44 コカトリス討伐作戦その二
「それは本当なのか?」
「ああ、間違いなく何かの気配を感じた。ただ俺の中途半端な斥候能力で場を乱すのもアレかと思って、目視できる距離には行っていない。本職に頼もうと思ってそのまま戻ってきたんだ」
ステータス画面に映った正体不明の二つの影。
それをそのまま説明するわけにもいかず、俺はエイト達にそう伝えた。
「そういう訳でシュミット、頼めるか? トビーも来てくれ」
「承知しやした」
「……了解です」
俺の事情を知っているトビーは確信をもって答えたが、エイトのチームの斥候であるシュミットは半信半疑と言った感じだ。
それもむべなるかなと言ったところだが、確認してもらわない事には始まらない。
俺自身それがコカトリスだと確認した訳ではないしな。
ああいや、よく考えればアイスバットとかでもステータス画面には映るから、そのレベルの魔物である可能性もあるのか。
鳥とかの野生動物は、感知はするがステータス画面に映らない事を確認済みのため、その線が無い事は間違いないんだが。
……弱い魔物が休憩してただけとかだったらお笑い種だな。
まあ動きが全く無い事と、休憩地点に来た直後に斥候役(俺含む)の感覚に引っかからなかった事を考えれば、それが隠蔽能力を持つというコカトリスである可能性は高いだろう。
とにかく俺はトビー達を連れて確認へと向かった。
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「これは……」
シュミットがひっそりと驚きの呟きを漏らす。
こっそりステータス画面を見ながら、例の反応があった地点に斥候役とエイトを案内すれば、そこにはコカトリスと思しき巨大な鳥が二羽、寄り添って鎮座していたのである。
場所は少し開けた窪地で、すり鉢状になっている地形の底にその魔物の姿が目視できる。
奴らは並んで座っている状態だがいったい何をしているのか。時折周囲をきょろきょろと見まわしているが、動く気配はない。
しかしその姿は、特に隠れ潜む、という様子ではなかった。
どちらかと言えば堂々とした、と言うか、ふてぶてしい態度にすら見える。
これを察知できなかったというのは斥候の能力を疑われても仕方がないレベルではあるが、恐らくその理由こそがコカトリスの隠蔽能力という事なのだろう。
「もしかして魔法を使うのか? コカトリスは」
「そうは聞いてねえがな。だがあの姿を見りゃ、そう考えた方がしっくりくる。隠れてる奴の態度じゃないからな」
俺が漏らした疑問にエイトがそう答えた。
隠れようとしていないのに見つからない、つまり何らかの不思議な現象=魔法によって付加的な隠蔽効果を得ていると考えるのが自然である。俺もステータス画面が無ければ見つけられなかっただろうし、恐らくはそれで間違いないだろう。
ちなみに看破もしてみたが「鳥の体と蛇の尾を持つ魔物。嘴、爪、尾の蛇の牙には毒があるため注意」くらいしか説明は無かった。
こんな感じで看破・鑑定では、今のレベルだと魔物の技能は確認できないのである。例えばアームドレイクの時も「剛腕に注意」「ブレスは火球を用いる」くらいだったしな。
「とにかく、発見できたんだからここは喜ぶべきだろ。さっさとハルバー達に伝えて、取り囲んで仕掛けて終いにしよう」
エイトの号令で俺達は行動を開始した。
ハルバー達との合流は、予定されていた捜索ルートを探しに行く事になる。
速やかな合流には斥候技能があったほうが良いため、トビーとシュミットには伝令の役が振られた。
他のメンバーはそこに残り、俺は万が一コカトリスが移動した場合の斥候役である。
俺が斥候をやるとなってロミノは不安そうな顔をしていたが、コカトリス発見に寄与した事で他のメンバーの中で俺の斥候としての株が上がったのか、誰からも特に反対意見は出なかった。
ちなみに一応女戦士キーラさんも斥候レベル3を持っているが、本人はかじった程度と言って自信なさげだったので候補には上がらなかった。
行動開始後すぐにトビー達はその場を去り、コカトリスを見張りながら傭兵たちの合流を待つ時間が過ぎてゆく。
そして幸いにも何も起こらないまま、ハルバー達が姿を現した。
「見つけたってのは本当か」
急いできたのか少し息が上がっている。
俺は落ち着くのを待って、コカトリスを物陰から見れる場所に彼を案内した。
「確かに、コカトリスだな。よぉーしいいぞ、よく落ち着いて報告した。それじゃ全員集まったら囲んで叩く、俺は配置とか決めるからお前らちゃんと見張ってろよ?」
僅かに興奮した様子のハルバーはそう言い残して傭兵の集結地点へと向かった。
すでに集まり始めている傭兵達は、斥候を放って囲みを作るための配置場所を探っているようだ。
ほどなくして準備は整うだろう。
そして、コカトリスは討伐されるという訳だ。
俺はコカトリスの強さについてはそこまで詳しくないが、ハルバーの様子を見ていると番と言えど倒せる戦力は十分にあるみたいだしな。
ただ少し気になるのは、援軍を察知して逃走を選択できる知能を持つコカトリスが、こんな森の只中にじっとしていたという事である。
