48 帰還までの日々
カラン、と扉のところに据え付けられた鐘が鳴る。
武具店に入店した俺達はさっそく店主のもとへと向かった。
ここに来る道中色々相談はしたのだが、紆余曲折の末全員の武器はオーダーメイド、防具は店売りの良いのを使うという話になっている。
俺としては、あまり近接戦をしない俺の武器防具は適当に安いので良いと思っていたのだが。
ズーグに言わせると「旦那が近接戦闘に至るとなればピンチの時が多いので、良いのを使うべき」ということらしい。
トビーも同調して強硬に説得され、仕方なく出費を許容する事となった。
まあいずれ必要にはなるだろうし、買うとなれば俺も男だ。
新しい装備は中々にワクワクする。
「こんちは」
「おう、らっしゃい。新顔……じゃねえな。今日はどうした」
殆ど武具店に顔を出していない俺たちだが、ズーグの槍はここで購入したのでギリギリ覚えてもらっていたらしい。
「まとまった金ができたんで、装備を一新しようと思ってね」
「ほう、誰のだ? そっちの竜人さんのか? 前も言ったが凄え腕なのに既製品なんかもったいねえと思ってたんだよ」
「まあそれもだな。今日は全員分を頼みたい」
俺がそう言うと、店主はおっ、と言う風に表情を変える。
「へえ、良い心がけじゃねえか。稼いだ分は装備に還元する。そしてその装備でまた稼ぐ、それが戦士ってもんだ。……それで、予算は?」
「百万ゴルドまでは出せる」
「へえ、こりゃまた大放出だな」
そりゃあ大放出だからな。
使う出費についても、俺の装備に良いのを買うと決めてから相談したが、いっその事貯金全部を叩いて揃える事にしたのだ。
今後の出費には奴隷の事や、マイトリスで購入予定の家の件もある。しかし地下九階の稼ぎなら一ヶ月と掛からずに数十万ゴルドくらいを貯める事ができるだろう。
マイトリスに帰れば欠損治癒魔法による稼ぎも見込めるし、クロウさん経由で家を購入できるなら、これまでの関係性から言ってローンを組めるんじゃないかと思っている。
その辺りは予測での話にはなってしまうが、要するに俺はお金に関しては問題無いと考えているのである。
それよりは何回も武器を買い換えるのが問題(と言うか面倒)と考えて、貯金全ぶっぱと相成ったのであった。
「どんなのが良いとかはあるのか?」
「ある程度はあるけど、細部はそっちに任せようと思ってる」
「了解だ。面倒だろうが聞き取りはしっかりやらせてもらうぜ? 後から作り直す事はできねえんだからな」
「分かってる」
「あとはそうだな、装備の下取りもできるがどうする? 今のあんたらの装備を考えるとちょびっとにしかなんねえだろうが」
下取り……そういうのもあるのか。
ズーグの槍などは買ってからそんなに経ってないので、もったいないとは思っていたのだ。
「じゃあ下取りも……あー、この剣はダメか。この剣以外で」
俺は下取りをお願いしようとして、自分の腰の剣に思い当たる。
これはバーランド師範からの貰い物だし、勝手に売るのは気が引けるよな。
「その剣、なんかあんのか?」
「ああ、探索者になった時に組合の武術師範からもらったやつなんだよ。流石に金に換えるのはちょっと、って感じだろ?」
「だろうな。……ん? お前さんら、マイトリスから来たんだよな? そこの武術師範って竜殺しのバーランドじゃなかったか」
「そうだけど?」
「マジか! すげえじゃねえか! バーランドっつったらこの界隈じゃかなり有名なんだぞ?」
店主のテンションに少し困惑してしまうが、どうにもそうらしい。
凄い人というのは知っていたがキンケイルの人間にも名が知れているとは。
その情報を知ったとたん、急に物凄く良い剣である気がしてくるから不思議なものである。
「じゃあその剣の下取りはナシだなあ……あ、でもどうしても売りたかったら引き取ってやってもいいぞ? 店に飾るから」
「何言ってんだ売らないっつったろ。マイトリスに帰ったら師範に御礼も言いたいしな」
