43 コカトリス討伐作戦その一
半日ほどでキンケイル北西の森の外縁部に辿り着いた。
時刻は夕方。掛かった時間から考えても非常に街から近い場所である。
こんな場所にコカトリスが出没し、聞けば街道に出てくる事もあると言うのだから恐ろしい。
今回の討伐作戦については俺自身色んな思惑ありきで参加しているが、それはそれとして、人間の生活圏を守るために心して掛かるべきだろう。
ベースキャンプは街道から十数メートルほどの場所に設置されていた。
そこには数人の傭兵がおり、煮炊きなど宿営での活動を行っている。
他の人員は恐らく今コカトリスの捜索中なのだろう。
街道周辺はともかく、普通なら下草や藪がそこかしこに生えているはずだが、キャンプのある所だけはしっかりと整えられている。
傭兵たちの苦労が見て取れる場所であった。
森は何となくファンタジックなクソデカ樹木があるのを想像していたんだが、いたって普通の森である。
広葉樹的な樹冠(丸っこい感じ)で、幹も真っすぐではないので見通しはかなり悪い。
コカトリスの具体的な色形がどうか俺は知らないのだが、魔物とは言え野生生物な訳だし、そんなに見つかりやすい見た目はしていないだろう。そう考えると、捜索が難航している理由も少しは理解できるというものだ。
「おう、来たな。それじゃあこっちに集まってくれ」
馬車から降りると、リーダーらしき人から声が掛かる。
呼び掛けに従ってテントの近くの広場に行けば、今回の討伐作戦の詳細と、これまでに得た情報を教えてくれるらしい。
「俺はハルバー、この討伐隊の隊長だ。これから現状説明をするからよく聞いてくれ」
ハルバーと名乗ったその男はゴツいヒゲモジャ、軽鎧と腰に長剣を帯びている。
名前も名前だしせっかくだからハルバードを持っててほしかったが、森での探索に使う得物じゃないか。
俺がそんな下らない感想を抱いている間にも話は進む。
彼によると、コカトリスは番で行動している事が発覚したらしい。
第二次増援依頼、つまり俺達への依頼を出した後、一度遭遇戦がありその事が分かったそうだ。
その時は逃亡されたようだが、姿を確認した地点を中心に現在は探索を行っていると言う。
ハルバーは魔物の巣を見つけるのも時間の問題と言い、話を終えた。
「遭遇戦で逃げたって事はあんまり好戦的なヤツじゃないのか?」
そう質問したのはエイトである。
「いや、遅滞戦闘が上手くいかなくてな、応援が集まるのを察して逃げたみてえだ」
「ありゃあ、知恵が回るタイプか。それは面倒臭そうだ」
「まあな。それにこれだけ探し回って一回しか発見できていないというのもおかしい。俺達だって斥候能力に特別自信がある訳じゃないが、流石に何らかの隠蔽能力を持っている可能性がある。斥候役は各自十分注意して当たってくれ」
ハルバーはエイトが相手だからやや謙遜した言い回しをしているが、現状を考えれば腸は煮えくり返っているだろう。
彼の苦々しい表情からはそう読み取れた。
しかし知恵が回り、隠蔽能力持ちの可能性があるか……。
センスバイタルをステータス画面込みで使えれば捜索作業はかなり捗るだろうが、今回は縛りがある。
俺達探索者をどのように扱うかは不明だが、周囲に人が居るなら使用は躊躇われるな。
「お、捜索部隊も戻ってきたみてえだな。あいつらの報告を聞いてるうちにあんたらはメシを食っててくれ。後でまとめて報告する」
ハルバーに言われ、俺達はキャンプの簡易テーブルの所に移動し、食事を摂る事になった。
その後、今日の捜索の報告を聞いたが結果はハズレ。
「巣の無い場所」のエリアが新たに地図に書き込まれただけでその日は終了である。
俺達は明日の捜索に備え、夜の帳が落ちてすぐ、休息を取るのであった。
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翌朝、未明。
森の近くの、朝露の湿気を少し含んだ空気。朝日は顔を出した直後だが晴天で、今日は良い日和になりそうだ。
だがこれから俺達は、鬱蒼とした薄暗がりの森に入る事になる。
相手は強力な魔物であるし、清々しい気分はもったいないが、気持ちを切り替えて臨まなくてはならないだろう。
「よし」
切り替えるように声を出し、荷物を持って立ち上がる。
装備はいつもの剣と盾。それから僅かな保存食と水とポーション。
