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64 公爵令嬢への欠損治癒



 俺の人格を問題無いと判断した公爵は、仕事があると言って去っていった。


 後の事は執事さんが引き継いで、改めて具体的な説明を受ける。

 どうやら治癒術師が立ち会うのは事実だったようで、しっかりと自陣営に引き込んであるから問題無いとの事である。


 大分コスト(主にお金)は掛ったらしいが、単に情報を口外しないという消極的な離反を主な契約条件にしたのが、決め手になったとの事だ。

 特別信仰心の強い神官ならいざ知らず、単なる神殿所属の神聖魔法使いであればこういう取り込みも実現可能のようである。


 そうした説明を終えて、俺達はようやくご令嬢の待つ部屋へと向かった。

 

 移動した先は館の空き部屋の一つである。別邸であるためこうした空き部屋はそこそこの数があるらしい。調度品がしっかり揃えられている辺りは貴族の見栄というものか、それともこれが普通の事なのだろうか。


 もちろん欠損治癒で多少汚してしまう可能性もちゃんと考慮されており、なおかつ公爵令嬢が使う部屋としてもギリギリ合格点という、絶妙な匙加減の部屋であるらしい。


 部屋に入ると、中ではすでに準備が完了しているようであった。


 床には絨毯の上に厚手の布が敷かれ、その上にぽつんと椅子が置かれている。

 そしてその上に座っているのが、公爵令嬢レイチェル・アルセイド様という事だろう。


 年齢は七、八歳くらいだろうか。座っているため……と言うか膝から下がないため身長は目測では測り辛いが、全体的に小さく見える。

 顔立ちは整っており、幼いゆえの大きな瞳、小さな唇が可愛らしい。

 今はゆるくウェーブのかかった金髪をポニーテールにしているので(治療を見越しての事だろう)活発な印象を受けるが、将来美人になるであろう事は容易に想像できる、そんな少女であった。


「あなたが例の治癒術師?」

「はい。お初にお目にかかります、治癒術師のリョウと申します」


 こちらから自己紹介をするより先に声を掛けられて少し動揺したが、俺はすぐに返答を口にする。

 そして「本日はよろしくお願いいたします」と続けながら、頭を下げた。


「こちらこそよろしくね、リョウ。それで……早速なんだけど治癒を始めてくれないかしら。足が元に戻るって分かって、わたくしもう待ちきれないの」


 お辞儀をする俺の頭の上から、そんな言葉が降ってくる。

 レイチェル嬢は中々に性急な性格のようだ。

 まあ不自由から解放されるとなれば誰でもこうなるかもしれないが。


 ……いや。


 俺のその考えは間違いだったようだ。


 顔を上げ彼女を改めて見ると、わずかではあるが、体の震えや歯の根が噛み合わない様子が見て取れたのである。


 小さな震えの原因は欠損治癒への恐怖だろうな。

 推測ではあるがこの状況だし、おそらく間違ってはいないはずだ。

 であれば先程の言葉は、怖い事を早く終わらせたいという一心によるものだろう。


 欠損治癒を怖いと思う理由は、それが得体の知れない魔法だからか、あるいは欠損治癒に苦痛が伴う事を誰かから聞いたからだろうか。

 もし苦痛が伴う事を聞いていたのなら然もありなん。

 剣闘士として長らくやってきたカトレアでもかなり怯えていたくらいだし、こんな幼い少女ならば怖がるのも仕方がないだろう。


「……な、なんでもないの、本当よ? それよりはやく治癒をお願い」


 俺に震えている事を気付かれていると知って、レイチェル嬢は取り繕うように急かしてくる。


 まあ、怯えの対処は治癒の時にクリアマインドを掛けるから大丈夫か。

 一時的なものにはなるが、根本的な解決は「足が生える」という治癒の結果と、周囲の人たちに任せる事にしよう。


「では、失礼します」


 俺は治癒を行うためレイチェル嬢に近寄って跪いた。

 彼女が少しだけスカートをまくり、俺は露になった足先に手を触れる。


「んっ」


 触れた手の感触がくすぐったかったのか少女は少し身をよじった。


 彼女の両足は膝より少し上の部分で切断されているようだ。

 執事さんからの説明によると、遠乗りに出かけた際に落馬し、運悪く膝を踏みつぶされたらしい。


 聞くだけでかなり痛々しい怪我ではあるが「整復リダクション」や「上級回復ハイヒーリング」を使えれば十分治癒は可能な範囲だと考えられる。

 しかし遠乗りに同行していた治癒術師はそこまでのレベルにはなく、そのため治療には遅れが発生。ポーションなどの助けもあって傷は塞がったが、失血によってレイチェル嬢は意識不明に陥った。そしてその回復を待つ間に膝下を失った状態が固定化され、通常の回復魔法での治療が不可能になってしまったのである。