そう言って店主の申し出を突っぱねると、拒否されるのは分かっていたのか、彼は肩を竦めながら「まあそうするのが良いだろうな」と言った。
「とにかく、他は下取りだ。今の装備はでき上がるまで使ってて良いんだろ?」
「ああ、受け渡しの時に査定して精算だな。聞き取りの後に見積もり出すから、その半分は手付けでもらうけど大丈夫だよな?」
「ああ、問題ない」
その後、俺達は数時間掛けて店主の聞き取り調査に応じた。
流石オーダーメイドと言うだけあり、その内容は細部に渡る。しまいには「臨時休業」の札を出して裏庭で模擬戦をやらされたほどである。
最終的な相談結果だが、俺の武器は取り回し重視で今よりやや刃渡りを詰め、逆手で用いる事もあるので刃の反りがある片刃の剣が採用された。
トビーの武器については刺突での攻撃が多くなる事から、切っ先は鋭くし、刀身の部分は鈍器のようにも使える頑丈な仕様になった。
最後にズーグだが、彼の相談が一番時間が掛かった。
彼自身細かい注文をつけるのもそうだが、店主も白熱してきて話が終わらないのなんの。
模擬戦をする事になったのは大体こいつのせいである。
まあそれはともかく、そのクソ長い話し合いの結果、クソ高い竜の骨を使った槍を作る事になった。ブレス込みのこいつの力を受け止めるために、素材にこだわったらそういう事になったのである。
彼はウチの最大火力なのでケチケチはしてられない。
出費はでかいが得られるものもまたでかいはずである。
防具については全員大体同じである。
俺が小盾、トビーが大きめの円盾、ズーグが竜人特有の鎧にカスタマイズはしているが、基本的にはレザー装備だったのを金属関係へと更新する事となった。
「じゃあ、結構な注文だから、とりあえず二週間後に来てくれ。途中経過にはなるだろうが報告するから」
最後にそう言った店主に見送られ、俺達は店を後にするのであった。
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「あ」
「あ……」
武具店に赴いてからおよそ一週間後。
迷宮からの帰り、探索者組合に向かっていると、向こうからエイト達が歩いてくるのが見えた。
向こうもこちらに気付いたようで立ち止まる。
少し厄介な連中に見つかってしまったか。
いや、厄介なのはあの中の一人だけなんだが。
「おーい、リョウじゃねえか。奇遇だなこんな所で」
声を掛けられたのを無視するのも悪いし、俺は仕方なく近寄ってくる彼らに応対する。
「そうだな。お前らも帰りか?」
「ああ」
どうやらエイト達は魔石の精算を終え、帰るところらしい。
と、そこでエイトの後ろから進み出てくる影がある。
「リョウ、久しぶりね!」
何が久しぶりなんだよ。三日前も会っただろうが。
「ふっふっふ……私、前からちょっとは上達したのよ? あんたのやってたクリエイトウェポン系の魔法だってもう熟練の域なんだから!」
ふふん、と鼻息も荒くロミノが言い放つ。
こいつコカトリス討伐の一件で俺の事を舐める事は無くなったんだが、こんな感じで突っかかってくるのは相変わらずだ。完全にライバル認定されている感じである。
エイトに言わせればこれで懐いてるらしいんだが、どういう感性で見ればこれが懐いているのか小一時間問いただしたい。
「駄々こねて教えてもらった分際でほざくな小娘が。しおらしいのは教えを乞うてる時だけか? ああ?」
という訳で俺の方も絶賛悪役継続中である。
せいぜい彼女の壁になって成長の糧にならせてもらう事にしよう。
……まあ、そう考えるくらいには「教えて教えて」と纏わりついてくるロミノは可愛げがあったんだが。
いつもそれなら満点、と言いたいところだが、案外この突っかかってくるのも悪くない。悪意や敵意のある感じじゃないし、じゃれてるようなもんだからだろうな。
俺もエイトのチームメンバーのように、ロミノがわあわあ言うのを微笑ましく眺める側になったという事である。
