26 特例奴隷
翌朝。
俺とズーグは昨日話し合った強くなるための方策を、一つずつこなしていく事にした。
まず、ズーグは組合の訓練所で他流試合だ。
槍の手ほどきは父親から受けたらしいが、片手剣は我流なのでもっと多様な経験を積みたいと言っていた。
他の探索者との交流で実力を示して、変な勧誘や絡まれるのを抑止する狙いもある。こっちの方針(強くなるために戦っていて金稼ぎは二の次)も積極的に言いふらすようにズーグにお願いしておいた。
次に俺の方はやる事がたくさんある。
まず第一に、ズーグとの近接戦闘の訓練。俺が接近戦をする場面が増えた事が原因だが、SPを得るレベルが頭打ちになったのでスキルレベルを稼ぐ狙いもある。
第二には魔法の事。
理力魔法は呪文書を購入し、師匠にもらった宿題に本格的に手を付け始めようと思う。既に使えている呪文については理解が早いので、これはやり始めれば結構スムーズにいくと考えている。
神聖魔法はあまり具体的な方策は思いつかなかったが、少なくとも現在の使い方や朝のお祈り程度ではダメだという事は分かる。夜にでも少し時間を取って「超越存在」に触れてみようと考えている。
魂魄魔法は……正直やりようが分からない。魂に働きかけるから内面に目を向ければ良いのだろうか? 神聖魔法もそうだが書店に資料が全く置いてないので、研究者であるアルメリアさんの蔵書には期待である。とにかく神聖魔法と同じように時間を取って魂に目を向ける事から始める事になった。
そして最後にチームメンバーの拡充だ。
加入するのは奴隷である事に変わりは無いが、当初考えていた荷役より先に戦闘要員が必要だという話になった。
それくらい二人での地下八階探索は厳しいものがあったのだ。
ズーグの腕を生やす事ができればまた変わるのかもしれないが、結局のところそれには俺がスキルの崖を越える必要がある。
今後の事、そして門番との戦いを考えれば、いずれ戦闘要員の増加が必要になってくる事も予想できた。目下の戦力不足と合わせて考えれば、早く加入させた方が良いという話になったのだ。
そういう訳で、俺は訓練所にズーグを残して奴隷館へと向かっている。
いつもの様にノーアポなので今回はアポ取得がメインの訪問だ。
もちろんズーグの時の様に巡り合わせがあれば購入しても良いが、戦闘要員だし俺の看破だけじゃなくズーグの意見も聞きたいしな。
「お、ここだな」
マイトリスと同じく人通りの少ない裏通りにその店はあった。
クロウさんの店よりちょっと豪華な門構えに見えるが気のせいだろう。
ちなみにこの奴隷商はクロウさんと知り合いで、俺が王都でも奴隷を探すかもしれないと言うと紹介状を書いてくれたのだ。
この紹介状がどれくらい効力を発揮するか分からないが、流石に割り引いてくれたりはしないだろうし、商談をスムーズに済ませる役に立ってくれたら御の字である。
扉の前に立った俺は、ドアノッカーで二度ノックをして扉が開くのを待つ。
「いらっしゃいませ」
黒髪をオールバックにばっちり固めた青年が現れ、中に通された。
「本日のご用件をお伺いいたしましょう」
「戦闘用の終身奴隷を探しています」
「左様でございますか」
クロウさんの紹介状を手渡しながら俺は用件……つまり商談の時間を取ってほしい旨を伝えた。
すると今日は商談の予定が詰まっているが、奴隷を見せる事は可能だと言う。
目ぼしい奴隷がいれば取りおいて、奴隷契約の細かい項目を揃えた書類を準備し、後日引き取りという取引の流れになる。
ズーグを買った時は欠損治癒魔法の事でかなり特別扱いしてもらったが、大体はこんな感じで入手までに数日を要するものなのである。
「カタログはご覧になりますか?」
「カタログ?」
「ええ。当商会では奴隷契約の一種の形態として、売却が確定するまで身柄を拘束しない方法も取っております。ですので現在商館内に居ない商品も居るのですよ」
どうやら仮契約のような形にし、買い手がつくまでは自由に行動できる、という奴隷らしい。
終身奴隷でも借金奴隷でも身辺整理や家族達との別れの時間になるし、そういう契約形態があってもいいのかもしれないな。即座に奴隷となった対価が支払われないというデメリットはあるが、最後の自由(借金奴隷は解放されるが)を満喫できるのは奴隷にとっても重要な事だろうし。
奴隷商側としても奴隷の管理費用が浮くので一応メリットはあるようだ。
「現物を確認できる商品もカタログには記載しておりますので、併せてご覧ください」
手渡されたカタログを手に、連れてこられた奴隷達を確認する事となった。
そして看破を併用して見ていくが……やはり高い。
近接技能がレベル4くらいの奴隷で普通に八〇万ゴルドはする。レベル5が見えたらもう一〇〇万ゴルドは超えるというありさまだ。
俺には買えないと思われたのか現物は確認できなかったが、亜人……例えばエルフとか獣人の戦闘奴隷に至っては二〇〇万ゴルドが底値である。流石に寒村から売られてきた子供なんかは数万ゴルドくらいからのスタートだったが、技能ゼロで体も成長し切ってないのを買ってもしょうがないしな。
二十人以上を確認し、戦闘奴隷はすぐにはやっぱり無理かと諦めかけていたところ、カタログの末尾に書かれたとある奴隷が目に入った。
「あの、こいつなんですけど」
「ああ、彼ですか。彼はちょっと特殊な事情がありまして、非常に値段はお安くなっております」
「ほう」
そこには「価格:十二万ゴルド、契約時条件アリ」と書かれてあった。
「条件というのは?」
「彼の妹の受けた魔獣の呪いを解く事です。解呪と言うと司教クラスでこの街にも一人しかおりませんし、費用も購入者持ちなので、実際掛かる費用は同クラスの戦奴よりかなり割高になりますね」
「へえ、こういう奴隷も居るんですね。知らなかった」
「まあ、彼は特例ですよ。元はウチの従業員で、輸送隊の護衛をしていたんですがね。彼自身お金を貯めて神殿で治療を受ける準備はしているみたいですが、妹さんが最近重篤な状態になったらしくせっぱつまってこの契約をしたようです」
なるほど。この価格だと奴隷商側には利益が薄いだろうし、従業員だから特別許したってところか。
しかし俺にとってはこの低価格は非常に魅力的である。
何せ解呪は自前のスキルがある訳だしな。
彼自身の技能如何によっては購入するのもありかもしれない。
今の手持ちは十万ゴルドくらいなのですぐには買えないが……妹さんが危篤ならちょっとまけてもらえないだろうか。
いやとにかく、まずは看破してからだな。
ズーグにも見てもらう方が良いだろうし。
「それで、いかがでしょうか」
「そうですね……今日見た中には。ただこの特例の彼にも会ってみたい」
「彼ですか? ……実質の費用は一〇〇万ゴルドは下らないでしょうし、掛かる手間はそれ以上なので、他の奴隷の方がよろしいかと思いますが……」
「解呪には当てがありますのでご心配無く。次はいつ伺えば?」
「……分かりました。では二日後にお願いできますか? 彼の護衛する輸送隊が帰ってまいりますので」
そういう訳で俺は奴隷館を辞し、探索者組合へと足を向ける。
そこでズーグを拾って事情を説明し、足りない二万ゴルドを稼ぐため、その足で迷宮へと赴くのであった。
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