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52 三回目の奴隷購入その一



 あの後、俺達は半日かけて住む場所を決定した。


 探し始めたのが昼過ぎ、終わったのはとっぷりと日が暮れてからである。

 正直俺の中では予想外に時間を掛けてしまったが、シータの拘りに付き合っていたらこうなった。


 まあ、お陰で良い住宅が見つかったから良いんだけどな。

 部屋数は八部屋だけど他はおおむね満たされた物件だったし。

 しかしながら、久々に女性の長い買い物的なやつに付き合って気分は満身創痍である。


 どうしてこう自分のペースじゃない買い物というのはああも疲労するのか。

 これまで二十余年生きてきて理解できたためしがない。


「では、クロウさんには明日日を改めて伺うとお伝えください」

「承知いたしました。契約書をご用意してお待ちしております」


 流石不動産担当の御仁はこれだけ歩き回っても平気な顔だ。綺麗なお辞儀をして去っていった。

 

「さて、じゃあ宿に行くか。契約書を取り交わしたらすぐに入居できるみたいだし、とりあえず宿は明日まででよさそうだな。ズーグ、宿にはいつまでって言ってあるんだ?」

「宿の方には日ごとにどうするか決めると伝えてあります」

「おお、そうなのか。助かる」


 不動産担当と別れ、宿に向かいながらそんな会話を交わした。

 ちなみに泊まるのは迷宮区、以前も利用していたギールさんの経営する宿である。


 護衛で外に出ていたトビーはともかく、市街区育ちで外泊経験の無いシータに配慮して、最初は市街区の宿を取ろうと思ったんだけどな。

 彼女の強い希望で市街区と異なるごちゃついた場所の宿を取る事になった。

 まあ世話になった人たちに顔を見せるのも悪くない選択だろう。

 今日は宿で一杯やるのも良いかもしれない。


 そして少し歩き、俺達は宿へと到着した。


「ちわーっす!」

「あ、リョウじゃん! 凄い久しぶりじゃない?」

「おー、めっちゃ久々だぞ。元気してたか?」


 宿で出迎えてくれたのはエイラであった。

 互いに懐かしむ言葉を交わすが、そういえば彼女の嫁入りの話はどうなったんだろうか。マイトリスを出る前もなんだかんだと延期になってたと思うんだが。


 その事を聞いてみると、


「あー、それね。そんなのとっくに嫁入りしたに決まってるじゃん。何か月経ったと思ってるのよ。今日はたまの帰省ってやつ?」


 そんな返事が返ってきた。


「たまの、って言ったってそれこそ何か月かしか経ってないだろ」

「色々あんのよ、嫁入り先には。お父さんも寂しがってるみたいだし、向こうじゃちょっと息が詰まる時あるから」

「ふーん、そんなもんか。まあ他人の家庭に入っていくわけだから、色々あるか」

「そーなのよー」


 エイラは軽い雰囲気でそう言ったが、その表情から察するに結構大変そうな感じだ。

 経験の無い俺には想像の世界だが、本当に色々あるのだろう。


 けど、俺だってこの世界に来た当初孤独を(実は)味わっていたりしたが今はこんなものである。彼女の方も時間や巡り合わせが解決してくれるのではないだろうか。少なくとも彼女の方はこれから一生付き合う関係なのだから、ぜひともそうあってほしいところだ。


 その後、俺はエイラに新しいメンバーのトビー、そしてシータの紹介をして家を買う事も伝えた。

 それに対する反応はもちろん驚きが主であったが「成功する探索者って本当に居るんだね」と不思議な納得をされてしまったのが印象的であった。

 更には「ウチの商会をよろしくね」とか言うので名前を聞けば、クロウさんの所と繋がりのある商会である。不思議な縁もあるものだと俺も驚きつつ、これも縁だろうし贔屓にさせてもらうと返しておいた。


