50 マイトリスへ
ズーグの武器が完成した。
その名を竜徹槍と言う。
非常にゴツい名前である。竜を徹すとか凄いよな。
ズーグならやれそうなあたり余計にそう感じる。
この武器の主な素材は火竜の芯骨。まあ要するに脊椎だ。
竜の骨は金属的性質を持つらしく、これに複数の金属を混ぜて溶かし、鍛えて作られた槍だそうだ。
流石に配合は教えてくれなかったが、曰く「ウチ以上に魔物素材の扱いに明るい所は無い」だそうだから、性能には期待させてもらう事にしよう。
ちなみに魔力との親和性が非常に高いらしく、上手くすれば魔法をかき消すように扱う事もできるとの事である。「魔装術」が使えるなら非常に強力な武器になる、と言っていた。
この魔装術というのは予備知識にもあったが、戦士の技術の極みであり、肉体と装備をひっくるめて魔力で強化する術である。
オーバーフローした魔力が可視化して魔力の装備を纏っているように見えるから魔装術という名前がついているようだ。
正直ズーグのレベルで扱えない技能とかどれだけだと思うんだけどな。
店主に聞いてみればバーランド師範は使えるらしいので、近接技能レベル9からという事なのかもしれない。まあ、他の習得条件があるかもしれないが。
とにかく、そういう訳で俺達の装備は全て揃った事になる。
予定ではすぐに出発、となるはずであったが、珍しくズーグから要望があって出発は少し延期となっている。
武器の慣らしをしたいと言っていたが、要するに新しい武器を早く使いたいって事だろう。出発すれば二週間は馬車の旅だし気持ちは分からなくもない。
年経たズーグでもやっぱりそういう感情はあるんだな、とは思ったが、よくよく考えてみたらこいつ出会った当初から結構バトルジャンキーじみてたんだった。
それに何歳になっても戦士は戦士って事なんだろう。そんな事を思いながら、提案するズーグをニヤニヤ見ていたら文句を言いたそうな顔をしていたが。
「じゃあ、俺らは掃除でもしてるから行ってこい」
「重ね重ねすみません」
俺達は武器屋を出ながらそんな会話を交わした。
「まあいいさ、どうせ今日出たいって言って出れるもんでもないしな」
元々トビーの家を引き払うのに二、三日は掛かる予定だったし、一日くらいズーグが自由に行動してても問題はあるまい。
流石に力仕事が得意(と言うかそれしかできない)なズーグには家具の運び出しとかを手伝ってもらわないといけないが、それは最後なので今日はいいだろう。
ちなみに家の引き払いだが、トビーとシータの思い出の詰まった家具は一部マイトリスでも使用する事にした。
これは家具を一から揃えた時の費用より輸送費(馬車と馭者のレンタル)の方が安かったというのもあるが、使い慣れた家具があった方が落ち着くというのが主な理由である。
「それじゃ、トビーは俺と一緒に家掃除だな。一応確認しとくが市民権とかの手続き関係は終わってるんだよな?」
ズーグと別れた後、俺はトビーに確認を取る。
もろもろ済んでいる事は知ってるし前にも一度確認したが、こういうのホント何度も確認したくなる性質なんだよな。
「問題無いっす。市民権はシータの分だけですがマイトリスで申請する書類も貰いました。後念のため言っておきますと家の売却先も決まってますよ、こないだ不動産屋来てたでしょ」
「いやすまん、ホント一応な、一応の確認なんだよ」
「心配性っすねえ」
トビーに呆れられてしまったが、この辺りの話は割と時間を掛けて話し合ったので、本当に済んだ事なのだ。単純に俺の不安症の問題である。
ところでマイトリスで買う家だが、実は名義人をシータにしようと考えている。
その件を伝えると本人はかなり嫌がっていたが、都市区画に住所を持つなら必要になる市民権の取得が結構ネックなのだ。
ズーグとトビーは奴隷身分なので取得不可だし、俺はこの世界で生まれてないので取得できるか正直不明だ。それに元の世界に帰る可能性もあるから、持ってても仕方ないというのもある。手放す際に一々手続きをしないといけないのは面倒だしな。
まあそういう訳で、共同出資とはしつつも名義をシータにしておこうという話になったのである。もちろん帰れない可能性だってあるが、それを今探し求めてるわけで、分かった後どうするかはその時考えれば良いと思っている。後は腹黒い話ではあるが、半ば隠れ蓑にさせてもらおうという魂胆もなくはない。
