53 三回目の奴隷購入その二
奴隷を選ぶというのはあまり気分の良いものではない。
今回の事でそれを思い知った。
何があったのかというとつまり、奴隷たちとの面接で色々と中てられてしまったのだ。
値段や体格などカタログスペックから会いたい奴隷をピックアップするまでは良かった。しかしいざ対面して確認となると、それぞれやる気も違う、詳しい経歴を聞けば重たいものばかり、こちらを探索者と侮る者もいた。
恐らく真面目に話を聞き過ぎたのが良くなかったのだと思う。
ズーグやトビーの時に割と話を聞いたので同じようにしたのだが、彼らのように素直に決断できるだけの情報も得られず、腹が立ったり同情したりと感情が振り回されただけで終わってしまった。
もう本当に、疲労困憊だった。
自分ではこれまで二人も奴隷を買っているしもっとドライに対応できると思ってたんだけどな。
まあ、よく思い出してみればズーグもトビーも他に選択肢を持てないくらいの所持金だったか。
実質彼らを買うしかない状況だったという事だ。
そう考えれば今俺がへこたれてるのもおかしくはない。
そう、おかしくはないのだ。
……などと、情けない自分を励ましてはいるが、ちゃんと購入する奴隷は選んである。
悩んだ挙句の事ではあるがハウスキーパーも含めて二人の女性を購入する事になった。
その二人との面会の様子をそれぞれ振り返ってみる事にしよう。
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「……剣闘奴隷、ですか?」
何度かの面会を経て、あんまりピンと来なくて悩んでいるとハンスさんからそんな提案があった。
「ええ、そうです。実はリョウ様の欠損治癒を当て込んで何人か奴隷を購入したのですが、その一人です。体の一部を失った剣闘奴隷は非常に安いですから」
なるほどちゃんとクロウさんも準備していたという事か。
しかし当時習得できていなかった欠損治癒魔法を見込んで奴隷を購入した、というのは俺が習得するのを信じてくれているからで、少し嬉しい気持ちになるな。
しかもこうして習得してマイトリスに帰ってきた訳だから、クロウさんの慧眼には恐れ入る。俺も信用してもらった分をこれから返していかないといけないだろう。
「なるほど、でも剣闘奴隷の欠損を治癒して再び売り出すつもりなら、値段は高くなるのではないですか? 荷役の奴隷を買う予算からあまり足が出るのは良くないのですが……」
などと言っているがお金は足りている。
高い奴隷を売りつけるつもりじゃないか、という俺なりの探りである。
「いえ、一人オススメなのが居るのです。主が若い頃に好きだった、当時一番人気の女剣闘奴隷が最近興行で片足を失ったようで、売りに出されていたのですよ」
「それをクロウさんが購入したと」
「ええ、それはもう即決でしたね。その女奴隷は剣闘士としてはとうが立っているので売れませんと進言はしたんですが……。それでまあ連れ帰った訳ですけど、主も帰ってきて冷静になったようで、欠損治癒後は安めの労役奴隷として売り出す予定にしています」
俺の持っているクロウさんのイメージとは外れたエピソードだが、まあ彼にも趣味的な側面があるという事だろう。
それで損失を出してたら世話は無いが……いやまあ、損失が出ないように、俺に買ってもらおうとしているのかもしれないのか。
「では、連れてきていただけますか? とりあえず面会してみましょう」
「ええ、よろしくお願いします。実はその奴隷は例の貴族令嬢の欠損治癒の練習台として志願しておりまして、この件が無くとも後程紹介する予定ではいたのですよ」
ん?
とすると今のやり取りは必要あったのだろうか。
もしかしてハンスさんがクロウさんの愚痴を言いたかっただけか?