ポーションは近接戦闘の邪魔になる可能性があるため、基本後衛の俺がその多くを預かっている。各自持っているのは保険の一本ずつだけだ。
「俺達は西の方からだったな」
探索者である俺とエイトのチームは、捜索をチーム単位でするよう指示を受けた。
腕の良い探索者という事で援軍を依頼したは良いが、傭兵側も扱いには遠慮があるように思える。
まあチーム外のやつといきなり連携を取れと言われても、難しい所があるのは確かなんだが。
「じゃあリョウ、健闘を祈るぜ」
「ああ、そっちもな」
森の入り口でエイト達と別れ、捜索開始だ。
基本方針は増援で人数が増えた事もあり、エリアを塗りつぶすようにしての人海戦術である。
そして発見したら各自連絡員を立て、応援を呼んで取り囲み、討伐という流れが予定されている。
「遭遇したら遅滞戦闘、か」
そう言ったハルバーの語調は強かったが、あれはたぶん「手柄は独り占めするな」と言いたかったのだろう。
「倒せるなら倒してしまっても……というのは」
「多分ダメだろうな」
ズーグの考えも分からなくないが、主導は傭兵組合の方だしな。
あまりでしゃばるのも良くはないだろう。
と言うかズーグ、その「倒してしまっても~」って言い回し好きだな。
フラグに聞こえるからやめてほしいんだが。
まあ多分無駄が嫌いって事なんだろうけど。
「逃走を選ぶ事ができるような相手だし、そうなっても面白くない。確実な討伐達成を考えるなら、全員で圧し潰すのが正解だろうな」
そう結論付けて、俺達は捜索を続けた。
幸い懸念していた傭兵やエイトたちの同行は無かったので、センスバイタルを適宜使用しつつの移動である。
そして特に目ぼしい手がかりも得られないまま、薄暗い森にも中天の太陽から光が差し込む時間帯へと差し掛かった。
「そろそろエイト達との合流地点か?」
「恐らくは。オレも森ん中の活動はあんまり経験が無いんで、正直確証はねえんですがね。感覚が間違ってなけりゃそろそろだと思います」
斥候技能を持つ者というのは、頭の中に地図でもあるのか、方角や自分の位置なんかをかなり正確に把握している節がある。
これは探索深度が進み迷宮が広くなってきた事で、最近発覚した事実であった。
俺も斥候スキルは持っているので同じ能力があるはずなのだが、ステータス画面との併用ばかりしていたせいか、あまりこの感覚は理解できていない。
斥候技能のみのトビーと差別化できている、と言えば聞こえは良いが、ちょっと悔しいので最近は俺も取り組んでいる事の一つである(あまり真剣にはできていないが)。
そして、トビーの感覚は正しかったようでその後すぐにエイト達と合流する事ができた。
「おう、そっちはどうだ」
「何にも。そっちは?」
「だめだな」
短いやり取りに、お互い小さく溜息が出る。
しらみ潰しをやっている訳で、こうして成果が無い事は織り込み済みではあるのだが、それで徒労感が消える訳ではないのだ。
「じゃ、休憩にするか。ちょうど昼メシ時だ」
「そうだな。水出すから必要なら言ってくれ」
「そっか、お前も理力魔法使えるんだったな。剣と盾装備だから微妙に忘れてた。……でもお前に頼んだらロミノが怒りそうだからこっちはいいや。俺も実は使えるし」
「そうか、了解」
そうしてリーダー二人で話している間にも、各チームメンバーにより休憩地点が整えられていく。
俺は迷宮探索しかした事ないから正直やり方なんて知らないんだが、ズーグもトビーも慣れたものでそれっぽい場所ができあがっていた。
「じゃあ私が警告の魔法張るけど良いわよね?」
全員が腰を落ち着ける前に、ロミノがそんな事を言ってくる。
アラートの魔法は、一定以上の魔力を持つ存在がエリア内に入ると術者に教えてくれる魔法だが、当然俺はまだ覚えていない。
迷宮内部での魔物が存在する間隔や密度、そして出現地点からあまり移動しないという魔物の行動原理もあって、俺には不要な魔法だったからだ。
「どうぞ、そっちがやってくれるなら助かる」
「そ、そう。助かるんならやってあげるわ」
先のやり取り以降、ロミノはこうして俺に恩を着せようとしたりマウントを取ろうとしたりと色々やってくる。
前とは違い俺の事を知ったうえで、と言うか若干ライバル視したうえでの事なので、基本は放置である。行き過ぎたらまた注意するつもりだが、些細な事が多いし年上のお兄さんとしては微笑ましい気持ちでそれを見ていた。