「……治るのかしら」


 俺に言ったというよりは、欠損治癒に懐疑的な、半分諦めたような声であった。

 センスバイタルとセンスマジックで調査を行っていた俺は顔を上げ、できるだけ安心させられるように笑顔を返す。


「治りますよ。それでは治癒を始めようと思うのですが、その前にこちらを服用いただけますか?」

「これは?」


 俺がポケットから取り出したのは魔力ポーションの小瓶である。

 これはカトレアに欠損治癒を施した際に彼女が感じていた「謎の疲労感」に対する予防として準備したものだ。


 俺がその疲労感の原因を魔力欠乏によるものだと考えた理由は、まあ正直なところほとんど直観である。

 しかし魔力(魔法)的な肉体の再生、そして魔力消費に伴って疲労を感じるという事実からすれば、あながち的外れな考えではないだろう。

 検証不十分のため事実は分からないが試してみる価値はあるはずである。

 これを飲んだからと言って何か悪影響があるって訳でもないだろうしな。


 ……といった内容を、俺は欠損治癒魔法がどういう仕組みかの説明と併せて、レイチェル嬢に語った。


「へえ、そういう魔法なのね。そのポーションのことも理解したわ。……でもいいのかしら、こんなこと聞いてしまって」

「構いませんよ。真似しようとしてできるものでもないでしょうし」


 そう言ってにやりと笑いかければレイチェル嬢からも笑みがこぼれる。

 少しは怖さが無くなってきただろうか。


「ふふ、すごい自信ね。エレインでもできないのかしら」

「流石に無理です、お嬢様」


 レイチェル嬢が話を振ったのは、例の専属治癒術師のようである。

 と言うか今の今まで存在に気付いてなかった。

 周りが見えていなかった辺り、俺も公爵令嬢の欠損治癒にはそこそこ緊張していたという事だろう。


 俺がエレインさんの方を向けば目が合った。

 笑いかけると、引きつった笑みが返ってくる。

 少々傷つくが……まあ客観的な見方をすれば、俺が説明した多重魔法行使にドン引き中ってところだろう。俺もブレス使用後の魔法連打には我ながらキモイと思うところがあるので、他人から見たらかなり異様に映るだろう事は請け合いである。


 まあ、それはそれとして。


「それでは事前の説明も済んだので、実際に治癒を始めていきましょう」


 俺は魔力ポーションの瓶を毒見のために進み出たメイドに手渡しながら、自身にかける魔法を脳裏に構築し始めるのであった。




 ==============




 欠損治癒は無事に完了した。


 俺にとって欠損治癒の魔法は神息ブレスを使う以上、必要な魔法を順番に使っていくだけで大した難易度ではない。魔法を行使しながら傷口の再生に問題が無いかを注視してもなお、多少の余力を残せるくらいである。


 一方アルセイド家の面々の反応は様々であった。


 まずレイチェル嬢はしばらくの間、発言の半分が「すごい」になっていた。小さな子供に褒め称えられて良い気になるのは大人げないと思うが、無邪気に喜ぶのを見れば悪い気はしない。


 それから治癒術師のエレインさんはもう、完全にドン引きであった。

 欠損治癒をする前から扱う魔法の数にびっくりしていたので、そのせいだろうなと思っていたら、どうやら原因はブレスだったらしい。

 神殿にも使える人間は片手で足りるほどしかいないようで、なぜ使えるのかと治癒の後かなり詰め寄られる事になった。

 その時はクリアマインドを掛けて回答不可と突っ返した訳だが、よく考えれば俺にとって初の神殿勢力との繋がりである。聞きたい事も無くはないし、後日改めて時間を貰いたいところだ。