シータには才能の器や俺が異世界人である話はしていないため、彼女自身はこのやり方について単に「迷宮探索に専念するため」と認識しているはずである。
仲間外れみたいでちょっと可哀そうだが、我慢してもらうしかないだろう。
詳細を語る事も検討したが、話してしまって何かあった時に巻き込んでしまう方が問題だと思うからな。
「それにしても、もうこの街とはお別れなんっすねえ」
家に向かって歩いていると、トビーが唐突にそんな事を言った。
「寂しいのか?」
「まあ、二十年来の付き合いですからね。知り合いも大勢居やすし」
「そうか……」
しみじみとした彼の様子に、俺は「すまん」と謝りかけてぐっと留まる。
トビーは特例的な、条件を果たせる者を探すために奴隷になった。
彼は彼の都合で奴隷になり、俺は俺の都合で奴隷を買った。
そこに良いも悪いも無いはずだ。謝っては俺とトビー双方の判断を否定する事になるだろう。
そうは思っても申し訳ない気持ちは確かにあった。
俺の都合で巻き込んだのは単なる奴隷生活とは少し違うし、彼の妹も巻き込んでいるのは事実である。
……どこかで、彼に報いる事ができれば良いんだがな。
これはズーグもそうだ。
俺の目的である「なぜこの世界に来たのか」という疑問を解消できたら、奴隷は解放しようと思っているが、さて。
俺は帰路を進みながら、どのようにして彼らに報いるのか、少し考えるのであった。
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「おーし、みんな荷物は大丈夫だな?」
今日はとうとう出発の日。
家具の積み込まれた馬車を背に、俺が号令をかける。
「問題ありません」
「問題無いっす」
「大丈夫です」
各々から返事が返ってきて、俺達は馬車に乗り込んだ。
荷物が多くゆったり座る事はできないが、他の乗客に気兼ねしなくて良いのは助かる。
それにしてもこの二日は怒涛の忙しさだった。
家を片付けるのももちろんだが、エイトのチームが送別会だなんだと言ってきてそれに参加し、いつも通り仲間外れにされたシータの機嫌取りが大変だったのだ。
彼女の場合機嫌が悪くなっても、あまり怒ったり文句を言うタイプではない。少し元気が無くなる程度ではある。しかしつられるようにトビーのテンションが下がり、家全体の空気が沈んだ感じになって最終的に謝り倒すしかなくなるという訳だ。
彼女が子供らしいわがままを気兼ねなくぶつけてくるのは何気にちょっと嬉しいのだが、それに喜びを感じるというのも流石に性格が悪いだろう。
まあ俺達探索者チームが共に行動するとどうしても彼女が一人になるので、マイトリスで学園に入学した暁にはぜひとも自身で友人を作ってほしいところである。
「では二週間、よろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
俺は荷台の中から馭者のおじさんに出発できる旨を伝え、馬車が動き出す。
荷台の方ではトビーとシータが早速寝る態勢だな。
二人は昨日遅くまで、生まれた家との別れを惜しむように語らっていたので無理も無いだろう。
ズーグはいつも通りむっつりと座り込んでいる。
槍を抱え込んでるのがいつもとの違いだな。
彼は護衛的なポジションなので武器はいつも携行しているが、新しい武器はそれにも増して持ち歩いているので余程気に入ったという事だろう。
ここまで喜んでもらえると金を出した方も気分が良い。
さて。
腰を落ち着けたところで恒例の現状確認だ。
最近はとにかく探索探索、鍛錬鍛錬でこうして全体を見直すのはあまり無かったが、変化があった部分は一応把握している。
割と大きな更新もあったりするのだが、それも改めて再確認していく事にしよう。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(67)
スキル:斥候(5)、片手武器(5)、理力魔法(5)、鑑定(5)、神聖魔法(8)、魂魄魔法(7)、看破(5)、体術(5)、並列思考(6)、射撃(5)、空間把握(5)、盾使い(4)、情報処理(2)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:ズーグ・ガルトムート
