56 入学手続き
翌日になった。
さすがに何もない新居でいきなり夜を明かすことはできないので、同じ宿での目覚めである。
昨日はロランドさんから説明を受けて家の鍵を受領し、その後学園の窓口へ手紙を届けに行った。
師匠は相変わらずズーグを目印にしていたので、特に問題も無く手紙は受領され、受付の人からは翌日(つまり今日)一度足を運ぶよう指示を受けている。
そのため今日は入学予定の俺とシータ、そしてシータの保護者であるトビーの三人で学園へ向かう予定となっている。
一方居残り組の三人だが、ひとまず家具の運び込みは協力してやってもらう事にした。
カトレアは足が再生して間もないしレイアは普通に非力だろうけど、大戦士ズーグさんがいるのでこれは多分問題無いはずだ。
次に細かい内装やら追加の家具の選別は、ハウスキーパーとしてやっていく事になるレイアに一任してある。
まあ家主であるシータもそうだが、初めて新居を購入した俺としても内装には口を出したい気持ちはあるから、リストアップするだけの物も多いんだけどな。
とりあえずベッドとキッチン関係、それから掃除洗濯関係は購入の許可を出してお金も預けてあるので、その辺は彼女の裁量次第となる。ここが揃えば当面の生活は始められるはずだ。
いきなりどっさりと仕事を任されてレイアは青褪めていたが、ここは頑張ってもらうしかないだろう。
そんな感じで、付き合いが長く俺の感覚をよく理解している(はずの)ズーグをストッパーに据えつつ、ズーグ・レイア・カトレアには居残りチームとして仕事を遂行してもらう事になった。
「それじゃ、先に出るから。家具類は商業組合でこの木札を見せればいいみたいだから渡しとくよ」
「了解です。お帰りはいつごろで?」
「分からん。メシは預けた金で適当にやっててくれ。なんかあったら学園の窓口で師匠を呼び出してくれたら何とかなると思う」
俺は宿を出る際、ズーグとそんなやり取りをした。
購入したばかりの奴隷に仕事を任せる事に不安が無い訳じゃないが、ズーグなら上手くやってくれるだろう。
大分昔の事にはなってしまうが、集落では頭領の血筋だったらしいしな。
俺達は道すがら師匠への手土産を購入しつつ足を進め、ほどなくして学園へと到着した。
「わあ、おっきい門!」
「ご主人、ここで合ってるんですか?」
マイトリスに限らず魔法学園の敷地は非常にでかい。
シータが正門の大きさに声を上げ、トビーは学園の規模感にびびって懐疑的な事を言うくらいだ。
まあ俺も昨日手紙を届けに来て初めて知った事なんだけどな。
これまで立ち寄る事なんて無かったし、探索者組合とも遠く迷宮区からも離れているので近寄った事すらなかったのだ。
キンケイルにも魔法学園はあるのでたぶんトビーも似たようなものだろう。
この大きさに俺も最初は驚いたのだが、よく考えてみると学生と教師陣の宿舎、魔法演習用の広場、更に研究棟を加えれば当然の大きさとも言える。
とにかく、ここがマイトリス魔法学園である事は間違いない。
俺達は正門の横に併設されている守衛室に向かい、面会用のプレートをもらって中へと入った。
「なんだか、静かですね」
「今はみんな授業中だろ? 多分」
「そっか……そうですよね……」
授業中の学舎の“人の気配はあるのに静謐な感じ”ってのは不思議な心地良さがある。
シータもそう思ったのか、それとも自身がここでこれから授業を受ける立場になるという実感を得たのか、感慨深げな様子でじっと廊下の先を眺めていた。
「事務室はこっちだ。師匠に挨拶をして、手続きもさっさと済ませてしまおう」
立ち止ったシータを促して、俺たちは先へと進んだ。
そして事務室の学園窓口へと辿り着き師匠の予定を聞けば、今日は特別予定は入ってないとの事だ。
個人的に別の講師のところに行ったり、あるいは呼んで話をしている可能性もあるので訪問の際には注意するようにと言われたが、とりあえず行っても良さそうだ。
俺達は師匠の居室の場所を聞き出し、再度移動して扉の前まで辿り着いた。
ノックをして、応じる声があるのを確認してから中へと入る。
「失礼します」
「おお、良く来たね、久しぶり」
「お久しぶりです」
師匠はデスクで書類に埋もれながらチョイと手を上げた。
いつも通りの様子だが、学会後の多忙のせいか少しやつれただろうか。
「師匠、今お時間大丈夫ですか?」
「えーっと、ああ、大丈夫。すぐ片付けるよ」
「すみません、急に押しかけて」
「いやいや、構わないよ。可愛い弟子の入学だ、時間は作るさ」
言いながら、師匠は手早く手元の紙を片付けていく。
シータが「私、お茶淹れますね」と言って師匠にお茶の在り処を聞き、動き始める。
