27 解呪
二日が経った。
例の奴隷と会う日である。
この二日で変わった事と言えば、まずはしっかりと足りない二万ゴルドを稼いだ事だろう。
稼ぎ重視だと鍛錬にならないので、俺達は最速撃破を目標にした掃除人活動を行った。
安定勝利を目標にしてないので地下六階へのアタックとなったが、最速撃破のための戦法を考えるのは案外良い鍛錬になったので良しとしよう。
目標金額も達成できたしな。
他には夜に魂魄・神聖魔法の精神修行もやってみた。
かなり手探りではあったが、魂が在る感覚は確認できたし、超越存在へのより強い干渉も一応は行う事ができた。
ただ超越存在に強く干渉する事は、崖下を覗くために崖から身を乗り出すようなもので、ちょっとバランスをミスると死が待っているような感覚がある。神聖魔法は超越存在から力を借りて行使するが、力を借り過ぎたらその力で自滅する事が非常によく理解できた。
多少ビビったのもあるが命あっての物種なので、これについては少し慎重に行く必要がありそうである。
……まあ二日程度ではこんなものだろう。
まだ理力魔法の呪文書は購入していないが、今回の奴隷購入を見送るならその足で買いに行こうと思う。
とにかくまずは例の安い奴隷との面会だ。
俺達は奴隷館へと足を運び、前回同様扉を二回ノックする。
「ようこそ。いらっしゃいませ」
アポを取ったからか、出てきたのは前と同じオールバックの青年だ。
通された待合室で少し待つと、青年に連れられてやってきた男が部屋に入るなり頭を下げた。
頭を覆う赤いバンダナ、鋭い目つき、こげ茶の短髪、中肉中背。
そうした特徴の男である。恐らく彼が例の特例契約の奴隷だろう。
看破するとステータス画面には以下のように表示された。
【ステータス画面】
名前:トビー・ステイン
年齢:24
性別:男
職業:戦士(12)
スキル:片手武器(4)、斥候(5)、盾使い(3)、剣使い(0)(SP残0)
これは……悪くないんじゃないだろうか。
護衛と言うより斥候だが、近接技能も揃ってて尚且つSPが無駄になってないのは良い。俺もたくさんの看破を行ってきたが、探索者でも農民上がりなら農業スキルにSP1を使ってたりと、戦闘技能のスキル取得を圧迫している事がままあるからな。
座りながら後ろに立つズーグに視線を向けると、彼からも頷きが返ってきた。
彼のお眼鏡にも適ったようなので尚良しか。
多技能持ちの俺と歴戦のズーグから比べると即戦力と言い切れるレベルではないが、スキルの崖に至ってない技能も多く伸びしろはあるだろう。年齢も俺より一つ下だしな。
「顔を上げて、自己紹介をしなさい」
「はい。オレの名はトビー。職業戦士で、奴隷輸送の護衛をやっとりました。戦いは慣れてるんで迷宮探索でも十分お役にたてると思います。……それで、あの……」
トビーは簡単に自己紹介をした後、俺と奴隷商館の青年との間で視線をうろうろさせて窺うような仕草を見せた。
「トビー、この方は解呪に当てがあるとおっしゃっております。お前の方でも解呪のための費用は準備していたと思いますが、間に合わなかったという事でいいですね?」
「は、はいっ! 今のペースで働いても後半年くらいは掛かる予定でした! そんで、妹はどんどん衰弱していくし、お医者の先生の言うことにゃあもって後一か月ってんで、そんで……」
青年はなおも言い募ろうとするトビーを手で制し、俺に向かって話し始める。
「この通り、申し訳ありませんが条件に一か月以内の解呪という条件が追加されました。契約後不履行が発覚しますと貴方には違約金が発生し、トビーの身柄も押さえさせていただくことになります。問題ございませんか?」
条件が追加されたのは最近という事だろうか。知ってたら前の時に言っているだろうしな。
わざわざ改めてトビーとのやり取りをしたのはある種のパフォーマンスだろうか。
俺に契約の事を印象付けるためとかそんな理由だろう。
とにかく、俺にとっては追加条件もさしたる問題は無い。
俺はあくまで大儀そうに、頷きを返した。
「前にも言いましたが、その点は心配無用です。非常に近しいツテなので今日中でも問題ないくらいですよ」
近しいツテもクソも無いけどな。やるの俺だし。
「おお……!」
「それでは、ご契約されるという事でよろしいですね?」
再度の確認にも肯定を返し、書類等の作成が開始された。
まだ奴隷商館の青年からは「ホントに大丈夫なのかこいつ」感が滲み出ているが、再々度の通告は無く淡々と作業が進んでいく。
