28 新たな仲間
「兄さん……目が見えます」
「おう……」
「体も、凄く楽になりました……」
「良かった……ホントに良かった……!」
兄妹が抱き合い、涙を流している。
さっきもお互いをかばい合って似たような感動的シーンが繰り広げられていたが、同じ感動的でも悲しいより喜ばしい方がやはり良い。
魔法も上手く発動したし下準備もしっかりと役に立った。
バフの解除以外に初めて解呪を使った結果としては、合格点と言って良いだろう。
まあ解呪……つまり呪いを打倒する時に身体へのフィードバックがある事を予想していたのに、先に身体回復系の呪文を使わなかったのはちょっと失敗だったが。
「旦那、お見事でした」
俺が自分の仕事ぶりを反省していると、ズーグが声を掛けてきた。
「ま、結果は上々。苦痛の発生に備えてクリアマインドも準備してたし、術の行使速度も中々のもんだっただろ?」
「むしろあれほど苦痛の少ない解呪を見たのは初めてでした」
ズーグがさっき驚いていたのはそう理由があったのか。
詳しく聞いてみると、北方領域で戦っていた時にも何度か解呪を行う場面を見た事があるらしい。彼自身も呪いに掛かった事があるようで、解呪の時には意識がぐちゃぐちゃにされ体が引き裂かれるような苦痛を伴ったそうだ。
まあ俺みたいに魂魄魔法も使えて内側からも補助を掛けられるのは稀だろうしな。
普通に解呪だけをすれば同じような結果になるという事だろう。
さて、それより。
「ごほん、そろそろいいかなお二人さん」
俺が抱き合う兄妹に声を掛けると、二人は驚いたように反応して、すぐに俺に頭を下げてきた。
「す、すいやせん。ご主人、本当にありがとうございましたっ!」
「司祭様、本当にありがとうございました」
そういえばその辺の誤解もそのままだったか。
それに名前も名乗ってないし、よく考えたら性急すぎだな、俺。
色々説明して納得させて、っていうのが面倒だったから実践から入ったが、結局こうして誤解を解かないといけないから労力的には同じかむしろ増えてるかもしれない。
何事も順序は大事ってことだ。
「こっちこそ、自己紹介もマトモにしないうちからすまん。俺は探索者のリョウだ。色々理由があって神聖魔法が使えるが、神官じゃないんで名前で呼んでくれ。あと魔法の件は秘密にしておいてくれると助かる」
「秘密……ですか?」
シータが可愛らしく小首をかしげる。
不思議に思うだろうがここは呑んでもらわないとどうしようもない。
「神殿に所属してないと色々ヤバそうだからな。黙っててくれないとトビーにも迷惑が掛かるだろうからそのつもりで」
「わかりました、秘密にします。……そういえば、費用はいかほどになるのでしょうか。兄には解呪はしばらく先になると言われていたので、かなりご無理を言ってしまったのではないでしょうか」
「ああ、それなら問題無い。トビーが終身奴隷で俺と契約して、その対価での解呪だからな」
「ご、ご主人!」
トビーが隠したいと思っているのは分かっていたが、あえて言わせてもらった。
どう考えても後から「兄はお前のために奴隷になったんだ」とか聞かされるよりマシだろうしな。
「まあ待て。お前は俺の終身奴隷になる事についてあんまり想像できてないみたいだが、一般的なのとはちょっと違うからな? 基本俺と行動を共にしてもらうが、暇があれば妹さんに会いに来たって良い」
「そ、そうなんですかい?」
「ああ。と言うか……お前ここに家あるんだったら俺がキンケイルに居る間はここに住むか? その時はこの街から許可なく出たら死ぬ、ってくらいの罰則をつけさせてもらうが」
俺としてはその方が宿代とか浮くから良いんだが。
奴隷を持つと稼ぎが全部自分のものになるが、食費宿泊費も全部自分持ちなので俺みたいに自分と変わらない生活をさせてると、あんまり実入りが良くなる訳じゃないのだ。
もちろん、こんなのは普通の奴隷ならあり得ない事だろうけどな。
トビーの方も訳の分からない提案をされて目を白黒させている。
「あ、あの……兄が終身奴隷というのは本当なのでしょうか」
「それは本当だ」
「兄はこれからどのような仕事を……いえ、リョウ様は探索者ですから、その護衛という事でしょうか?」
「そうだな。ただ俺の場合は普通とは違って、深部に向かう事を目標に探索しているから、普通の探索者と比べれば少し危険は多い……とは思う」
今のところはそこまで顕著じゃないが。
探索階層も一般探索者と変わらないし。
「そうですか……。あの、一つ提案があるのですが」
「なんだ?」
「リョウ様とズーグ様、お二人もここで寝起きするというのはいかがでしょう? 死んだ両親が使っていた部屋がありますので」
今度は俺が突然の提案に驚く番だった。
いや、トビーはもっと驚いてるので攻守交替と言うより一層の混乱原因が投下された、と言うだけだが。
しかし、この提案の意図はなんだろう。
戦闘奴隷は主人を命がけで守るよう、基本的に主人の死=自分の死となるように契約が行われる。
それを知らずに、俺を殺すために住まわせるのだろうか。
