6 武具店
「いけっ、風槌っ!」
剣と腕で顔を守りながら、魔法を唱える。
十分に接近した状態で風魔法が打ち下ろされ、地に叩きつけられた巨大コウモリ……アイスバットに俺は剣を突き立てた。
「おらあっ、三匹目だクソがっ!」
やけくそ気味に吠えて突き刺さった剣をぐりぐりと捻る。
マジで腹立つんだよテメエ死にやがれ。
……と、若干発狂気味になっているがこれには理由がある。
このコウモリ野郎、人が怪我しないように慎重にって行動しているのに、空中からペッペッとしきりに氷の礫を吐き出してきやがるのだ。数もさることながらそこそこ速度があるこの礫は、コウモリのふらふらした羽ばたきと相まって回避しづらい事この上なかった。
魔法矢の射撃も当然当たらず、プロテクションの防御を頼りにエアハンマーの射程圏まで近寄って、墜落と同時に剣でとどめを刺すと言う方法を取っている。
この方法は確実性はあるが氷の礫をほぼ確実に(しかもたくさん)食らうので、俺の顔や腕なんかは生傷だらけである。
ヒールで回復するが服も若干傷んできてるし、小魔石ごときでやってられねぇマジで。ホント改めて考えるだに腹立つ魔物だ。
「くっそー、虫さん出ねぇかな虫さん」
魔石を拾った後、地下二階唯一の癒しストリングホッパーさんを求めて移動を再開する。
ストリングホッパーとはクモみたいに粘着性の糸を吐く、一メートルくらいのでかいバッタだ。
正面戦闘すればたぶん厄介なんだと思うが、火魔法でやたらダメージが通るのでとても簡単に狩る事ができる。数発のファイアボルトでダメージを与えたら後はレベル1の魔法「灯火」で焼き殺せるくらいである。
ちなみに地下二階にはゴブリンも出るが、やつら武器も持っておらずこちらを見ると逃げ出すので敵としてはノーカウントだ。
「あいつら新しい魔法でブチ殺したいなあ……早くレべル上がらないかなあ。っと、そろそろ時間か」
やさぐれたセリフを口にしたところで、時計に目を移すと昼前になっていた。
時計で八時過ぎくらいから迷宮に入っていたので三時間強。コウモリ野郎のお陰でやけくそになったせいか、午前の部の収入は予定より多く微小魔石五個と小魔石八個となった。
一応青色魔石が一個出たので、それは貯金するとして、おおよそ三〇〇ゴルドくらいか。宿代くらいにはなったな。午後も頑張らねば。
===============
ところ変わって。
ほぼ無一文の俺は探索者組合で魔石を換金した後(予想より多く合計三四〇ゴルドだった)、市場をぶらついていた。
主目的は昼飯の調達だが、一応市場調査も兼ねている。
後は木でも皮でも何でもいいので盾の値段が知りたい。あのクソコウモリ野郎の礫を防げれば良いんだ。いっそお鍋の蓋でも探すか? ってくらいの気持ちで、俺は目に付いた武器屋に立ち寄る事にした。
「いらっしゃい」
店主は眼鏡、紫の髪、長髪を後ろで結い上げた堅そうな女性である。若いのでただの店番と言う可能性もあるが、兜を磨いているので店主っぽさはかなりあるな。
「盾をお探しかい?」
「え、なんで分かったんですか?」
店内を見回す前に言い当てられた。
女店主がニヤリと笑う。
「君は新人だろう。装備見ればすぐに分かるさ。それで、新人特有の根拠の無い自信から一人で迷宮に挑んだはいいが、色々分からされてしまったと。そういう輩が焦って最初に買いに来るのは防具、しかも今の迷宮態の浅い階層だと厄介なのはスケイルフロッグだね。有効打になる接近戦を安全にこなすため、爪と舌を……」
惜しい!
と思いながら、俺は店主の講釈を聞くのを途中で止めた。
まだ話し続けているが、内容が絶妙に的を射ていないのが少し滑稽である。眼鏡のお陰で第一印象の知性が高めに見積もられてしまうのが、彼女の悲哀の最たるところだろう。つまりは見ためで知能のハードルが上がってしまった残念お姉さんである。
「……要するに、盾を探しているという事だな。違うかい?」
「ええそうです」
ドヤ顔で語り終えたお姉さんににっこりと笑い返す。
下手に違うとか言ってめんどくさい事になるのはごめんだしな。語りたい人には語らせておくのが吉である。
「それで、その盾なんですが今日の宿代にも事欠く状況で、すみませんが今日は冷やかしです」
水筒も買わないといけないし、今はとにかく入り用だ。
経済状況を教えておまけしてもらえるよう布石を打ちつつ店内を物色する。
「ほおーぅ、なるほど。分かったぞ、君はその剣を購入するのに最初の手持ちを全て使ってしまった訳だ。見るに中々の業物だし……」
俺が商品を見て回っている間も何かブツブツ言っているが無視だ無視。
目ぼしいのは……皮の盾五〇〇ゴルドか。こりゃしばらく買えないな。諦めるか。
「じゃ、そういう事で」
「ちょおっと! 待ちな若人!」
店を出ようとしたところで呼び止められた。
こっちへ来いと手招きしているので、仕方なく行ってみる。
「なんですか」
「まあそう急ぎなさんな。食事は逃げやしないから、ね?」
ちょいちょい言い当ててくるところが逆に腹立つが、何の用かと聞くと剣を見せてほしいらしい。
「そういえばさっき業物とか言ってましたけど、良い品なんですか?」
「外装から見た限りだけどね。貰い物なのかい?」
「ええ、探索者組合の武術師範に頂いたんです」
