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49 キンケイル残照





 あれから三週間ほどが経過した。


 金策は問題無く進んでおり、今の時点で稼ぎは使った金額の半分くらいになるだろうか。

 非常に順調ではあるが、これで俺の金策能力の全てを発揮した訳ではないというのが我ながら驚きである。

 もし全力を出すならば、欠損治癒魔法を始めとした各種魔法を商売に使って荒稼ぎ、という事になるだろうか。そうすればはっきり言って、武器防具をもう一度買い直すのも容易いレベルでお金を稼ぐ事ができるだろう。


 ただその場合は、各種方面から目を付けられる事になるのが問題になってくる。

 特に既得権益を真正面から食い破っていく事になる神殿勢力には、恐ろしく恨まれる事が想像に難くない。やらないのが正しい選択というものだろう。


 もしやるとするならば、それは俺がある程度の実績を立てるか後ろ盾を得るかして、各種方面から睨まれても平気な立場を得てからという事になる。

 当然それは直近で実現できるものではなく、現状現実的な方法ではないという事だ。


 まあ、そうでなくても順調に金策は進んでいるのだから別に問題は無いんだけどな。

 探索による正攻法の金策は俺達の鍛錬にもなる訳だし。



 次に装備の方だが、二週間時点で鎧は全て完成。そして数日前に俺とトビーの武器の引き渡しは完了済みだ。


 ズーグの武器だけが未完成なのは、どうも素材となる竜の芯骨を融解するのに火属性の赤魔石を使い切ってしまい、一旦鍛冶がストップしてしまっているためらしい。大まかな成型が済み完成まで後少しらしいので、非常にもどかしい限りである。


 ちなみに問題の赤魔石については店主の依頼もあって現在俺達が直接調達に当たっている。

 おかげで金策の進み具合は少し緩やかになってはいるが、赤魔石を納品した分は最終的な費用から差し引いてくれるようなので、そこまでマイナスは無いはずである。

 なので以前に宣言した通り、装備の完成後すぐにマイトリスに戻るという予定の変更は無い。


 そういう訳で、今日も今日とて地下七階。

 俺達は赤魔石を落とすファイアラット君と戯れていた。


風魔矢ウインドボルトッ」


 俺は十本近い属性魔法矢を並列思考込みで並べ、順に撃ち出していく。


 ファイアラットは迷宮では珍しいエレメント系の魔物で、炎がネズミを象ったような姿をしている。

 ほとんど火そのもの、みたいな魔物に対し俺が風魔法を使ったのは、それが非常に効果を発揮するものだからである。これはこれまでに火を使う魔物に相対してきた中で発見した事実であった。


 火の弱点と言えば水。そう考えるのは普通だし実際それは間違いない。

 しかし例えば敵の使うファイアボールを相殺できるレベルの水魔法をぶつけるとどうなるか。

 