 と言っても、ウチで日用品とかの買い出しを牛耳っているのはシータなので、彼女のお眼鏡にかなわなければご破算になる程度の話なんだが。


 そんな会話もありつつ、荷物を置いたりなんだりしているうちに夜は更けていく。


 俺とズーグは久々にギールさんの肉体労働者特化メシに舌鼓を打ち、エイラがシータのために特別に作ってくれた焼き菓子を楽しんだりもした。


 酒も入り、武勇伝にも花が咲く。

 今後の話をしたりエイラの話を聞いたりと、馬車の旅路からの解放感もあってか、久々にリラックスした夜となった。



 =======



 翌朝。

 今日は新たに奴隷を買う日である。


 とりあえずは荷役の奴隷を購入する予定だ。

 ハウスキーパーも欲しいところだが、こちらは雇う感じでも良いだろう。安く買えるなら、程度で考えている。


 この後も魔法学園への入学とか色々他にやる事があるし、しばらく本格的に探索できない事もある。その間荷役の奴隷の手が空くので、家の環境を整えてもらえばいいかなと思っている。

 まあズーグやトビーの時もそうだったが、奴隷購入は機会が合うかどうかがかなり重要だしな。色々考えるのは行ってからにする事にしようか。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい……って言うのもなんか変ですね、えへへ」


 はにかむシータに見送られ宿を出た。

 彼女は今日はお留守番である。

 奴隷は兄がそうなったのもあり、またズーグとも接している事もあって彼女には身近な存在ではあるが、奴隷館に子供を出入りさせるのはあまりよろしくないだろう。

 昨日は流れ的にそうなったが、今日はがっつり奴隷購入目的での訪問なので、今日は俺からもトビーからも待機の指示を出していた。シータの方も奴隷館の空気はあまり好きじゃないようで、素直にそれに従ったという訳である。


 俺達はシータが居ない事もあってかさっさと移動して奴隷館へ。

 いつものように扉をノックし、返事を待ってから中へと入る。


「お待ちしておりました」

「どうも。今日はよろしくお願いいたします」


 ハンスさんに出迎えられ、いつもの応接室へと案内された。


「すみません、あいにくあるじは急な用件が入ってしまいまして不在なのです」


 腰を落ち着けると、出し抜けにハンスさんがそう切り出してきた。


「あ、そうなんですか?」

「申し訳ございません」

「こちらこそいつも急な訪問ばかりですみません。クロウさんはこちらの主ですし、必要な用件も多くあるでしょうから」


 すまなさそうにするハンスさんだが、俺が言った通り悪いのは大体こちらである。

 昨日もいきなり来たし、今日来るのも昨日の今日の話だからな。


 と言うかいつもいきなり来る俺達に対し、常にクロウさんが会ってくれるというのは正直かなり無理してたんじゃないだろうかと推測している。なので今日のような日があったとしても何らおかしくないだろう、というのが俺の考えである。

 

「本日はわたくしハンスが応対させていただきます。交渉や割引などの権限も一部預かっておりますので、良い取引をさせていただければと」

「なるほど、それは頼もしい。では、カタログなどはありますか? キンケイルの奴隷館ではそれで当たりをつけて、面会という形で奴隷を購入したのです」


 俺の言葉にハンスさんは一つ頷いて脇に置いてあった小箱から一冊の冊子を取り出した。


「こちらが荷役として扱える奴隷のリストです。他に条件などありましたら提示いたしますので何なりとお申し付けください」

「了解しました。では拝見させてもらいます」


 受け取ったリストを開き、中身を確認しながらパラパラとページをめくる。

 色々な条件を見ながら、頭の中でどんな条件に惹かれるか、あるいは忌避すべきかを取捨選択する。更には書かれてある内容から、浮かんだアイデアや考えをまとめ、下位の並列思考に取り置くような形で思考を進めた。