こういうのもまた、人望と言っていいのかもしれない。
「だ、駄々なんてこねてないししおらしくもないわよ! バカ!」
「あっそ。で、エイト、話は変わるが最近どうなんだ?」
俺の言葉に顔を真っ赤にして怒鳴り散らすロミノに苦笑しながら、エイトに話を向ける。
「どうって、なんだよ」
「いや、例の掃除人の話だよ。最近は俺ら九階で活動してるから、あんまり掃除人活動できてないなって。それでそっちに支障が出てるんならどうしようかと思ってるんだが」
エイトは俺の話を聞いて一瞬虚を突かれたようになったが、その後ニヤリと笑みを浮かべた。
何か悪だくみ臭い笑い方だが何だろうか。
「そうそう、それ言おうと思ってたんだ。喜べリョウ、お前らの活動によりとうとう迷宮掃除人が名誉称号になったぞ」
「はあ?」
「ほらお前言ってただろ、掃除人こそ強者の代名詞にしてやるって」
そういえばその話、コカトリスの居る森に向かってる時に話したんだった。
その時はエイトも「へえ」とか「ふうん」とか、雑談にありがちな適当な相槌を打ってるだけだったんだが、あれちゃんと聞いてたのか。
「ウチの給料って定収だって話、この間しただろ? あれ詳しく言ってなかったんだが、階層が深くなるにつれて若干手当がプラスされるんだよ。実力が認められて昇格すればどんどん深い層を担当できるようになるし、皆それを目指して鍛錬してるんだけど、最近その昇格に例の『狩り漏らし』を使うようになったんだ」
なるほど。
つまり収入を上げるためには実力を示さないといけないが、その「実力を示す」方法に掃除人活動が使われ始めた、って事か。
彼の話によれば、昇格のための条件はこれまで組合や軍による査定が主で、非常に時間が掛かっていたらしい。その簡易化・省力化の動きのひとつとして、この昇格制度が始まったようである。
昇格の簡易化は深部を探索する人数の増加、つまり採取できる魔石量の増加につながる。更には昇格の促進によって浅層に空きができ、新規参入を呼び込みやすいという好循環になるらしい。
この辺の話は政府の魔石産業への力の入れっぷりを良く表している話だと言えるだろう。
「ふーん、中々面白い話だな。でも別に嬉しいって感じじゃないけど」
「何言ってんだ。昇格の条件になるような相手を、日ごろから倒しまくってるヤツが居るんだ。ウチのお偉いさん方にもお前の事が知られ始めてるみたいだぜ?」
だぜ? じゃねーよ。悪い話じゃねーかそれ。
コカトリス討伐の時あれだけ慎重に情報を小出しにしたってのに、それとは関係ない探索者活動で目を付けられる事になるとは。
いやまあ俺も本業は手加減無しでやってるし、知られるのはそう遠くないとは思ってたけどな。それにしたって明後日の方向から注目されて何と言うか複雑な気分である。
「うーむ……よし! 帰るか!」
その後もエイトの語りには不安情報(あっちの貴族がどうとか、こっちの将軍がこうとか)がしこたま詰め込まれていて、堪り兼ねた俺は最後にそう宣言した。
……だって政府側からちょっかい掛けられるの面倒だろ。そうだよな?
こりゃあマイトリスに逃げ帰るに限る。
それで帰ったらマルティナさんに盾になってもらって、色々条件を引き出してマイトリス活性化の一助にでもしてもらう事にしよう。
俺は時間が稼げて万歳、マルティナさんはマイトリス活性化ができて万歳のウィンウィンだ。政府がどうかは知らん。
「良いよな? 二人とも」
俺の宣言にぽかんとするエイト達をよそに、俺は自分のチームメンバーに確認を取った。
「ええ、構いません」
「武器防具が揃ったら、さっさとおさらばっすね」
二人の同意も難なく得られたし、装備ができるまでは金稼ぎ、できた瞬間に街を出れるように準備する事にしよう。
そうして俺達は騒ぐエイト達を尻目にその場を立ち去るのであった。
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