この時点でさっきの推理は破綻しているのだがあまり気にしてなさそうだ。
ひょっとしてこの人、ただ妄想を垂れ流してるだけなんじゃ……。
「ああ、バーランドさん。あの人は良い探索者だったよ。この街の探索者じゃ一番じゃないか?」
俺が気付いてはいけない事に気付きそうになった時、女店主がそんな事を口にした。
「一番と言うのは、ここ最近で?」
「いいや、歴代で、さ。何せマイトリス迷宮の今の最深部を更新したのがあの人だからね」
「へえ」
「その顔は、今の話で武術師範の凄さが分かったんだね。ちゃんと勉強してるじゃないか。感心感心」
新人だから仕方ないとは言え子供扱いが若干腹立つが、バーランドさんが凄いのは彼女の言う通りである。
現在マイトリスの迷宮の最深探索階層は地下九階。過去には地下十三階まで潜れた事もあるらしいが、五年から十年のスパンで起こる「魔殻変動」とそれに伴う生態相(生息する魔物の数と種類)の変動により、現在は過去より浅い最深部になってしまっている。
当然これは予備知識によるものだが、過去の歴史を遡ってみてもこうした最深部の上下動はまま起こってきた事らしい。魔物の種類の変動とはそれだけ探索に影響を与えるものだと言う事だ。
どういう魔物が理由でマイトリス迷宮の八階に「壁」ができてしまったのかは予備知識には無いが、恐らく今の俺にとってのアイスバットのように攻略しづらい魔物が居たんだろう。攻略階層が深くなるにつれて迷宮は広くなるので、強い・面倒臭い魔物が生息していると探索に支障が出るのは想像に難くない。少なくともそうして何年も突破できなかった八階を攻略し、現在の最深部である九階に到達したバーランドさんはかなりの猛者と言う事になる。
過去に十三階まで潜ってたメンツが雁首揃えても突破できない八階だからな。その価値は相当なものだろう。
ところで迷宮の探索階層は採取できる魔石の総量に影響するので、地下十三階まで潜れていた頃より、現在は魔石が取れていない状況である。
そのため第三迷宮都市マイトリス、そしてその探索者組合としては探索を進め、より深い階層に辿り着きたいと考えている。しかしながら、王立資源探索隊設立のせいで探索者が激減中。そこに気楽そうな俺みたいなやつがやってきたら、そりゃマルティナさんも切れるってもんだよな。
いや、なんで俺があの人の事を擁護してるのか分からないが、状況を見るにマイトリスは結構末期的状況なのかもしれない。だからと言って俺に何ができる訳でもないが。
「ふーん、ふんふん」
俺が迷宮の事に思いを馳せている間に、女店主は剣を見終わったようだ。
途中から手拭いみたいな布で拭いたり、光を当てながら片眼で見たりしていたが、何が分かったんだろうか。
「やっぱり中々の品だねえ。バーランド氏の戦い方を聞き及ぶにこれは予備武器なんだろうけど、流石はこの街きっての探索者だね。あ、今は元探索者か……」
またブツブツ言っているが、やはり惜しい。予備ではなく「予備の予備」武器だったらしいからな。
しかしこの絶妙に外してくる感じはやっぱ狙ってるんじゃなかろうか。
「なんだい胡乱げな目をしてからに。半分は趣味だけど、ちゃんと見てやったんだから感謝してほしいね。現在傷も歪みも特に無し! 迷宮なら魔物の体液とかは消えるから良いけど、物理的な衝撃で曲がったりするから、たまにはこうして確認しなよ?」
最後に教訓的な言葉を貰って、ようやく俺は解放された。
剣の手入れは全く意識してなかったので頭に留めておくようにしよう。
「それじゃあまた」
店主は変人だが悪い人じゃなさそうなのでまた来る事にするかな。
変人の妙に外してくる講釈もちょっと面白いし。
そうして、俺は武器屋を後にした。
ちなみに女店主の名前は聞き忘れた。鑑定も忘れた。
===============
その後、昼食(塩っ辛いジャーマンポテトっぽい炒め物+黒パン)を食べ、水筒を購入して再び俺は迷宮へと戻ってきた。
「残金二八〇ゴルド……頑張るか……」
お金を使うと残金がリアルに見えて悲しい気持ちになるな。
とりあえず午後の部はノルマ(宿代と明日の昼までの食費)を稼ぎつつ、その後は体力トレーニングにするか。
あと、現在のステータスは以下の通り。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(12)
スキル:斥候(2)、片手武器(2)、理力魔法(2)、鑑定(5)、神聖魔法(1)(SP残0)
更新は片手武器がレベル2に上がったくらいだな。
鑑定の上昇具合と比較するとゆっくりに思えるが、あれはまあステータス画面の併用が原因のイレギュラーだし気にする程でもない。
入口の兵士に挨拶して水を水筒に充填し、俺は再び迷宮に足を踏み入れた。
昼過ぎで気温の上がった外気とは異なり、迷宮の中はひんやりとしていた。石造りの建物(探索者組合とか)も同じような温度だとは思うが、迷宮はそれよりも湿度が高い。故にこそ生育しているヒカリゴケが今日も変わらず発光し、迷宮内部をじわりと照らしている。
「よーっし! 後半戦だ!」
声を上げ、俺は自分に気合を入れた。
手がかりを探すための迷宮との戦いは、まだまだ始まったばかりだ。
よろしければ評価・感想・ブクマをお願いいたします。