47 討伐その後
街道を、ゆっくりと馬車が進んでいく。
明り取りのために捲られた幌の一部から差し込む陽光も穏やかで、馬車の中では睡魔に負けて寝息を立てている者も居た。
「ふあぁぁ……」
「暇そうだな、リョウ」
ついあくびをした俺にエイトが話しかけてくる。
「暇そうじゃなくて眠いんだよ。まあ暇なのも間違いないが」
「そうだろうよ、仕事の帰りの馬車ってのは大体こんなもんだ」
そう言うエイト自身も気だるげである。
昨日の宴会は遅くまで盛り上がったし、それが原因の一つでもあるだろうな。
「その言い方だと、前にもこういうの経験あったように聞こえるけど、そうなのか?」
「まあな。言ってなかったが俺は元軍人なんだ。それで……軍でも魔物の討伐とかは定期的にやってるんだが、そういう時も大体帰りはこんな感じになるんだよ」
「へえ」
エイトはやはり軍人のようだ。
理力魔法がステータス画面に見えていたしそうじゃないかとは思っていた。
どうやら彼は軍をやめて探索者をやっていたのだが、行軍経験がある事から探索隊発足の際に政府から白羽の矢を立てられたらしい。
気ままな探索者生活と定収入を天秤に掛けて、お上の庇護下に再び入る事にしたとの事だ。エイトは「堅苦しいのが嫌でやめたけど、老後を考えるとな」と苦笑していた。
まあ軍人には退職金とかもあるらしいし、政府主導の王立探索隊の隊員にもそういうのがあるのだろう。特に彼は部隊を指揮する立場だろうし何か手当てがあってもおかしくはない。
「それにしても、お前らやっぱ強かったんだな。どんな戦いするのか興味はあったんだが、ウチのロミノより魔法の達者だとは思わなかったぜ」
エイトは「今回の依頼はそれも収穫のひとつだな」とニヤリと笑みを浮かべた。
戦力の一部公開は俺の方の思惑でもあるが、こうして改めて言われるとなんか不安になるな。
本当に良かったのか、って考えがどうしても出てきてしまう。
ただ、知らない所で目撃情報を元に色々話が進むよりは、こうしてエイト……ひいては政府側と繋がりを作っておいて、要望や疑問があった時に教えてもらえる下地を作る事に意義はあるはずだ。
気付いたら四方八方から目を付けられて取り返しがつかなくなってるとか絶対嫌だからな。マイトリスに戻った後はあまり関係が無いかもしれないが、キンケイルに居る間はこうした事も注意して行動する必要があるだろう。
「いや、ロミノが俺より魔法を使えるのは間違いないだろ。俺が使えない魔法めっちゃ使ってたしな。ただチーム単位の戦闘に関して言えば俺に一日の長があるってだけだ」
と、言いつつ本当に「一日の長」があるのかは不明である。
俺がこの世界に来てからまだ一年経ってない訳だし。
「それを達者だっつったんだよ。ロミノはすっかりリョウに懐いちまったから分かりやすいけど、他のみんなも褒めてたぜ?」
「そうなのか……まあウチの強さの半分くらいはズーグなんだけどな」
「それは理解できる」
エイトの言ったように今回の戦闘で俺は一定の評価を受けた。
しかしそれ以上に「ズーグとかいう竜人戦士やべえ」というのが傭兵含め全員の共通認識になっていた。
コカトリスとの戦闘とかマジ凄かったしなあいつ。
それに今日の午前中倒した魔物の素材や魔石の回収を行ったのだが、そこでズーグが結構な数の魔物を倒していた事が分かったのも原因のひとつだろう。
「傭兵連中は戦士大好きだから、今回の一件でそっちでも有名になりそうだな」
「やめてくれよ、ただでさえお前らに目を付けられてんのに」
エイトは冗談めかして言ったが、脳筋連中の人気集めても仕方ないだろう。
また依頼手伝ってくれとか言われるの御免なんだが。
「ま、それは有能なヤツの宿命ってやつだ。諦めた方が良いぜ?」
肩をすくめて言うエイトはむかつくが言う通りである事は間違いないか。
避けては通れない未来を再認識し、俺はひっそりとため息を吐いたのであった。
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その日の夜にはキンケイルに戻ってきた。
たった数日出ていただけだったというのに凄く久々な気分である。
トビーの実家に戻ってシータに出迎えられただけで、自分でもすごくホッとしたのが分かった。
そしてその夜は疲れもあるので勉強などの日課は行わず、明けて翌日。
俺達は傭兵組合の方に向かい、まずは報酬……と言いたいところだったがハルバーが言っていた通り、コカトリスが予想を上回る強力な魔物であった事から現在交渉中らしい。
明日までには何とかすると言っていたので、とりあえず日を改める事にする。
「じゃあ、後回しにした消耗品の調達に行く事にするか。ポーションは使ったんだよな?」
「すみません、先行していた時に預かっていた分は全て使ってしまいました」
ズーグの大活躍のウラにはこういう事情もあったのである。
持たせていたのは二本だが、流石のズーグもあの程度の補助で無傷のまま大量の敵を捌くのは難しかったようだ。
「いや、使うために持たせてたんだからいいさ。と言うかキュアポーションの方は使わなかったよな……コカトリスの毒の脅威とは何だったのか」
色々と準備をした中でも特にコカトリス対策として用意したのがキュアポーション、つまり毒対策である。
しかし結局使用されず、鞄の肥やしになる事となった。
まあ使いでの無いものじゃないし別に良いんだが、急いで準備した結果がこれでは釈然としない気持ちもある。
「傭兵達は何人か毒を食らった者も居るみたいですがね。戦闘の初期に尻尾を刎ねたのが良かったようです。もし残っていれば苦戦は免れなかったでしょう」
なるほど。
