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51 帰還と家の購入



 俺達はマイトリスへと帰ってきた。


 キンケイルからの道中は概ねつつがなく、と言った感じではあったが、幾つか面白い事もあった。


 例えばシータの反応だ。

 彼女は幼少期に呪いを受けた事もありキンケイルの外にはほとんど出た事が無かったらしい。

 街道から見る景色や通り過ぎる街々の風景は彼女にとって非常に新鮮で、その都度感動の声を漏らしていた。


 俺はそれを見て微笑ましい気持ちになったが、よくよく考えれば俺もマイトリスを出る時同じような感慨を覚えたんだよな。

 そうするとこの微笑ましさは当時の俺にもあったという事だ。

 シータのような子供ならともかく大の男がそうする様はさぞ滑稽だったろう。

 その事に気付いた時、俺はそんな風に少し後悔する事になった。


 また他には魔導列車に関しても興味深いものがあった。


 旅の最初、何となく線路が続いてるなあ、と見ていたのだがそれがいつまで経っても果てが無い。いや無い訳ではなかったが、俺がキンケイルに向かった頃と比べて相当マイトリスに近い所まで来ていたのだ。


 俺はこの世界の工期の平均がどんなものか知らないし、元の世界でもそんなものは知らない。しかしそれでも「凄い進んでる」と感じるくらいには進捗が見て取れた。

 このペースなら恐らくマイトリスまで一か月掛からないのではないだろうか。 

 敷設からすぐに列車運行開始とはならないだろうが、旅の途中も試行運転用と思しき車両が線路の上で停止していたりと、かなり迅速にスタートを切れる準備はされている感じである。


 もし魔導列車が開通すればマイトリスの街の様子も変わってくるだろうし、探索者の増減もあるかもしれない。

 この辺りの情勢については逐次確認する必要がありそうであった。


 そんな事がありつつ、ようやく俺達はマイトリス市街区の門をくぐるに至ったのである。


「うわー、なんか久しぶりだなあ」

「確かに。半年も経ってないはずなんですが」


 帰還の際、俺とズーグの反応は二人してそんな感じだった。


 ズーグの言う通り、キンケイル方面に居たのは合計しても数か月くらいだろうか。

 俺がこの世界に来てからまだ一年経っておらず、マイトリス自体そこまでの年月を過ごした場所でもないのだが、それでもこの世界の中では俺にとって最も馴染みの深い場所という事なのだろう。

 戻ってきた時の感慨は一入ひとしおであった。

 

「ここがマイトリスですか」

「久々に来たなあ」


 一方こちらはトビーとシータの兄妹の反応である。

 シータは当然初めてだが、トビーは仕事の関係で来た事があるらしい。


「それじゃあ、まずは家の事からだな。ひとまずズーグは宿を取りに行ってくれ。その後クロウさんのところに行って先触れを頼む。リテルさんは商業組合の方にお願いします」

「了解しました。こちらの組合に引き継ぎますので一度来ていただいてもよろしいですか?」

「はい、これから向かいましょう」


 リテルさんというのは家具を載せてきた馬車の馭者である。

 馬車に載せて運んできた家具は商業組合の倉庫に一旦預けられる事になっている。

 手持ちの荷物はともかくすぐに置き場所を見つけられる訳じゃないしな。

 リテルさんは少ししてキンケイルに戻る予定で、家具類はマイトリスの商業組合が保管を引き継ぐ事になる。これからその手続きに向かうという訳だ。


 家を買う(あるいは借りる)、奴隷を買う、学園に入学する。探索を本格的に開始するのはその後になるだろう。

 色々とやる事は多いが、一つずつ片付けていく事にしよう。


 そして俺達は行動を開始した。 


 ズーグと別れ、俺達三人は商業組合へ。

 そこではリテルさんの案内で手続きを行った。

 雑談がてら話を聞いたが、運送業はともかくこういう保管業は信用が無いと成り立たない、すなわち大手・大元である商業組合でしか行われていない事業らしい。

 魔導列車ができるためしばらくしたらかなり業態が変わるかもしれないとの事である。


 まあリテルさんなんかは個人の依頼はコスト的に結局馬車輸送を使うから、自分が死ぬまで仕事は無くならないだろうと言っていたが。


 次にクロウさんの奴隷館である。


 懐かしの路地へ向かい、奴隷館の扉をノックする。


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」


 出てきたハンスさんの顔も懐かしい。

 ズーグがちゃんと先触れをしてくれたようで、俺達はスムーズに奥へと通される。

 奴隷館で護衛として働いていたトビーはともかく、シータはかなりおどおどしていたが、まあしばらくしたら慣れるだろう。


 そして通された応接室ではズーグが椅子に座って待っていた。


「お、座ってる。ここでお前がそうしてるの凄い違和感あるな」

「オレもそう言いましたがハンスの奴に強く勧められまして」

「へえ」


 ハンスさんとも知り合いだったか。いやまあここに居たんだから当然……なのか?

