35 魔法の講義
ズーグの腕が元に戻り、俺達の探索の快進撃が始まった!
……とはいかなかった。
そりゃまあ今は王都に居るんだから当たり前だ。
わざわざ学会の時期に合わせてきているのに、それを見ないなんてとんでもない。
師匠から魔法概論の授業を受けるという約束もあるし、しばらく探索はお預けになるだろう。
ズーグは多少フラストレーションが溜まるかもしれないが、トビーと二人で訓練できそうな場所か、戦力を必要とする様な仕事があれば受けて良いと言ってある。
武器(主にズーグの主兵装となる槍)の相場とかを調べておくよう言っておいたし、まあ色々探すだけでも学会が終わるまではやる事は無くならないだろう。
一方俺は、授業の日々を過ごしている。
興味があると言うのでシータと連れ立って、今日も俺は師匠の居室を訪れていた。
「さて、今日も授業を始めるとしよう」
師匠は自分のデスクに腰かけ、手もとの資料をパラパラめくりながら言った。
俺達は応接用の低いソファに腰かけ、基本師匠の話を聞いて分からない所を質問していくというスタイルだ。
元の世界での学生時代の経験から何か書くものが欲しいところだが、そう言うと師匠には「そんな事をしている暇があったら話をちゃんと聞くように」と窘められてしまった。
特に魔法概論は、メモを取るより話を理解する事の方が重要となってくる類の授業らしく、大人しく聞いておけとの事だ。
「昨日一昨日と魔法の歴史について話してきた訳だが……今日は魔法の構成要素について話そうと思う。これを理解できれば、ようやく君たちは術式の勉強に進めるようになる。あくまで学園のカリキュラムに沿って言えば、だが」
いつもより少し堅い口調で師匠が話し始めた内容は、魔法が何によって成り立っているかを説明したものだった。
長くなるので話を要約すると、まず魔法の構成要素にはエレメントとエーテルの二種類があると言う。
エレメントはいわゆる属性を指し、魔法が引き起こす物理現象の原因となるものだ。
一方エーテルは魔法の魔法的要素で、物理現象ではない部分はこの要素の力によって引き起こされているらしい。
アイスボルトを例に挙げて説明するなら、射出の部分がエーテル、矢を象る氷の部分がエレメントになる。
この二要素を術式によって調整し、魔力から目的の作用を引き出す事が魔法なのである。師匠のような魔法学者は魔法の検証なども行うが、基本的にはこの術式を新たに構築する事が主な仕事になるらしい。
「最近だと、構成要素の比率をギリギリまでエレメントに寄せた魔法が流行りだね。私が研究しているのもこれだ。……さて、ここで君達にひとつ質問だが、エレメントに寄せた魔法のメリットは何か、分かるかい?」
突然振られた師匠の質問に、少し考える。
……ふむ。
何となく思いつくものはあるな。
シータの方を見ると首を傾げているので、ひとまず俺の考えを開陳する事にしよう。
「エレメント、つまり物理現象に寄せるという事ですよね? であれば、魔法耐性の影響を受けないか……受けづらいというのがあるんじゃないでしょうか」
当てずっぽうという訳ではないが、何となくこういうのはドキドキするな。
果たして俺の回答は正しかったらしく、師匠がにっこりと笑みを浮かべた。
「正解だ。流石、魔法を実践している人間は察しが良いね」
「魔法耐性の高い魔物に苦しめられた事もありますからね。その時、フレイムランスよりアイスランスの方が効いたのを覚えてたんですよ。……たぶん、そういう事ですよね?」
魔法耐性の高い魔物と言うのは要するにブルーデビルの事である。
あいつはマジで面倒なやつだったからな。ファイアボールとか直撃してもケロッとしてるし。
マイトリス迷宮六階の魔物ではあるが、キンケイルの七階八階に出現する魔物と比べても遜色ないくらい強力な相手だった。
「うん、そうだね。その考えで間違いないよ。どちらも魔法で紡錘形の弾を打ち出してぶつける魔法ではある。でも砲弾が実体、つまり氷でできているアイスランスと違って、炎という実体の無いもので砲弾を作らないといけないフレイムランスは、魔法の要素がエーテルに偏った魔法という事だね」
師匠は手元のカップに入ったお茶に口を付けながらうんうんと頷いている。
「こういうアイスランスのような魔法の事を現象魔法、逆にエナジージャベリンのようにエーテルに振り切った魔法を純魔法と言ったりする。フレイムランスはその中間くらいだね。学会では省略して現魔、純魔と言ったりするから、発表を聞くつもりなら覚えておくといい」
そこでどうやら話は一区切りついたらしい。
師匠はお茶を淹れ直しに行き、その間に俺は授業の内容を頭の中で反芻した。
ふと、対面に座るシータを見ると難しそうな顔をしている事に気付いた。
「どうしたんだシータ、なんか分かんないところでもあったのか?」
「いえ、それが分からないところなのかも分からないんです。今更なんですけど、私場違いじゃないかなって……。でもリョウ様は流石ですよね、さっきも先生の質問にちゃんと答えてましたし」
シータは寂しそうな顔でそんな事を言った。
今回シータが授業に参加する事になった件だが、行きたいと言ったのは彼女だが話を振ったのは俺である。
キンケイルで彼女の魔法適性に気付いて、それとなく勧めたのも俺だ。
そういう意味で俺にも責任はあると思うので、少し落ち込んだ様子のシータを励ます事にした。
「シータ、君はまだ魔法使いじゃない。俺みたいに事前の知識がある訳でも、実際に使った事がある訳でもない」