……いや、うん。考えないようにしよう。これはきっと考えても得しないやつだ。
俺がそんな事を考えているうちにハンスさんは下男を呼びつけて奴隷を呼びに行かせた。
そして少し後、ドアがノックされる。
「失礼するよ」
そう言って入ってきた女性。
彼女の欠損した部位は右足のようで、棒のような義足をはめている。
義足が簡易ゆえか、バランスを取るために右手に持った杖をついてこちらに来たので、俺は思わずソファに座るよう勧めた。
「気が利くね、お兄さん。ありがとう」
彼女はハンスさんが少し脇にどいて空いたスペースに腰を下ろした。
奴隷と並んで座る事に腹を立てたりしていないかハンスさんをちらと見たが、特に何も思っていなさそうだ。それが普通だからなのか、俺が言ったからなのかは分からないが、まあそれはいいだろう。
それよりも目の前の奴隷の事だ。
彼女の髪色はこげ茶、顔立ちは昔は美人だったんだろうな、という感じか。
とうの立った、とハンスさんは言っていたが、それは顔の皴などからも読み取れる。しかし、その表情は溌溂としていて若々しかった。
彼女を待っている間にハンスさんと彼女について雑談をしていたのだが「欠損が治ったら剣闘でもう一花咲かせる」とか豪語しているらしいしな。それも納得というものである。
「では自己紹介を」
「あいよ。アタシの名前はカトレア・ハートランド。元剣闘奴隷だ、よろしくね」
そう言ってカトレアはウィンクを寄こしてきた。
流石元人気剣闘士、と言う感じで愛嬌のある性格をしているようだ。
俺より一回り以上年上なのだが、その振る舞いは非常に様になっている。
年齢を重ね足を失っても萎れた雰囲気の無い、不思議と絵になる人物である。
ちなみに奴隷の言葉遣いだが、この世界では所有者の裁量が大きいようである。
一般常識では上下関係の明確化のために所有者に敬語を使うのが当然、そうでなければ使う必要は無いという事になっている。
もちろん所有者の面子や立場のために基本敬語を使うように指示される場合が多いが、それも裁量の範囲で決まりではないのである。
この奴隷館ではあえて敬語を強要しない事で、奴隷の人となりをより正確に知れるというのを売りにしているらしい。
自身の購入予定者に面会した時に丁寧に接するか、カトレアのように自分を偽らないかは奴隷の判断に任せられ、客はその判断を見る事ができるという訳だ。
まあ、クロウさんは「全部がそうではないですがね」と締め括っていたが。
酷く売れ残れば鉱山送りなど酷い目に遭う(と言うか遭わせる)ので、奴隷は印象を良くしようと必死になるのが普通みたいだしな。今日これまでに面会してきた奴隷たちも大体そうだったし。
「カトレア、この方が昨日話していた治癒術師様だ」
「へえ、この兄さんがね。もっとお爺さんかと思ってたんだけど意外にも若者じゃないか。あんた、凄いんだねえ」
ハンスさんからの紹介にカトレアが素直な反応を返した。
あまりに純粋に称賛されて少し照れてしまうな。
「あはは、まあそれはともかく、君には探索の荷役をやってもらいたいんだが大丈夫か? 足を無くして長いなら体力落ちてるだろう」
俺が珍しく照れているのを見て驚きの表情のハンスさんを無視して話を進める。
体力が落ちていたとしても買うとなれば鍛錬して取り戻してもらう事にはなるが、デフォルトのモチベーションがあるかどうかは割と重要なので聞いてみた。
「大丈夫さ、ここに来てからもできる限り鍛錬は続けてるからね。まあ剣は無いし走れないし、あと片足でなんかバランスが変になってるからそれは鍛え直さないとかな」
カトレアからは淡々としたプロ意識を感じる返答が返ってきた。
愛想の良い雰囲気が一変してちょっとビビったが、こういうプロ意識のある人は、与えられた仕事への責任感という意味で非常に信用できる。
探索の荷役と言えど戦闘の可能性が全く無いとは言い切れないし、これは中々良いかもしれない。プロ意識を除けば愛嬌のある人格をしているからシータへの配慮としても十分だろうしな。
その後も少し雑談したが、剣闘奴隷として偏りはあるが人生経験もあって魅力的な人格をしているという事が分かったくらいで、何の問題も無さそうであった。
看破による能力にも問題無く、ズーグとトビーからも反対が出る事は無く、彼女を購入する事に決めて彼女は一旦退出していったのであった。
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さて。
もう疲れた。
カトレアの購入を決めた後、ハウスキーパーを決めるため更に五人の面接を行ったのだが、これが中々決まらない。
女性の奴隷はいわゆる性奴隷の数が多く、そうでない場合は需要が低いためか数が少ないのだ。それに加えて、絶対数が少ないくせに割と需要があるようで、今俺が面会した奴隷たちはまさに売れ残りといった奴らばかりであった。
「次でラストか……疲れたな」
「十人は超えましたか。これだけの人間の話を聞くとそれだけで疲れるものです」
俺はズーグとそんな会話を交わしながらお茶で一息ついているところだ。
最初は俺の後ろで立っていたトビーとズーグだが、途中しんどそうなので「座るか?」と問いかけたところ、これ幸いと二人ともソファに腰を下ろしていた。
トビーはともかくズーグが座ったのは意外だが、まあそれだけ疲れていたという事だろう。
「いかがですか、これまでお会いになった奴隷は」
「うーん、今のところピンとくる人は居ないですね。ウチのメンバーとはあまり合わなさそうです」
ちょっと険の強そうな人らばっかだったからな。
俺も嫌だし、人見知り感のあるシータとは間違いなく合わないだろう。
ズーグはよく分からなかったがトビーも眉間に皴を寄せていたし。
「少しお値段は張りますが、性奴隷の安価な所から家事のできる者を探すというのはいかがでしょう」
悩む俺にハンスさんから再び提案があった。
高い奴隷を売ろうとするのは商人として正しい姿勢だし、俺の方も見込みの無い所から探すよりは良いのかもしれない。
少し考えた後、結局俺はその提案を受け入れる事にした。
安い奴隷が居れば、と考えていたハウスキーパーだが、よく考えてみれば俺達が探索で不在の間は完全に切り盛りを任せる事になる。
お金やら何やら全部預けていく事になるし、信用できる人間でなければならないだろう。そしてある意味において契約で縛れる奴隷以上に信用できる人間は他には居ない。であればここで購入する必要が俺にはあるのだ。
俺は自身に活を入れ、再び集中力を込めてカタログを開き、数人の奴隷を選び出してハンスさんに伝える。
そしてハンスさんは同じように下男にそれを伝えて奴隷を呼びに行かせたのであった。
会話劇はホント難しい。
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