 奴隷館の従業員と奴隷の関係性ってのはよく分からんな。


 そんな事を考えながら俺は席に着いた。


 ハンスさんによれば、クロウさんはすぐに来られるらしい。

 出されたお茶に口を付けつつ、待つ事しばし。


 ノックと共に扉が開かれ、クロウさんが姿を現した。


「いやあ、お久しぶりですね、リョウさん」

「こちらこそお久しぶりです。すみません、いつも急に押しかけて」

「なんのなんの、他ならぬリョウさんの訪問とあっては時間を作らない訳にはいきません。……それで、調子はいかがですか?」


 早速といった風にクロウさんがそう切り出す。

 調子というのは当然、彼との契約、つまり欠損治癒魔法に関する事である。

 その結果・成果についてはズーグを見ればすぐに分かる事ではあるが、あくまで俺の口から言わせるのはそれがきちんとした契約に基づくものだからだろう。

 報告の義務、というやつだな。


「調子はご覧の通り、欠損治癒魔法を使えるようになりました。これでクロウさんとの契約を履行できるようになったという事です」


 俺の言葉を聞いて、クロウさんはにっこりと笑みを浮かべる。


「ズーグを見てすぐに分かりましたが、リョウさんから直接聞けて非常に安心しました。治療に関してはすぐにお願いしてもよろしいですか? すでに患者の選択は済んでいるのです」

「これは、お待たせしていたようですね……ええ、行使には何ら問題無く。しかしひとつ別に問題があります」

「ほう、伺っても?」


 別の問題というのは、欠損治癒魔法使用時に生じる患者の苦痛についてだ。

 戦士として痛みに強いはずのズーグですら苦悶の声を漏らすほどだからな。

 あの時はクリアマインドにスペルエンハンスを乗せていなかったとは言え、何の注意喚起も無しに扱っていい代物ではないだろう。


 俺がそれについて説明すると、クロウさんは顎に手を当てて思案気な表情を浮かべた。


「ふーむ……であれば優先順位を変える必要が……」


 ブツブツと何か言っているが、果たして何があるのか。

 俺が質問の言葉を掛けると、クロウさんはそれにはっと気づいたように顔を上げた。


「ああ、失礼しました。実は貴族の令嬢の治療をお願いしたいと思っていたのですが、強い苦痛を感じるのであれば考え直す必要があると思いまして」

「貴族……ですか」


 クロウさんの回答に少し困惑してしまう。

 俺の中で、欠損治癒魔法は商品(つまり奴隷)に対して行使するものだと思っていたからだ。

 しかし確かに、別にそういう契約ではなかった。単純に無償で二回の欠損治癒魔法を提供するというものだったはずだ。であればクロウさんが奴隷以外の対象を選んだとして、別段問題は無いだろう。


「相手は高位貴族のご令嬢です。当然私の商売にも利になりますし、リョウさんの後ろ盾になってもらえるかもしれないと思って検討していたのですが……」

「後ろ盾ですか? 神殿と敵対する可能性のある私の後ろ盾になるというのは、可能性としては低そうですが」

「逆ですよ。神殿の政治方面への影響力は、神聖魔法に根差したものです。その牙城を崩すきっかけになりうるのであれば、むしろ興味を持たれる可能性は高いはずです」


 なるほど。そういう風に考えるのか。

 そう言われれば確かに理にかなっている。

 彼がそこまで考えてくれるのは、神殿との拮抗に関しては俺とクロウさんは一連托生だからだろう。

 そういう機微にも世情にも疎い俺にとっては非常にありがたい事である。


 ちなみに神殿勢力の軍への影響力について少し掘り下げて聞いてみると、軍部にかなり偏ったものであるらしい。


 国軍にも神聖魔法使いは所属しているが、全て神殿所属の人間だ。彼らはその全員が政治的に何か意味のある存在、という訳ではなく、単に治癒術の使い手として国の募集に応じた者たちである。

 神殿所属の治癒魔法使いはその全てが神官という訳ではなく、神の信徒ではあるが別に仕事を持っている場合もある。その内軍人という職業を選んだ者たち、という事だ。

 