そして契約書のチェックが行われ、最後に印章術による刻印で契約が完了する。
「それではこれよりこの者は貴方様のものです。お買い上げありがとうございました」
定型文らしき言葉をすらすらと述べ、青年が頭を下げる。
俺は席を辞する挨拶をし、その場を立ち去ったのであった。
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奴隷館を出て、俺はまず宿に向かう事にした。
最初にこのトビーには事情を全部ぶちまけておいた方が良いだろうとの考えである。
小出しの説明は色々と面倒臭いしな。
そう思って歩き出したのだが、少しして後ろから、おずおずと言った感じで声が掛かった。
「あ、あのう……これからどこに行かれるんで?」
そういえばトビーには何にも説明してなかったか。
ズーグにはアイコンタクトで戻る事が伝わったのでそれで満足してしまっていた。
雑談したら色々話してしまいそうでそそくさと宿に向かったのだが、流石に無言で歩き始めたら不安にもなるだろう。
「一応、宿に向かってる。そこで今後の事について説明する予定だ」
「あの……先ほどおっしゃってたのは本当のことなんですかい?」
「先ほどのって……ああ、解呪が今日でも行けるってやつか」
「へい。妹の状態を考えると気が逸っちまって……。すいやせん」
トビーはそう言って頭を下げる。
物凄く下手に出てすまなさそうにしながらもグイグイ来るのは、やはり彼の妹思いが故の事だろう。
確かに衰弱してるとか切羽詰まっているとかいう情報もあったし、できるんなら早くしてほしいというのが人情だろうな。
「いや、そうだな……。トビーよ、これから宿で話そうと思っている事にはかなり重大な内容が含まれている。ヘタしたら重大過ぎて気が滅入るような内容だ。もともとはその後に明るい話題……まあつまり妹さんの解呪をしようと思っていたんだが……どうしても早くってんならそっちを先に片付けるのでも構わない。せっかくだし選択はお前に任せようと思うんだが、どっちが良い?」
話す内容はまあ、俺の秘密にしている事情とそれによって未来に待ち受ける闘争の日々に関する事だ。
人によっては大した事ではないかも知れないが、他人の感情を勝手に推測して間違いなく予測できたと判断するのは良くないだろう。
俺は「良い話と悪い話どっちを先に聞きたい?」と言うのと似たような感じで、トビーに選択肢を持ちかけた。
「お、オレが決めるんですか」
「ああ、お前が決めていいぞ」
きっぱりと答えると、トビーは一瞬迷うそぶりを見せたもののすぐに決然とした表情になった。
「じゃあ、何はなくとも妹をお願いしやす。妹が元気になったのを見りゃあ、何が来たって怖くねえ」
なるほどそういう考え方もあるか。
俺は悪い話から聞きたい派なので、目から鱗だ。
「そうか。じゃあ、とりあえず妹さんの所に案内してくれ」
「ウチですか? 構いやせんが……司祭様はお呼びしないので?」
「まあまあ良いから」
俺はトビーの背を押して、案内を始めさせる。
トビーは怪訝そうな顔をしていたが、俺がゴリ押しすると諦めたようになって、先頭を歩き始めた。
そして十分ほど後。
「ここです」
辿り着いたのは都市区画の一角、二階建てのアパートの一室であった。
こいつ市民権持ってるのか。俺より上級な国民じゃねえか。
「汚ねえとこですが」
「都市区画に住んでるくせに何言ってるんだ。俺なんか迷宮区の安宿だぞ」
トビーの謙遜にマジレスをしつつ中に入る。
間取りは1DKみたいな感じか。
そしてそのダイニング部分に置いてあるテーブルの所に、一人の少女が座っていた。
「シータ! 起きたりしてダメじゃねえか!」
「兄さん、お帰りなさい」
少し青みがかった白髪、長さは肩口くらいか。通った鼻筋、薄い唇と細い眉。目を閉じているので瞳の色は分からない。まだ幼さは少し残るが、透き通るような印象の美少女がそこに居た。
「今日は体の調子が良いんです。ところで、そちらはお客様ですか?」
「あ、ああ、オレの……これからの上司のリョウさんだ」
少女は薄っすらと目を開けてこちらを向く。
しかし目には焦点が合っていないのか視線は合わない。
「目が見えないのか?」
問うとトビーは少女……シータの状態について教えてくれた。
シータに掛けられた呪いは盲目と衰弱。
衰弱は筋力の低下が徐々に進行しているようで、日常動作はもとより、呼吸器が衰えてきてかなり命が危ぶまれる状態になってきているらしい。
