25 迷宮掃除人
キンケイル迷宮の探索者組合に戻ってきた。
受付に並び、自分の番が来るのを待つ。
相変わらず組合は混んでいて、実に繁盛している。
俺はその光景を見ながら「でもこいつらみんな王立探索隊所属なんだよなー」などとぼんやりと考えていた。
すると、横合い……と言うか二つ隣くらいの受付から「あっ、あの人ですよ!」と言う声が聞こえてきた。
俺は別に声のした方を向いていた訳ではないが、何となく自分に向かって言われた気がして視線を向ける。
その先には赤髪の男と桃色受付嬢の姿があった。
思わず、さっと顔を背ける。
見ただけで事情を何となく察してしまった。恐らく俺の事を(何でか知らんが)探している奴がいて、それをあの桃色野郎が告げ口したのだろう。
いやまあ別にそれが必ずしも悪い事態を引き寄せるとは限らないんだけどな。
ただこの組合に居る探索者は殆どが王立資源探索隊所属だし、絡まれると良くない事が起きる確率は非常に高いと考えられる。
そうした事を考慮して、全力で俺は顔を背けたのだ。
「よお、お前さんがリョウか?」
しかし結局のところ、それは意味を成さなかった訳だが。
渋々振り向いて、声の主を確認する。
そこに居たのは当然さっきの赤髪の男だ。
身長は俺より(一七〇センチくらいより)少し高いくらいだが、実に見事な体躯をしており肩幅は広く胸板も厚い。そのくせ顔は涼やかな二枚目で、ちょっと羨ましいくらいのイケメンであった。
「魔石の清算が済んだらちょっと話そうぜ、あんたには礼を言っておきたいんだよ」
「礼?」
予想外の語句が飛び出してきたが、ちょうど自分の番になったので前に進む。
彼の動向を追うとホールの端においてあるテーブルの所に行ったようだ。
後であそこに来いって事ね。
「旦那、どうするんです?」
「まあいきなり邪険にする事も無いだろ。礼がしたいって事だし話は聞いてみよう」
魔石を受付に渡しながら、ズーグの問いに答えた。
基本スタンスとしては他の探索者とは距離を取りたいが、別に敵対的って訳でもないしな。どっちかって言うと冷や飯食わされてるのは俺達の方だし。この機にちょっと狩場を遠慮しろとか言ってやっても良いかもしれない。
そして精算が済み、俺達はテーブルの方へと向かった。
「終わったか、お疲れさん」
ねぎらいの言葉を掛けられるが、こんな態度を取られると正直困惑するな。
フリー探索者と探索隊員は敵対的ではないが、仲良しでもないはずだ。
少なくともこんな気さくなやり取りをする間柄ではないと思っていたんだが。
「ああ、ありがとう。それで用は何なんだ? 礼とか言っていたけど」
「まあ座れよ。……まず、一応確認しときたいんだがお前さん最近ウチらの取りこぼし狩ってるよな?」
取りこぼし……と言うと残り物の魔物の事か。
魔物の構成や地形との兼ね合いで探索隊のやつらが倒さない事を選択して残った魔物である。
確かにそれは俺達がメインに狩っている、と言うかそれしか狩れてないので、俺は彼の問いに首肯を返した。
「そうかそうか、間違いじゃなくてホッとしたぜ。ミレーネはおっちょこちょいな所あるからな」
「ミレーネってのはあの桃色髪の?」
「そうそう。あいつ精算額とかたまに計算間違えやがるから気をつけろよ。……って、話がそれちまったな。まあ俺らは効率重視でやってるんで、ああいうメンドくさい魔物は放置するんだが、たまに道を塞いじまうことがあるんだよな」
迷宮の地形は複雑に入り組んでいるが、時折ある一か所を通らないと先に進めない、というパターンの地形になっている場合もある。そこにやっかいな魔物が居座ったりするとそれを倒さない限りは先へ行けない事になってしまうのだ。
もちろん別ルートも探せばあるだろうが得てしてそう言う場合、やたら遠回りになってしまうものなのである。
