63 公爵との面会
貴族の館……アルセイド公爵別邸、その応接室にて。
俺は執事である初老の男性から今日の流れについて説明を受けていた。
まずは公爵本人に面会しその後治療を行う事になるとの事だ。
わざわざ公爵が会ってくれるというのは正直驚きだが、神殿との対立を見越して動いていたクロウさんの営業(?)の賜物だろう。
それで面会についてだが、会うに当たって魔力感知の腕輪を着用しなければならないらしい。
「ほう、魔力封鎖の腕輪ではないのですね」
「主の指示となります。この事はよくよくご留意なさいますよう」
「承知いたしました」
クロウさんは質問に愛想無く答えた執事さんに対し、頷きを返した。
ぱちりと腕に嵌められた魔道具は、魔法行使に伴う魔力の移動を感知すると発光するという作用を持つ。
魔法の予備動作が分かるため、魔法で相手を害そうとするとすぐに分かる訳だな。護衛や防御用の魔道具と併せて魔法使いが要人と面会する際に用いられるものらしい。
一方クロウさんが口にした「魔力封鎖の腕輪」というのは、名前の通り魔力を発する事ができなくなる代物だ。
この効果は実際のところ、かなり過剰であるらしい。近接の間合いで剣より早く魔法を行使できる者は軍でも限られた者のみである。いかに貴族に魔法を使える者が多いと言えど、該当する者は稀と言っていい。そのためこの魔力封鎖の腕輪は儀礼的なもの、あるいは駆け引きの材料として用いられることが多いようだ。
儀礼的とはつまり、貴族同士の話し合いの際に互いの安全を保障するという目的だ。
一方駆け引きと言うのは、一切の魔法的能力を制限する効果をもって、相手を全く信用していないという意味での使用である。あなたを警戒していますと伝えたい時に面会の条件に追加したり、信用できない相手に立場の差を理解させるために用いられるらしい。
さて。
これを踏まえて先のクロウさんと執事さんとのやり取りを考えてみるとどうなるか。
まず俺はしがない探索者で、面会相手は国のトップに近しい権力を持つ公爵閣下だ。
魔力封鎖の腕輪の着用を条件としたとしても、それを押し付けられるだけの立場の差は明白で、立場の信用もあまりないだろう。執事さんを含めた周囲は当然そう考えたはずだ。
しかし渡されたのは魔力感知の腕輪で、執事さんはこの選択が「主の指示」であり、これを「留意」しろと言った。
つまりこれを要訳すると、
『ご主人様がどーしてもっつーからそうしたけど俺らは信用してねぇからな?』
『つーか勘違いして調子に乗ったらぶっ殺す』
という事になる。
いやこんなに口汚くは言ってないが、執事さんの愛想の無さを見るまでもなく俺への警戒感はひしひしと伝わってきた。
もちろん下っ端が失礼な事をして上役がそれを諫め謝るというのは、こちらを懐柔するための手段の一つと考えられなくはない。そうなるとすでに相手の懐柔策が始まっている事になる訳だが……まあ、考え過ぎも良くないか。
公爵自身は魔力封鎖を行わない、つまりこちらに配慮するというのが(裏の思惑はどうあれ)基本スタンスのようだし、素直に相対してみる事にしよう。
威圧的には来ないだろうから大丈夫なはずだ。
「では、このあと主が参りますのでもう少々お待ちください」
執事さんはそう言い残し去っていった。
そしてすぐではなく待ちぼうけでもない絶妙な間を空け、公爵の入室が伝えられる。メイドによって扉が開かれ、長い金髪を後ろでひとつ括りにした壮年の男が入ってきた。
「久しいな、クロウ・マンチェスター」
「ご無沙汰しております」
公爵を迎え、クロウさんが立ち上がって頭を下げる。俺もそれに倣ってお辞儀をする。
公爵は俺の方を一度見たようだったが、何も言わず移動して応接椅子の上座へと腰を下ろした。
「この場に居るという事はこの者がそうか」
「はい、本日レイチェル様の治療を致します治癒術師様でございます」
「お初にお目に掛かります、リョウと申します」
クロウさんの紹介を受けて俺は自己紹介を行った。
最後に「お見知り置きを」と続けそうになったが、今後の関係がどうなるか分からない相手に「俺の事覚えててくれよ!」「今後ともよろしくな!」とは何となく言いづらいところがある。
なので余計な事は言わず、簡潔な言葉に留めておいた。
「……うむ、噂は聞いている」
そんな俺に対し、公爵からの見定めるような視線が突き刺さる。
その視線を受けて若干緊張を覚えたが、公爵はすぐに席を勧めてくれたので、礼を言って腰を下ろした。
そしてクロウさんが「本日はお時間をいただき……」と定型文を口にしつつ、今日の流れや治癒の謝礼などについて説明を始めた。
話を聞きながら公爵がうんうんと頷く。
既に確認・伝達済みの事項であるため内容に関しては特に質問は無いようだ。
しかし最後に不明点などの確認を行うと、一点依頼と言うか申し出があった。
その内容は、
「家内で雇っている治癒術師を同席させてもよいか? 術後何かあった時に毎度貴様を呼ぶわけにもいくまい」
との事である。
