60 初めての長期探索
俺達は再びマイトリス迷宮地下七階へと足を踏み入れた。
吹き抜けの部屋で早めの昼食を摂り、昨日途中まで探索したエリアの最前線まで直行して続きの探索を開始する。
「……まったく、このフロアどこまで続いてんだろうな」
「この先がどん詰まりだったらと思うとぞっとしないっすね」
小一時間が経過し、いくつかの戦闘を経た後、俺はトビーとそんな会話を交わした。
新しく分岐も見つかっているが、現状地図は縦に間延びした形になっている。
上のフロアに行くと思われる坂道はかなり戻らなければ無いため、この先にそういった通路が無ければ行き止まりという事になる。
「悲観的なこと言わないでよ。まだ探してない分岐だってあるんだからさ」
「まあそうなんだけどな。あー、バーランド師範が地図をくれたらなぁ」
地図を見ながら言うカトレアに対し、ついついボヤキが漏れてしまう。
師範が過去に探索した時の地図をもらえないか打診したのだが、これは拒否されてしまったのだ。
師範の考えとしては「地図を作成するうえで遭遇する魔物との戦闘経験によって、次の階の魔物に打ち勝つ強さを得られる」というものらしい。それに地図は探索したメンバー全員の財産なので、そもそも師範の一存では公開できないとの事である。
「まあ焦れるのは分かりやすが、諦めも肝心っすよ、ご主人」
そんな風にトビーに宥められながら、探索は進んでいく。
道中フライワームという新しい魔物とも遭遇し特有の行動に驚く事もあったが、強さとしては想定の範疇で危なげなく倒す事ができた。
しかし特に詰まる部分も無く探索進度はいつもと変わらない程度だったにもかかわらず、結局その日で第一フロアを埋めることはかなわなかった。
しかも当然のように階段も発見できていない。
この階層が広い事は分かっていたし、簡単にいかない事も予想していたとは言え、流石に他のメンバーの顔には疲れが浮かんでいる。
俺は久々に「探索した感」があってちょっと楽しかったが、疲労が溜まってきているのは確かだろう。
「そろそろ時間っすよご主人。野営の準備始めませんか」
すっかり口数が少なくなった探索の中、ふと思い出したように腰に提げた巾着の中身を見てトビーが言った。
彼の巾着の中には「朝夕の魔法珠」という魔道具が入っている。
この魔道具は水晶のような物体で、深夜零時では黒に近い紫色、そこから正午に近づくにつれて透明になるという性質を持つ。
トビーは透明だった魔法珠の色付き具合から、予定していた休息時間に近づいている事を読み取ったという事だ。
迷宮内での時間経過については、俺の腕時計で確認する事もできる。しかし人目に着くと目立つという理由から、この世界に来た当初以外はあまり使っていない。
日帰り探索をしていた時は割と体感(と言うかほぼ腹時計で)で何とかなっていたのだが、今回日をまたぐ探索をするに当たって、この朝夕の魔法珠を購入するに至ったのだ。
需要のあまりない希少な魔道具(他では坑道くらいでしか使われない)でちょっと痛い出費ではあったが、腹時計と腕時計以外で時間を確認できる手段があるというのは、意外と安心材料の一つである。
何も無しに二日以上迷宮探索をするとなったら、体内時計がぐちゃぐちゃになりそうだからな。
「じゃあ、ここらで休憩にするか。……って言うか、こういうのも野営で良いのか? ぜんぜん『野』じゃないだろ」
「なに馬鹿なこと言ってんだい。言い方なんてどうだっていいじゃないか。それより道具を広げるのを手伝っておくれよ」
俺のどうでもいい感想に応じたカトレアはいそいそとした様子だ。
ようやく自分の出番という事で張り切っているのだろう。
俺達は適当な小部屋の端にある、できるだけ地面が平坦なところを選んで野営の準備を開始した。
小さな折り畳みの椅子を四つ。皮の敷物を敷き、その上にコンロのような魔道具と食器を並べる。食材も取り出して、俺が水生成で鍋に水を入れ、カトレアが料理を始めた。
「今日のメシは何なんだ?」