しかも魔法と思しき隠蔽能力があるとは言え、目視でなら簡単に見つかる状態で、だ。
その事に俺は一抹の不安を感じはしたが、それを言語化できるほど具体的な予想がある訳でもなく、ただ時間が経っていく。
そして傭兵の集結と配置が済み、作戦が開始された。
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「うおおおおおぉ!」
ハルバーが気勢を上げてコカトリスの居る、少し広くなった平坦な場所に躍り出る。
作戦はまず補助込みの戦闘要員が注意を引いて、その隙に俺とロミノ、そして神官のニーニャが魔法を叩き込む。
それを合図にして各地に配置した弓使いが一斉射。
そして最後に傭兵達が突撃し、近接戦闘を行うという流れだ。
近接戦闘になった後は攻撃魔法が使いづらくなるため、俺達魔法技能持ちは各所から飛び出してきた傭兵達に補助魔法を掛ける役となる。
探索者は後詰めとして配置され、傭兵達による連携の取れた力押しで倒しきれない時のダメ押しとして使われる予定であった。
「魔法拡大、魔法誘導……電撃!」
「魔法拡大、魔法誘導……魔導槍!」
「超力!」
ハルバーに気付いて立ち上がり警戒を示したコカトリス達に向かって、俺達は一斉に魔法を放った。
最初に俺がライボルで動きを止め、ロミノがエナジャベ、ニーニャがフォースで有効打を与えるという作戦だ。
果たして魔法は全て有効に働き、しっかりとダメージを与えたようだが……、
「おい! 何でエナジャベ一本しか撃たないんだ!」
ロミノがエナジージャベリンを一つしか放たなかったのである。
魔法を準備している段階で一つしか生成されていないのは気付いていたのだが、俺も魔法行使中だったから中断するわけにもいかなかった。
お陰でニーニャのフォースが命中した方はまだピンピンしている。
「はあ? 第五位階の魔法を二つも同時に撃てるわけないでしょ! エクステンドは威力強化に使ってるんだから複数化できるわけないじゃない!」
そうロミノは反論するが、俺はできるのだからそれは言い訳になっていない。
……いや。この反論は……正論なのか?
彼女の並列思考レベル2。俺より低い訳だし、それが原因の可能性もある。
一足飛びでレベルが上がっていくせいで、俺も「並列思考レベル2ならここまでの事ができる」と正確に把握している訳じゃないしな。
自分ができるから同じスキル構成の彼女もできると考え、彼女に敵に致命傷を与える方を譲ったのが間違いだったか。
「よし、よくやったぜお前ら。一体目はもう落とせそうじゃねえか」
補助魔法を飛ばしながら思考を巡らせていると、エイトからそう言われた。
確かに戦場では十人近い傭兵がコカトリス達の元に殺到し、ライボルとエナジャベの直撃でボロボロになり複数の矢が刺さったコカトリスが今まさにトドメを刺されようとしている。
「おらああぁっ!」
もう一体のコカトリスはかばうような動きを見せているが、流石に人数が違い過ぎて守り切れていない。
一人の攻撃を防ぐ間に、一撃、また一撃と剣や槍が突き込まれ、倒れ伏した瀕死のコカトリスが更に血に染まっていく。
見た限りなら魔法は十分な成果を出している。
しかし俺がエナジャベを担当していたなら、もう一体も同じ様に瀕死になっていた訳で、つまり既に戦闘は終了していたかもしれないという事だ。
自分で能力に縛りを設け全力を出していない俺が言うのはおこがましいかもしれないが、もっとやりようはあったはずなのである。
そうした多少の後悔はあったが、しかして戦況は相当に良い。
後詰のズーグやトビー、エイト達の出番は無さそうなほどである。
「こりゃ楽勝だ。傭兵達もこれで魔法使いを雇いたくなるんじゃねえか?」
そんな雑談じみた会話ができるくらい、戦いは優勢だった。
しかし、
「クエエエエエェェェェェェェ!」
大音量のコカトリスの鳴き声。
同時にその周囲に豪風が巻き、攻撃を加えていた傭兵達が吹き飛ばされる。
「魔法かっ! しゃらくせえ!」
ハルバーのひときわデカい怒鳴り声が聞こえたが、それを言い終わらないかのうちに何か音が聞こえてきた。
「……森がざわめいてる? いや、これは……」
最初はザワザワといった、それこそズーグが言ったように森自体がざわめいているかのような音だった。
しかし、それは僅かな音の集合だった。
遠くから聞こえてくる。
何かが動く音。
何かが唸り声をあげている音。
何かが……、
「ガアアアッ!」
「ギャ、ギャギャッ!」
「キイイイィィ!」
それは魔物達だった。
複数……いや多数の魔物が、俺達がコカトリスを包囲している、その更に外側から襲い掛かってきたのである。
「魔物の援軍だと!?」
エイトが叫ぶ。
先ほどの大音声は仲間呼びの声だったか。
こんな能力まであったとは。
「ハルバーっ!」
「そっちは任せるぜ! 邪魔を入れさせんなよ!」
短いやり取りですぐに方針が決定する。
乱戦にさせる訳にはいかない。
俺達は武器を握り直し、魔物との激突に備えるのであった。
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