないが能力の維持という点で必要な鍛錬だ。
それに努力が必ず報われるなんて言いはしないが、何らかの成果はいつか得られると信じている。
才能の器の力によってステータス画面に技能レベルが表示されてしまうこの世界でも、スキル外スキルと言うべきものは存在している。『知識』は技能と何の関係も無いし、経験の内容によって強さの質は変わるだろう。
例えばカトレアとエイトは共に剣使いレベル7だが、剣闘士と探索者では前者は対人、後者は対魔物に強みを持っている。どういった形で花開くかは分からないが、ズーグも俺の下で新たな経験を蓄積しているのだ。その結実は期待して待つ事にしようと思っている。
次にトビーだが、盾使いスキルがスキルの崖を越えた。
剣使いスキルに続いてのこの成長を見るに、やはり彼は今、技能の成長期という事なのだろう。
無茶苦茶悔しいが仲間の成長は素直に喜ばなくてはならないな。
彼の成長はズーグとの鍛錬に依るところが大きく、逆に探索時は俺の護衛が主になる事も多いため、戦闘経験の偏りはあると考えられる。
なので今後は彼に前衛を任せるフォーメーションも鍛錬目的でより多く試してくつもりだ。
カトレアについては変化無し。
ただ彼女も体力は戻ってきているし、暇があればズーグやトビーと連れ立って訓練所に行っているので、技能が伸びる日も近いかもしれない。
そうなったら俺が後衛をする時の護衛を任せる事も検討しないとだな。
トビーの前衛運用と併せてできれば完璧だ。
最後に俺は盾使いと情報処理のレベルが5となり、SP1を得て剣使いのスキルを取得した。
これはズーグに指摘された「近接戦闘で押し込む」という選択肢を増やすためである。
相変わらず新規に獲得したスキルの成長は早く既にレベル3にまで至っている。とは言え俺のステータス画面にはスキルの崖に苦戦している技能がずらりと並んでいるので、もはや喜びもあまりない。
気づいたらレベル6になっていた並列思考はともかく、今みたいにあれもこれもやっていると崖を突破する事はできないのだろうか。
そう不安に感じた俺は、迷宮の長期探索を一旦ストップし、理力魔法の修行を進める事に決めた。師匠の時間が取れるようになった事もあり、連日彼女の居室に足を運んで指導を受ける予定である。
と、いう訳で。
「今日の予定は授業、それから師匠の所で魔法の修行だ」
「了解です」
朝の予定確認はいつもの事になりつつある。
そのため返事があったのはズーグだけだが、他の面々も承知したという顔をしている。
「他はどうするんだ? また訓練所か」
「そうなりやすねえ。他にやる事もねえですし」
「小遣いもやってるんだし、たまには自由に行動してもいいんじゃないか? 鍛錬は別に義務って訳でもあるまいし」
長期探索後の休養の度に、奴隷達には三日分の食事代くらいのお金を好きに使っていいと渡している。訓練も命じている訳ではないのだが、どうにもウチの奴隷は真面目なヤツが多いようだ。
「いやいや、流石のアタシもご主人サマが休んでる様子も無いのに、プラプラ遊んでられるほど図太くはないよ。もらったお金は外食とか甘いモンに消えてってるしね」
そういうものか。
……いや騙されんぞ、前に一回俺が家で休んでた時も訓練所に行っていたはずだ。まああの時も家でゆっくりしながらではあるが魔法の本読んでたりしたけど。
「分かったよ。じゃあ少ししたらみんなで休みを取ろう。家事を分担して、レイアにも休んでもらいながらな」
俺がそう締め括り、朝食ミーティングは終了となった。
その後は各々準備を終えた者から家を出ていく。
俺も持っている本や書類を鞄に詰め込んで、シータと連れ立って学園へと向かった。
学園ではシータの学友達と合流し、一緒に講義室の一角を陣取って講義を受けた。
今日の授業内容は「魔法行使プロセス(初級)」である。
一般的な魔法使いは記憶した術式を脳裏に浮かべ、それに沿って魔力を動かし、呪文の発声と共に魔法を行使する。このうち術式に沿って魔力を動かす(「術式に魔力を流す」とよく表現されたりする)プロセスが最も難易度が高く、初めて魔法を扱う人間にとって壁となる。
本日の授業はこの魔法行使プロセスを解説した講義という訳である。
既に魔法を扱える俺にとって一見意味の無い授業にも思えるが実はそうではない。
まず「才能の器」経由で覚えた呪文とは異なり、自力で呪文を習得する場合には俺もこのプロセスをちゃんと踏んでいく必要がある。
加えて師匠との共同研究の一環として、神聖・魂魄魔法の術式の提供を依頼されている。なんとなく扱っている両魔法の術式を、文字として書き起こせという事だな。 例えると音楽を耳コピーして譜面に起こすような作業だが、それと同じでやるとなれば基礎的な知識と理解が必要になってくる。
なので俺にとっても「基本のキ」からちゃんと勉強する事には意義があるのである。
「じゃあ、私は講義室に戻りますね」
「ああ、またな」
午前の講義を終えて昼食を摂った後、俺はシータと別れた。
彼女は午後から定科生の講義があるので、これから師匠の部屋へと向かう俺とは別行動となるのだ。
そして師匠の居室へと移動した俺は、ノックに応じる声があるのを確認した後、部屋の中へと入った。
「失礼します」
「ああ、よく来たねリョウ」
「今日はよろしくお願いします」
挨拶を交わした後、彼女はお茶を淹れると引っ込んでいったので、俺はその間に書類などを鞄から出して準備をする事にした。
「……さて、準備はできているようだね。じゃあ早速だが始めよう。まずは現状の整理からだな」
戻ってきた師匠はお茶を机に置いた後、部屋に備え付けの黒板(のようなもの)をガタガタと引っ張りだし、そこに「現状」と書きながら話し始めた。
彼女から本格的な指導を受けるのはこれが初めてなので少し緊張する。
そんな俺とは対照的に、彼女の方は色々準備をしていたようで口ぶりに淀みは無い。
黒板に書きつけながら現状説明をする彼女の言葉に、俺は耳を傾けるのであった。
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