「干し肉と干しエビの雑炊だね。あとはドライフルーツ」
カトレアが干し肉を削り鍋に落としながら言った。
「へへ、豪勢っすね」
「やべえよだれ出てきた」
「こういう場での食事は何より勝る楽しみですからね」
疲労した時の食事は格別だ。今日の探索内容もあって余計にそう感じる。
真面目なズーグの声も心なしか弾んでいるように聞こえるな。
雑談を交わす俺たちの前で、鍋で煮られた雑穀がぐつぐつと音を立て水を吸って嵩を増していく。エビの良い香りが漂い、肉の脂が浮いて食欲をそそる。
そしてカトレアができあがった雑炊をたっぷりと椀によそい、皆へと配った。
「あー、うめえ。案外塩効いてるな」
「干し肉は塩キツめのやつにしたからね。そのまま齧るのはちょっとあれだけど煮込めば良い感じじゃないか」
雑炊に口をつければ、空腹という調味料もあってか非常に良い出来だった。
ズーグとトビーも黙ってメシをかき込んでいるので感想は同じだろう。
「遷移はあとどれくらいで起きるんでしょうね」
黙々と食事が進む中、ズーグがぽつりと言った。
遷移というのは、迷宮内部で起こる現象の名前である。
かなりざっくりした説明にはなるが要するに魔物のリポップ現象の事だ。
この現象は昼と夜の二回、人の居ない場所で生じる事が知られている。
全く同じ時刻に発生するのかどうかは不明だが、回数と大体の時刻が分かっているため、遷移が起こった後に周囲の敵を一掃する事で安全な休息時間が確保できる。
ズーグが遷移の発生を気にしているのはそのためだ。
もちろん、魔物は迷宮内を移動する事もある。
しかしそんなに頻繁に移動している訳でもないし、遷移後の魔物の一掃は休息中の戦闘発生率に大きく影響するのである。
「遷移なあ……夜中に発生するってくらいしか知らないが、メシ食ったところだしあんまり早く起きても困るよな」
「そうっすねえ。一旦腰を落ち着けちまうと腰が重くなるのなんの」
「旦那とトビーは索敵で疲れてるでしょうから、討伐は俺に任せてください」
「いいのか?」
俺の問いにズーグが頷く。
確かに疲労はあったので嬉しい申し出だ。
実際には討伐に先立って索敵を行う必要はあるのだが、戦闘に参加しなくて良いというだけでもかなり違ってくるはずである。
「ならお願いする事にしよう。と言っても、遷移まではヒマだからな。ゆっくり休んでおいてくれ」
「了解です」
「じゃあ私も今のうちに休んでおくことにするよ。そしたら魔物を一掃したあと三人で一斉に眠れるだろ?」
「そうだな。それで頼む」
カトレアが敷物の上に横になり、少しして寝息を立て始める。
残りの三人はコンロで茶を沸かし、それを飲みながら遷移の時を待つ事になった。
その後遷移で周囲の小部屋や通路に魔物がリポップし、トビーと交代でカトレアの護衛に立ちながら、ズーグを戦力として魔物の一掃を行うのであった。
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「ふぁあ……」
翌朝、となるであろう時刻に俺達は行動を再開した。
睡眠は三~四時間しか取れていないため多少眠いが、活動には支障無い範囲だろう。
先を歩くトビーもあくびをしているが索敵には問題無いはずである。
「あ……っと、この先敵がいやすね」
「おし、じゃあ俺の番だな」
マイトリス迷宮地下七階の探索は、合計して今日で三日目。
キンケイルではすでに通過した階層という事もあって、戦闘に関しては慣れが出始めている。
帰路に就く時間が近づいている事もあって、戦闘方針は温存から解放に変更。現在は持ち回りで一人ずつ戦うという縛りを設け、鍛錬を目的として戦闘を行うようにしていた。
「敵はフレイリザードと……レッドリーパーか」
通路の陰から魔物の居る小部屋を覗いて目視で編成を確認する。
火トカゲと鎌を持った赤いのっぺらぼうが各三体。
数は少々多いが、どちらも氷属性が弱点か。手持ちの氷系の魔法にはファイアボールのような範囲魔法は無いが、アイスランスは威力的に十分なので各個撃破は可能だろう。
