4 横伸ばし
「あら、お早いお帰りですね。諦めたんですか?」
帰ってみればマルティナさんのいきなりの嫌味である。
流石の温厚な俺も頬が引きつるぜ、まったく。
「集まったんですよ! ほら、十六個!」
ポケットから魔石を取り出し、俺は「どうだ参ったか!」と言う感じに受付に叩きつけた。マルティナさんの事だから「この程度ですか?」とか言ってきそうだけど、そんなもんもう知らねえ。
疲労で若干心の余裕を失っている気がするが、とにかく俺はどや顔でマルティナさんを睨みつけた。
「集まったんですか? 本当に?」
一方のマルティナさんは目をぱちくりとさせて魔石を数え始めた。
ぱっと見でも十個超えてるのにひとつひとつ数えていくのはちょっと滑稽だが、どうにも信じられないという様子である。
あれ、俺なんかやっちゃいました? なんつって。
「これは……失礼しました。十六個、確かに。では奨励金と登録金の差額、そしてこの魔石の買い取り料をお持ちしますので少々お待ちを」
魔石をトレーに乗せてマルティナさんが去っていった。
その後姿を見ながら、びっくりされた理由について少し考えてみる。
恐らく理由としては、俺の見た目とか雰囲気から戦う力が無いと思われてたんだろうな。後は最初軽い感じで応対してたし(自分で言うのもあれだが)真剣さが無くて冷やかしに見えていた可能性もある。
そう考えるとあのキツい態度も理解できる……かな?
この世界の探索者は、物語で見るような冒険者とは違って実質資源採掘者だ。炭鉱夫とか、もっと現代に即して言えば電力会社で働いている人、みたいな位置づけなんだろう。魔石の資源としての位置付けは迷宮活性化、つまり三十年程前からなので少し言い過ぎかもしれないが。
それはともかく、誰でも簡単になれるとは言え、真面目に働いている所に俺みたいな冷やかしっぽいやつが来たら誰でも不快に思うものだ。マルティナさんの場合は生来の性格の悪さもあるかもしれないけどな。
「では精算金額は六六〇ゴルドになります」
「ありがとうございます」
戻ってきたマルティナさんから銀貨を受け取り、ポケットに入れていく。
奨励金は一〇〇〇ゴルド、登録金が五〇〇ゴルドだから、単純計算で微小魔石一個につき一〇ゴルドか。予備知識には貨幣価値の情報もあったが、大体最底辺の宿で三〇〇ゴルド、一食三〇~五〇ゴルドと言った感じなので、今日の稼ぎでは一日分にも満たない計算だな。今の所持金では二日ともたない。まったく世知辛いものだ。
「……いかがでしたか? 初の迷宮は」
ポケットがぱんぱんになるまで硬貨を詰めていると、マルティナさんがそんな事を聞いてきた。
俺が順当に探索を終えた事が不思議で仕方ないと言った様子だ。
「ええ、多少魔法が使えるので、戦闘に関しては問題無さそうでした。それよりは迷宮の内部構造と集中しながらの移動がこたえましたね。要するに体力不足です」
「なるほど、魔法ですか。……失礼ですが出自はどちらで?」
「すみませんがそれにはお答えできません。少し事情がありまして……」
「……そう、ですね。マナー違反でした。申し訳ありません」
魔法を使える者というのは、貴族か専用の教育機関に入った者が殆どらしい。この答え方だと貴族の家出息子みたいな勘違いをされそうだが、変な設定を作るよりは良いだろう。
最終的に話さざるを得なくなったら記憶喪失って事にするのが良いかもしれない。
「それより、安い宿を知りませんか? お分かりの通り体一つで、今マルティナさんに貰ったお金が全財産なんで困ってます。あとは小銭入れとか水筒とか、そういう小物を買える所も教えてくれると助かります」
「あ、はい。そうですね……」
その後、わざわざ紙に地図を描いてもらって(毒づいてもやっぱり仕事はちゃんとするみたいだ)、俺は探索者ギルドを後にした。
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俺は道具屋に足を向けながら、ステータス画面を開いた。
探索者組合を出る時に確認したところ、更新があったのだ。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(5)
スキル:斥候(2)、片手武器(1)、理力魔法(2)(SP残:1)
最初とは言え、僅か二時間で二つもレベルが上がったスキルがある。