マーフィーの法則的なやつだな。……いやちょっと違うか。
「って事はあんたの言いたい礼ってのは」
「おうよ。お前さんらのお陰で、使えるようになった近道が幾つかあってな。作業効率も上がったし、それで礼を言おうと思ったんだよ」
「なるほどな。……しかしあんた、律儀なやつだな。わざわざ礼を言うほどの事でもないだろ」
「そりゃまあ、当然他にも理由はある」
やっぱりか。
こいつはどうにも代表で俺に礼を言いに来た風な言い回しをしていた。
つまり王立探索隊の指揮系統でも上の方の人間という事だ。
そんな奴がただ礼のためだけに足を運ぶとは思えない。
「単刀直入に言うがリョウ、お前さん、ウチのチームに入れ。どういうつもりでフリーで活動してんのかは知らねえが、お前さんの腕を腐らすのはもったいないだろ」
途中から予想はしていたが、やはり勧誘か。
「各階層の担当者が放置するって決めるような厄介なやつらを倒せるんだ。王立探索隊に入ってもイイ所までいけるさ。て言うかお前、そうしないと一生掃除人やる羽目になっちまうぜ? な?」
なるほど、掃除人か。
他の探索者の取りこぼしを掃除する探索者って事だな。
「悪いが、俺はフリーでやりたいんだ。掃除人で結構だよ。残飯漁りとか呼ばれてるかと思ってたんだが、存外悪くない名前じゃないか」
俺はきっぱりとそう言い切った。
赤髪の男は俺の言葉に含まれていた皮肉に一つ笑みを浮かべる。
「俺達だって数か月前は普通の探索者だぜ? 腕の立つ探索者をそうそうこき下ろしたりはしないさ。まあ良い意味で使ってる奴ばかりじゃなさそうだけどよ。……それより、良いんだな?」
「ああ、問題無い」
「そうか……じゃ、いいか。また気が変わったら言ってくれよ。お前さんなら大歓迎だ」
「悪いな」
予想外に潔い態度で、男は手をひらりと振って帰っていった。
ていうか名前名乗らなかったな。
特に興味が無い限り名乗らない相手は看破しないようにしてたんだが、今回は仕方ない。
俺は意識を集中し、ステータス画面を開いて確認する。
【ステータス画面】
名前:エイト・タンバー
年齢:30
性別:男
職業:戦士(19)
スキル:両手武器(6)、理力魔法(2)、剣使い(7)、指揮(4)(SP残0)
やはり強い。そして予想通り部隊長とかそういう立場の人間だった。
後は理力魔法だが……単に興味で取ったのか、あるいは軍人上がりの可能性もあるな。兵士は一般的に一定の魔法技能を持っているみたいだし。
「よろしかったのですか、掃除人など……」
俺がエイトの後ろ姿を追っていると、ズーグが絞り出すような声を出した。
悔しそうにしているのはこいつが戦士だからだろう。
やはり戦いに誇りを持っていて、それを軽んじられるのが我慢できないのだ。
ただ彼にはもう一度思い出してもらわなければならない。
「ズーグ、勘違いするなよ?」
「なんでしょうか」
「俺達の目的は戦って名声を得る事じゃない。強くなって迷宮に挑み、俺が転移させられた手がかりを探す事だ。それに……」
「それに?」
「深く探索できるようになれば、掃除人こそ強者の代名詞になるじゃねーか。誰も倒せない魔物を掃除していく、強者だってな」
堅い言葉を崩してニヤリと笑いかければ、ズーグからも同じ笑みが返ってきた。
どうせ呼ばれてしまったものを取り消すなんてできないんだから、言葉のイメージを塗り替えるくらい活躍すればいい。
そういう事だな。
ホールの隅でニヤニヤ笑いあってて早速掃除人の評価を下げてしまったかもしれないが、俺達はそのまま今後の方針の検討を始めるのであった。
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