長らくコカトリスを倒しきれず無能感のあった傭兵達だが、仕事は果たしていたという事か。
ブリンクはズーグ並みじゃないと魔法の支援無しに戦う事は難しいようだったし、ズーグの言を汲めば毒蛇の尻尾を切り飛ばしていたからこそ彼が戦闘を優位に進められたのである。
ズーグが自分自身でこなせる仕事だったかもしれないが、感謝はするべきだろうな。
「とりあえず、ポーションだな。トビーも使ったんだろ?」
「ええ、オレは一本だけ。ですがいつもの探索に戻るなら必要ないんじゃないですかい? ご主人の魔法がありますし」
「今回ので注目され始めるだろうし、念のためにいるんじゃないかと思ってな。まあ、肥やし化するのは免れなさそうだけど」
そうして俺達は店に赴き、ポーションを始めとした消耗品の調達をするのであった。
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更に翌日となった。
昨日は午後少しだけ探索に行ったが、俺にはやっぱりあそこがしっくりくる。
ズーグは「オレはたまには野外の活動もしたいですがね」と言っていたが、俺のこの世界での活動ほぼすべてが詰まっているのが迷宮だ。
探索活動をやっていると落ち着く……とまでは行かないが、自分らしい活動くらいには思っているのである。
さて、ここでコカトリス討伐を含めた成果を再確認しておこう。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(60)
スキル:斥候(5)、片手武器(4)、理力魔法(5)、鑑定(5)、神聖魔法(8)、魂魄魔法(7)、看破(5)、体術(4)、並列思考(6)、射撃(4)、空間把握(4)、盾使い(3)(SP残1)
【ステータス画面】
名前:ズーグ・ガルトムート
年齢:58
性別:男
職業:戦士(25)
スキル:両手武器(7)、竜魔法(2)、槍使い(8)、片手武器(5)、投擲(3)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:トビー・ステイン
年齢:24
性別:男
職業:戦士(20)
スキル:片手武器(5)、斥候(5)、盾使い(5)、剣使い(5)(SP残1)
と言ってもあまり変わりはない。
俺はボルトとかジャベリンを撃ちまくったおかげか射撃がひとつ上昇し、SPを得た。
前回は神威事件で一気にレベルが上がり50を幾つか超えたところでSP取得を確認した訳だが、今回レベル60で新たなSPを取得した事になる。
ここから考えれば、頭打ちとなったSP取得ペースはおそらくレベル10毎にひとつと言ったところだろうか。
次のスキルについては検討中だが、コカトリス討伐時のような多対一のごちゃごちゃをもう少しスマートに乗り切るため、思考や情報に関するスキルを取りたいと思っている。
特化するなら「指揮」、汎用性を取るなら「情報処理」だろうか。どちらも戦闘中に大量の情報から次の行動を決める思考補助になると考えている。
まあ決めるのはズーグやトビーともう少し話し合ってからになるだろう。SP取得は頭打ちになっているので少し慎重になりたいのだ。
そしてトビーは剣使いスキルが崖まで到達した。
補助薄めで戦ったのが功を奏したのだろうか。
であればこれからは補助無しで深部に行くかと言ってみれば、ズーグには「無駄な危険を冒すのは鍛錬とは言わない」と叱られ、トビーには「兄の先立つ不孝をお許しください」と突然シータへの懺悔を始められたのでボツになった。
まあそれはともかく、彼のSPは手を付けている魔法スキルの検証(適性無しでも勉強で適性が生えるのか)が無駄だと分かるまでは保留である。
無駄なら体術あたりを取ってもらう事になるだろうな。
さて。
「報酬もたんまり貰ったし、装備でも更新するか?」
「良いかもしれませんね」
「新しい仲間を雇うカネはいいんですかい?」
俺達は傭兵組合を出てそんな話をしていた。
仲間を雇うというのは俺達の間での符牒で、奴隷を買うという意味の隠語である。
どうしても隠したい情報じゃないが、外聞もあるのでこういう事にしているのだ。
「カネは問題無い。地下九階の稼ぎも結構なもんだし、多少浪費してもすぐに貯まるだろうし」
「なるほど」
「それより装備は気になってたんだよな。エイトとかハルバーとか見てると」
薄々分かってはいた事だが、俺達の装備はしょぼい。
悪くはないが、駆け出しか、そこから少し成長した戦士が使っているような装備なのである。
これはバフを盛りまくって戦う俺達の戦闘スタイルが主な原因だが、コカトリス討伐時に周囲を見渡して、俺は改めてそれを再認識するに至ったのだ。
「そういう訳で、これから武器屋に行きます」
「旦那の師匠の店でなくても良いので?」
「いいんじゃないか? 師匠はそんなん気にしないだろ。それにぶっちゃけ、こっちの方が良い武器置いてそうだし」
王立資源探索隊の居るこの街の方がマイトリスより賑わいがあるのは自明だ。
マイトリス大好きマルティナさんの鋭い視線を思い出し寒気がしたが、これは事実なので仕方がない。
「じゃあ、これから武器屋巡りっすか。装備変えるのとかいつ以来だろ」
「トビーの鎧って護衛の時からのやつだもんな」
「そうなんですよ」
俺達はそんな会話をしながら武具店へと歩き始める。
装備を整えて、地下九階でもう少し戦って、お金が貯まったらマイトリスに戻るのもありかもしれないな。
購入する装備の事を話しながら、並列思考で俺はそんな事を考えていたのだった。
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