ただ問題は組み合わせである。
レッドリーパーは近接戦闘タイプで、火球を吐くフレイリザードは遠距離攻撃タイプだ。
上手く連携されると非常にやっかいである。
分断するなり撹乱するなりしなければ割と困難な戦闘になってしまうだろう。
であれば俺が選択すべき呪文は……、
「よし」
作戦を検討し終え、自身に各種バフを乗せる。
一応鍛錬なので魔法で一気にゴリ押しは無し、ついでにヘイストとブレスのような上位支援魔法も無しでいく。
「氷矢、精神撃、麻痺」
俺は魔法を発動させながら、こちらに気付いた魔物達の前に躍り出た。
ボルトはフレイリザードへの牽制。
ショックとパラライズでレッドリーパーの動きを止める。
そしてマキシマイズ・フリーズエンチャントの乗った斬撃で右端に位置していたリーパーの一体を切り捨てた。
「跳躍、氷槍……」
俺は残心もそこそこに、すぐさまリープを行使し、距離を稼ぎながら残るレッドリーパーへアイスランスを投射する。
「キキィッ!」
……一体は回避して腕にかすったのみ、もう一体は鎌で打ち落としたか。
まあ敵もさるもの、ってところだな。
一方視界の端に見えるフレイリザードはちょろちょろと地面を這いずりながら、火球を吐き出してこちらに攻撃を加えてくる。山なりに飛ぶ火球は弾速はそこまでだが、時折リーパーの背を越えて飛んでくるのが非常に邪魔くさい。
俺はそれを盾で防ぎながら、並列思考をフル回転させて次の魔法を紡いでいく。
「氷矢、精神撃、麻痺」
初回と同じ魔法構成だ。
再び硬直したレッドリーパーを、当初と同じ方法で一体仕留める事に成功する。
しかし二回目のパラライズでは耐性が上がったためか、リープを発動する時間が無くそのまま近接戦闘へと移行してしまった。
これは俺の選択ミスだろう。
連続使用で耐性が上昇する事は知っていたので、効果は薄くともスリープやソウルポイズンのような別の妨害呪文を使用するべきだった。あるいは射撃で削ってから仕掛けるとかだろうか。
まあ後悔というのは先に立たないもので、やってみてから別の良い策を思いつくのはよくある事だ。次に活かせれば問題は無い。
と、近接戦闘中であるにもかかわらず俺にそんな事を考える余裕があるのは、情報処理のスキルのお陰だろうか。
乱戦での恩恵を考えて取得したスキルだが、案外近接戦闘をしながら思考や魔法行使をする時にも役に立っている。
「吸収」
そんな事を考えながら、俺は近接戦闘時の切り札であるドレインを使用し、生まれた隙に最後のレッドリーパーの首を刎ねる事に成功した。
そして残るフレイリザードはクリエイトウェポンの盾で火球を防ぎながらの掃討作業である。
「旦那、お疲れ様です」
「おう」
魔石を拾いながら後ろで控えていたズーグ達と合流する。
「総評はどうだ? 自分では魔法の選択ミスが一か所あったくらいだが」
「立ち回りは特に問題無いかと。欲を言えば近接戦闘で押し込めれば、また流れも違ったのではないかと思います」
ズーグに今回の感想を聞くとそんな回答が返ってきた。
確かに俺の近接技能は片手武器がレベル5、盾使いがレベル4とあまり高くはない。近接戦闘で押し込める力量があったなら、最初にリーパーを一体落とした後にそのまま他のリーパーを落としに行けたはずだ。それはすなわち魔力と戦闘時間の節約に繋がる。
「じゃあ次は剣使いのスキルでも取得しようかな」
「うへー、そしたらオレのやること無くなっちまいそうっすね」
「その時はおっしゃってください。近接戦闘ならいつでも指南しますよ」
そんな会話を交わしながら、俺達は移動を再開する。
そしてその後、昼過ぎまで探索を続けた結果、なんとか第一フロアを埋める事ができた。
俺達は達成感に包まれながら、マイトリスの街への帰路に就くのであった。
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