これを才能の器のおかげと見るべきか否かは比較がないので保留。しかし合計レベル(才能の器のレベル)が5になり、スキルポイントが増えている。
この変化から推測できるのは「才能の器:5レベル=スキルポイント:1」という事だろうか。
これが事実ならば、俺の能力について一つのセオリーが成り立つことになる。
それはすなわち「横伸ばし」だ。
どんどんスキル数を増やしていくという事だな。
各スキルの熟練度を上げ、才能の器のレベルを蓄積しスキルポイントを得る。そして新たに得たスキルの熟練度を上げて、更にスキルポイントを得る。
予想通りであればそういうサイクルが今後出来上がってくるだろう。
各スキルレベルの伸び、そしてスキルポイントの伸びに制限……要はどこかで頭打ちになる現象が起きる事も予測できるが……。
次に取るスキルは少し実験的になるが、こいつにしよう。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(5)
スキル:斥候(2)、片手武器(1)、理力魔法(2)、鑑定(0)(SP残:0)
取得したのは「鑑定」。
理由はいくつかあるが、最たるものは「普段使い」できそうなスキルだからだ。
例えばこれから行く道具屋で、俺が商品を品定めしていて不審に思う者は居ないだろうが、突然精神集中して気配を探り始めたり、魔法を発動したらそれはまさしく不審者だろう。
要するに平時から使用できる=熟練度を貯めやすいスキルだと考えたのだ。
スキルの使い勝手については……まあ鑑定したモノの近くにステータス画面みたいなウィンドウが浮かぶ、みたいなデジタルなのは期待していない。
他のスキルがどちらかと言うと感覚的な、アナログな感じだったしな。少しでも鑑定対象について情報が得られれば良しとしよう。
「よし、じゃあさっそく……」
ステータス画面から顔を上げ、歩きながら周囲の建物、人、露店に並ぶ品物と視線を移していく。
「うーん特に何も感じないなあ」
その後も雑貨屋のある迷宮区画に向かいながらとにかく周囲を確認していくが、迷宮でスキルレべル1を取得した時のような「理解した」感覚は訪れない。
最初だしもう少し集中が必要なのかもしれないな。
とりあえずさっさと道具屋に行くか。
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「こんにちわー」
「おう、らっしゃい」
ヒゲ、左目に眼帯、太り気味、エムっぱげ。カーキ色の前掛けを着けた店主の居る店であった。
店主は愛想のかけらも無く、店の入り口横のカウンターの奥に座って何かを読んでいる。無骨な感じで実に良いね。俺は買い物してて寄ってくる店員が一等嫌いなんだ。
店内をぐるりと見渡して陳列を確認し、目当ての物を探す。
「お、あったあった」
まずは水筒だ。
手に取って、今度こそ鑑定する気持ちでためつすがめつ、確認する。
すると今度はちゃんと「理解」が訪れた。
鑑定対象の用途と状態が何となく頭に入ってくる。
……これは……水筒じゃな? って当たり前か。
ステータス画面を開けば間違いなく「鑑定(1)」の表示が。
そして発見したのだが、ステータス画面の下部、備考欄のような形で空欄だったところに文字が書かれていた。
【水牛の膀胱の水筒】
・水分への耐久性の高い材質。柔軟性があるため水が入っている時も多少形を変えられる。空の時は折り畳んで収納可能。
・品質:可
ほう。これはこれは……。
「こりゃ凄いな」
「何が凄いって?」
「ああ、いや、なんでもないです」
つい言葉に出てしてしまって店主に睨まれた。組合でもマルティナさんに睨まれたのに俺ってば学習してないな。いけないいけない。
その後も俺は店内の商品を片っ端から鑑定しまくり、最終的に「鑑定(3)」までレベルを上昇させた。
だいぶ時間を使ったが知識も増えたし良い感じだ。
「と言う訳で、これ下さい」
お会計はたぶん店主に出せばいいんだろうと持っていったのがこれ。
・水牛の膀胱の水筒 一つ
・布の小袋 二つ
・薬糖蜜の飴 五個入り一袋
水筒は言わずもがな。小袋はお金と魔石用。飴は糖分補給用である。
薬糖蜜とあるが、滋養強壮目的の「薬」なので用途としては間違ってないはず。
「なんだ、さんざん見てた割にこれっぽっちかい」
「いやあ、手持ちがぜんぜん無いもので」