俺とトビーは手持ち無沙汰になって応接のソファに腰かけた。
「手紙も読ませてもらったよ。推薦状は用意してあるから、持っていくといい」
「ありがとうございます」
師匠は手を動かしながら話を進める。
やっぱりあんまり時間的余裕は無いのかもしれないな。用件を済ませたらすぐに退散する事にしよう。
「君の入学は推薦状で何とかなるけど、シータの方は通常カリキュラムへの編入だろう? そっちは普通に入試を受ける必要があるけど準備は大丈夫なのかい?」
「ええ、シータはちゃんと勉強していましたし、参考書の模擬試験もちゃんと合格点が取れていたので大丈夫です」
シータは呪いのせいで初等学校を中退しており、中途半端な学力であったのだが、俺が解呪を行って以降頑張って勉強をしていたので遅れは取り戻せている。
彼女は真面目な良い子なので、俺達が探索やらで出かけている時もサボらずに取り組んでいたみたいだしな。
「そうか、じゃあ学力の方は心配なさそうだね。後は魔法適性の方か……魔法使いであれば何となく分かるものだし、私だってシータから適性を感じてはいるけど、その感覚が間違っていた事例はいくつもある。駄目だったからと言って気落ちしないようにね」
「はい、もし適性が無かったら、普通に中等学校に入学しようと思います」
師匠の言葉に、お盆に茶を載せて帰ってきたシータがそう返した。
と言うか魔法適性って魔法使いだったら判断できるものじゃないのか。
これまで普通に「シータには適性がある」って断言してきたんだけど、完全に俺、変な人じゃねーか。
「リョウさんはずっと大丈夫だって言ってくださってますし、兄もズーグさんも心配するなって言ってくれますけど、ちゃんと覚悟はできてます」
シータは俺が彼女を勇気づけるために言ったと勘違いしてくれてるみたいだ。
適性がある事は看破の結果であるため事実なのだが、何と言うか複雑な気分である。
「うん。まあ魔法使いが二人も適性有りって判断をしているんだ。何も言われない人よりは自信を持って良いはずだよ。わざわざ不安がらせるような事を言ってすまないが、試験というのは余計な期待を持たず、かと言って不安ばかりにもならずに臨むのが正しい姿勢だ。君は君のやってきた事を出し切ればいい」
師匠は流石教師という感じだな。
彼女はよく「自分は研究者だから」と謙遜するが、こうした物言いを聞くに教育についてもちゃんと考えているように見える。
変な推理をしきりに開陳してきたりする人だが、根は真面目な人なのがよく分かるな。
その後、師匠から推薦状を受け取り、俺達はお茶を飲みながら近況を報告した。
早々に退散すると言いつつ割と長居してしまったが、神威事件で王都に居た頃を思い出してちょっと懐かしくなってしまったので仕方がない。
師匠も良い息抜きになったと言っていたので良しとしよう。
そうして最後に時期を見て新居に招待する事を約束し、俺達は席を辞したのであった。
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その後、俺達は事務室へ取って返して作業を進めた。
入学後の説明を死ぬほど聞かされ、手続き書類をしこたま書かされた訳だな。
シータの試験の日取りは十日後。
すぐ実施する事も可能らしいが、引っ越しとか色々あるので少し先延ばしにする形になった。
早くに入試をして授業に入れた方が遅れは減るが、すでに遅れは出ているし多少は誤差の範囲だろう。師匠の口添えもあって遅れを取り戻せるようフォローしてくれるという事なので、そちらを当てにさせてもらう事にする。
「さて」
「さて、ですね」
学園を後にし、門を出たところで俺はシータと視線を交わした。
「試験十日後だってな。頑張れよ、シータ」
「はい、頑張りますっ!」
元気に返事をするシータが可愛らしい。
「ご主人もこれで学生っすねぇ」
「お前もなるか? 学生」
「いやいやオレは御免っすよ。俺は探索を頑張るんで、ご主人は学業を頑張ってください」
そんな事言ったって俺も探索はやるんだが。
まあ、俺が二足の草鞋を履く分、こいつらにも一層頑張ってもらう事としよう。
「それじゃ、引っ越しをやりますか。この時間なら多分新しいベッドとかはまだ買ってないだろ。内装も整えなきゃなんないし、やる事は山積みだ」
うーん、と伸びをしながらそう言った。
シータの返事とトビーの「うへぇ」とか言う声が続いて、俺達は新居へ向けて歩き始めた。
これでようやく準備は完了だ。
当面の目標である迷宮門番の討伐に向けて、進み始めるとしよう。
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