29 神威
トビーを加えた新しいチームでの探索がスタートしている。
俺の才能の器に関してはある日シータが寝た後に説明済みだ。
トビーもズーグと同様かなり驚いたようだったが、先に解呪を見ていた事が功を奏したのか、俺が多技能持ちである事を聞いても「そういうもんなんっすね」と軽い調子であった。
この手法は俺の異能を受け入れさせるのに良い手法のようなので今後奴隷を買う時も取り入れていく事にしよう。
探索のスケジュールとしてはこれまでの様にとにかく迷宮に向かうのではなく、少し変化させている。
まず、俺は午前中の探索に参加せず、家で理力魔法のお勉強(宿題)と魂魄・神聖魔法の特訓である。これはトビーが加入した時点で学会までの日数が二週間を切っていた事もあるが、トビーの訓練の意味合いもある。
彼は現時点で近接が俺より強いくらい、斥候も魔法込みなら俺より下、遠距離攻撃も当然魔法も使えないという状況だ。スキル構成は悪くないが、地下七階に突然連れていけるほどではない。もっと多人数チームなら別かもしれないが、ヨソはヨソ、ウチはウチである。
まあそうした理由で、午前はズーグが浅い階層で特訓か、訓練所で他流試合を行っている。午後はこれまで同様地下七階まで潜って鍛錬だ。
トビーとしてはパワーレベリング状態でひーひー言っているが、これからもっと深くまで潜るので頑張ってほしいところである。
そうして一週間ほど経ちはしたが、今のステータスはこんな感じだ。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(49)
スキル:斥候(5)、片手武器(4)、理力魔法(5)、鑑定(5)、神聖魔法(5)、魂魄魔法(5)、看破(5)、体術(4)、並列思考(5)、射撃(3)、空間把握(3)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:ズーグ・ガルトムート
年齢:58
性別:男
職業:戦士(24)
スキル:両手武器(7)、竜魔法(2)、槍使い(8)、片手武器(5)、投擲(2)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:トビー・ステイン
年齢:24
性別:男
職業:戦士(16)
スキル:片手武器(4)、斥候(5)、盾使い(4)、剣使い(3)(SP残0)
トビー君むっちゃ成長してる、というのが今回の結果だな。
俺は空間把握が、ズーグは投擲がそれぞれ1レベルずつ上昇したくらいだ。
一方でトビーは盾使いがレベル3から4に、そして剣使いは0から3まで上昇している。
パワーレベリングの結果だな、と言えばあっさりしているが、成長した本人はかなり苦労したようで日に日に精悍な顔つきになっていっている。
シータには相変わらずだらしないとか何とかで叱られているので、中身の方はあまり変わってなさそうだが。
「じゃあ、今日もいつも通りな、解散!」
「了解っす」
「了解」
トビーとズーグが出ていくのを見送り、俺は今日も今日とて勉強だ。
シータと家に居残って過ごすこの時間は何だかまったりしていて好きなのだが、スキル的に進展が無いのは少しいただけない。もちろん宿題というものはやってればいつか終わるものなので、そちらはもう少しで終わるのだが、レベル自体が据え置きというのがな……。
もう少し腰を据えて、丸一日使って瞑想とかした方が良いのかもしれない。
理力魔法はアルメリアさんに鍛えてもらえる(と信じている)ので、魂魄・神聖魔法の特訓については明日にでも少し時間を取ってみようか。
と、俺が宿題の本をめくりながら並列思考で考え事をしていると、シータがこちらを見ている事に気付いた。
「見てて楽しい?」
「ええ、とっても」
にっこりと微笑んだシータは、青みがかった白髪を耳に掛けながら、お茶の入ったカップに口をつける。
彼女は今リハビリ中で、ヒールの回数を減らしながら日常動作(家事や買い物など)で体力をつけているところだ。なのである程度の家事を済ませた後はゆっくり……悪く言えば暇そうにして過ごしている。
俺も勉強はリビングのテーブルでするので、大体午前の勉強中はこうして二人して席についている事が多いのである。
「魔法って凄いですよね、私の呪いもあんなに簡単に治してしまうんですもの。それを操るリョウ様はもっと凄いです」
「ははは、まあ内緒の技能だから誰にも自慢できないんだけどな」
「もったいないです」
「興味があるんだったら、シータも魔法を学んでみたらいいんじゃないか? 体が元気になってからになるだろうけど、もう呪いは無い訳だし」
シータは今十四歳。呪いに掛ったのは三年前で、そのせいで初等学校を中退しており、中等学校にも進めていない。
しかし中等学校と、そして魔術学園は途中入学も可能である。
シータのように事情がある子供でも、入学の資格さえ満たせば今からでも入学が可能だ。
俺は看破で彼女に適性がある事も知っていたし、彼女の兄トビーが解呪のために貯めたお金も結構あるみたいなので、魔術学園を勧めてみた訳である。