カウンターに品物を持っていったら、店主にそんな事を言われた。
そりゃあ俺にだって他に欲しいものはあったが、無い袖は振れない。
「ポーションは」
「え?」
「ポーションの一つくらい持ってねぇといざって時やべぇぞ?」
水筒ひとつ一〇〇ゴルド、小袋一つ一〇ゴルド、飴(五個入り)一〇ゴルド、しめて一三〇ゴルド。一方俺の所持金が六六〇ゴルドで、宿と明日の昼までの食事を見積もって四五〇ゴルドとすると、買い物後には残金八〇ゴルドだ。
「いや、本当にお金がないんですよ。ポーション二〇〇ゴルドとか払えません」
「なんでえそんなにギリギリなのかよ。もしかしてお前さん新人か?」
「ええ、まあ。迷宮は今日からです」
「やっぱそうか……じゃあ、新人サービスって事で小袋と飴はタダにしてやる。水筒は明日の稼ぎで買いに来い。新人だったらどうせ長いこと潜らんからすぐ必要にはならんはずだ。そんで、その代わりにポーションは買っていけ」
その計算だと残金一〇ゴルドか……。食費は明日の昼までで計算してるから、午前で十分魔石を獲得できたらなんとかなるのか? うーんどうするか。
「どうしてそこまでポーションを?」
「お前さんどうせ明日は二階に行くだろ? 今日は一階までとか言われただろうしな」
「そうですね。一応その予定です」
まずは探索と戦闘に耐えうる体力作りが急務だが、それはそれとして二階の様子も見る予定だった。
狩りの効率は二階の方が断然良いみたいだしな。
「ほらみろ。それで怪我して、大事になって帰ってくるか死ぬかするのが新人にありがちなんだ。水なんか入り口でコップ一杯飲んでりゃ二、三時間くれぇは支障ねぇんだから、優先すべきは回復手段なんだよ。分かったか?」
なるほど、一理ある。ついでに言えば客を失わない事は店主にとっても死活問題と言う訳だな。この辺は探索者組合の人たちのアドバイスにも通ずる理屈だろう。
「分かりました。じゃあ、ポーションを買う事にします。小袋と飴は少し得しましたね」
「おう素直でいいじゃねえか。あと飴はこれからも小まめに買ってやってくれ、スラムのガキどもの大事な収入源だからな」
社会貢献と言うやつか。探索者は税金が軽いみたいだし、損ってわけでもないからちょくちょく買う事にしよう。値段も安いしな。
……って言うか税金の事忘れてた。
予備知識には……あるな。まあ税金が軽い事が認識の中にあったんだから当然か。
探索者の税は魔石の買い取り金額から天引きされるらしく、割合も微々たるもののようだ。
魔石の採取量が一定を超えると一年市民権が得られるらしいが、その時は組合からアナウンスがありそうだし、今は別に気にしないでもいいだろう。
ちなみに税と言ってこの国の人間が思い浮かべるのは市民税だが、これは市民権を持つ者に課せられるものである。市民権は都市区画に住所を持ったり、都市区画の医療機関や図書館なんかの福祉を使うために必要となる。これも今の俺には関係無いし気にしないで良いだろう。
「じゃあ、明日また来ます」
「おう、また来いよ」
税金の事を考えていたせいで若干うわの空になってたが、店主に別れを告げて、俺は店を後にした。
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「ふー、食った食った」
宿にチェックインし、そこの食堂で夕飯をたらふく食った後、部屋に戻ってきた。
夕飯は五〇ゴルド。肉! 芋! 豆! 野菜の酢漬け! と言う男らしい(?)定食で、腹ペコには大変満足な内容だった。味はまあ、それなりだったが、アレなら悪くない。
満足した俺はベッドに横になりたい誘惑に駆られたが、まだ少しやる事がある。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(10)
スキル:斥候(2)、片手武器(1)、理力魔法(2)、鑑定(5)(SP残1)
鑑定のスキルレベルが5になっていた。ものの二時間程度でこれである。
確かに道具屋では尋常じゃない数の品物を鑑定したし、宿でも不審がられない程度ではあるが目に付くもの全てに鑑定を行っていた訳だが。
ここまでの急速な伸びを見せるとは思いもよらなかった。もしかするとステータス画面を併用して詳細情報を確認したのが良かったのかもしれない。周りからは物品と中空を交互に凝視している変人として認識されてしまった可能性はあるが、必要経費って事にしよう。俺の精神衛生的にもその方が良さそうだ。