 後は執事さんたち家人からの反応だが、まとめると「畏怖」の感情に近いだろうか。

 もともと彼らには俺の職業が下賎な探索者という事もあって、表面上は丁寧でも同列か下に見られていたと思う。しかし術後においては完全に立場が上の人間として見られるようになったのだ。

 彼らの内心にある感情が恐怖なのか尊敬なのかは分からないが、少なくとも今後蔑ろに扱われる事は無さそうなので良しとする事にする。


 最後にクロウさんだが……まあこれはいつも通りだ。

 ただ隣に居たメイドとかに「彼はいずれ英雄となる男ですよ」とか言うのはやめていただきたい。こっちはちゃんと聞こえてるんだからな? 後でたしなめておく事にしよう。

 


上級回復ハイヒーリング……足の加減はいかがですか?」


 俺は治癒を行っていたレイチェル嬢のくるぶしから手を離した。

 彼女は感動のあまり、足が生えた直後に立ち上がってぴょんぴょんと飛び跳ねたのである。

 そして当然の結果として足を捻って転んでしまったのだ。


「う、うん、問題無いわ。ごめんね、抱き着いたりしちゃって」

「いえ、構いませんよ」


 転んだ彼女を抱き留めたのは、もちろん最も近くに居た俺である。

 藁をもつかむような感じでがっつり抱きしめたのが気恥ずかしいのか、彼女は顔を赤らめてもじもじしていた。


「足の力を取り戻すのは、ヒールだけでは不可能です。毎日少しずつ運動をして治していきましょう。治す方法についてはエレインさんに伝えておきますので、言う事はよく聞くようになさってくださいね」

「わ、わかったわ。あなたからは何かないの?」

「そうですね……レイチェル様は最近、お食事を残したりされてましたか?」

「え? なんで分かったの?」


 さっき抱き留めた時にとても軽かったからである。

 ちなみに抱き留めた時の感触だが……あえて反芻はすまい。


 俺は彼女の質問には答えず続きを口にする。


「足が生えて歩く事ができるようになると、恐らくたくさん食べたいと思うようになると思われます。それに伴って一時的に体重が増えるかもしれませんが、くれぐれも食事制限などはしないようにお願いします。レイチェル様は成長途中ですし、運動ができるようになればしかるべき範囲に収まると思うので」


 レイチェル嬢はこくこくと頷きながら俺の話を聞いていた。

 聞き分けが良くて大変よろしい事である。


「そういえば、術後の疲労感はいかがでしょう」

「うーん、さっきの魔法であんまりわからなくなっちゃったけど、たぶん無かったと思うわ」


 欠損治癒に伴う疲労感ついてはこんな回答が得られた訳だが、魔力ポーションの効力については怪しいところだ。飛び上がって喜ぶくらいの感動で薄れた可能性はあるしな。直後に転んでヒールを使ってしまったのは不運だった。


「なるほど、ありがとうございます。これでまた少し研究が進んだ事になりますね」


 まあ、わざわざそれを彼女に伝える事も無いだろう。

 少しおべっかが含まれている事も否めないが情報が蓄積された事に違いないしな。


「わたしでもお役に立てたのかしら?」

「ええ、もちろん」


 にっこりと笑みを浮かべるレイチェル嬢に、俺は笑みを返した。

 

「……それでは、時間も長くなってきましたのでそろそろお暇しようと思います」

「そう……今日はほんとうにありがとう。また自分で立ち上がれるなんてほんとうに嬉しいわ」

「喜んでいただけて幸いです。では今後もお大事になさってくださいね」


 そうして、俺(とクロウさん)は部屋から退出した。


 その後別室にてエレインさんに注意事項、つまりリハビリの事を伝え、何かあれば呼ぶように伝えて俺達は館を辞すに至った。


 帰り際執事さんから言われたのは、今日の事で公爵から改めて礼の言葉があるだろうとの事。

 礼の言葉とは言うが実際には神殿勢力との拮抗についての事だろう。

 正直俺としてはクロウさんに任せたいところだが、当事者の俺が話し合いに参加しないのも不義理な話である。


 長期探索との兼ね合いで日程調整は難しくなりそうだが、なんとかしないとだな。


 そして俺はクロウさんと今後の話をしたり、公爵と組んで俺を試した事に文句を言ったり、レイチェル嬢の可愛さについて話したりしながら、家へと戻るのであった。




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