専属の治癒術師が居るのは流石貴族といったところか。
確かに何かあったとしてその度に呼び出されるのは面倒である。
となればこの提案は損が無いように感じられるが、一つ重大な問題がある事を忘れてはいけないだろう。
クロウさんがちらりとこちらに視線を寄こす。
ここは俺から説明しろという事だな。
権力者を前にして少し緊張はあったが、俺は意を決して口を開く。
「アルセイド公爵閣下、その提案には一つ問題がございます」
「ほう、それはなんだ? 申してみよ」
「クロウ殿より説明があったかどうか存じ上げませんが、私は神殿に所属しない神聖魔法使いです。唯神教と軋轢が発生する事を考えれば、神殿所属の治癒術師の同席は遠慮願いたく存じます」
「ふむ、確かにその懸念はもっともなものだな。だが貴様には関係無いのではないか? 魂魄魔法使いともなれば、神殿の影響力を上回って国からの庇護を得られるのだからな」
途中から語調も強くそう言いのけて、公爵はふんと鼻で笑った。
その様子を見た俺はすぐにピンと来るものがあった。
これはアレだ。
クロウさんが魂魄魔法使いへの恨み節をぶちまけた時の雰囲気に似ているのだ。
そう考えると、一気に力が抜けてしまうな。
緊張の糸が切れたと言い換えてもいい。
よくよく考えれば公爵クラスの権力者であれば、魂魄魔法使いと神聖魔法使いの協力を得る事も難しくはないはずだ。
しかしながら、今現在両足を欠損した令嬢は治療を要する状態にある。
それはつまり、クロウさんと同じく魂魄魔法使いのキチガイっぷりによって、欠損治癒術を受ける事ができなかったという事だろう。
そこまで考え至ってわずかに苦笑を漏らしてしまったが、とにかく俺は努めて冷静に、公爵への返答を口にする事にした。
「お言葉を返すようで恐縮ですが、関係無いという事は無いと考えます。国からの庇護を得るには多数の段階を踏む必要があるでしょうし、それによって生まれるしがらみは私の目的に反しておりますので」
俺の言葉を受けて「目的か……」と公爵がこぼす。
どうせこれもまた、魂魄魔法使いから目的と称して無茶苦茶な要求をされた後遺症だろう。
その様子を見たクロウさんと苦笑を交わした後、俺は公爵に迷宮の奥へ進むという目的がある事を告げた。
その話に最初は首を捻っていた公爵だったが、俺が金策のために欠損治癒魔法を活用した事を話し、更には神殿との軋轢を見越して公爵に後ろ盾になってほしい事を伝えた事で、徐々に理解が進んできたようである。
「ふむ……。利益度外視の探索を行うために、効率重視で金策と周囲の調整をするか……。矛盾しているようにも感じられるが。やはり魂魄魔法使いはよく分からん思考をするものだな」
そう言った公爵の顔はしかし、どことなくすっきりしたものになっている。
「だが、貴様が迷宮の奥に惹かれているという事は分かった。目的がよく分からん以外はまっとうな考え方ができるようであるし、であれば当初の予定通り貴様には欠損治癒術を依頼するという事で良いだろう」
最終的にそんな言葉が返ってきた……訳だが?
ここにきて欠損治癒を依頼するしないの話になっているのはなんでだ?
「リョウさん、すみません」
俺が困惑していると、横からクロウさんの謝罪が聞こえた。
「閣下直々の依頼でして。リョウさんを騙すような事になってしまいました」
騙す?
ええっとそれは……ああ、そういう事か。
つまり、
「俺の人格が疑われていたという訳ですか」
「閣下がどうしてもご自分で確認したいとおっしゃられましたので」
クロウさんが言い訳じみた事をもごもごと口にしているが、要するにここまでの問答は、俺がまともな人間かどうかを判定するために行われたものだという事だ。
そう考えると、最初の執事さんの態度もそれの一環だったのかもしれない。
あの時は懐柔策だとか考えていたが完全に間違っていた訳だ。
いや、広く捉えれば懐柔策と言えなくもないのか?
まあそれはいいか。
ともあれ俺は合格をもらえたという事である。
「そんなに長く話してはいないですが、公爵閣下はこれでよろしかったのですか?」
「構わん。クロウにもさんざん説得されたうえでの事だ。それに……」
「それに?」
「あの突飛なクズ共と同類かどうかくらい少し話せばすぐに分かる。まあ、目的の理解不能さを加味すれば『親戚』くらいには当たるかもしれんがな」
言いながら公爵はにやりと笑みを浮かべ、俺が即座に「やめてください」と返せば堪えきれずに吹き出した。
「ははははは! まあ全く清らかな魂魄魔法使いというより信憑性があるだろうよ、これからはそう自称するといい。良いハッタリにもなるだろう」
楽しげに言うがそれを自称する身にもなってほしいものである。
「ともかく私の確認はこれで終わりだ。娘の怪我を見てやってくれ。頼んだぞ?」
笑いながら公爵はそう締め括り、彼との面会は終わりを告げるのであった。
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