年齢:58
性別:男
職業:戦士(26)
スキル:両手武器(7)、竜魔法(3)、槍使い(8)、片手武器(5)、投擲(3)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:トビー・ステイン
年齢:24
性別:男
職業:戦士(23)
スキル:片手武器(5)、斥候(5)、盾使い(5)、剣使い(6)、体術(2)(SP残0)
まず俺は新たに情報処理のスキルを取った。これはまあ、思考力を圧迫する魔法行使中に戦局を読み取って正しい判断ができるように、である。
上手く扱えるかどうかは分からないが、新たに取り組む事にした事項である。
また片手武器、体術、射撃、空間把握、盾使いがそれぞれ一つずつレベル上昇した。
地下九階での探索ではやはり得るものは大きかったという事だろう。近接技能が上がっているのはクリエイトウェポン関係で経験が蓄積できたためだな。
次にズーグだが、密かに竜魔法のレベルが上がっている。
夜、俺やトビー、そしてシータが魔法の勉強中にずっと瞑想していたのが効いたらしい。
本当にそうなのかは割とマジで不明なのだが、まあこれからも地道に続けていってもらう事にしよう。
最後にトビー。
まずは体術スキルの取得。これは魔法の勉強により適性が生えないか、という検証を諦めて取得する事にした。ヘックス教授の下で、俺の状態が落ち着いた後に香の行もやったはずなんだけどな……駄目なものは駄目だったみたいである。
そして目玉の、剣使いスキル。
レベルがひとつ上がって6となり、とうとう彼はスキルの崖を突破したのである。
これは俺が才能の器込みでこれだけ苦戦している事を考えれば、かなり凄い事ではないのだろうか。
まあ俺も神聖魔法とかは崖を突破しているが、あれはちょっと反則みたいな方法だったのでノーカンである。並列思考もそれを会得するために何か特別な苦労をした訳じゃなく、戦闘行動に付随して上がっただけだし。
ズーグも彼の成長には驚いており、「これは拾いモノかもしれませんよ」とまで言っていた。彼も認める成長速度という事だろう。
ただ、俺としては今回の事でひとつ新たな仮説が立ち上がったと考えている。
それは「才能の器の成長促進が仲間にも及ぶ」という事だ。
何と言うかこの仮説は、我ながらあまりにもゲーム的な感じはある。
しかしチートと言えばこの才能の器というものは最初からそうだったし、間違っていると判断できるだけの証拠も無い。
もちろんトビーが今戦闘能力の成長期だという可能性も捨てきれないけどな。
今後仲間は増える場合には少し気にして見ていく事にしよう。
ちなみにだが、トビーがスキルの崖を突破した日、彼はいつものようにズーグにボコられていた。
俺が気付くまでいつもの日常で、伝えた時は嘘だと思われたりもした。
つまりはそれくらい、何か劇的な変化があったという訳ではないようだ。
このエピソードに、俺は若干の嫉妬を覚えていた。
俺の場合は苦労があった訳でもなく、非日常で無理やり崖を突破したり、才能の器のお陰でいつの間にか経験が蓄積されてレベルアップしただけだったからな……。
俺もトビーのように努力を重ねて重ねて、その上で何の気なくスキルの崖を突破してみたかった。
いやまあみたかった、なんて言わずとも、他にも崖に苦戦しているスキルは色々あるのでそれを頑張れば良いという話なのだが。
「ひとまず、理力魔法かな」
マイトリスに帰ったら、まずは学園に入学して本格的な魔法の勉強だ。
俺も地道に頑張って、苦労してたくせに「え、今日別に成長とかしませんでしたよ?」とか言いながらスキルの崖を突破してみたい。ホントしてみたい。
自身の成長がこれまでトントン拍子だった事もあって、俺は久方ぶりに普通の感覚……「置いていかれるわけにはいかない」という焦燥感を味わっていた。
もちろん別に能力だけを見れば置いていかれている事は無い。
しかし能動的な努力でスキルの崖を突破していないのはチームで俺だけだ。
俺は帰還後の努力に決意を固めながら、馬車の中から景色を眺め続けるのであった。
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