「はい」
「だから分からなくたって良いんだよ。君は今日悔しい思いをしたかもしれないけど、そう思って、もしやる気があるんなら魔法学園に入ればいいさ。前に俺が言ったようにね。今日の内容だって、今はあやふやかもしれないけど、実際にちゃんと組まれたカリキュラムに沿って学んでいけば分かる時が来るよ。と言うかそこは俺もちゃんと学びたい」
「……そうですね」
最後に少し茶化すような言い方をして笑いかければ、彼女も少し肩の力を抜いたように笑顔を見せた。
こっ恥ずかしかったがちゃんと励ませたようで何よりだ。
「えーと……? 良い雰囲気のところ悪いけど」
その後二人で微笑みあっていると、お茶を淹れて師匠が戻ってきたようだ。
別に和やかなだけで良い雰囲気ではなかった気がするが、シータは恥ずかしかったのか顔を赤くして俯いている。
相変わらず初心な少女をからかうのが好きな人だ。
俺も相変わらず彼女の可愛らしい反応を見れたのでフォローするつもりは無いんだが。
「そういえば、師匠の研究内容って何ですか? さっき現象魔法の研究をしているとおっしゃってましたけど」
「いきなり話を変えたねえ。まあいいけど。……私の研究内容については、今度本会で大々的に発表する予定だから、それを楽しみにしておいてくれたまえ」
「へえ、大々的、なんですね」
「そりゃもう、度肝を抜くつもりさ」
そこまで言うからには、本会での発表を楽しみにする事にしよう。
「さてさて、お茶は淹れ直したけど今日の授業はこの辺にしようか。何か他に、君達から質問はあるかい?」
師匠からの問いに、シータは首を振る。
俺の方も今日の内容については特に質問は無いんだが、それとは別に聞いてみたい事があった。
「話が授業とは関係無くても良いですか?」
「ああ、構わないよ」
「では師匠、魔法がどれだけあるのか、神聖魔法魂魄魔法も含めて教えてもらえませんか? 単純な興味もありますし、今後習得の目安にもしたいんです」
俺の質問はつまり、俺の魔法の伸びしろがどれくらいあるのか、という事である。
探索者として魔法の勉強にだけ時間を割く訳にはいかない俺にとって、どういう魔法が残っており、どれを習得すべきかは重要な情報になるだろう。
少し効率主義が過ぎるかもしれないが、寄り道かどうかを判断できるのにしないのもどうかと思うからな。
「ふむ……確かにそれは話しておくべき事だろう。君にも利点があるが、それ以上に私も世界記憶型の魔法使いの魔法には興味がある」
「そういえばそれもありました。すみません失念していて」
「いいよいいよ。それより教えるのは魔法名だけでもいいかい? あと理力魔法は特に数が多いから覚えている限りで勘弁してほしい。神聖魔法と魂魄魔法は資料が手元にあるんだけどね」
どうやら理力魔法は年々魔法数が増加の一途で、魔法図鑑のようなものを買う意味が無いらしい。気になったら学園図書室のデータベースで都度調べ、メモを取っておくくらいが普通なのだと言う。
一方神聖・魂魄魔法は、実はかなりの年月新たな呪文が作成されておらず、師匠も何年も前に買った魔法図鑑を未だに使っているようだ。
「学園の生徒になれば自分で調べられるようになるから、正確な数とかはマイトリスで調べてくれたら助かる」
「分かりました。それから魔法の効果についてなんですけど、名前を言ってくれればこっちで勝手に推測しますよ。特に気になったやつがあったらそれだけは教えてもらっても良いですか?」
「ああ、それで構わない。じゃあまずはリョウの使える魔法を教えてくれ」
そういう風に話がまとまり、俺は自分の使える魔法を思い出しながら、師匠に伝えていく。
自分でも整理できるからこれも良い経験かもしれないな。
師匠は俺の話した魔法を書きつけていって、手元の魔法図鑑と照らし合わせながら、残っている魔法を教えてくれた。
俺が習得できる残りの魔法は以下の通りである。
【魂魄魔法】
精神操作
死の掌握
反魂
復活
【神聖魔法】
停滞
神降ろし
【理力魔法】
浄化
隆起
拘束力場
魔力攪拌
移し身
炎渦竜巻
爆炎
完全解除
転移
瞬身
竜巻
氷棺
岩石落下
岩石衝
地揺れ
地割れ
……etc
理力魔法は凄まじい量を言われて結局覚え切れなかった。
各属性魔法の暫定最大呪文(現在最大威力・難度と言われている呪文)については、師匠は「自分の目で確かめてくれ」とか某攻略本みたいな事を言って教えてくれなかったのだが、それにもかかわらずこの数である。
まあ魔法使いの人数は理力魔法が最多という事もあって、研究も進んでいるという事だろう。
勉強するのは大変だけど取りうる手段は無数にあると考えれば悪くないか。
一方で神聖・魂魄魔法は数が少ない。
ともすればレベル上昇時の自動習得で残り全部を覚えられるかもしれないほどだ。
最近技能レベルが上がったというのもあるだろうが、もしかすると人間の限界に到達しつつあるのかもしれないな。そう考えると結構凄い事にも思えるが。
これらの魔法で俺が興味を持ったのは、魂魄魔法の蘇生系と、神の召喚である。
理力魔法の研究者である師匠には悪いと思いつつも、俺はそれらの魔法について彼女に質問してみる事にした。
ポイント500を超えましたね。
異様な早さです。成長チート設定は強し。
最近あまり時間を掛けず執筆する事が多くなってきているので、
もしかすると誤字脱字が増えているかもしれません。
見つけたら報告いただけると嬉しいです。
(ついでに一言でも感想もらえると素晴らしく嬉しいです)