 何と言うかこれは情報処理のスキルが伸びそうな作業だな。


 下位の下位の思考では相変わらずそんな下らない感想が浮かんでいたりしたが、少しして俺はリストを見終え、ぱたりと冊子を閉じた。


「なるほど」

「も、もうよろしいのですか?」


 ハンスさんは俺があまりにも早く見終えた事に驚いている。

 が、別に俺は大した事はしていない。

 今のは単なる速読術もどきと言うか、短期記憶の小技みたいなもんだからな。


 そしてその高速インプットからの思考整理の結果だが……俺はひとつの結論に至った。


「荷役は女奴隷の方が良いかもしれない」

「……なるほど」


 俺の突然の宣言に、唯一納得の言葉を示したのはトビーである。

 彼とて俺の思考経緯を理解できた訳じゃないだろうが、俺がなぜこんな提案をしたのかは直感的に理解できたのだろう。

 トビーは特別直観力に優れた人物ではないが、どうして彼がこれほど早く考え至ったのか、俺には理由がよく分かる。なぜなら、この選択は彼にも深く関わる事だからだ。


 まあもったいぶるのもアレなのでさっさとその考えとやらを開陳するとしよう。


 要するに、これから生活を共にする事になる荷役の奴隷と、トビーの妹シータとの兼ね合いを考えたのである。


 俺は家を購入する事にしたが、そこでの共同生活者にはシータが含まれる。

 彼女は学園に入学しそこに通う事になるだろうが、別に寮に住むとかいう訳ではないからな。

 もしここで俺が荷役の奴隷に男……しかも荷役ができるくらいなのでゴツイ、ついでに言えばむさくるしいのを選んでしまうと、シータとそんなのを共同生活させる事になるのである。


 もうその時点であんまりよろしくないのは自明の理だろう。

 まだ子供と言っていい少女に、むくつけきおっさん。危険な取り合わせである。

 もしおっさんがシータに襲い掛かったらどうすると言うのか。


 まあ、もちろん奴隷契約の内容により行動を縛れるだろうし、実際危険は無いのだろう。

 ただそれでシータが安心できるかと言ったら、それは別の話になるはずだ。

 居るだけで怖いと思うかもしれないし、そうなったら彼女の生活圏は恐ろしさで侵食される事になる。

 彼女は探索者のチームじゃないが、解呪した縁でここまで付き合いを続け、俺だって彼女の事を大事に思っているのだ。彼女が安心できない家にはしたくない。


 そうした事を、俺は荷役の奴隷のプロフィールを見るうちに思ったのである。

 そして先の宣言に至り、彼女の兄であるトビーはすぐにそれを察したという訳だ。


 正直なところ、こんな事は事前に考えついとけよと思わなくもない。

 今になるまで考え至らなかったのは実に情けない事である。


 それに俺だってズーグだってむくつけきおっさんのカテゴリと言えばそうだしな。

 シータが「ウチに住めばどうですか?」と提案した時のトビーの困惑を、俺はようやく真に理解するに至ったのである。

 これもホント申し訳ない気持ちになった。

 あの時は全く気兼ねしなくてすまん。


 詫びの気持ちを込めてちらりとトビーに視線をやれば、ニヤリと笑みが返ってきた。

 この時のアイコンタクトの脳内会話を説明するなら、


『マジですまんかった』

『今回ので帳消しにしといてあげやすよ』


 という感じだろうか。


 とにかく方向性はこれで良いだろう。

 ハウスキーパーも同じように女性を選びたいから、急に家の中が女だらけになるが、まあそれは気にしなくても良いはずだ。別に見目麗しいのを選り好むつもりは無いし安さ重視だから、きっとおばさんばっかになるだろうしな。家庭感は増すかもしれないが。


「ズーグは、それでいいか?」

「戦闘に関わる訳でも無し、否やはありません」

「じゃあハンスさん、その方針でもう一回リストを見ますのでもう少しお時間下さい。あ、もしオススメとか居れば伺いますけど」


 そんな事を言いながら、俺は再度リストに手を掛けた。

 一回見たリストだし、まだ短期記憶は生きている。

 たぶんこの辺だなといきなり冊子の中盤を開きながら、俺は改めて奴隷の選別に移るのであった。




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