ちなみに今の彼女のステータスはこんな感じだ。
【ステータス画面】
名前:シータ・ステイン
年齢:14
性別:女
職業:生徒(3)
スキル:情報処理(2)、並列思考(1)(SP残1)
職業が生徒なのは、彼女が学校に通っていた時から時間が停まったままだった事を表しているように思える。スキルの情報処理や並列思考は盲目でも生活できるように、であろうか。
痛ましい事であるが、並列思考は魔法技能と好相性なスキルなので、彼女がもし魔法の道を志すなら後押しになるだろう。
「私が、魔法ですか?」
「シータは才能ありそうだし、体が良くなってからの事も考えておくと良いよ。まあ今は食べて寝て元気になる事が先決だけど」
「そうですね」
そんな風に、ズーグ達が一旦戻ってくるまでの時間が過ぎていく。
着実な鍛錬、ゆっくりとした進歩、そして穏やかな時間。
トビーという新たな戦力を得た俺達の、キンケイルでの新しい日常が続く。
そして何のブレイクスルーもないまま時が経ち、学会に顔を出すために王都に向かう日があと数日という頃、それは起こった。
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その日も俺は、目覚めた直後に朝のお祈りを行った。
まだ眠気の抜けきらない意識を覚醒させるため、神聖魔法を使う時のような感覚で超越存在に触れる。
その時俺には油断があったと思う。
日常の一幕と化した朝のお祈り。それが何を意味しているのかを失念していたのだ。
……全身が粟立つという感覚だろうか。
数多存在し、遍在し、莫大な存在感を誇るそれ。
俺が意識を向けた瞬間に、それら全てが一斉に俺に視線を向け返した。
「え?」
瞬間、意識が塗りつぶされる。
いや、塗りつぶされたのは意識だけではないのではないだろうか。
存在も? 俺自身の魂すら、消え去って……?
「ク、明晰ッ!」
危ういところで発動できた魂魄魔法が俺を救った。
実際には恐ろしく巨大なエネルギーを持つ超越存在の意識が、僅かにこちらに向いただけだったと思う。それだけで意識が真っ白に塗りつぶされ、そして同時に存在が消し飛ばされたような錯覚を覚えた。
俺は、あんなものから普段力を借りて魔法を使い、朝のお祈りなどと言って意識を向けていたのか。
その恐怖だけはなんとか頭の中に浮かべる事ができた。
俺は依然として超越存在から向けられる視線、その圧力に耐える必要があった。
超越存在が何の気なしに向けているであろう意識に消し飛ばされないよう、心を強く持つ事に必死になっていた。
マインドプロテクションを発動しなければならない。
しかしそれは叶わない。
思考がまとまらず、心臓は早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。
「はっ、はっ、はっ」
俺は過呼吸なのか? それとも呼吸が足りてないのか?
それすらも分からない。
このままではまずい。だが対応策も無く、俺には耐えるしかなかった。
「旦那、どうしたんで……旦那ッ!」
俺が魔法を使った事に気付いたのかズーグが部屋に入ってきた。
そしてベッドの上で頭を抱える俺の異常さに気付いて駆け寄る。
「旦那ッ! おいトビー何か気付けになるものは無いか! 旦那がおかしいんだ!」
この時俺はズーグが何かを叫んでいる事には気付いていたが、何を言っているかまでは理解できなかった。
しかしこの屈強な竜人の姿を見た事で、俺の心に少し余裕が生まれた。
何故か。
「……マ、マイ……精神防壁」
俺の中でズーグは頼りになる最初の奴隷、探索の相棒。
俺は思い出せたのだ。自分がいつもどのように戦っているのかを。
戦況を見ながら、頭に術式を浮かべて魔法を使う……すなわち並列思考を行っている事を、である。
「はあっ、はあっ……」
「旦那! 強い酒です、これを!」
「……ングッ、ングッ、ぷはあっ」
アルコールの強さに混濁した意識が押し流される。
そして一瞬後には、再び俺を超越存在の圧力が襲った。
「明晰」
圧力への抵抗を並列思考のうち一つ目の思考に任せ、俺は改めてクリアマインドを使う。
ようやく人心地ついたか。
並列思考には実は序列があり、一つ目、二つ目といった感じでどんどん思考能力が落ちていく。
最も情報処理能力が高い一つ目、言わばメインCPUが圧力への抵抗に割かれているため、俺はサブ以下のCPUでしか思考ができない。思考力は普段の半分以下になっているだろう。
「旦那、何があったのです」
「ご主人!」
「リョウ様!」
なのでこうして心配そうに覗き込む彼らに分かりやすく説明したくとも、すぐに言葉が出てこなかった。
「か、神が俺を見てきた」
かゆ、うま……みたいな訳の分からない説明だな。
そういう下らない事はサブ以下の思考でもできるみたいで、困惑する周囲とはよそに、俺はそんな事を考えていたのであった。
あなたが深淵を覗いているとき、深淵もまたこちらを覗いたり覗いてなかったりするのだ
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