 答えは大量の蒸気が発生するのである。


 そして熱された蒸気は呼吸を行う俺たちにとって結構致命的なダメージとなって返ってくるのだ。

 相手がゴブリンなどであればお互いダメージで痛み分けだが、大抵火系の魔法やスキルを持つ魔物は熱に対して耐性を持っている。そうなれば困るのは俺達だけだ。


 一方風系の魔法であれば、火に対しては「吹き散らす」形で影響を及ぼすためそのような事は起こらない。

 もちろん水系の魔法ほど劇的に効果がある訳ではないが、ともすれば火や熱を跳ね返せる場合もあるので、非常に使い勝手が良いのである。


 この「火には風」というセオリーに関してはエイトやロミノも知ってはいたが、それは俺と同じく経験的なものであった。

 エイトによれば魔法軍ではこの理論に基づいて魔法を使っている節は無いそうで、迷宮という狭い空間での魔法使用に限定された考え方であるらしい。


 まあなるほど確かにと、彼の話は納得できるものであった。 

 水蒸気の熱が問題になるのはかなり短い時間のみなので、迷宮外のような広い空間ですぐに拡散するならば問題は無いということなのだろう。 


 もしかすると、他にもこうした特有の戦術はあるのかもしれない。

 俺にはあまり関係の無い話ではあるが。


 ちなみにその時彼が「そういう迷宮特有の情報の蓄積も、俺達王立探索隊の役目なんだよな」と、珍しく指導者チックな事を言っていたのが少し印象的であった。



「せあっ!」


 フレイムラットとの戦いは、俺がさんざん風魔法で引っ掻き回したので非常にスムーズに進んだ。

 そして最後にトビーがウインドエンチャントの乗った剣を一閃し、戦闘終了となったのである。


「……赤魔石はどうだ?」

「こっちには一つありました」

「こっちにも一つっす」


 六体相手にして二つか……今回はかなり良好な結果だったようである。

 普通は数戦して一つか二つあれば良し、という感じだからな。

 今回の戦闘で感覚的にはかなり収集が進んだが先はまだまだ遠い。

 武器の完成を目指して地道にやっていく事にしよう。


「それじゃ、次行くか」

「へい」


 俺達は魔石を拾い終えた後、次の魔物を目指して移動を再開するのであった。




 ==============




 更に数日後。


「あ、リョウ!」


 俺がシータの買出しに(荷物持ち要員として)付き合って通りを歩いていると、ロミノとばったり会ってしまった。

 いつも買出しはズーグかトビーの担当だが、今日は二人は不在で代わりに出たのが間違いだったか。


 ちなみにズーグ達は今スキルの崖を越えるために特訓中である。

 俺は家でシータと魔法の勉強をしていたので、たまには家事の多くを引き受けてくれているシータの恩返しにと、二人で買い物に出かけたのだ。


「うわ、面倒なのに見つかっちまった」

「何がうわ、よ! 失礼しちゃうわね!」


 出会い頭、ついからかいの言葉が口をつく。

 反応が面白くていつもやってしまうんだが、あんまり邪険に扱うのも可哀想かとやってから思った。

 たまにならともかく、年下の女の子の扱いでもないだろうしな。

 少し反省しよう。


 と、俺が自省していると、突然ロミノの動きがぴたりと止まった。

 何かと思えば俺の隣にいるシータに視線が向かっている。


 シータの方も彼女と俺の間で視線を行ったり来たりさせていて、要するにこれは紹介しろ、的な流れだろう。


「ええと……ロミノ、この子はシータ、トビーの妹だ」

「ふうん、可愛い子ね。ロミノよ、よろしく?」

「シ、シータと言います。こちらこそよろしくお願いします」


 ロミノは品定めをするような視線を向けながら握手の手を差し出せば、シータはペコリとお辞儀をしたあとその手を取った。


 何と言うか好対照な二人である。

 自己主張が強く自信もそれを裏付ける実力もあるロミノ。

 そして薄々感じていたがやや人見知りで謙虚なシータ。


 ロミノは黒髪に意志の強そうな鳶色の瞳、魔法使いかつ探索者のくせに肌は少し日に焼けていて活発な印象の……まあ美少女と言っていい容貌だろう。

 シータは言わずもがな、青みがかった白髪で肌も色白の薄幸美少女といった風情である。


 二人の対峙は容姿も相まって中々迫力があるな。

 などと、俺は益体も無い事を考えていた。


「二人で買い物なんて仲良いのね? ズーグとトビーはどうしたの? 珍しく連れ立ってないじゃない」

「あいつらは組合の訓練場で特訓中だ。それで手が空いてる俺がお手伝いって訳だ」

「なるほどねえ」


 ロミノは何か言いたげな様子でそう言った。


「なんだよ」

「なーんにも。そういえば、あんた最近調子はどうなのよ」


