45 コカトリス討伐作戦その三
少し厳しい戦いになるか。
俺は魔物の援軍との戦いについてそう判断を下した。
俺達探索者も多対一は慣れている。迷宮でも深部に至れば十体近い魔物を相手する事もある。
しかし集結する魔物の意図がコカトリスの援護であるなら、コカトリスの下に辿り着くまでの戦闘は避けるだろう。それを漏らさず討伐しようとするならば、普段とは異なる戦術を用いなければならない。
それはまぎれもなくリスクだと言えるだろう。
「ズーグは前へ。後ろは気にせず暴れろ。漏れたのを俺が魔法で撃つ。トビーはその更に討ち漏らしを頼んだ」
「ご主人単独で大丈夫なんですかい?」
「多技能持ちの腕の見せ所だろ。やるしかないが、大丈夫だ。魔物がコカトリスの援護よりこっちを優先するなら通常通りに戻す。あとズーグ、大物が居たらそっち優先で時間稼ぎしてくれ」
「承知しました」
大まかな方針はこれで伝え終えた。
やや緊張したやり取りは、最近検証のための戦闘が多かったウチのチームでは久方振りの事になる。
付近ではエイト達も同じように作戦会議をしている。
探索者はチーム単位で行動する分、突発的に他チームとの連携が取りづらいのが難点だな。
森には魔物の叫び声が谺し、「ザザザザ」といった枝が揺れ葉がこすれる音が徐々に大きく聞こえてくる。
「いけ! ズーグ!」
「了解!」
補助魔法を掛け終わり、飛び出したズーグが一瞬で木々の向こうへ消えていく。
数瞬後には早速魔物の断末魔の悲鳴が聞こえてくるが、魔物の行進は止む気配がないようだ。
そして僅かの間の後、俺達の前にも魔物達が姿を現し始めた。
「氷矢、氷矢、氷矢」
まずは小手調べだ。
並列思考で準備した魔法を次々と放つ。
並列思考は序列があるため全て同じ本数ではないが、今の俺なら第一思考が六本、第二が三本、第三が一本の魔法矢を放つ事ができる。
しかも第三思考での魔法を撃ち終われば、当然第一思考の魔法がすでに準備できている。
俺はマシンガンじみた速度で魔法を連射し続けた。
「キキィ……」
「ギャアッ!」
射撃と空間把握のスキルを伸ばしたおかげか、魔法命中精度はおよそ九割ほどだろうか。
ホーミングマジックのように「ほぼ必中」とはいかないが、敵の強さがさほどでもない事もあって命中率は非常に良い。
着弾した魔物の撃墜率は七~八割程度。
流石に初級の魔法では一撃とはいかないが、飛行するもの(つまり羽虫系や鳥系)が多く、アイスボルトの氷結による阻害が上手く働いている。一度着弾すると連続して命中し、殺しきる事ができているのだ。
残った撃ち漏らしもトビーが粗方片付けているようである。
「魔法拡大、魔法誘導、魔導槍ッ!」
こうしてたまに中級クラスの魔法を複数化して放ち、トビーの所も抜けそうなヤツを殺しているので、見逃しが無ければ後ろに通した魔物は居ないはずである。
「……次が来るぞ!」
魔物の突撃に一瞬の空白が生じたが、恐らくはここからが問題だろう。
最初の方に来たのは小物ばかりで、主には飛行系であった。
つまり移動力の高い、木々が並び起伏もある森の中でも移動速度を減衰しなくていいような魔物から相手にしていたという訳だ。
そして逆に言えば、ここからは森の移動阻害を受ける魔物が出てくるだろう。
予想できるのは四足の、猪や鹿、馬などの魔物。そして居るのであればゴブリンやオークも登場すると考えられる。
「ブギイイイィ!」
案の定、中型以上の魔物が姿を見せた。
目の前のこいつはチャージボアか……。
正直質量の大きい相手は対処が難しいんだが。
迷宮で出会っていたなら突進を回避しつつクリメイションかフレイムランスの貫通を狙っていく、という形になるか。
しかし俺の方に向かってこないのであれば対処を変えなければならないだろう。
「武具生成、物体操作」
スペルエンハンスは乗せなかったが、並列思考込みで二つの盾を作り出し、俺の横を抜けていこうとするチャージボアの進路に出現させた。
テレキネシスの能力では直撃を受け止める事は不可能なので「躓く」ように配置する。
「ブギッ!? ギギィ!」
俺の思惑は見事に当たり、盾を足に引っ掛けてチャージボアが転倒する。
クリメイションを当てるため距離を詰める。
と言うか近寄ってみるとクソデカいなこの猪。体高が俺の胸くらいはあるんじゃないだろうか。