聞いといてなんだが、こんな話を本人の前でするのは良くなかったか。
「お気になさらないでください。私も自分の状態くらいはよく分かっています。兄にはこれで本当に迷惑を掛けてしまって……」
「そんな事思っちゃいねぇよ! オレが悪いんだ。オレが欲をかいて魔物退治になんか行くから……」
兄妹はそうやってお互いをかばい合っている。
呪いというのは魔物が死に際に敵対者に残す魔法の一種である。稀にしか起こらないが、呪いは通常の治療が効かないか、効いても対症療法程度なのでやがて死に至る危険なものだ。
このシータの呪いは、どうやら王都で募集された定期討伐隊にトビーが参加した際に「もらって」きたらしい。
トビーが倒した魔物が何故にシータに呪いを掛けるのか。その疑問については二人にも分からないようだし、特に予備知識にも情報は無いが、こうしてシータが呪いに侵されているのだから事実は事実として受け入れるべきだろう。
「まあ二人ともその辺で。シータの呪いは治るんだからそうやってかばい合うのも今日限りだ」
「へ、へい、そうでしたね。……それで、司祭様を呼びに行かないんで?」
俺が兄妹の涙を誘うやり取りを止めると、トビーが先ほどと同じ事を聞いてきた。
「いや、解呪は俺がやるから」
「え? いやあの……ああ、ご主人は聖職者様でしたか。探索者だと聞いてましたが」
「探索者だよ。神聖魔法も使えるだけだ」
「は?」
トビーは俺の言葉を聞いて目を白黒させているが、俺は無視してシータに歩み寄る。
そして彼女の頭に手を載せて最初に探査魔法を発動させた。
「生命探査、魔力探査」
探査で分かったのは、まず彼女の頭から脊髄にかけて存在する魔力の異物だ。
これが恐らく呪いだろう。
そして身体の異常は言っていた通り、筋肉が萎縮と言うか弱っている感覚がある。
ついでに彼女のスリーサイズも完全に把握してしまったがこれは内緒だ。
呪い自体と身体の衰弱。両方同時に治療もできなくはないが、呪いの解呪は初の試みでもあるので一つずつ取り掛かっていく事にするか。
「精神防壁、魔法抵抗、身体増強、防護、魔法防護」
まずは下準備だ。
呪いは頭から脊髄にかけて存在している事から考えても、精神に寄生する魔物、みたいな印象を受けた。
しかもそれ自体が魔法的性質を持っている事も確認したので、付与対象の精神抵抗を上げる魔法、各種魔法抵抗を上昇させる魔法を付与。そして解呪の際の身体的衝撃を想定し、身体強化魔法を付与して完成である。
外部から力を取り込む神聖魔法はすでに内部に在る呪いに対してどれだけ効果があるかは分からない。一方魂魄魔法の各種バフは、内側からの強化なので十分な効果が見込めそうだ。
「え? え?」
次々と掛けられる魔法にシータも可愛らしい顔を驚きに染めているが、これも無視。
「じゃ、いくぞ? ……解呪」
俺の掌は魔法の行使に伴って光り続けていたが、一層の光が集まってディスペルの魔法が発動する。
魔法が作用すると、光がシータの体を包み込み、センスマジックで黒い塊状に見えていた呪いが押し流されて消えていく様が見て取れた。
「あっ、あうっ」
やはりその際に体を衝撃が襲ったのか、小さく悲鳴を上げたシータはビクンと体を跳ねさせる。
「上級回復」
椅子から落ちそうになった体を抱き留め、俺は最後に身体回復の魔法を発動した。
これでとりあえず解呪は成功したはずだが……たぶん体の衰弱はゆっくり治す必要があるだろうな。
エクステンドヒールを掛けたが、こういう治療にはヒール系は効力が薄いのだ。どうやら肉体の定常状態となってしまった傷に対しては、相当に魔力をつぎ込んでも復元できないらしい。
そういう治療に効力のある治癒魔法もあるが、「再生」と言って、今まさに俺が習得を急いでいる身体欠損治癒魔法の一部なのである。つまり俺にはまだ治療できないという事だ。
「……さて、これで呪い自体の治癒は完了だ。良かったなトビー」
魔法行使のために高めていた魔力を収めてトビーに笑いかければ、口を開けて固まっている。
俺の腕の中にいる少女も呆然と俺を見上げ、見下ろした俺と視線が合った事に更に驚いて、最後には目尻からポロリと涙をこぼした。
何の説明もなく始まり、そして終わった治療。
兄妹(と何故かズーグ)は、驚きのあまりしばらく声が出せないようであった。
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