 調子? と返しそうになって、俺は隣に居るシータの事を思い出す。

 今俺は買い出しの帰りな訳で、俺一人ならともかく彼女を放置して立ち話というのもアレだろう。

 俺の両手には買い込んだ食材やらの入った袋が握られているのだが、これを持って先に帰ってろと言う訳にもいかないしな。


「どうしたの?」


 そうして俺がまごまごしているとロミノが問いかけてくる。

 まあそりゃ聞くわな挙動不審だし。


「ああいや、立ち話はなんだなと思ったんだけど、今は彼女の買い出しの手伝い中だからな。ほら」


 そう言って手提げかばんを持ち上げて見せれば、彼女も納得したようで肩をすくめた。


「そうね、ごめんなさい。ちょっと空気が読めてなかったわ。じゃあね」

「ま、待ってください!」


 珍しく素直に踵を返そうとするロミノ。

 そしてそれを呼び止めるシータもこうして自分から積極的に働きかけるのは珍しい事である。


「……ど、どうしたんだ? シータ」


 両方に驚いて少し思考停止してしまった俺だが、すぐに立ち直る事ができたのは僥倖だろう。

 シータは俺の問いかけに恥ずかし気にもじもじしながらも自身の考えを話してくれた。


「え、えっとあの、せっかくですから、お話は私のおうちでゆっくりされてはどうかなと思いまして……」


 それは意外な申し出であった。

 俺としては立ち話は無いと思いつつもどこか飲食店に入るくらいだと思っていたのだが。

 と言うか流石にトビーとシータの家な訳だし、俺が「ウチこいよ」とは口が裂けても言えないからな。

 

 ロミノもびっくりはしていたようだが、シータのお言葉に甘え、俺達は荷物を抱えて(実際抱えてたのは俺だけだが)家へと戻るのであった。



 ======



「それで、話ってなんだよ。さっきは調子はどうとか何とか言ってたけど」


 トビーとシータの自宅、そのリビングにある四人掛けのテーブルの席に向かい合って腰を落ち着け、ようやく話を切り出す事ができた。

 ちなみに現在シータにはお茶を用意してもらい、俺はおやつに奮発して買った砂糖菓子を切り分けているところである。


「うーん、ここまで来といてなんだけど、そんなに大した話じゃないわよ? あんたマイトリスに帰るって言ってたけど、その準備はどうなのかなって」

「え? そりゃ順調に進んでるけど。装備ももうすぐで揃うし、お金がある程度貯まったら帰還だな。……まあ、前話したのと変わらないってこった」


 それだけの話なら以前にもした事があるし、ロミノとしても他に聞きたい事があるのかなにやら複雑な表情をしている。


「お茶、ここに置いておきますね」

「ありがとう、シータさん」

「うふふ、シータでいいですよ?」

「そう? ありがとね」


 家に戻るまでに少し話をしたのが効いたのか、あるいは流石に近い年代という事か、ロミノとシータはすでに少し打ち解けたようである。

 ロミノはシータの淹れてくれたお茶に礼を言い、それに口を付けたあと息を吐く。


「それで?」

「うん。私ね、最近あんたに突っかかってたじゃない。なんでマイトリスに帰るんだって」


 最近だけじゃねーだろ、と突っ込みたかったが真面目な様子で話し始めたので自重する。


「あんたが居ない所でも色々愚痴ったりしてたんだけど、ある時皆にすっごい諭されたのよ。探索者はどんな活動のやり方をしたって自由なんだって。それを遮るような事はするなって。特にエイトが熱弁していたわ」

「ふーん、エイトが……」


 エイトは軍をやめて探索者になり、しかし王立探索隊の設立の時に自由と安定を天秤に掛け、後者を取ったと言う来歴を持つ。

 その彼だからこそ、探索者の行動をとやかく言うのが嫌だったのかもしれないな。


「あたしね……」


 俺がエイトの気持ちを想像していると、再びロミノが口を開いた。


「あたしってほら、天才じゃない?」

「お、おう」


 突然何を言い出すかと思えばそれか。

 ただまあ、それは事実でもある。彼女の年齢(十七歳)で理力魔法のスキルの崖を越え、魔法の投射に有効な並列思考と射撃のスキルを低レベルとは言え所持している。非常に将来有望な魔法使いと言えるだろう。


「魔法学園でも上手くやってきたつもりだし、軍に入った後も上手くやれるつもりでいたのよ。それでそんなのつまんないからって探索隊を志願したんだけど、まあほら色々苦労はあったのよね」


 かけがえの無い思い出を語るように、少し苦笑しながら彼女は語る。


「しかもちょっと慣れてきたと思ったら、フリーでふらっとやってきた探索者がどんどん深部に進んで、そいつが魔法を使うって言うじゃない? それでちょっとあんたの事が気になってた訳よ」