百キロなんてゆうに超えているだろう。すっころぶ瞬間もミニバンが横転するみたいな感じだったしな。
ズーグとか前衛はよくこんなのと正面から対峙できるものだ。
「火葬」
そんな意味の無い感想を浮かべながら、起き上がりに向かって魔法を行使する。
これなら直撃だ。クリメイションの威力なら流石に落とせるだろう。
しかし、
「ブギイイイイイイィ!」
一際大きな鳴き声と共に、チャージボアの牙が発光する。
そして頭を左右に振り回すようにしてクリメイションの魔法を文字通り振り払ってしまった。
「うっそだろ……魔法を掻き消しやがった!?」
チャージボアの看破結果は「牙に注意」くらいだったんだが、こんなん注意どころじゃないだろ。
魔法を相殺できるという事は、何らかの魔法的な技能という事なんだろうか。
牙の発光はまだ続いているため、俺は盾を構えながらクリメイションを右掌に留め、チャージボアの様子を見る。
「ギィ……ブギギッ」
何かを振り払うように何度も頭を振り回すチャージボア。
牙の発光が全身にまで及んでいき、最後にぴたりと動きを止めて一つ鳴き声を上げる。
そして俺の方を一瞥した後、どこかへと走り去って行ってしまった。
「なんだ、今の……? 逃げた?」
と、言いつつも次の魔物がやってくる。
現れたのは引っ掻きウサギ。迷宮の外で出会うのは初だな。
(……それにしても)
俺は引っ掻きウサギとの近接戦闘をこなしながら、少し余裕の生まれた並列思考で先ほどのチャージボアの事を考える。
魔法をかき消す牙の光。
何かを振り払うような頭を振り回す動作。
魔法的な光が全身に行き渡り、その後に逃走を図った……?
そこから導き出される結論は、
「コカトリスによる洗脳……か?」
クリエイトウェポンの盾で動きを妨害し、引っ掻きウサギの胸部に剣を突き込みながら俺はそう結論付ける。
果たして他の魔物はどうだっただろうか。
洗脳されているような様子はあったか?
「分からん……分からんが、傭兵どもはなにやってんだよ」
俺の仮説が正しいなら、コカトリスを落とせば全部解決するはずなのである。
引き続き集結する魔物の対処に追われる俺達やエイトのチーム、そして周囲で待機していた傭兵達はどんどん体力をすり減らされていくだろう。
さっさとコカトリスとの戦闘が終わらなければ、こっちが先に崩れる羽目になりそうだ。
「おい、リョウ!」
と、そこで俺の下にやってきたのはエイトである。
「どうした、そっちの戦闘は良いのか」
「ああ。細かい魔物を落とした後は割とまばらだからな、少しなら何とかなるはずだ。……それより、気付いたか?」
「気付いたってのは……魔物が洗脳されてる事か?」
「洗脳……ああそうだ。恐らくコカトリスのあの鳴き声で、錯乱状態にされてるんだと思う」
状況が状況なので俺もエイトも早口に会話する。
しかしなるほど、俺の予想は正しかったという事か。
そしてコカトリス討伐は早急にやってもらわないと非常に困る事になるという事も、予想通りなのだろう。
「だとして、このままじゃヤバいぞ。この調子でどんどん来られたら流石にもたない」
「ああ。俺もそう思う。だからこれから俺達はハルバーの所に助太刀に行く。リョウ、お前も来い」
「助太刀って、この場はどうするんだ。乱戦になるぞ」
「瞬間的に戦力の不均衡ができりゃいい。それで全部解決する」
どういう事だろうか。
俺には俺達と援軍の魔物が全部合流して戦場が滅茶苦茶になる未来しか想像できないんだが。
「とにかく来い! 話は後だ、今は俺を信用してくれ!」
信用か……いや、エイトは指揮のスキルを持っている。
それによる判断と考えれば、信用はできるか。
「分かった! ズーグが先行してるから連れて戻るがいいか?」
「ああ、その方が助かる、俺らが引き連れていく魔物に、お前らが後ろから当たってくれ」
「何か分からんが分かった!」
ここはエイトの指揮スキルに賭ける事にしよう。
結局のところ俺が神聖・魂魄魔法を解禁して全力を出せば良い話なのだが、何とかなりそうなのにしないというのもアレだろう。
俺はその場でエイトと別れ、トビーに事情を説明しズーグの下へ向かうのであった。
引き続きよろしくお願いいたします。
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