それとも俺に恩を売る、ないしは情が湧くのを狙って共同生活しようと言うのか。
と、そこまで考えて、自分の薄汚れた想像に嫌気が差す。
俺は彼女の呪いを解いた恩人なのだ。
恩人に恩を返したいと思っている。そう考える方が自然だろう。
それにまず意識が行かなかったのは悲しい事だが、それは俺が秘密を抱えているからだと思いたい。
ただ警戒しないとは言えないまでも、もう少し善意を素直に受け入れても良いだろう。
せっかく元気になったのにこの兄妹の仲を引き裂いてしまうのも忍びないしな。
警戒については達人ズーグ大先生に後で相談してみよう。
俺の想像を話したら軽蔑されるかもしれないが。
考え込んでいる俺の前で、シータは不安そうに胸の前で手を組んで祈るような様子だ。
俺が笑みを浮かべて頷けば、つられてぱぁっと笑顔を浮かべる。
「じゃあ、お言葉に甘えるとするかな? 君の兄さんはそっちで顔を真っ赤にさせてるけど」
その後、シスコン兄貴が反対し妹がそれをこんこんと説得するという面白い一幕はあったが、最終的に俺達はトビーの家に住む事になった。
ズーグと手分けして宿から荷物を移し、シータの手料理に舌鼓を打ってその日は暮れていくのであった。
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なんだか良い匂いがする。
俺は目覚めて体を起こした。
「あー、トビーの家だっけ」
見慣れない景色で少し戸惑ったが、俺は昨夜ここに引っ越してきたのだ。
この良い匂いは誰かが、と言うか恐らくシータが朝食を作ってくれているのだろう。
俺は目をこすりながらいつものように朝のお祈りを済ませる。
昨日は色々あったから夜のお勤め(という名の神聖・魂魄魔法の特訓)はやらなかった。
神殿の聖職者には信心が足りないと言われそうだが、残念ながら超越存在は俺のカスみたいな信仰心の有無に変わりなく、今日も今日とてそこに在る。
凄まじい存在感に完全に意識が覚醒し、俺はベッドから降りて身支度をする。
隣にあるベッドは昨夜ズーグが使っていたが既にそこは空になっている。
部屋を出てリビングに向かうと、テーブルでズーグが茶を飲んでいるところだった。
「おはよう、優雅な朝だなズーグ」
「これはシータ殿が淹れてくれたのです」
俺の当てこすりにズーグが言い訳を返す。
落ち着いたズーグに俺が絡んでいくスタイルは二人のいつものやり取りだが、何がおかしかったのか台所にいたシータがクスクスと笑い声を上げた。
「おはようございます。仲が良いんですね。ズーグさんも奴隷って言ってましたけど、なんだか兄弟みたい」
「おはようシータ。それは俺が弟って事か?」
「旦那みたいなえげつない能力を持った弟など、勘弁してもらいたいですね」
貴様、兄より優れた弟は居ないと申すか。
そんなやり取りをしながら席に着くと、シータがベーコンエッグ(のようなもの)と蒸かし芋を出してくれる。あとは良い匂いのするお茶だ。
「体は大丈夫そうか?」
食事をしながらシータに体調を聞いてみる。
俺の魔法では現状衰弱した肉体を復元する事はできないので、注意が必要だ。
「ええ、お陰様で」
「そうか。念のため後でヒールを掛けておこう。多少は違ってくるだろうし」
「すみません。後で費用はお支払いしますので」
「いや、俺の方も寝床を貰えたし食事も出してもらってるんだし、その対価って事でいいよ」
「でも……」
神殿でヒールを貰おうとすると宿代一週間分くらいは掛かるものだ。
それでシータの方も遠慮してるんだろうけど、俺だって調子悪そうにしている女の子が目の前にいて治してやるから金よこせとは言いづらい。
俺の奴隷であるトビーの家族なんだから家族割引きって事で納得してもらおう。
「おいーっす。ふぁあああ」
俺とシータがそんなやり取りをしていると腹をボリボリと掻きながらトビーが起きだしてきた。
いつもしているバンダナが無く、髪がボッサボサの状態である。
「兄さん! リョウ様がいるんですよ!」
「しゃふぁーねぇだろ……ねみいんだから……お茶くれ」
「もうっ、兄さんは自分でやってください!」
昨日の夜色々と下らない話で盛り上がったのが功を奏したか、トビーの堅苦しさもすっぱり無くなっている。
恩人である俺に気を使っているシータはそれが気に入らないので、昨日もだいぶケンカしていたが、大体シータが勝つ辺り二人の関係性がよく分かるな。シータは最初見た時の可憐な感じはどこへやら、今も元気に兄を叱りつけている。
多分呪いに掛って衰弱する前はこんな感じだったんだろう。
こうして元気になってくれて俺も嬉しい限りだ。
「さて、じゃあトビーも起きてきたし、飯食ったら今日の予定とか話し合うか」
「はい!」
「了解です」
「モフ、モフモフ」
いやシータさんアナタ関係ないから返事しなくていいんだが。
後トビーよ、食うか喋るかどっちかにしろ。
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