 その「軍人という職業を選んだ治癒魔法使い」はあくまで自由意思でそれを選んだという事になっている。しかし軍の方も所属する治癒術師の数を一定数維持するため、直接神殿に募集をする事も多いようだ。そしてそれに応じる神殿側に、便宜を図った見返りとして政治的な影響力が生まれているという事らしい。

 その影響力で神殿は軍の人事などに口出しする事もあるらしく、軍の方ではそれを良しとしない反神殿派閥と言うべきものも存在しているそうだ。


「なんだか、大事になってきましたね」

「ははは、それはまあ……そうですね。政治の本流という訳ではないですが、政治的な力関係の一部に一石を投じる訳ですから。まあ結局のところ、一石となる治癒術師はリョウさん一人の訳ですし、いきなり大事になる事はありませんよ。ゆくゆくは、という感じです」


 クロウさんは笑ってそう言うが、具体的な話を聞かされると俄然不安になってくるな。

 すぐに来ない未来であるとは言え覚悟が必要そうである。


「それで、欠損治癒はどうしますか? 魔力的にかなり消耗するので、探索をする日にはやらない方向で行きたいんですが」

「ひとまず、この情報を貴族の方に伝えましょう。あとは他に欠損治癒が必要な者……ああこちらは奴隷ですが、そっちにも治癒の際に苦痛が発生する事を伝えます。こっちはほぼ強制ですが、志願者が居てくれれば御の字ですね」


 という訳で、身体欠損治癒魔法については保留という事になった。


 続いては新たな取引、家と奴隷の購入についてである。


「以前に依頼していた荷役の奴隷もそうなんですが、これから人数が増える事を見越して家を買おうと考えています。クロウさんの商会で扱っていたりしないですか? なければどこか紹介していただけると助かります」

「ほう、家ですか。私の商会でも取り扱いはありますのでそちらを紹介させていただきましょう。今担当を呼びますので、来る間に軽くご希望についてお伺いさせていただいても?」


 クロウさんに言われ、俺は皆で話し合った家の希望について説明した。

 漏れが無いか一応他の面々(これまで一言も話してなかったが実は居たのである)にも確認を取りながら、ひとつひとつ話していく。


 まず部屋数だが、できれば十くらいは欲しいかなと考えている。

 これは今いるメンバー(俺、ズーグ、トビー、シータ)に加えて、荷役と追加の戦闘要員、そして雇うか買うかは未定だがハウスキーパーの個人部屋を計算してのものである。

 奴隷たちや、最悪俺も別に二人一部屋でも構わないが、名義人のシータは一人部屋にしてあげたい。最低で考えると五~六部屋くらいになるとは思うが希望としては十くらい、としておいた。


 次に設備関連だが、トイレはまあいいとして、俺は浴室が欲しかった。

 この世界では基本お湯で濡らして拭い、低頻度で行水、大衆浴場があれば入浴という感じだ。幸い石鹸の類はあるので良いが、個人的に入浴の頻度を増やしたいと思っていたのである。


 リビングやキッチン周り、それから洗濯関連については俺はこだわりは無いが、実際に扱うシータが実際に見て判断する事になった。

 ひとまずネックとなる部屋数、浴室をクリアするだけで結構数が絞られるので、後は足を使って確認しようという事になった訳である。


 またネックになっていたお金の件もクロウさんに相談して解決した。

 どうやら最初賃貸として入居し、家賃として払っていた分をそのまま購入費用として充てる事ができるらしい。つまり、例えば家が一千万で、一年住んで家賃を百万払っていたら、購入時に九百万で良くなるのである。

 もちろん手数料諸々は掛かってくるが、お金が貯まり次第逐次払っていく事もできるようなので、それでお願いする事にした。


「では、後の事は担当に任せますので、私はここで」

「お手数かけます、また後程奴隷購入について伺いますので」

「ええ、その時はまたよろしくお願いします」


 クロウさんはそう言って去っていった。

 家の話については途中からやってきた不動産担当にも話したので、完全に彼にバトンタッチしてこれから見ていく事になる。


「では、今お伺いした内容の物件を回っていきましょう」


 口髭を生やしたダンディな不動産担当に促され、俺達は物件確認のために奴隷館を出るのであった。




いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 貴族令嬢と同じ欠損の一般奴隷がいたらテストケースで治すのもいいかもですね。どれだけの苦痛が現れるか分かり易いですし
[気になる点] >漏れが無いか一応他の面々(これまで一言も話してなかったが実は居たのである)にも確認を取りながら、ひとつひとつ話していく。 入室直後に、 >奴隷館で護衛として働いていたトビーはともかく…
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