 魔法を扱う事はその時点で知られていたか。

 隠していた訳ではないが、人前で大っぴらに使う事は無かったはずだが、どこで見られたのかは少し気になる。

 今はロミノの話に集中しているので、第二以降の思考では検証のしようもないので後で考えてみる事にしよう。無意味かもしれないが。


「エイトには警戒されてるからやめとけって言われて、それでも何度もお願いして、やっと傭兵組合の依頼で一緒になる機会がやってきて……」


 それで、この間のコカトリス討伐という訳か。

 ロミノがいきなり会話に割り込んできたのはまだ記憶に残っている。

 やけに突っかかってくると思っていたら以前から気にはされていたんだな。


「それでまあ、あんたの魔法の使い方に凄い……なんと言うか感動したのよね。魔法軍みたいに全員で強い、って感じじゃなくて個で強い感じ。魔法使い単独で凄い強い人ってほとんど居ないのよ? 居たとしても戦争時代の人で凄いおじいちゃんだったりね」


 あー、戦争の時に活躍した魔法使いとか確かに居そうな感じだな。


「年齢も……ちょっとは差はあるけどベテランってほどでもないのに、私よりずっと魔法の速度も数も違うなんて、こんなの初めてだったのよ。私はあんたに出会えて探索者になってよかったと思ったの。良い競争相手ができたって。でもそれが居なくなっちゃうってなって、今すっごくもったいない気分なのよ」


 なるほどな。

 彼女は確かに天才だ。スキルの構成、レベルがそれを示している。そしてそれ故にこれまで彼女は孤独だったのだろう。

 彼女は学校を卒業し、王立探索隊に入る事で実力相応に認められ、ようやく相応の実力の者との付き合いが生まれたのである。

 もしかするとそれは軍に入ってもそうだったかもしれないが、彼女にとってはそれが初めての体験だったのである。


 そして、彼女にとって俺はその「実力相応の」人間の内、自分と同じ理力魔法を扱う人間だったという訳だ。


 思い入れが強くなるもの無理は無い、と今ならわかる。

 しかしそれは彼女の事情で、俺の事情もきちんと汲まなければならないと、彼女はチームメンバー達に諭されたという事か。


 何と言うか、思春期的な悩みだよなこういうの。

 俺も若かりし頃には考えて悩んで色々やったものである。


 まあそれはともかく、思いもよらず彼女の考えを聞く事ができた訳だ。

 であれば俺は大人として恥ずかしくないよう、俺の考えをはっきりと伝える必要があるだろう。


「ロミノ、君の意見は理解した。割と邪険に扱ってたし俺がどう思ってたかは賢い君ならわかってると思うけど、それとは別に、俺は何と言われようとマイトリスに帰る。これは君に何を言われていようが、あるいは言われなかろうが変わらないから」

「そう……だと思ったわ。マイトリスに何かあるんでしょ?」

「ああ。俺が探索者をやる事になった理由が、たぶんな」


 鋭い彼女の指摘に、俺は素直にそう返した。


 会話はそこで途切れた。


 少しの沈黙の後、ロミノはそれを破るようにややぬるくなったお茶をグイっと一息に飲み干し、カップを置いて伸びをする。


「うぅーん! なんか、色々と話したらすっきりしたわ。なんかこんな事話すつもりじゃなかったんだけど」

「まあこういう事話す機会ってあんまりないから、話せる時に話せばいいんだよ」

「ふうん、あんたにもそういうのあったの?」


 聞くなよそれは。

 俺だって若い頃はあったんだ。

 今思い出せば少し気恥ずかしい内容だが、大切な思い出である。


「さーて、じゃあもう戻ろうかな。話す事は話したと思うし」

「そうか」


 ロミノは宣言して、椅子を後ろに動かし立ち上がる気配を見せる。

 しかし、


「あ、あのっ」


 再びシータからインターセプト。

 今度は何かと思えば、


「お、お菓子……食べていきませんか……?」


 小さな声、顔を恥ずかしさで赤く染めた彼女はそう言った。


「くっ」

「ふふっ」


 その提案はしんみりした別れを嫌がったものだったのだろうか。

 それはあくまで俺の予想でしかなかったが、ともかく重い話をした後の軽いボケに、少し笑いが漏れてしまう。

 ロミノも同様だったようで笑い声を漏らし、シータはそれを見て一層顔を赤くする。


「そうだな、もう少し……ゆっくり茶でも飲んでいけよ。甘いお菓子もあるしな。せっかくだから魔法の話でもしよう。実はこのシータはマイトリスで学園に入学する予定でな……」


 重い話もたまには悪くないが、茶菓子を摘まみながらの雑談だって負けてはいない。

 俺達はロミノを誘って、結局その後夕食まで、魔法の話に花を咲かせるのであった。





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