鑑定はレベル5になると(レベルの上昇が早すぎたのでレベル3、4からいけたかもしれないが)、対人でも活用できるようだ。
宿屋の店主を鑑定するとこんな風にステータス画面に現れる。
【ステータス画面】
名前:ギール・クローエン
性別:男
職業:商人(12)
年齢と状態、そしてスキル構成についてはまだ看破できないみたいだ。
ただ年齢と状態はともかく、スキルについては才能の器によってあらゆるスキル名が分かっているので、そこから推測する事は可能だ。
クローエン氏ならば、宿屋の店主なので「経理」「家事」「交渉」あたりだろうか。料理もやってればそっちが生えてる可能性もある。
スキルまで看破できるようになれば、自ずとこの世界の平均も分かってくるだろう。そして俺の現レベルやスキル数、レベルの上昇度合が異常なのかどうかも分かるはずだ。
まあ、チート級なら楽ができるから嬉しいし、普通だったとしても隠し事が一つ減るから嬉しいので、どっちでも構わないと言えば構わないのだが。
「じゃあ、次はお待ちかねのスキル取得だな」
取ったのは「神聖魔法」である。これは神から力を授かる・受けるというイメージの魔法で、神を信じていなかった俺としては回復・バフ魔法を得る感覚で取得したものだ。
ただ、このスキルを取得した瞬間、俺の精神に大きな変化が訪れた。
巨大な何かがいる、いやあるのを感じるのだ。
これが所謂、神なのか。俺はそう認識した。
神なんてほんの十分前には信じていなかった男がそうすんなりと納得できるほど、それは凄まじい存在だった。
言葉では表しづらいが、それは遍在している。そして超巨大で、無数にも存在している。矛盾しているようだが、あれはそういう「超越存在」なのだ。
なるほどこの超越存在を知覚できたなら、神なんて言って崇め奉りたくなる気持ちも分かると言うものだ。
ちなみに俺に才能の器を授けた囁き声……仮称:ウィスパーとしておこうか、このウィスパーさんとは別の存在と考えられる。『超越存在』は俺に囁いてくるなんて言う干渉はしないだろうからな。
ただそこにある、次元の違う存在。
囁き声なんて言う、『個』が識別できるようなレベルの相手ではないはずだ。
とりあえず超越存在についての考察はこの辺にしておこう。
次は神聖魔法の行使だな。
俺は超越存在から僅かに、それこそ砂漠の砂粒程度に力を借りて呪文を唱える。
「回復」
基本は傷に対してだが疲れた体にも多少効果のある低位回復魔法。
劇的ではないが、これで明日も頑張れそうだ。
ここまでとんとん拍子に行くとは思っていなかった事もあるが、回復魔法があるならポーションはいらなかったかもしれないな。まああれはお守りと言う事にしておこう。
「よーし、これで! 今日は終了っ!」
神聖魔法の発動を終え、俺は今度こそベッドに倒れこんだ。
「しっかし、長い一日だったなあ……」
異世界への転移に始まり、迷宮探索への決意。この世界の住人との接触。迷宮探索。スキルの検証に次ぐ検証。超越存在。
俺の二十余年の人生においてこれ程の密度の一日は無かったと断言できる。
そして恐らく、明日からも同様に濃い日々が続いていくんだろう。
何せ相手は迷宮である。
ファンタジーにも魔法とかスキルとかあったりして、魔物と戦わなければならないのだ。
それに異世界でお金がカツカツなのもどうにかしないといけない。
やる事はいっぱいだ。
それはこれまで平凡に生きてきて、これからも真面目に平凡に生きていくんだろうと思っていた俺にとっては、刺激の強すぎる現実だった。
その刺激がもの珍しくて今日を乗り切る事はできたが、明日からもそうであるかは分からない。迷宮で手がかり探しに邁進するためにも、元の世界の事は一旦意識から外す方が良いだろうな。
……けどまあ、今日だけは初日って事でいいだろ。
元の世界を思いやる事を自分に許そうと思う。
一旦意識の外に置いておくとは言え、自分が誰かを忘れ切ってしまわないように。
俺は元の世界の家族や友人の事を思い出しながら、一人異世界のベッドで眠りに落ちたのであった。
ステータス画面に関連する記述のみアラビア数字で表記しています。
漢数字と混在して読みづらかったらすみません。
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