エイトのチームメンバーも似たような反応なので、彼女はどうも普段から「生意気な妹」的なポジションのようだ。年齢的にもみんなそんな感じだしな。ボルドフは三十代後半なので娘ポジかもしれないが。
その後は各自地面に腰を下ろして休憩を取り、保存食を齧り水分補給を行った。
クリエイトウォータで午後の分の水を水筒に入れ、一段落。
といったところで催した俺は、ズーグを護衛にして休憩地点から少し離れた場所に行く事にした。
「この辺でいいか」
「ええ、警戒にも問題無さそうです」
「見んなよ?」
「誰が見ますか」
ズーグ相手にいつものどうでもいいやり取りをしつつ、事を済ませる。
(中々見つからんもんだな……センスバイタルの範囲がもっと広けりゃ良いんだが。そういや理力魔法にそういう魔法は無いもんか。あんまり必要ないから調べが進んでないんだよなあ……)
俺は割と、小便の最中などに考え事をする性質である。
元の世界でも仕事中、考えに詰まったらトイレに立ったりしたものだ。恐らく歩きながら考え事をしたら捗る、とかそういう類の癖なのだろう。
この時も、そんな感じで取り留めも無く考え事をしていたのだ。
(うーん、ステータス画面になんかないか? 便利な機能的な奴が)
「生体探査」
愚息をしまいながら、思ったままに魔法を発動する。
ステータス画面は恐ろしく機能的でこの世界観に合致しない代物だ。そこに何か裏技が隠されていないか、などと益体もない考えでの使用であった。
「旦那、何かあったのですか?」
「いや、ちょっと考え事してて使ってみたくなっただけだ」
俺の魔法行使にズーグが警戒を示し、直後の返答に凄い呆れ顔を浮かべる。
その心境は「またこの人は傍迷惑な」とかそんなんだろう。
「うーん、何にもないよなあ。……ん?」
ステータス画面を隅々まで改めて確認し、画面の表示範囲を広めたり狭めたり。
そんな事をしているうちに、ある事に気付いた。
「いちにいさん……十一?」
センスバイタルはその範囲内に居る人間大の生物、ないしは敵性生物の居場所を知る事ができる。敵性かどうかにはステータス画面上でも区別は無く、とにかくその居場所と数が分かるだけの魔法である。
当然人間も引っかかるので、俺が探査した範囲には、少なくともエイトのチームとトビーが固まって存在しているはずだ。
その数は七。先ほどアラートの魔法を使って異常が無いので、範囲内には俺とズーグを合わせて合計九つの反応があるはずである。
しかしながら、画面上には十一の反応が見られた。
「なんだこれ……誰か、傭兵が合流したのか?」
その可能性は無くはない。
他の地点でコカトリスが発見され、それを伝達役が伝えに来た可能性はある。
……いや。
それでは二人合流したのはおかしいのではないだろうか。
それにエイト達が居る地点は七つの反応が固まっているのに対し、正体不明の二つの反応はそこから少し離れている。
ズーグと俺が居る地点よりはエイト達に近いが、その二つの反応はエイト達から離れた地点で動きも無くじっとしている。
「まさか……」
アラートの魔法の仕様を俺はよく知らない。
もし「侵入したもの」だけを警告する魔法であったのならば。
斥候が確認したとは言え、それで探し出せない脅威が、アラートの魔法の範囲内に既に存在していたならば。
「隠蔽能力って、まさかそんな」
俺はまだ自身の予想を信じ切れていなかった。
味方が無防備に休憩しているそばに敵が居る。
それはかなり恐ろしい想像で、動悸が早まるのが自覚できた。
しかし、
「……それは本当ですか? であれば、早く戻りましょう。本当にそうならば、相手の動きが無いうちに対策をしなければ」
考えを伝えたズーグの冷静な判断に、俺もつられて冷静さが戻ってくる。
こいつは本当に……流石歴戦だな。
と言うより魂の位階がなんだと言っても、結局俺はこの程度という事か。
無意識に調子に乗ってたのかもしれないし、少し気を引き締める良い機会になったという事にしておこう。
「よし、急ぐぞ」
「ええ。気取られないようにいきましょう。相手の動きは注視しておいてください」
ズーグの助言に従いステータス画面は開いたまま、俺達は静かに行動を開始した。
十一人いる! (伝わらないネタ)





